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⑦冬の魔女とふたり


街から少し(はな)れたところに、小さなお家があります。そこにはとても仲の良い兄妹が、ふたりで暮らしています。



妹は、女の子とは言えない年齢(ねんれい)の、控え目で気の利く女性(じょせい)です。


可愛らしく、優しい人で、とてもよく働きますので、彼女をお嫁さんにもらいたい人は、あとをたちません。


ですが、いつもやんわりとお(ことわ)りしてしまいます。


お兄さんは、妹を好きな相手から、大事にしてくれそうな人を選んでは、(すす)めてみるのですが、妹はかたくなに結婚しようとはしません。


「お兄さんが結婚してから」


いつも彼女は、そう言います。

いつもお兄さんは、苦笑(にがわら)いで、(こた)えます。


セーラとクリスは同い年でしたが、お兄さんは妹と、5(さい)ほど年齢(とし)が離れています。




あれからもう、数年の月日が流れていました。




冬の谷に向かったクリスは、すぐに宮殿に辿りつき、魔女に会うことができました。

おそらく魔女は、クリスと会う気でいたのでしょう。


ですが、簡単(かんたん)に辿りついたわけではありません。クリスの身体は『黄金のリンゴ』を探しに行った時のように、元気ではありませんでしたから。


「そんな身体でまたきたの? 本当に馬鹿な子ね」


「セーラは! セーラは無事でいるのですか?!」


クリスはもう、魔女を恐ろしいとは感じません。セーラのことだけしか、考えられませんでしたから。


「どうして無事でいると思うの? アナタ、自分がどうなっていたか、忘れたの? それに、セーラはこんな寒いところに、ワンピースで来たのよ。 無事なわけないじゃない」


「そんな……」


クリスは冷たい氷の床の上に、呆然(ぼうぜん)とたちすくみます。ですが、しばらくしてから、歩き出しました。


「どこへ行くの?」


わかっているのに、どうして聞くのだろう。そう思いながら、クリスは答えます。


「……セーラを、探しに」


クリスは谷底へと向かうつもりでいました。

そこにセーラがいてくれる、わずかな希望(きぼう)を胸に。


もしもセーラの亡骸(なきがら)があったら、どうせクリスは幸せにはなれませんし、なりたくなどありません。

たとえそのために、セーラがしてくれたことだとしても。



人にはいずれ、死がおとずれます。


だれかが死んだから、幸せになってはいけないなんてことは、ありません。



クリスは間違(まちが)っているのかもしれません。でも、クリスにとっては、なにが正しいかなんて、もうどうでもいいことでした。


セーラがそこにいなければ、ずっと探すだけです。


マリーに自分勝手だ、と言われましたが、自分勝手でもかまいません。なによりも、自分のために、クリスはセーラを探すのですから。




歩き出したクリスに、魔女は言いました。


「無事とはいえないけれど、彼女は生きているわ」


「! 本当ですか?!」


「でも、氷の中にいるの。 生きたまま、眠っているわ。 わたしがやったのではないわよ。 冬の谷の底というのは、そういうところなだけ」


本当は、自分がそうなるはずだったクリスは、魔女に『自分とセーラを交代(こうたい)させてほしい』と、おねがいしようとしましたが、やめました。


セーラとかわったら、きっと今度は、セーラが今の自分(クリス)になるだけ。

そんな気がしたのです。



「おねがいです。 どうか彼女とボクを、助けてください。 そのためにできることは、なんでもします」



クリスが命をかけても、セーラを助けられませんが、魔女ならできるに違いありません。


クリスが死んでしまったら、助かっても、セーラの心は死に……やがて、身体も死んでしまうのでしょうから。


「まあ、ワガママね」


魔女は呆れたようにそう言って、とても可笑(おか)しそうに笑います。

クリスは知りませんが、彼女がちゃんと笑うのは、とても(めずら)しいことでした。


「いいわ、助けてあげる。 でも……そうね。 わたしが、もういい、と言うまで、ここで(はたら)いてもらおうかしら。 アナタはそれで助けてあげる。 セーラからはひとつ、彼女の大切なものをもらうわ」


「セーラの大切なもの?」


クリスは自分の条件(じょうけん)よりも、セーラの条件が気になります。

なにを(うしな)ってしまうのか、とても心配です。


「心配しなくても、セーラはそれで死んだりしないわ。 わたしはなんでも知っているのよ。 それで彼女も、助けてあげる。 ひとりにひとつよ。 いいわね?」


いくら不安で心配でも、それよりいい選択肢(せんたくし)など、クリスには思い浮かびませんでした。


そうして5年たち、魔女はクリスに「もういい」と言うと、セーラを氷の中から目覚めさせたのです。




そう、兄妹は、クリスとセーラ。

セーラはずっと、氷の中で眠っていたので、クリスは5年分、セーラより年上になったのです。


目覚めたセーラは、クリスのことだけが、わからなくなっていました。


魔女がもらった、セーラの大切なものは『自分(クリス)との思い出』だったのだ、クリスはそう思いました。


クリスは泣きに、泣きました。


忘れられて悲しかったからではありません。

どこまでも大切に想われていたことに、胸が(あつ)くなり、涙があふれてきたのです。


ペンダントのことだけではなく、日常(にちじょう)のあらゆるところで、セーラはクリスに、たくさんのあたたかいものをくれていたのだと、あらためて感じました。




クリスはセーラに「ボクは君のお兄さんだよ」、と言いました。


クリスがマリーを好きになったことで、セーラはどれだけ(きず)つき、苦しんだことでしょう。


だけどもうセーラは、そのことを覚えてはいません。

なにも知らないセーラには、素敵な人と知り合って、恋をし、幸せになることができるのです。


クリスはもう、だれかを好きになることはないような気がしています。


セーラはもう、セーラでありながら、知らない女の子なのです。そこにかつてのセーラを(かさ)ねては、いけないと思いました。



セーラは大人になるにつれ、特になにかをしたわけでもなく、垢抜(あかぬ)けていきました。


控え目なところは変わりませんが、街に出ると、自然とみんなの目を引きます。たくさんの男性が、セーラをデートに誘いました。

ですが、どんなに熱心に誘われても、セーラの気持ちは動きません。



セーラはまた、クリスを好きになっていたのですから。



セーラは、クリスを好きなことに、とても悩んでいました。お兄さんだと思っているのだもの、仕方のないことです。

だから、クリスがだれかを好きになり、結婚したら、あきらめようと思っています。


クリスはそんなセーラの気持ちに、うすうす気がついていましたし、それを嬉しいと思う、自分の気持ちにも、気づいていました。


ですが、どうしていいのかわかりませんでした。

「馬鹿な子ね」という、魔女の言葉だけが、今も思い出されます。



『黄金のリンゴ』は(かべ)にかけられた旅のリュックの中に、今もしまったままです。







ビターエンドが好きな、大人の方は、ここで終わりだと思ってくださいね!

お読みいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] リンゴ、返さなかったんだ…。
[良い点] ハッピーエンド好きなんですが、このビターエンドはいいものだ! 感情がジェットコースターのように揺さぶられる作品でした。 登場人物みんな好き。
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