表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/30

Break Away

第1部 第5話  Puella Magi Madoka Magica



 いつものようなうらぶれた午後。俺の友人扶桑は、閑散とした「いそしぎ」の店内でコーヒーを啜る。ここでようやく俺の登場だ。単なる語り部だと思ったかもしれないが、俺はちゃんと登場する。

 

 俺は、ドアに取り付けられたベルを鳴らす。扶桑は何かを感じたのだろう、背中を引きつらせた。

「ここに来れば会えると思っていた」

俺のセリフに、扶桑は回転する椅子ごと振り返り、固唾を呑んだ。


 「蒼龍、久しぶりじゃないか。帰って来てたんだ?」

扶桑は額に汗を浮かべながら尋ねた。そう、俺は蒼龍。あきらめの悪い男……。


 「今帰って来た所さ」

俺は、扶桑の隣に座る。


 「旅は楽しかったの?」

扶桑は取り合えず、差し障りの無い質問をしてくる。


 「ああ、得るものはあった」

「何の旅だったんだっけ?」


 「鬼、鬼探しさ」

俺は真面目な顔で言った。

「鬼はいなかった」

「鬼の住む所、か」


 「実際には、鬼のいぬまに洗濯だった。でも、わかったこともあるよ」

俺はニヤッと笑った。

「なんだい?」

「鬼は空が飛べる」

「本当。どうやって?」


 俺は瞳から光を消した。

「実は、鬼は、ハンググライダーに乗ってるんだ」


 俺は扶桑にマリファナを勧めた。90年代にはマリファナは当たり前だった。

「ハンググライダーに?」

「そう。山から山へと移動する。ムササビのように現れて、若い娘をさらっていく」

「そりゃ凄いな!」


 「鬼は娘をさらってどうするの?」

「鬼は言うのさ。『僕と契約して魔法……じゃなかった、鬼になって欲しいんだ!』と」

俺はキュゥべえを真似て言った。


 扶桑は迷っていたが、マリファナは断った。

「鬼は風を捕らえるのがうまいんだ。時には風を操ることだってある」

「凄いな。まさに鬼に金棒だ」

「最近の鬼は金棒なんて使わないよ」

俺は笑みを浮かべる。


 「じゃあ、トラのパンツももう履いていないのかな?」

「さあ、下着の事まではわからないな」


 俺は美味そうにマリファナを吸って見せる。今の俺にはマリファナを吸うことは当たり前のことなのだ。扶桑が煙草を吸うように。

「でも、服は着ている」

「洋服を着てるの?」

「そう、だから見た目には普通の人間と変わらない」

「角が生えてるだろ?」

「帽子を被っているさ」

「なるほど」

「ザ・ワールド」

「春の祭典スペシャル」


 沈黙が辺りを襲った。暑くも無いのに扶桑は汗をかいている。シャルンホルスト・カットのマスターはいつものようにグラスを磨いている。扶桑は息苦しさに耐えられなくなり、沈黙を打ち破った。

「そっかあ」

「そう」

「じゃあ、山を歩いていたら気づかずに鬼と遭遇、なんてこともあるかも知れないんだ?」

「そういうことになるね」


 扶桑は煙草に火をつける。

「もしそうなったらどうしよう」

「大丈夫さ。こちらから危害を加えなければ攻撃される事はないよ、基本的に」

「基本的に」

「そう。基本的に」


 扶桑は笑い出してしまった。俺もそれにつられて笑う。


 「でも実際にはね……」

「うん」

「もうそんな心配は必要無いのかもしれない」

「どうして?」

「近年の過疎化に伴って、若い娘はもうほとんど山にはいないだろう。そうなると、もう鬼は生きていけなくなる」

「都会に出てくれば良いじゃない」

「鬼は、空気や水の汚い所では生きられないのさ。もう絶滅危惧種と言えるかもしれない」

 90年代はまだ公害がひどかった。


 扶桑は口をぽかんと開けていた。俺は扶桑を見る。扶桑は正気を取り戻した。

「鬼も大変だなあ」

「そう、大変だ」

扶桑はトイレに立った。俺は変わった。良い方向に変わったのか、悪い方向に変わったのかはわからない。人は時とともに変わるのだ。


 風を操る鬼、鬼は魔法少女なのか。


 扶桑トイレから帰って来る前に、俺はその場を立ち去った。しかたなく扶桑はマスターに話しかけた。

「ねぇ、マスター。知ってたかい。鬼はハンググライダーに乗ってるんだ」


 マスターはサイコロキャラメルを食べながら答えた。

「へぇ。ところで、今何時だろう。6時半ぐらいだー。なんちゃって」


 「落下してしまえ!!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ