③クリスとセーラ
『冬の魔女と黄金のリンゴ』は物語のように語り継がれていますから、みんな知っています。
ですが、物語ではありません。歴史書にも、のっています。
王子様のことを心配した王様は、魔女に手紙を書きましたし、捜索隊も出しました。
ですが、返事はありませんでしたし、王子様の行方はわからないまま。
少しでもわかることがないかと、王様が吟遊詩人をつかって街にも広めたのです。
吟遊詩人は色々なところで、あったできごとを物語のように歌う人のことです。素敵な歌や面白い話は、みんな大好きですものね。
『黄金のリンゴ』は素晴らしい宝物なだけでなく、魔女への誠意……まごころの象徴です。
領主様の娘であるマリーの婿に、なにもふさわしくないクリスですが、これを探し出せばだれも文句はつけられません。
なにしろみんなが知っている、まごころの宝物なのですから。
もちろんクリスは探しに行くと決めました。
それは、とても覚悟にみちた凛々しい顔で、マリーへのきもちがよくわかります。
領主様は、それに胸を痛めながらも、期限を告げなければなりませんでした。
領主のお仕事は大変ですし、貴族というのはなにかと難しいのです。
マリーには、早くいいお婿さんをもらう必要がありました。
できればクリスを長く待ってあげたいけれど、そういうわけにはいきません。
2ヶ月というわずかな期限をあたえられたクリスは、さっそく旅支度をしなければなりませんでした。
ただ、クリスにはひとつだけ、気になることがありました。
そう、セーラのことです。
支え合って暮らしてきた二人です。
自分がいなくなっても、セーラはひとりで暮らしていけるでしょうか。
マリーに夢中のクリスですが、そんな時でもセーラを妹のように大事に思っていたことには、なんら変わりがありません。
ただほんの少しだけ、ボンヤリしてしまい、話をちゃんと聞いてあげなかったことは、あったかもしれませんが。
クリスは領主様に、セーラのことをおねがいしてみることにしました。
「領主様、ボクには幼馴染がおります。 両親を早くに亡くしたボクにとって、妹のように大切な子なんです。 ボクがいない間だけでいいのです。 どうか、その子の面倒をみていただけないでしょうか」
マリーのように特別に綺麗ではありませんが、セーラも年頃の、可愛い女の子。ひとりにするのは不安でなりません。
クリスは聞いただけですが、それでも冬の谷がどんなところかぐらい、ちゃんとわかっています。
もしかしたら、死んでしまうかもしれません。
『黄金のリンゴ』を手に入れられなくても、マリーは他のだれかと結婚してしまうだけ。きっと領主様なら素敵なお婿さんを探してくれるでしょう。
でもセーラはたった一人になってしまうのです。
クリスの妹だというなら、領主様も面倒くらい見てあげるつもりでいました。ですが、実際は他人にすぎません。
はたからみれば、セーラはこの件のだれとも関係のない女の子です。
関係のない子の面倒を見る理由はありませんから、セーラにしても『ひいきされている子』と嫉妬のまざった意地悪な目で見られてしまうでしょう。
「ふむ……その子は働き者かね?」
「手先が器用でとても働き者ですから、なにかの役には立つと思います」
領主様は『妹でなくても、働き者なら問題はないな』、と思いました。
お仕事をしてもらって、かわりにお金と住む場所をあげればいいだけです。
領主様はしっかり者ですから使用人もちゃんとしっかりした人を選んでいます。
一生懸命働く人なら、時間はかかっても、いずれ認めてくれるでしょう。
「いいだろう、その子にはうちで働いてもらおう」
「ありがとうございます!」
クリスは安心しました。
セーラなら、働き者なうえ、優しくて気の利く娘です。きっと自分がいなくても、上手くやっていけるに違いありません。
クリスは家に帰ると、心配して外で待っていたセーラにお屋敷での話をしました。
セーラは驚き、泣き、大きな声でわめいて反対しました。
反対されるとは思っていましたが、いつも控え目なセーラです。
怒る時はしばらく経ってお互いの頭が冷えてから、クリスの立場も考えながら、やんわりと『どうして怒っているのか』を説明するように怒ります。
また、セーラは芯の強い子です。
今までクリスの前でだって、けっして子供のように、泣きわめいたりなどしませんでした。
「絶対にいやよ! いや!!」
そう言って、セーラは部屋に閉じこもってしまいました。
クリスは自分が思っているよりも、セーラに大事に思われていることを感じ、ひとりにしてしまうことをもうしわけなく思いながらも、嬉しくなりました。
ですが、決意は変わりません。
セーラは出てきそうにないので、扉の前からそっと話しかけます。
「セーラ、期限は2ヶ月しかないんだ。 早く行かないといけない。 ……出てきてくれないか? さいごになるかもしれないから、いっしょにご飯を食べたいんだ」
セーラは子供のように布団のなかで泣きじゃくりながら、クリスの話を聞いていました。
そして『さいごになるかもしれない』という言葉に、死を覚悟しているのだと、気づきます。
死を覚悟した人間のやることを、どうして止めることができるでしょうか。
セーラはクリスが大好きです。
それはクリスがマリーを想う気持ちといっしょ。
でも、クリスが幸せなら、それでいいと思っていました。クリスは自分をマリーのようには好きではないのですから。
それがこんなことになるなんて、あまりにもひどいではありませんか。
セーラは考えました。
自分の気持ち、クリスの気持ち、なにをしたいか、なにをするべきか。
そして、なにならできるかを。
クリスがあきらめて、自分の部屋に戻ろうとしたその時でした。
「……セーラ!」
セーラが扉を開けて、出てきたのです。
「クリス、あなたの気持ちはよくわかったわ。 わたしのために、色々してくれたのも。 ありがとう、言うとおりにします」
セーラはもう、泣いてはいませんでした。
そのかわり、涙のあとの残る顔で、しっかりとクリスをみつめています。
「セーラ」
まるで急にセーラが大人になった気がして、クリスは言葉が出てきません。クリスがなんだかカラカラになったのどから、ひりだすように名前を口に出しました。
ですが、なにか言われるのを遮るように、セーラも再び口を開きます。
「でもおねがい、3日だけ待って」
それは、突然のおねがいでした。
クリスには2ヶ月のうちに『黄金のリンゴ』を探して持って帰らなければなりません。
そのうちの3日間は、けっして短い時間ではないはずです。
ですが、クリスはなにも言わずにうなずきました。
セーラはワガママを言う子ではありません。
そんなセーラの数少ないおねがいを聞いてあげるのも、これがさいごかもしれませんから。