Atomic Fire
第3部 第8話 K-ON!
シャルンホルスト・カットのマスターが神妙な面持ちで、俺の友人扶桑に語りかける。いつもより顔が近くて鬱陶しそうだ。もう唇がふれそうだ。天使にふれたよ。
「昔、このタワーの歴史を話したことがあっただろう?」
扶桑は歴史は苦手なんだ。だから記憶に残っていないかもしれない。そんなことより、若宮ちゃんがどうしているかを気にしている。そして、今年のクリスマスにサンタさんにお願いするものを気にしている。DQ5とFF5、両巨頭の5がどちらもこの12月に発売されるのだ。
マスターは扶桑の返事を待たずして、話を続ける。
「そう、あれはちょうどバブル真っ盛りの頃だった。この国は本当に景気がよくてねぇ。みんなお金を持て余していた。
そんなご時世だから、政治家なんかが多少変な事に税金を使っても皆文句なんて言わなかった。このタワーも、例によって悪徳政治家とゼネコンが結びついて造った、いわば悪のタワーだって訳さ」
ふむ。第1部第2話あたりで、その話を聞いたことがある気がする。というか一語一句同じだったような気がするな。いくら扶桑が覚えてないからってすごくバカにしていないか。
しかし悪徳政治家は酷い。なんでみんな自◯党なんかに投票するのか。第1部第4話でグナイゼナウ・ライダーが言っていた。投票に行かないやつも悪い。
扶桑がマスターを見ると、磨いているグラスに若宮ちゃんが映り込んでいる。俺と仲良く話をしているのだ。親密そうに見えるだろう。放課後ティータイムみたいにみんな同性だったらよかったのにな。
「しかしそんな夢の様な世界はいつまでも続かない。ご存知の通り、バブルは崩壊してしまう。そんな悲劇に追い討ちをかけるかのようにして、もう一つの悲劇が起こってしまうんだ。このタワーの手抜き工事の発覚だ。まあ、これは後からデマだったってわかるんだけどね。
そんなこんなで、このビルに軒を連ねていた企業は次々と撤退していった。そうなると、そういう企業の会社員を相手にしていたテナントも行き場をなくしてしまう。このビルはもう終わりかに見えた。取り壊しの話も上がった」
そう、そんな話だ。扶桑も思い出したようだ。カンペキに。まるでメモを見返したかのように。ふでペン~ボールペン~で書いて、私の恋はホッチキスで綴じたメモ。それで、扶桑は以前と同じように、こう言った。
「それで、このタワーは取り壊されたのかい?」
しかし、その回答をマスターは無視した。この不毛なやり取りに意味が無いことを悟ったのだろう。若宮ちゃんは俺と仲良く話を続ける。そういえば、こんなこと、前にもあったような気がするな。第3部第3話で、マスターと、神鷹中尉が。
「じゃあ扶桑くん、ここで問題だ」
マスターは、ここで若宮ちゃんの衝撃の事実発表をするかのように言った。実は若宮ちゃんは俺と付き合っている。ちょっと前まで、俺は若宮ちゃんに冷たかったのだが。
「手抜き工事のデマなんて、なぜ流れたんだと思う?」
扶桑はてっきり若宮ちゃんの話を聞くのだと思い、焦ったようだ。しかし、そう言われてみればと不思議そうだ。そんなデマが流れるなんて。そしてこの話が重要な意味を持つとは、この時の扶桑には知る由もなかった。
「つまり、何者かの悪巧みによって、そんなデマが流れた。そういうことだろう?」
扶桑の回答にマスターは大きく頷いた。
若宮ちゃんも、俺に頷いている。顔を赤くしている。あずにゃんのむったんのように、赤く。
「そう。それが自民麻薬を使った洗脳だったんだ」
麻薬を流行らせ、偽の情報を流す。そんなことが行われていた。ナベツネの力は本当に恐ろしい、ということを改めて知らされる。また、そんな目的のために麻薬被害を受けた人たちもいた。ゆるせん。そして扶桑は俺もゆるせんようだ。
「このタワーそのものが被害者なんだよ」
マスターは続けた。確かにそうだ。シャルンホルスト・タワーこそが自民麻薬の最大の被害者だ。そして扶桑もまた被害者だ。扶桑には、いつも見慣れたモノトーンの店内が妙に冷たく見えた。
「だからこうして対麻薬の作戦本部がここにあるわけだ」
マスターは落ち着いた口調で続けた。
「えっ!? 『いそしぎ』は作戦本部だったの!?」




