Rocket
第1部 第7話 Anohana: The Flower We Saw That Day
シャルンホルスト・タワー地上1階エントランスの外にあるロータリーに、5人のスーツ姿の男が降り立った。黒いスーツ、黒いサングラスに身を包み、黒い髪をポマードでオールバックに固めた壮年の男等である。胸にはそれぞれ異なる色のネクタイを締めている。赤、青、黄、緑、桃色の5色だ。南中した太陽の下、仁王立ちで整列している。
傍から見れば、それは実に異様な光景であったに違いない。
タワー地下1階にあるシャルンホルスト・カフェ「いそしぎ」のマスターはあることに気がついた。
「いかん、パセリがきれそうだ」
すると、気を利かせたウェイトレス、若宮ちゃんが言った。
「私、買ってきましょうか?」
マスターは申し訳無さそうに言った。
「悪いね。じゃあ、お願いしようかな」
若宮ちゃんは、返事を返すと、エプロンを脱いだ。俺の友人である扶桑は、何気無い気持ちでこう言った。
「一緒に行こうか?」
若宮ちゃんは、アイルトン・セナも真っ青の世界最速を塗り替えるような即答で、こう言った。
「来ないでよ!」
若宮ちゃんは、扶桑の隣に座っていた俺に軽くウインクすると、タワー6階にある八百屋へと向かった。扶桑はコーヒーをすすった。
「大変だね、あんたも」
神鷹中尉まで扶桑を馬鹿にする。
5人の男等はタワーへと入って行った。エレベーターで5階に降り立つと、エレベーターホールにて陣形を組んだ。それぞれが構えを取る。
「ハァァァ!」
5人の男等が怪しげな叫びをあげる。少しすると、ガタン、と怪しげな音が響いた。ガタン、ガタンと地響きのような音が鳴る。もう1度ガタン、となって、辺りは静かになった。
「若宮ちゃん、遅いね」
扶桑は心配になって言った。八百屋に行って帰ってくるだけなら4、5分で帰って来れるはずなのだが、もうとうに10分は経過している。その時だった。リーン、リーンという音が店の中に鳴り響いた。電話だ。マスターが電話に出る。
「はい『いそしぎ』です。……、あ、若宮ちゃん」
若宮ちゃんだ。どうしたんだろう。
「どうしたの。え、エレベーターが。そりゃ大変だ。どうしようか。うん。うん。わかった。じゃあね」
マスターは電話を切った。
「若宮ちゃん、エレベーターに閉じ込められちゃったんだって!」
扶桑は尋ねる。
「ええっ、そりゃ大変だ。それで、どうしたの?」
マスターは笑いながら言った。
「非常ボタン押しても電話しかできないんだってさ。おかしいだろう?」
「笑い事じゃないだろ。少しは心配しろよ。とにかく行ってみよう!」
扶桑がそう言った時、照明が一瞬点滅した。
扶桑が俺を見る。
「どうしたんだ、蒼龍?」
俺はおもむろに立ち上がり、こう呟いた。
「電気もか。……鬼だ」
「え?」
「鬼が来た」
俺は走り出し、店を出た。
「おい、待てよ蒼龍!」
扶桑はあわてて俺の後を追う。
「私も行く!」
神鷹中尉も後から付いてくる。
「私も!」
何処からとも無くグナイゼナウ・ライダーも現れ、神鷹中尉に抱きついた。
神鷹中尉が驚いて蹴りをくれながら非難する。
「なんであんたがいんのよ!」
ライダーはひざまずいて言った。
「あなたの行くところなら例え火の中水の中」
「草の中森の中チョコモナカ」
そうこうしているうちに、エレベーターホールに着いた。やはりエレベーターは止まっている。良く見ると、4台あるエレベーターはすべて5階で止まっている。
「5階だ!」
扶桑等は階段を駆け上って5階のエレベーターホールへとやって来た。そこにいた男等を見て、俺は顔を青くした。
「やはり鬼だ」
扶桑は問う。
「鬼だと!?」
俺は言った。
「ああ、鬼だ。前に話したろう?」
「でも、あいつ等はどう見ても人じゃないか!」
「鬼は人と似ているから、今まで見つからずにすんだんだ」
神鷹中尉が尋ねる。
「どういう事なの?」
俺は神鷹中尉を制して鬼に向かって叫んだ。
「おい、お前等!」
赤いネクタイをした鬼が1歩前に出た。
「ふふふ、驚いたか、人間ども。俺等はナベツネオーナーの下で働く鬼なのだ!」
俺は言った。
「そうか、お前等の親分はナベツネというのか」
鬼はあせった。
「しまった。くそ、ゆるさんぞ。偽りの平和をバスターする!」
しかしこの名前が重要な意味を持つとは、この時の扶桑には知る由もなかった。
赤鬼の掛け声に伴い、桃色のネクタイの鬼がポーズを決めた。
「桃鬼のめんま!」
次は緑だ。
「緑鬼のゆきあつ!」
次々に続く。
「黄鬼のぽっぽ!」
「青鬼のつるこ!」
「赤鬼のじんたん!」
皆が声をそろえてポーズを決めた。
「5人そろって、オニンジャー!」
……。
「いいから、エレベーターを元に戻してくれないか」
赤鬼は言う。
「それはできんな!」
神鷹中尉が行動に出た。
「いいから戻しなさいよ。さもないと、こうよ!」
九二式重機関銃が唸りをあげる。弾丸が鬼等に襲い掛かる。
鬼は不敵な笑みを浮かべると、急ににらみを利かせた。
「はっ!」
すると、弾丸は鬼に当た直前で停止した。
「なんで、どういうこと?」
神鷹中尉は困惑した。
「これならどうだ!」
ライダーはM20バズーカをぶっ放した。
「きかんな!」
M20バズーカも封じられた。
「な、なぜだ!?」
赤鬼は1歩進むと、右手を構えた。
「今度はこちらの番だ!」
鬼は再びにらみを利かせた。
「はっ!」
轟音とともにライダーは吹っ飛んだ。
「何すんのよ!」
神鷹中尉がさらに反撃しようとしたその時だった。
「下がっていろ」
俺はそういうと、手を鬼に向けてかざし、にらみを利かせた。
「はあっ!」
俺は赤鬼を吹っ飛ばした。
「何、お前も『超平和バスター』を使えるのか。くそっ、ここはひとまず退散だ」
そういうと鬼等は窓のほうへ行き、窓を例の力で破壊し、窓から飛び降りた。扶桑等が窓に駆け寄ると、5色のハンググライダーが翼を広げていた。
若宮ちゃんを救出し、扶桑等はいそしぎに戻った。
鬼は何者なのか。僕達はまだ知らない。
「しかし、すごいな。蒼龍にあんな力があったなんて」
俺はマリファナをくわえて扶桑に答えた。
「あれを手に入れるための旅さ。人間にはいろんな力がある」
マスターは遊んでいたバーコードバトラーを置くと、おもむろに言った。
「そう、僕にもこんな力がある。今日の若宮ちゃんのパンツは白だ」
若宮ちゃんは驚いて振り返った。
「どうしてわかったんですか?」
「着替えをのぞいた」
「ただの変態じゃねーか!!」