必殺技を攻略出来ない私
「ごめん……本当ごめん」
目の前のテーブルに額が付く勢いで頭を下げる貴方。
貴方が悪くないのは分かってる。
それでも「いいよ、気にしないで」の言葉をすんなりと返せるような大人には、私はまだなりきれていなかった。
一瞬、私の中の天使も顔を出すが、動揺が隠せないくらいにショックだったのも事実ではあって。
「うん……もういいから顔上げて」
そう一言返すのが、その時の私には精一杯だった。
年の瀬も迫り、私の20代最後の時間も残りわずか。
「今年こそ一緒に居られると思ったんだけどな」
国際線パイロットの彼は12月は大忙し。付き合って8年、私の誕生日を一緒に過ごせたことはまだ一度も無かった。
「今年の誕生日は、なんとか都合つけられるかもしれない」
1ヵ月前、彼からそう告げられた。その時の私といえば、思わず彼に抱きついてしまったくらい本当に嬉しかった。
しかし事態は悪展開。新型コロナウイルスの状況悪化に伴う人員体制確保の為、今年も出勤せざるを得なくなったらしい。
私と仕事どっちが大事なの、なんてそんな馬鹿げたことを言う気はさらさら無い。
ただ、30歳という1つの節目を迎える瞬間には、叶うのならば貴方に隣に居てほしかった。
「今どの辺りかな……」
深夜0時を過ぎた頃、白い息で両手を温めながら、ベランダから上空を見上げる。今回はフィンランドへのフライトだ。
「誕生日プレゼントは北欧食器でよろしく」
そうリクエストした私に、
「了解。帰ってきたらお祝いしよう。ごめんな」と優しくキスを落として貴方は出発した。そして私は先ほど30歳の誕生日を迎えた。
急に独りを実感したら、鼻の奥がツンとしてそそくさと部屋に入った。ホットミルクで温まってさっさと寝てしまおう。こんな時は早く寝るに限る。
食器棚からペアのマグカップの片割れを手にとると、そこにある見慣れない存在に気付いた。
「……封筒?」
中身は淡い色の便箋2枚。彼からの手紙だった。
そこにはお世辞にも綺麗とは言えない字で、今日のお祝いとお詫びが綴られていた。
そして、手紙の2枚目には
「帰国後、伝えたいことがあります。8年も待たせてしまったけど、聴いてくれますか?」とあった。
「……やられた」
これは反則だろう。彼から繰り出された必殺技。
でも、この胸に受けたダメージは、切なくもたまらなく愛おしい。
「早く帰って来て……」
そっと文字を指でなぞりながら、私は遠い上空にいる貴方へと、静かに想いを馳せたー。
小説家になろうラジオの特別企画
「なろうラジオ大賞2」応募作品です。
『必殺技』を題材にした投稿作品、
少しでもお楽しみいただけますと幸いです。