The Creeper
第1部 第3話 Fate
俺の友人である扶桑は、熱い熱情を秘め、再び「いそしぎ」を訪れる。
若宮ちゃんの微笑みに胸が高鳴り、心臓の鼓動が喜びを奏でた。内向的な性格が自信を奪うが、今度こそ彼女に気持ちを伝える、その決断をする時が来た。
「一歩踏み出す勇気を持って、逃げずに向き合うんだ!」
扶桑は自分に言い聞かせながら、再び「いそしぎ」へ足を踏み入れる。緑色のダスキン足ふきマットで、靴裏をきれいにする。
若宮ちゃんに声をかけるのが難しい。ショーケースのケーキを見つめつつ、気持ちを奮い立たせる。
「マ、若宮ちゃん、25階に、ディ、ディスコがオープンしたんだ。い、行こうよ、一緒に」
どうにか言葉が出てきた。胸を苦しくしながら、彼女の反応を待つ。
しかし、彼女の答えは予想とは違った。
「え、ごめんね、私、ディスコはちょっと」
優しい声で謝る彼女に、ショックが広がる。しかし、失意にくれる暇もなかった。
シャルンホルスト・カットのマスターが現れ、その存在は穏やかでありながら確かな力強さが感じられた。
「扶桑くん、こっちに来てくれるかい?」
心に不安と好奇心が渦巻く中、扶桑はマスターに従って進む。
「何か用かい?」
召喚されたサーバントのように、扶桑はマスターの元へ向かう。
「恋愛は、相手をよく知ることが大切だよ。それが前提だ」
マスターの教えに耳を傾ける。
扶桑も同じように声を落として応えた。
「でも、具体的にはどうしたらいいんだ?」
マスターはポケットからチケットを取り出し、扶桑に差し出す。それはVIPしか入れない、会員制シャルンホルスト・アート展の前売券だった。前売りだと、少し安いんだ。
「若宮ちゃん、アートが好きなんだ。もう一度アタックしてみるのはどうだい?」
扶桑の心に、新たな希望の光が灯る。成功のチャンスがそこにある。チケットを握り、再び覚悟を固め、若宮ちゃんのもとへと向かった。
「扶桑くん、それ、あげるって言ってないよ!」
マスターの声に振り返ることなく、前に進む。内なる意志が強く燃え上がっていた。運命に立ち向かい、若宮ちゃんに自分の想いを伝える覚悟を決めたのだ。
「若宮ちゃん、これ、どうかな?」
彼女に手渡されたチケットに、彼女の瞳が輝く。その反応に、扶桑の心も高揚した。これまでの努力や緊張が報われる瞬間だった。チケットを持ちながら、再び彼女に向かった。
「えっ、すごい、これなかなか手に入らないんだよ!?」
若宮ちゃんの歓声が響き、扶桑の胸は高鳴った。彼女の情熱が、扶桑の心を揺さぶった。彼女と一緒にいることが喜びであり、不安や失敗は、風に吹かれて消えてゆくのさ。白い雲のように。
マスターは一体何者なんだ。扶桑の運命(Fate)はどうなるのか。
待ち望んだ休日が訪れた。扶桑と若宮ちゃんはシャルンホルスト・アート展に足を運ぶ。扶桑にとって、作品そのものよりも彼女との共有する時間こそが何よりも大切なものだった。
しかし、若宮ちゃんの興奮は次第に抑えきれないものに変わっていた。彼女は作品を見ながら走り回り、熱情的に楽しんでいた。まるで中毒患者のようだ。その姿に扶桑は微笑まずにはいられなかった。
扶桑は新たなアプローチを考えた。
「次は、一緒に夕食に行かないかな?」
自信を持って提案するが、若宮ちゃんの反応はまたしても予想外だった。
「ごめんね、私、そろそろ終電なの」
彼女の微笑とともに、謝罪の言葉が飛んできた。時計を見ると、時刻は18:30だ。扶桑の心にはざわめきが広がる。
「えっ、じゃあ、送って行こうか?」
扶桑は彼女を引き留めるように言うと、彼女は振り返って微笑んだ。
「なんでそんなに頑張るの? しつこいのはよくないよ!」
扶桑はその場に呆然と立ちすくんだ。我に返った扶桑が若宮ちゃんを追いかけようとしたが、それは若宮ちゃんではなかった。若宮ちゃんのように熱情的にアートを鑑賞する、別の人だ。よく見れば、そんな人ばかり。なぜみんな、そんなに心酔しているのか。
気付けば扶桑の心も、アートに強く惹きつけられていた。次から次へ、作品を鑑賞したくて我慢できない。扶桑は怖くなり、地下のシャルンホルスト・カフェ「いそしぎ」へと逃げ込んだ。
「マスター、僕、駄目だったよ」
マスターに愚痴をこぼすと、彼は手にしていたテトリン55を置き、励ましてくれた。
「そんなに気を落とすなよ。今日は僕のおごりだ」
扶桑は頭を抱えながらも、感謝する。
「悪いな、マスター」
マスターは笑顔で言い放った。
「気にするな。どうせ汚い金だ」
「何やってんだよ!!」