20.竜の王子候補(10)
ナツコは部屋でひとりになると、さっそく金魚鉢のピカスケに、きょう学校であったことを話した。
「……ふうむ。それは剣呑な目にお会いなされた。おそらく、黒の竜はだれかれかまわず手あたりしだいに王子候補をおそっていくつもりだったのでしょう。いや、よく無関係のものの命をお救いくださった。まことにナツコどのは勇の御仁であらせられますな」
「そんな、とっさのことだよ」
ほめられてもナツコは赤くなるだけだ。
「しかし、たかが木を一本倒しただけで身を引いたということは、おそらく黒の竜も昨日のわれらとの戦いで傷つき、万全の状態ではなかったのでござろう。さもなくば、やられているところでござる。あぶないところでござった。
明日からまた彼が動き出すのは必定。王子さま探しに一刻のゆうよもありませぬな」
「うん。それでね……」
ナツコは浅倉先生が竜を見えること、そして先生が立てた作戦を伝えた。
「……ほう。めずらしいことでござるな。竜と意思の疎通ができる人間が、せまい範囲にふたりいるとは。それで?……ふむ……なるほど、黒の竜のもうすことは真実でござる。かりそめにも竜の王子であらせられる方が、われらのすがたをとらえられぬということはありませぬ。
その浅倉先生ともうす御仁のおっしゃるとおり、それがしのすがたを王子候補の方々にごらんいただけば、まず、まちがいなく王子さまを確定できましょう」
「じゃあ、あしたあたしといっしょに学校に行ってくれる?」
ナツコの問いに、ピカスケはむずかしい顔をして
「学校とやらにうかがうのはそれがしも望むところでござるが、問題はいかにしてその確認作業を黒の竜に気どられずに行うか、ということでござろうな。今日のその襲撃から判断しても、どうやら黒の竜はナツコどのの行動を見張っておるようです。その集められる5人が王子の候補であると彼に知られては元も子もありませぬ。すべて隠密裏に進めねばなりませぬ」
「そうだね……でも、どうやって……」
ふたりしてなやんでいると
「ピンポーン」と玄関のインターホンが鳴った。
「はいはい……あら、佐々木さん」
「平山さん、夜分にどうもすいません。今日はうちのキミノリがナッちゃんにたいへんお世話になったそうで……」
それは佐々木兄妹の母・カズヨだった。
後ろには小さくなったキミノリが、手に私鉄かむの駅前のしにせ菓子店・みまつ屋のケーキを持って立っている。
「ナッちゃん、今日はどうもありがとう。これお礼。食べて」
日ごろ見せない殊勝な態度だ。
「そんな、何にもたいしたことしてないよ……」
「ううん、ナッちゃんはぼくの命の恩人だよ。今日から、ぼくはなんでもナッちゃんの言うこときくよ」
「いやだ。ヘンなこと言わないでよ、キミノリくん」
「そうよ、キミノリ。王様ゲームじゃないんだから。ふつうに今後も仲良くしてもらうだけにしときなさい」
苦笑いしながらカズヨも言う。
「ううん。これから、ぼくはナツコさまのために生きるよ」
その言いかたがあまりに真剣でこどもっぽいのに、みんなわらい、ナツコもふきだしそうになったが、そのうちにひらめいたことがあった。
「――じゃあ、ひとつお願いごとしてもいいかな?」




