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⑤『黄金のリンゴ』とセーラのペンダント

冬の谷で、冬の魔女の住むところになんとかたどりついたクリスは、ついに魔女に会うことができました。


魔女は氷でできた宮殿(きゅうでん)に住んでいました。キラキラとしていて、とても綺麗で……そして、とても寒いところです。


魔女は話どおり、言葉では言い表せないほど、とにかく美しいひとでした。


そして美しいけれど、とてつもない恐怖(きょうふ)を感じます。

その冷たい(ひとみ)をずっと見つめ続けていたら、やがて氷の中に閉じ込められてしまうような、そんな気持ちになるのです。




クリスは気持ちを(ふる)い立たせ、震える足や手に、ぐっと力を込めました。


「おねがいがあってきました。 大切な人を幸せにするために、どうかボクに『黄金のリンゴ』をください!」


魔女はクリスを小馬鹿(こばか)にしている様で、氷でできた階段(かいだん)の上の、氷でできたきらびやかな椅子(いす)(すわ)ったまま、クリスを冷たく見下ろしています。


「『黄金のリンゴ』なんて、どうしてわたしが持っているというの? 」


「持ってなくても、あなたは知っているはずです。 ボクがここにきたのも、きっと」


それを聞いて、魔女は少しだけ笑いました。


「そうね、知っているわ。 わたしはなんでも知っているのよ。 アナタが来たことも、アナタが来たわけも、最初(さいしょ)から知っていたわ」


「会ってくれて、ありがとうございます」


「カン違いしないで、(ぼう)や。 会ったのは気が向いただけ。 持ってたとしてもアナタにはあげないわ。 アナタの幸せなんて、わたしには関係ないもの。 本当に人間っておろかね」


気まぐれなのは事実(じじつ)のようで、今度は機嫌(きげん)(そこ)ねたようです。

それでもクリスはあきらめません。


「どうしたら『黄金のリンゴ』をゆずってもらえますか?」


「本当に持っていないわ。 この宮殿よりずっと下……深い谷の底にあるのよ」


魔女はなぜか、『黄金のリンゴ』のありかを簡単(かんたん)に教えてくれました。


クリスは喜んで魔女にお礼を言い、すぐに谷底に向かう気でいましたが……


「待ちなさい」と、魔女はクリスを止めたのです。




魔女はすべてのことを知るわけではありませんが、知ろうと思ったことは、なんでも知っています。


もちろん、期限も知っていました。


そして、今からクリスが谷底へ向かっても、到底(とうてい)間に合わないことも。


「わたしが(ひろ)って来てあげてもいいわ。 すぐ、すむもの」


谷の底は、人間のクリスには()りるのも登るのも大変ですが、魔女には簡単に()()できてしまいます。

魔女は続けて言いました。


「そのかわり、アナタのつけているペンダント、それをわたしにちょうだい」


クリスはビックリしました。


大事なペンダントです。くじけそうになって眺める時以外は、なくさないように、服の下につけているので見えるわけがありません。


魔女は『なんでも知っている』のです。

セーラのものだというのも知っているはずなのに……と、クリスは悔しさに、下唇(したくちびる)()みました。


「これは……あげられません。 セーラの大事なもので、ボクのじゃありません」


「知ってるわ。 セーラはそれをあげても『ひどいわ』と、困ったように笑うだけだということも」


なんでも知っている魔女の言うとおり、クリスにも、そんなセーラの顔が、すぐに想像(そうぞう)できました。


「……きっと、そうでしょうね」


ペンダントをあげれば、簡単に『黄金のリンゴ』が手に入ります。

ギリギリですが、期限に間に合うかもしれません。間に合わなくても少しだけなら、許してもらえるような気もします。


だって、『黄金のリンゴ』は国の宝だったのですもの。


答えは決まっています。




「でも、これはあげられません」


クリスは断りました。


クリスは、セーラの自分への想いは知りませんが、無事をいのって、大切なペンダントをあずけてくれたことぐらい、わかっているつもりです。


「教えてくださり、ありがとうございました」


そう魔女に頭を下げると、クリスは谷底に降りるつもりで、宮殿の出口へ()を進めます。


魔女は明らかに不機嫌な様子で、椅子から立ち上がりました。


その瞬間(しゅんかん)、凍ってしまいそうな冷たい風がビュウっと吹いたかと思うと、クリスの身体を()きあがらせます。


身体を(つつ)んだ風は、刺すように冷たく、ビリビリとした痛みが全身(ぜんしん)(おお)いました。

身体の中がまるで、浮き上がってどこかに行ってしまうような、気持ちの悪さ。

とても目がまわります。


落下している、と気づくのに時間はかかりませんでした。




馬鹿(ばか)な子は嫌いよ」


ちぎれそうに痛む耳に、そばであざけるように、魔女の声が聞こえました。


『怖い』。そう思いました。


魔女を怒らせてしまったのです。

きっと自分は、目が回ってよくわからないまま、死んでしまうのだろう、クリスは真っ暗になって、ぼうっとしていく頭の中で、そう思いました。


(ああセーラ。 ペンダント、持って帰れないみたいだ。 ごめんな)


魔女にあげなくても、返せないなら同じです。

『黄金のリンゴ』だって、持って帰るころにはきっと、マリーには他にお婿さんが、見つかっているのでしょう。


だから魔女はクリスに『馬鹿な子』と、言ったのかもしれません。


「『黄金のリンゴ』がほしいなら────」


魔女の声が頭の中で(ひび)きます。

でもさいごの方は、クリスにはもう、よくわかりませんでした。




クリスが目をさますと、目に(うつ)ったのは、見たことのない、綺麗な天井(てんじょう)でした。


「……ここは……?」


クリスは冬の谷にいたはずです。

それなのに、なぜか服は寝間着(ねまき)で、あたたかい布団(ふとん)にくるまれているではありませんか。

それに、寝間着も布団もサラサラしていて、天井と同じように、とても綺麗です。


(ゆめ)なのかな、とも思いましたが、身体はとても痛くて……これが夢でないことと、冬の谷に行ったことが本当であることを、クリスに教えてくれています。




ここがどこだかは、すぐわかりました。

領主様のお屋敷です。

領主様とマリーがクリスが目覚(めざ)めたことを知り、すぐに()けつけてくれたからです。


ですが、なぜここにいるのかは、サッパリわかりません。


今クリスのまわりには、領主様とマリーと、数人(すうにん)の使用人がいて、夢からさめていないように不安げなクリスを、とりあえずソファに(すわ)らせました。


なにがおこったのかを知りたいクリスも、素直(すなお)にそれに(したが)います。


クリスのリュックには、『黄金のリンゴ』が入っていたそうで、領主様がそれをクリスに手渡しました。



『黄金のリンゴ』は話どおり、本当に美しいものでした。


黄金(こがね)色に光る表面(ひょうめん)は、とてもツヤツヤしています。まわりの色を(うつ)し、黄金色がほかの色もぜんぶ、キラキラさせるのです。

まるでそれは、光がこぼれているよう。



クリスは驚きました。

『黄金のリンゴ』を手に入れた覚えはありません。見つけられませんでしたから。


「領主様、これはボクのものではありません……なにかのまちがいでは?」


「だがクリスくん、君のリュックに入っていたんだ」


クリスはリンゴを見つけられなかったのに、なんでリュックに入っていたのでしょう?

わからないことだらけです。


「どうしてボクはここにいるのでしょう? それにこの恰好(かっこう)は……」


そう言って、クリスは(むね)のあたりをさわって気づきました。


ペンダントが……ありません。


「ボクのつけていたペンダントは?! あれはセーラのものなんです! あの子のお母さんの形見(かたみ)で……」


その言葉に使用人たちは顔を見合わせました。

ぬれた服を着たクリスを着替(きが)えさせたのは、使用人たちです。


「ペンダントなんて、つけてませんでしたよ」


「えっ……」


いったいどういうことなのでしょう。




どうやらマリーと、娘から話を聞いた領主様だけは、なんとなくわかっているようです。

嬉しいけれど、(よろこ)んではいけないような……とても微妙(びみょう)な表情をしています。


とても(いや)予感(よかん)がして、クリスの心臓(しんぞう)はどくどくとなっています。のどがかわいて、声が出ません。

セーラが大人びて見えた、あの時のように。



そう、セーラの姿が見えないのです。



だれよりも、クリスを心配していたセーラです。彼女はここで働いているはずです。

セーラはクリスに「言うとおりにする」と、領主様も「セーラにはここで働いてもらう」と言ってくれていました。


なのに、どうしてセーラの姿はないのでしょう。

そして、ペンダントはなぜないのでしょう。



なんで、自分(クリス)はここにいるのでしょう。


見つけてないはずの、『黄金のリンゴ』を持って。



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― 新着の感想 ―
[良い点] あと一話?あと一話くらいかな?? ソワソワします!!
[良い点] クリスは、ある意味優柔不断で、二兎を追って何も手に入れられないタイプですね。 優しいけど、愚か。 [一言] 鷹羽なら、悲しいエンディングを迎えさせるところですが、さて。
[一言] これはこうなのかとも思いますが、外れたら恥ずかしいので……ゲフンゲフン 電気は大切にねっ! 寝落ちはほどほどにねっ!
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