5.ピカスケ(1)
「――あら、ナツコ。ぐっしょりになって、ひどいじゃない。さっき、嵐みたいに雨と風が吹いたでしょう?だいじょうぶだった?」
母親の、のんきな出むかえにナツコは
「うん。だいじょうぶ。ぬれただけ」
と、かるく答えた。
本当は、たつまきにあって、宙にういて、竜を見て……と、経験したことをありったけしゃべりたいところだったが
「言っても、とりあってもらえないでござろうよ」
という金の竜の言葉にしたがったのだ。
そして、その言葉の意味はすぐ分かった。
ナツコは金の竜をかかえて家に帰ってきたのだが、母親にはその竜がちっとも見えていないらしい。
「……これがふつうでござる。あなたさまのように、われら竜をはっきり見ることのできる人間はきわめてまれなのでござるよ。あなたさまがこうして今、それがしとやりとりできるのは、おそらくわれらと黒の竜の戦いにまきこまれて、竜の気を強く受けた影響でしょう」
金の竜はふつうの声の大きさでナツコにささやいているが、それもまるで母には聞こえないらしい。
「なにそんなところでボーッと突っ立っているの?早く服をぬいでお風呂にはいりなさい。風邪ひいちゃうでしょ」
と、せかすように言った。
ナツコは自分がシャワーをあびているそのあいだ、とりあえず水を張った風呂おけの中に金の竜を入れた。弱っていた彼はとにかく水に入りたがっていた。
「ふ~っ、極楽、極楽。これはどうやら自然の水ではないようですが、身を浸せるだけでありがたい」
まるで温泉にひたるように水をあじわう様子が、少女にはおかしかった。
いつもなら人見知りのつよいナツコが彼にはなぜだかすぐに心をゆるしてしまい、ハダカを見られても、はずかしいという感じはせず、まるで犬といっしょにお風呂に入っているような感覚だった。
お風呂から上がって髪の毛をかわかし、服を着がえると、ナツコは押し入れの奥にしまってあった、いまは使っていない金魚鉢をこっそり取り出し水を入れると、そのなかに金の竜をうつして自分の部屋につれていった。
「……ねえ、だいじょうぶ?」
少女は、なるだけ声をひそめて話しかけた。ただ水をはった、中身のない金魚鉢に話しかけているのを母親に見られたら、おかしく思われて病院に連れていかれかねない。
「……だいじょうぶ、と言いたいところでござるが無念。だいぶんにやられてしまいもうした。黒の竜にいたく噛まれましたのでなあ」
「なにかたべる?」
「はぁ。とはいえ、それがし人間界は初めてでして、いったい何が食せますや……」
「ちょっと待っていて」
ナツコは母親の目をぬすんで、こっそり台所から「えびせん」を持ってきた。竜ってよくわからないけど、なんとなくエビみたいなこまかい水のいきものを食べてるイメージがある。
「くんくん……ほう。これはなにやら、こうばしいものでござるな」
金の竜は警戒しながらも水から顔を出し、えびせんをカリッと口にした。
「ふむ……これはいけまする。美味なものですな」
そう言って一心にカリポリえびせんをかみくだきだした金の竜をながめながら、ナツコは
「……で、いったいあたしにたのみたいというのはなんですか?」
とたずねた。