再開される日常
一週間が経つと、学生たちはもう一度体育館に集まっていた。
誰もが出鼻を挫かれた始業式。それをやり直すように、生徒と教師は集まって退屈な話に入る。前回と違いがあるとすれば、死んだ生徒に対するコメントが追加された程度だろうか? 悼むような言葉の中に、何か棘が含まれている気がする。誰もが初動で躓いた感触があり、死んだ者へ対する同情の言葉は上辺だけだろう。
釈然としない空気は、体育館から移動してもついてくる。移動中に見えた『恋桜』の影が脳裏にちらつき、死んだ生徒の姿が否応なくフラッシュバックする。多感な時期の生徒に、大人のありがたいお言葉は響いていなかった。
「なんか……なんかなぁ……」
「……この学校の生徒だけど、私とは別に関係ないじゃん。空気悪くなったけど、気にして私らまで引きずられたら馬鹿馬鹿しいよ」
「それネットで言わない方がいいよ? 嚙みついてくる変な奴、たくさんいるから」
「はぁーっ……嫌な時代」
「先生たちもなんかさぁ……『面倒事増やしやがって』って空気出てるよなー」
「や、やめなよ! 優魔の事悪く言うの……!」
口々に文句を言う中、一人の女生徒が声を上げた。
周りの目線が一斉に集まるが、彼女の眼は……明らかに怯えていた。
「彼……彼の事知らないの?」
「いや全然……」
「同じ学年だったみたいだけど、別クラスの奴なんて……目立ってないと分からないって」
「ちょっと根暗そうな感じだった」
「いわゆる陰キャっぽいよなー」
「お前、死んだ奴の事知ってんの? その感じ……ちょっと気になってたとか?」
へらへら笑った男子生徒は、制服を乱していかにも軽い感じだった。ぐっと顔と近づける悪ぶった生徒に、女生徒はヒステリックに叫んだ。
「違う! 知らないの!? 彼……彼、呪いや魔術に詳しい人だったの!」
「はぁ? 魔術? なんだよソレ中二病――」
「本当に使えたの!! 彼をいじめてた森脇君……鬱になって不登校になったの! 私も小指グッサリ切っちゃったし……」
「え……?」
「その後、彼の友達とか、家族とか、みんなみんな変な風になっちゃったの! もう、跡形もないぐらい……みんなおかしくなって、私は見ている事しか出来なくて……」
それは――死んだ生徒、明石 優魔による、実際に被害を受けた人物の証言だった。名越 正樹は何となく察しがついた。多分『明石 優魔に呪われた男の彼女』だろう。同じクラスの女子生徒ではないが、彼氏側の方はなんとなしに知っている。その後の展開は詳しく知らないが、話を聞く限り悲惨な事になったらしい。
けれどすぐ、今のクラスからキツい言葉が飛んだ。
「んなの自業自得じゃん。自分が悪い事したからバチが当たったんじゃない?」
「だろうなぁ。呪いなんてある訳ない」
「そうよ。自分にやましい所があるから、呪いだって思い込みたいのよ」
無関心、無理解の言葉が突き刺さる。女生徒は思いっきり泣きわめくように叫んだ。
「あなたたち……知らないからね!? 何か不吉な事とか起きても、呪いにかかっても私知らないからね!? 私は忠告したからね!?」
吐き捨てて、廊下を駆け抜ける女生徒。多くのクラスメイトが「なんだアイツ……」と怪訝な目を向ける中、明石 優魔と同じクラスに所属した人間は、唇が妙にねばつくのを感じた。
そう……彼女の言葉は『同じクラスに所属した人間なら、有名な話』だった。
自殺した彼が『本物の呪術を使えたのではないか……』少なくてもクラスメイトと教師はそう信じていたし、他にも様々な呪いや逸話はあったりする。
悪口を言った翌日には、SNSやネット周りで自分の悪口を見つけてしまう。とか。
ギロリと睨まれたら、自分か知人が怪我をしてしまう。とか。
一つ有名な話としては――有名な心霊スポットに行った時、彼には『はっきりと異形が見えた』上に『存在しない何かと対話し、捧げもので危機を凌いだ』とか……
細かなところまで話していてはきりがないが、少なくてもクラスでは優魔を『本物』とする風潮があった。事実かどうかはともかく、周りはそう信じていた。
しかしクラスメイトでなければ、そうした噂やルールまでは分からない。積極的にクラス外と交流を持っていなかったらしい。あくまでこうした噂を信じているのは『中学二年の時、彼のクラスメイトの人員だけだ』
だから数日時間が経てば……下世話な話題として、死んだ生徒についてぺっちゃくり始める。呪い云々を噂と割りきって。
「でもなんであの生徒、自殺したんだろうなぁ? よっぽどの事が無ければ自殺なんて……」
「そうだよね……あ! まさか呪いのせいとか?」
「詳しかったって言ってたもんねー」
「いやいや『恋桜』で死んでたって事はさ……好きな誰かにフラれて死んだんじゃねーの!?」
「いやいやいや! 恨みつらみを溜めてた誰かから、殺されたんじゃない!?」
適当な言葉ばかり並べている。本気で真実が欲しいんじゃない。無責任に、適当に、他人の死さえ、人はコンテンツとして消費出来てしまう。あてずっぽうな推論の中に、明石 優魔を案じる者はいないように思えた。
(こういう心理まで、優魔君は読んでいそうだけど……)
魔術や呪いに詳しかった人間。明石 優魔。少しだけ彼と交友を持っていた名越 正樹は、生前の彼を想起する――