Split The Atom
第3部 第7話 CODE GEASS
俺の友人扶桑は、今日も今日とてシャルンホルスト・タワーの地下一階にあるカフェ「いそしぎ」へ通う。どうしてもあそこのモカを飲みたくなってしまう。これも、自民麻薬に依存しているからなんだ。シャルンホルスト・カットのマスターはリピーター獲得のために麻薬を混入しているのだろうか。だとしたら、すごく賢いな。
しかし扶桑が「いそしぎ」に行くのには、もうひとつ理由がある。みんな、その自民麻薬にまつわる理由を持っていた。でも、まだ一人、その理由を解明できていない人がいる。そう、扶桑愛しの若宮ちゃんだ。彼女は一体、どんな理由であそこにいるんだろう。扶桑はそれを突き止めたい。
扶桑にとってはギアスの意味くらい謎なのだ。ちなみにギアスは約束・義務・強制と言った意味があるらしい。勉強になるね。日本人が洗脳されているのも、ギアスの暴走によって皇女が指示したせいなのかもしれない。
扶桑が入り口の扉に手をかけると「カランカラン」と心地よいベルの音とともに扉が開く。するとそこには男がいた。そのほかにいるのは、俺と生駒さんだ。若宮ちゃんの姿も見えない。
男が扶桑に声をかける。
「おう、いらっしゃい!」
男は扶桑のことを知っている。扶桑には男がわからない。こいつが黒の騎士団のリーダー、ゼロか。
「なんでそんなに俺をみないようにするんだ?」
扶桑はギアスにかけられると思っているのだ。男は、扶桑が誰だかわかっていないことに気付いていない。
男は独り語りを続ける。
「なあ蒼龍よ。今日の扶桑は、なんだか変じゃないか?」
俺は扶桑を見ず、ただマリファナを持った右手を上げて答える。肩が震えてしまう。男はさらに話し続ける。
「あ、そうか。今日はマスターが休みだから、それを気にしているのか!」
男の言葉で扶桑は初めて気付く。今日、ブリタニア皇……ではなくマスターは休みだ。
その言葉を受け、俺がおもむろに立ち上がる。
「赤鬼がいる日は、いつもマスターは休みじゃないか」
俺はいつになく重厚感のある話し方をした。意味深に言う必要がある。
扶桑は思い出した。この男は赤鬼だ。しばらく会わなかったから忘れていた。昔宿命の対決をするかと思った、ナベツネの部下だった男だ。今はここで働いている。
俺の投げかけに赤鬼が答える。
「実は俺、ここのマスターには会ったことがないんだよな」
雇われる人が雇用主に会ったことがない、なんてことがあるのだ。マスターが適当なやつだと扶桑は思ったようだが、この事実が重要な意味を持っているとは、この時の扶桑には知る由もなかった。
そんなことより、扶桑には大事なリサーチがある。それを確認したいだろう。
「ところで赤鬼よ、今日は、若宮ちゃんはどうしたんだい?」
俺が冷たい視線を送るが、扶桑は俺の行動は気にしない。
赤鬼は扶桑の質問にもやさしく答えてくれる。
「彼女も今日は休みだぞ」
若宮ちゃんは休みだ。扶桑はなんのためにここに来たのか。いや待てよ、むしろ好都合なんじゃないのか。どうせ直接若宮ちゃんに聞いたところで、まともに答えてはくれまい。俺や生駒さんあたりに聞いたほうが、よほどまともな情報が出る。
生駒さんはなぜか赤鬼に寄り添っているが、この際それは気にしないことにしたようだ。
「ねえ、生駒さん。若宮ちゃんは、なぜ戦っているのかな?」
生駒さんは網タイツをはいた両膝を扶桑に向ける。くの一って網タイツのイメージあるけど、江戸時代には網タイツなんてなかったはずだよね。
「ええと、若宮さんは、戦っているのかしら?」
生駒さんは、扶桑の疑問を根底から覆さんばかりの、さらに大きな疑問で返した。これは、つばめ返しというやつだ。さすがくの一、侮れない。
確かに、若宮ちゃんはそもそも戦っていたのだろうか。軽々と机を投げたり、卓越したピッキングの技術があったりするが、自ら進んで戦っていたわけではない。ただ巻き込まれただけなのだろうか。しかし、秘密があるように思えてならない。
「なあ蒼龍、若宮ちゃんの秘密を教えてくれよ」
俺は網タイツをはいた両膝を扶桑に向ける。俺も網タイツ履いていた。2度も女装を褒められ、目覚めてしまったのだ。
「ええと、扶桑よ。嫉妬は見苦しいぞ」
確かに扶桑は若宮ちゃんに惚れているが、若宮ちゃんはどうやら俺に惚れている。俺はその事実を自覚した上で、その事実を覆そうとして、扶桑がなにかしていると思っている。今回はそういうつもりの質問じゃないことはわかっているのだが。
赤鬼がやってきて、扶桑の肩を叩いた。
「彼女には、秘密なんてないぞ」
赤鬼は自信ありげにそう言った。慰められた扶桑はみじめだ。
「なんでそんなことが言えるんだよ!」
扶桑は赤鬼の手を振り払って言い捨てた。
「尻を触ればわかる」
「変態の域を通り越してるわ!!」




