Forward Pass
第1部 第4話 Hyouka
この辺りではもうすぐ選挙がある。知事選である。シャルンホルスト・タワーの周辺には大きな公共の施設がないため、タワー4階にある大ホールが投票所となる。ところで最近選挙といえば、投票率の低下が問題となっている。若者の投票率が特に低い。みんな選挙に行こうよ。
グナイゼナウ・ライダーは、グナイゼナウ・マシン「スーパーカブ90」に乗ってシャルンホルスト・タワーへとやって来た。駐輪場にマシンを停め、エレベーターに乗って25階へと向かった。25階には若者に人気のディスコ「ためらい」がある。
エレベーター降りると、グナイゼナウ・ライダーは勢い良く扉を開け「ためらい」へと乗り込んだ。律儀に扉を閉める。若者達が大いに楽しんでいる中、ライダーは若者を掻き分けDJブースへと向かった。DJの口元にクロロホルムを染み込ませたハンカチをあてる。
「クロロホルムは好きかい?」
DJは一瞬にして気を失った。ライダーはDJブースをのっとると、グナイゼナウ・ポケットからグナイゼナウ・カセットテープを取り出した。テープをデッキに入れ、微笑みとともに再生ボタンを押す。店内にイントロが流れ出すと、ライダーはおもむろにマイクを掴んだ。ライダーの歌う「♪グナイゼナウ・ライダーのテーマ」がこだまする。
1番を熱唱し終わる頃には、若者等は怒髪天を突くといった形相になっていた。若者の1人がライダーに抗議した。
「どういうつもりだよ!」
若者の質問に対して、ライダーはラップで答えた。
「今日は、お前等に言いたいことがあって来た」
若者は問う。
「何だよ!」
ライダーのラップは続く。
「最近若者の投票率が低い。それはなぜだ? わたし、気になります!」
若者は半ギレ状態で答える。
「知らねーよ!」
ライダーは続ける。
「お前等が投票しないからだろう!」
若者の返事はこうだ。
「うるせーよ!」
さらにラップが続く。
「なぜ投票しないんだ?」
若者は叫ぶ。
「誰が政治家になっても同じだろ!」
ライダーは勝ち誇った顔で長いラップを唱えた。
「それは違うな。いいか、この世には良い政治家と悪い政治家の2種類がいる。例えばだ、ある所にグナイゼナウ村という村があるとする。そこで村長選挙があったんだ。善人と悪人の2人が立候補している。
悪人は、大工に頼んで役場を建て替え、いい暮らしをしようとしている。大仕事をした大工はぼろ儲けだ。さらに、大工は悪人にお礼を渡し、悪人もぼろもうけするって寸法だ。何としてでも悪人を当選させてはならない。
この村には選挙権を持った人が100人いる。そのうち30人は大工とその関係者や親類などだ。こいつらは、自分が儲けるために悪人に投票するだろう。30票は悪人に確実に入る。だが100票のうちの30票だからな、たいしたことは無いと思うだろう。
しかし選挙は悪人が当選してしまった。得票数は30対20だ。わかるか、この意味が。100人のうちの50人もが投票に行かなかったからだ。お前らみたいな選挙に行かない奴等のせいで、この国は腐っていくんだぞ!」
ライダーは高らかに叫んだ。
しかし虚しくも、若者等にそんな叫びは届かなかった。そして、このライダーのラップの内容が重要な意味を持つとは、この時の扶桑には知る由もなかった。
「うるせーよ!」
という言葉とともに、ライダーは強烈なドロップキックを食らった。
それを皮切りに、若者主催のライダーリンチの火蓋が切って落とされた。ライダーは若者達等の新しいストレス解消のネタになっている。ポストエアロビだ。
しかし、ライダーはひるまなかった。ライダーはおもむろに催涙弾を取り出すと、会場の中心に向かってオーバースローで投げつけた。危険な煙が店内を包み込む。自由に活動できるのはフルフェイス常時着用のライダーだけだ。
「覚えてろよ!」
そう捨て台詞を吐いて、ライダーは逃走した。
氷菓とは乳固形分3.0%未満のものをいう。彼等の投票率みたいだ。
一方そのころ、扶桑はシャルンホルスト・カフェ「いそしぎ」の、シャルンホルスト・カットのマスターに、公衆電話から電話をかけていた。テレカがあと2しかない。
「はい、もしもし。ああ、なんだ扶桑君か。何、今僕は飯食ってんだよ。見てわかんないの?」
「電話じゃわかんねえよ!!」