16.竜の王子候補(6)
もともと小学校の教師だったのが定年退職して、それからかむの第三小学校に司書としてつとめなおした先生だから、ヘタな若手先生よりずっとカンロクがある。
ふだんから三つ揃えのスーツを着こなす教員なんてほかにいない。
司書としてもとても優秀で、週に一度の「図書の時間」以外、あまりこどもたちが近寄ることの無かった暗くてつかいにくい図書室を、きれいにそうじ・整理して、明るくつかいよいものにしたてなおしてくれたのは、すべて早川先生だった。
もともとベテランの教師だから、こどもへの接しかたもうまく、本のあつかいがわるい子になどは、ちゃんと注意してしかるきびしさもあるので、みんな本を大事にして、かりっぱなしなどということもへった。図書委員会の運営も、こどもたちのやる気をひきだして仕事をさせるようにしてくれていた。
ナツコは早川先生が好きだった。
もともと彼女が本好きになったのも早川先生が司書に来た3年生のときからである。それからずっと学校図書室のヘビー・ユーザーだった彼女が5年生になって図書委員をめざすことは当たり前だったし、実際になることができて、とてもうれしかった。
「風にあおられて木がたおれてきたとか。こわい思いをしたんじゃないかね?なんだったら仕事を切り上げて、おうちに帰ってもいいのだよ」
やさしく早川先生は声をかけてくれたが、ナツコは
「いえ、だいじょうぶです」
わざと、気丈にこたえた。
(ほんとうは竜の王子のことでも早川先生に相談できたらよいのだけど。早川先生なら竜のことを言ってもバカにせず聞いてくれる気がする。でも、ピカスケにあまり人には言わないように言われているからなあ)
けっきょく仕事ははかどらず、ナツコはそのまま下校することになった。図書委員会のこどもたちで、ナツコとかえり道の方角がいっしょなものはだれもいない。
(ああ、ひとりで帰るのはちょっと不安だなあ)
ナツコがこころぼそく思いながら、げた箱にむかうと、そこに思わぬ人が立っていた。
「……あっ、浅倉先生」
「どうも、平山さん。――もう、図書委員会の仕事は終わったかしら?」
「あっ、はい」
ふつうの担任の先生と児童のあいだならそんなことはないのだろうが、浅倉先生と教室以外のところで会うとナツコは緊張してしまう。まるで、授業以外で話しかけたら悪いのではないか、そんな遠慮をこどもにさせるものを、この先生は放っているからだ。
そんな浅倉先生が教室の外で自分から声をかけた。しかもどうやら、ナツコの図書委員会活動が終わるのをわざわざ、廊下で待っていたみたいだ。
そんなことはめずらしい、というより奇跡だ。なにかの非常事態としかナツコには思えなかった。
「――そう、じゃあちょっとお話しできるかしら。だれにも聞かれたくはないのだけど……そうね、そこの給食室の前で話をしましょう」
ふたりきり、というのがこわいがしかたない、ナツコは浅倉先生にしたがって、だれもいない給食室の前に立った。
「ねえ、平山さん」
「はい、先生」
浅倉先生の呼びかけにナツコは緊張して顔を上げた。
「……平山さん、そうじのとき焼却炉で大変だったわね?3組の佐々木くんのことを助けて……えらかったわ。わたし、あのときのあなたがたを上の階から見ていたのよ」
「あっ、そうだったんですか?」
そんなこと知らなかった。教室でもそのことに浅倉先生はちっとも触れなかった。この先生はそういうことをいちいち口にして言ってくれないから、何を考えているのかわからないところがある。
それで、いまさらいったいなんだろう?
浅倉先生はそのあと、すぐに言葉をつづけるでもなし、なにかとても言いにくそうにモジモジしていたが、しばらくすると思いきったように言った。
「で、ね。あのとき焼却炉の煙突の上にいた『黒くて長いもの』はいったいなんだったのかしら?」




