表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

③クリスとセーラ


『冬の魔女と黄金のリンゴ』は物語(ものがたり)のように(かた)()がれていますから、みんな知っています。

ですが、物語ではありません。歴史書にも、のっています。


王子様のことを心配した王様は、魔女に手紙を書きましたし、捜索隊(そうさくたい)も出しました。

ですが、返事はありませんでしたし、王子様の行方(ゆくえ)はわからないまま。


少しでもわかることがないかと、王様が吟遊詩人(ぎんゆうしじん)をつかって街にも広めたのです。

吟遊詩人は色々なところで、あったできごとを物語のように歌う人のことです。素敵な歌や面白い話は、みんな大好きですものね。




『黄金のリンゴ』は素晴(すば)らしい宝物なだけでなく、魔女への誠意(せいい)……まごころの象徴(しょうちょう)です。


領主様の娘であるマリーの婿に、なにもふさわしくないクリスですが、これを探し出せばだれも文句(もんく)はつけられません。

なにしろみんなが知っている、まごころの宝物なのですから。




もちろんクリスは探しに行くと決めました。

それは、とても覚悟にみちた凛々しい顔で、マリーへのきもちがよくわかります。


領主様は、それに(むね)(いた)めながらも、期限(きげん)()げなければなりませんでした。


領主のお仕事は大変ですし、貴族というのはなにかと難しいのです。

マリーには、早くいいお婿さんをもらう必要(ひつよう)がありました。

できればクリスを長く待ってあげたいけれど、そういうわけにはいきません。


2ヶ月というわずかな期限をあたえられたクリスは、さっそく旅支度(たびじたく)をしなければなりませんでした。



ただ、クリスにはひとつだけ、気になることがありました。


そう、セーラのことです。



支え合って暮らしてきた二人です。

自分(クリス)がいなくなっても、セーラはひとりで暮らしていけるでしょうか。


マリーに夢中(むちゅう)のクリスですが、そんな時でもセーラを妹のように大事に思っていたことには、なんら()わりがありません。


ただほんの(すこ)しだけ、ボンヤリしてしまい、(はなし)をちゃんと聞いてあげなかったことは、あったかもしれませんが。




クリスは領主様に、セーラのことをおねがいしてみることにしました。


「領主様、ボクには幼馴染がおります。 両親を早くに亡くしたボクにとって、妹のように大切(たいせつ)な子なんです。 ボクがいない(あいだ)だけでいいのです。 どうか、その子の面倒(めんどう)をみていただけないでしょうか」


マリーのように特別(とくべつ)に綺麗ではありませんが、セーラも年頃(としごろ)の、可愛(かわい)い女の子。ひとりにするのは不安でなりません。



クリスは聞いただけですが、それでも冬の谷がどんなところかぐらい、ちゃんとわかっています。


もしかしたら、死んでしまうかもしれません。


『黄金のリンゴ』を手に入れられなくても、マリーは他のだれかと結婚してしまうだけ。きっと領主様なら素敵なお婿さんを探してくれるでしょう。


でもセーラはたった一人になってしまうのです。



クリスの妹だというなら、領主様も面倒くらい見てあげるつもりでいました。ですが、実際(じっさい)は他人にすぎません。


はたからみれば、セーラはこの(けん)のだれとも関係のない女の子です。

関係のない子の面倒を見る理由(りゆう)はありませんから、セーラにしても『ひいきされている子』と嫉妬(しっと)のまざった意地悪な目で見られてしまうでしょう。


「ふむ……その子は(はたら)(もの)かね?」


「手先が器用(きよう)でとても働き者ですから、なにかの(やく)には立つと思います」


領主様は『妹でなくても、働き者なら問題はないな』、と思いました。

お仕事をしてもらって、かわりにお金と住む場所(ばしょ)をあげればいいだけです。


領主様はしっかり者ですから使用人もちゃんとしっかりした人を(えら)んでいます。

一生懸命(いっしょうけんめい)働く人なら、時間はかかっても、いずれ(みと)めてくれるでしょう。


「いいだろう、その子にはうちで働いてもらおう」


「ありがとうございます!」


クリスは安心(あんしん)しました。


セーラなら、働き者なうえ、優しくて気の()く娘です。きっと自分がいなくても、上手くやっていけるに違いありません。





クリスは家に帰ると、心配して外で待っていたセーラにお屋敷での話をしました。


セーラは(おどろ)き、泣き、大きな声でわめいて反対(はんたい)しました。


反対されるとは思っていましたが、いつも控え目なセーラです。

怒る時はしばらく経ってお(たが)いの頭が冷えてから、クリスの立場も考えながら、やんわりと『どうして怒っているのか』を説明するように怒ります。


また、セーラは(しん)の強い子です。

今までクリスの前でだって、けっして子供(こども)のように、泣きわめいたりなどしませんでした。


絶対(ぜったい)にいやよ! いや!!」


そう言って、セーラは部屋(へや)に閉じこもってしまいました。


クリスは自分が思っているよりも、セーラに大事に思われていることを感じ、ひとりにしてしまうことをもうしわけなく思いながらも、(うれ)しくなりました。



ですが、決意(けつい)は変わりません。



セーラは出てきそうにないので、(とびら)の前からそっと話しかけます。


「セーラ、期限は2ヶ月しかないんだ。 早く行かないといけない。 ……出てきてくれないか? さいごになるかもしれないから、いっしょにご(はん)()べたいんだ」


セーラは子供のように布団のなかで泣きじゃくりながら、クリスの話を聞いていました。


そして『さいごになるかもしれない』という言葉に、死を覚悟しているのだと、気づきます。


死を覚悟した人間のやることを、どうして止めることができるでしょうか。




セーラはクリスが大好きです。

それはクリスがマリーを(おも)う気持ちといっしょ。


でも、クリスが幸せなら、それでいいと思っていました。クリスは自分をマリーのようには好きではないのですから。


それがこんなことになるなんて、あまりにもひどいではありませんか。



セーラは考えました。

自分の気持ち、クリスの気持ち、なにをしたいか、なにをするべきか。



そして、なにならできるかを。




クリスがあきらめて、自分の部屋に(もど)ろうとしたその時でした。


「……セーラ!」


セーラが扉を開けて、出てきたのです。


「クリス、あなたの気持ちはよくわかったわ。 わたしのために、色々してくれたのも。 ありがとう、言うとおりにします」


セーラはもう、泣いてはいませんでした。

そのかわり、(なみだ)のあとの(のこ)る顔で、しっかりとクリスをみつめています。


「セーラ」


まるで(きゅう)にセーラが大人(おとな)になった気がして、クリスは言葉が出てきません。クリスがなんだかカラカラになったのどから、ひりだすように名前を口に出しました。


ですが、なにか言われるのを(さえぎ)るように、セーラも(ふたた)び口を開きます。


「でもおねがい、3日だけ待って」


それは、突然(とつぜん)のおねがいでした。




クリスには2ヶ月のうちに『黄金のリンゴ』を探して持って帰らなければなりません。

そのうちの3日間は、けっして短い時間ではないはずです。


ですが、クリスはなにも言わずにうなずきました。


セーラはワガママを言う子ではありません。

そんなセーラの数少(かずすく)ないおねがいを聞いてあげるのも、これがさいごかもしれませんから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] こ、これはほんとに続きが気になる……!
[一言] これは、みんなセーラが好きになりますねw ちょっとビアンカとフローラを思い出したのです。
[一言] 3日、3日ですか。 実はセーラは……いやいやいや。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ