19.竜の王子候補(9)
「……図書室じゃ目立ちすぎるし、ほかのこどもたちの出入りもあるから、図書会議室に集まってもらいましょう」
図書会議室というのは図書室のとなりにある部屋で、名前はりっぱだけど実際は、ただのがらんとした空き教室である。少子化の前、こどもが多かった時代のなごりだ。
「そこにピカスケをつれてきてちょうだい。そして5人にいっせいにピカスケを見てもらうの」
きょとんとしているナツコに浅倉先生は
「黒の竜があなたに言ったことが正しいのなら、王子候補は竜のすがたを見ることができる。つまり竜を見ることができない子はその時点で、もう竜の王子ではない。しかも、どうやら竜を見ることができる人間は、まれにしかいないわけでしょう?ならば10月生まれの男の子のうちピカスケを見ることができる子がいるとしたら、その子が竜の王子である可能性がきわめて高いわ」
「そうか!そうですね!」
「それなら宝珠がなくとも王子を確定することができる。黒の竜から守ることもしやすくなるでしょう」
(やっぱり先生は頭がいいんだな。ちょっと話しただけなのに、あっという間に、そんな作戦まで思いつくなんて……)
ナツコが感心していると、浅倉先生は表情も変えずに
「論理的思考からくる当然の結論よ。……そんなことより平山さん、いまから一人で下校するの?今日はこわい目を見たから心配でしょう?わたしがお家まで送るわ」
思わぬ申し出にナツコはびっくりした。
「えっ?そんな。だいじょうぶです」
「その黒の竜がまた、あなたの前にすがたをあらわす可能性もあるから、危険をさけるためのとうぜんの処置よ」
担任教師の、にあわない気づかいにとまどいながらも、ナツコは浅倉先生につきそってもらいながら下校した。
浅倉先生は時おり、ぶつぶつ独り言を言いながらナツコの横を歩いた。
「……まあ、一方でその宝珠というのもちゃんと探さないといけないでしょうね。王家の宝であるのなら……」
そんな感じで、先生とふたりきりになったからと言って、とくに言葉をかわすことはなかったが、それでも大人がそばにいてくれるのはナツコにとっても安心だった。本当は、ひとりで家に帰るのは不安だったのだ。
先生がわざわざ送ってきたので、ナツコの母親はびっくりしていた。
「あら、先生。この子がなにか粗相でもしましたでしょうか?」
「いえ、そんなことではありません。むしろ立派なことです」
浅倉先生は焼却炉前の一件を説明した。もちろん竜のことには一切ふれず、ただ突風が吹き、それで倒れてきた木からキミノリくんを助けたという部分だけを、である。
「へえ~っ、うちのナツコがそんなことを?」
母は娘を見なおしたようだった。
「それで、ナツコさんもこわい思いをなさったでしょうから、ちょっとつきそってきただけです。では、わたしはおじゃまします。……じゃあ平山さん、またあした」
「はい、あした……。先生、ありがとうございました」
「なんのおかまいもいたしませんで……はい、今後ともよろしくお願いいたします」
母はペコペコ頭を下げながら浅倉先生を見送った。
「へぇ~っ、なんだね。あの浅倉先生という方は、もっととっつきにくい先生かと思っていたけど、わざわざ送ってくれるだなんて、いいところもあるんだねえ。イメージ変わっちゃった」
イメージが変わったのはナツコも同じだ。いくら竜を見たという奇特な体験をしたからといっても、こんなに急に児童にかかわってくるようになるなんておどろきだった。
(ちょっと気味がわるいくらい)
そんなふうに考えちゃ先生に悪いなと思いつつ、ついつい考えてしまうのだった。




