私を愛す気はない? 私もです。〜あなたと結婚すると思いました?〜
「お前が王子の恋人に危害を加えた女か」
侯爵は鼻で笑った。
リアーは今日、侯爵の元に行くように王から命令され、そこそこ都から離れた侯爵の屋敷へ訪れた。
そして数台の馬車と、ある程度の数の従者と共に、屋敷の玄関に立っていた。
目の前のドアにはこの家の侯爵がだるそうにドアに体重を預けて立っている。
「愚かな女だ。せっかく王子の婚約者だったというのに、男の浮気の一つや二つが許せんとは。その上相手の女を害して王都から追放か」
侯爵は見下した目でリアーをしげしげと観察する。
リアーは屈辱に耐え、深々と頭を下げた。
「申し訳ございません」
「それだというのに新しく夫をあてがってもらって、羨ましいことだ。だがその相手が俺というのはな……全く、王の命令とはいえ、俺がお前のようなゴシップつきの女と結婚させられなきゃならんとは」
侯爵は見目の良い顔を歪ませて、鼻を鳴らした。
彼はとても見目の良い男だった。
そしてだらしない色気に満ちていた。
黄金色の髪は風呂上がりのように乱れ、
紫の瞳は夢を見ているようにまったりと細められ、
口許には嘲笑のような笑顔が張り付いている。
仕立ての良いジャケットを軽く羽織り、シャツのボタンが二つはずされ、きめの細かい肌を見せている。
見る女性が見れば、頬を染めてゴクリと唾を飲み込んだかもしれない。
リアーはひどく気まずくなった。
その顔を見てか、侯爵はニヤリと笑った。
「結婚はしてやる。だが俺がお前を愛すことはない。俺はお前以外の女を愛す」
「……そうですか」
「そしてお前を屋敷に入れる気もない」
侯爵は得意げにニヤリと笑う。
「馬車と共にここから少し奥に行け。そこに昔叔母が使っていた寡婦用屋敷がある。そこをやるから一人で暮らすんだな。ああ、金目のものは置いていっていいぞ。誰か欲しいものも居るだろう」
「そうですか」
リアーは素直に頷いた。
「ああ、もう一つ。建前上お前と結婚するが、お前との間に子供を作る気はない。俺の子は愛する女から生まれる子だ」
「わかりました」
うんざりした顔を隠さずリアーが了解を示すと、それをどう受け取ったのか、
侯爵はおかしそうに笑いを吹き出した。
「強がりは止せ。俺に愛されないと聞いて傷ついているのだろう? 期待してきたのに、残念だったな」
「それはありません」
リアーはむっつりと言った。
侯爵もムッとして低い声を出す。
「言いたいことがあるなら言え」
リアーは顔をあげた。
「では正直にいきましょう。まず、あなた様に愛されたいとは思っておりません」
一度間をとると、リアーは訝しげな顔をした侯爵と目を会わせて再び話し出した。
「なぜかと言えば、あなた様はとてつもなく女癖が悪いときいています。ここに来る前に、あなたの主治医をなさっている方のところに寄って、お話を聞いてきました。あなたは定期的に、仲の良い女性からいただいてきた性病を治しに来ているとうかがいました」
侯爵はポカンと口を開けて固まった。
「そんな方と夜を共にしたいとは思いません」
「いや……俺の主治医がそんな情報を漏らすわけが」
「あなたの主治医をやめたいそうです。あなたがお付き合いのある女性をつれてきて、いつも堕胎をさせると嘆いておられました」
「そうか」
侯爵はイラついたようで、眉間にシワを寄せ、首の後ろを撫ではじめた。
「話を続けますね。あなたはこの屋敷に未亡人や質の悪い貴族男性を集め、いかがわしい会を定期的に開いているらしいですわね」
「なぜそれを!」
「調べはついておりますの。そのパーティーで、男女は誰彼構わず……まあ、それはいいですわ。その上、男性たちに人身売買で集めた女性たちを与えているとか? そしてその方たちに禁製品である依存性の高い、とても危険な薬品をお売りになっていると言う話を聞きまして」
真っ青になっている侯爵に向かってリアーはにっこり笑った。
「本当にあなた、私がそんな人に嫁いで、ありがたいと思っているとお思い?」
リアーが手提げから紙を一枚だした。
「こちら、王からの書類です。ご確認いただけます?」
侯爵はそれを震える手で掴み、ギョロギョロした目で文面を追っていった。
「そんなに震えていては、うまく読めないんじゃなくて? 私が要約してお伝えいたしますね。あなたを逮捕いたします。裁判になりますので、無事に都に連れて帰れと言うのが私が受けた命令ですわ」
侯爵が呆然とした顔をあげた。
リアーの後ろに控えていた体格のいい従者たちが小慣れた動きで侯爵を取り押さえる。
「ですから、申し訳ないんですが、わたくしあなたとは結婚できませんわ」
~~~
ある日リアーは、王妃教育から解放された途端に王に呼び出された。
そこには国の騎士団のトップを担う父とリアーの婚約者である王子も揃っていた。
「ずいぶん物々しい顔ですわね皆様」
そこにいるリアー以外の三人はそれぞれ後ろ暗いことのありそうな気まずそうな顔をしている。
「嫌な予感がするわ」
「リアー、君との婚約を破棄しなければならない」
言葉を放った王子はとても辛そうな顔している。
リアーは呆然として言葉を失ってしまった。
その反応を見て王子は、外では見せられないくらいあわてふためいた。
「その、嘘だ……嘘で! 婚約を破棄するんだ」
「おい、さっきのは言っていい言葉ではないぞ。お前、振られたいのか」
王が気楽な喋り方で王子を指差した。
「王子、許しませんよ、リアーを傷つけるつもりですか?」
父も冷たい声で王子を非難する。
「この作戦を考えたのはあなた方でしょう! 私は嫌なんだ!」
「もういい、お前は黙っておれ」
王が手をヒラヒラ振ってお役ごめんを言い渡した。王子は気まずそうな顔をしてチラチラとリアーの様子をうかがっている。
だが、普段はすぐにそばに来るのに、今日は近づいてこなかった。
「婚約は破棄するんですか? しないんですか?」
「しない!」王子が慌てて叫ぶ。
「婚約は破棄させん。そいつは放っておけ。今から説明する」
リアーは王の方に向き直った。
それから聞いた話は、俄には信じられないほど堕落した貴族の話だった。
ある若い侯爵が、自分の屋敷で男女入り乱れの如何わしいパーティーを定期的に開いていると。
そしてそれだけでも悪いのに、そこに人身売買した女性を大量に囲っていて、パーティーに来る紳士たちにサービスを振る舞っていると。
そしてとどめには、そこに招いた人々に、この国で禁止されている依存性の高い薬物を売りさばき、大金を稼いでいると。
「そんなところに嫁にいけと?」
「嫁にはやらん!」王子が叫んだ。
それに頷いて王も同意する。
「ああ、絶対にやらんとも。リアーにはうちの愚息を支えて立ってもらわねばならないからな」
リアーは首をかしげた。
「でも王子と婚約破棄して邪魔になったと、無理矢理その方と結婚させるよう命令を出すのでしょう?」
「文書には残さん。まず、やつの屋敷に命令を伝えにいかせる。口頭だ。書類は令嬢と共に送ると伝える。それから君が侯爵の家にいく。その時に君の引っ越しの荷物を運んでいる様に見せて、騎士を大量に運ぶ。君はヤツに罪を読み上げ、騎士に逮捕させる。どうだ?」
リアーはどうだと言われても決定なんだろうと思って、作戦を頭のなかでまとめ始めた。
「私は嫌です! 嘘だとしてもリアーと婚約破棄など。その上リアーに冤罪を着せて! リアーの目に触れさせたくもないような、汚らわしい男のところに、嘘だとしても輿入れさせるなど!」
「わかったわかった、何度も言うな。耳にタコができるわ」
王はうんざりとしている。王子の意見は聞き入れる気がないらしい。
「なぜ私なんです?」と聞くと王はうなずいて口を開いた。
「すまんが、君でなくてはいかんのだよ。その辺の令嬢じゃいかん。どんな罪をでっち上げたところで、王命で無理矢理結婚させる言い訳にはならん。だが、息子の元婚約者となれば、王が私情で命令を出しても、なんとなく納得させられる」
リアーはうなずいた。
「私はあの男を捕まえたい。だがあの男はそれなりに警戒心が強い。騎士が動けばすぐに警戒するだろう。では騎士が市民に扮したらどうかといえば、それもダメだ。体格のいい市民が固まって動けば疑われる。だが王子の元婚約者の輿入れの従者としてならどうだ? しかも彼女は騎士団長の娘ときている、護衛が多くても誰も驚かん。どうだ、君でなければならない立派な理由だろう」
王はリアーの顔をじっと見て、ため息をついた。
「君に不快な思いをさせているのはちゃんとわかっている。だが、必要なことなのだ。国にとって毒になるものは取り除かなければならない。そして、それを行うのは我々でなければならないと儂は思うのだ。他人の手に任せるわけにはいかん。それが王族としての国民に対する責任だと儂は思っている。君も三年後には王子の妻となり、王族の一員となる。だから、君もある程度の犠牲は払わねばならん。わかってくれるか?」
「わかりました。私の事を捨てゴマだと思っていないのなら、いくらでも協力します」
リアーは強くうなずいた。
父が隣から、肩にポンと大きな手をのせた。
「リアー大丈夫だ。一番腕の立つものたちを沢山つけるからね。そうしても私が少し親バカだと思われるだけだ」
王が鼻で笑った。
「実際お前は親バカだろうよ。娘可愛さに婚約者に王子を用意するくらいだ」
「あなたがリアーを娘として欲しがったんでしょう」
二人は子を持つ親の顔をして言い合い始めてしまった。
リアーは視線を感じて王子をみると、彼は落ち込んだ顔をして、ゆっくり近づいてきた。
「リアー、大丈夫かい?」
「ええ。父が沢山騎士を付けてくださるそうですし」
「そうじゃない、もしこの話が漏れたら、私に別に好きな女がいて、君が女性を傷つけたことになる」
「ああ、それに婚約破棄も知れ渡ってしまうかもしれませんね」
リアーはにっこりとして冗談をいったが、王子はますます苦しそうに顔を歪めた。
「だめだ、もしそんな噂がたっても、僕は君を手離す気はない」
「あら、愛人にでもするつもり?」
「ちがう。君は次の王妃だ」
王子は強い口調で言った。
リアーはクスリと笑ったので、王子は拗ねたように顔をそらした。
「君を一人で行かせたくない。僕もついていきたい……」
「ダメです。私は婚約破棄された設定ですよ? それに王子が危険なところに近づけるはずないでしょう」
「だが……」
「あなたは国民全員に責任があるんですから、ちゃんと安全でいてください。あなたにもしもの事があったら、将来国民全員が路頭に迷うんですからね」
王子はしぶしぶ頷いた。
「だが、危険な男のところに行くんだ、絶対に危ないことはしないでくれよ」
「私が成人男性相手に何をするって言うんです? 大立回りは王妃教育に含まれてませんから」
クスクスと笑うと、じれったそうに王子はリアーの手を握り、そこにキスした。
「リアー、絶対に帰ってきてくれよ」
「私はあなたを悲しませたりしませんから。十分用心いたしますわ」
王子は「ありがとう」と微笑むと、リアーの腰に手を回し、自分の体に引き寄せた。
そして二人は見つめあった。
「おい、おまえたち、ここに父親が二人いることを忘れるなよ」
王があきれた声をかけてきたので、リアーと王子は目を真ん丸にして驚いてから、真っ赤になって笑った。
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そしてリアーは帰ってきた。
「お帰りリアー」
王子はリアーが馬車を降りるのを待って、すぐに彼女を抱き締め、くるくると回った。
「うまく行ったようだね?」
「ええ、万事上手く」
リアーは地面に下ろされ、乱れた髪型とドレスを直す。
王子はにこにこしながらそれを待ち、リアーが姿勢を正すと手を繋いで歩きだした。
「じゃあ僕の話も聞いてくれるかい。父に掛け合って、僕らの結婚を早めてもらえることになったんだ」
リアーは驚いて目を丸めた。
「まああきれた。私が馬車に揺られてうんざりしている間に、貴方ったら、そんな事を?」
「僕たちの婚約を嘘だとしても一度破棄したんだ、慰謝料としては妥当だろう?」
王子はニヤリと笑って首をかしげた。こんなときばかり強気なのだ。
それがおかしくてリアーは吹き出した。
「確かに私はごほうびをもらってもいいかも」
「ああ、そうだとも」
二人はクスクス笑って体を寄せながら、通路の脇に控えた騎士たちに見守られ、王に報告に向かった。
読んでいただいてありがとうございます。
「お前を愛す気はない。俺には愛する人がいる」
っていう男がマジでイラつくので、ストレートに退治したい気持ちで書きました。
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