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Moonsault Backflip

第3部 第6話  A Place Further than the Universe



 窓の外は落下する水滴に埋め尽くされている。水滴が地面に触れた時、小さな王冠を作る。この地面には王様がたくさんいるんだな。でもこれだけ王様がたくさんいても、彼等が暴政をはたらくことはない。世界は基本的に平和なんだ。そう、基本的にはね。


 でも一方で、戦時中に開発された麻薬を悪用して、世界を変えようとする人がいる。みんなそれを止めるべく、戦っているんだ。それぞれの思いを込めて。


 俺の友人扶桑は、窓際に置かれた、古いワールドバンドレシーバーから、つややかな声を聴いた。

「あなた達は北朝鮮の国民はバカだと思っているでしょう。思うように独裁政治にやられて、抗おうともしない。


でも、それは我々だって同じなんですよ。自分たちはこれが普通だって思っているでしょうけどね、同じく洗脳されてるんです。ええ、そうです。財界に。マスコミは財界のお金で動いてますからね、思うようにやられちゃってるんですよ。


日本の人も、北朝鮮の人も同じです。それを仕切ってるのが将軍なのか、財界なのか、その違いだけで」


 落下する水滴の音がよい伴奏になって、その演説は質の高いラップにすら聞こえた。なるほど、彼等には彼等なりの理由があって、当たり前のようにそうしているってわけだ。北朝鮮なんて、宇宙より遠い場所だと思っていたけど、そんなことないんだな。


 そうだ。扶桑等には扶桑等の理屈があるけど、彼等には彼等の理屈があるんじゃないのか。例えば扶桑達が戦ってきた鬼は、彼等は何のために戦っているのだろうか。そんなこと、扶桑は考えたこともなかった。そして、このラジオ放送の内容が重要な意味を持つとは、この時の扶桑には知る由もなかった。


 鬼といえば俺だ。きっと俺なら知っているに違いないと扶桑は考えるだろう。扶桑は聞きこみ調査を行うべく、シャルンホルスト・タワーの地下一階にあるカフェ「いそしぎ」へと向かった。これだけ強い雨だと、傘も役に立たないな。扶桑は傘の布と骨をていねいに分別して、それぞれ燃えるゴミと燃えないゴミに捨てた。ずぶ濡れになるのもわるくないだろう。


 「カランカラン」ドアに取り付けられたベルが心地よい音を立てる。扶桑がやって来た。俺はカウンターに座り、うまそうにマリファナの煙をくゆらせていた。向こうでは若宮ちゃんが、そっとそれを眺めている。


 「隣、いいか?」

扶桑は俺の了解を待たずに腰掛けた。若宮ちゃんが掃除を始める。

「東京ラブストーリーの2話で、マックスロードへ走ったカンチのようにずぶ濡れだね」

シャルンホルスト・カットのマスターが、いつものように対応する。ずぶぬれな扶桑を認識しながらも、特に何かするわけでもない。

「うむ」


 扶桑だってタオルを要求したりなんかしない。

「なあ蒼龍、教えてくれよ。鬼はなんで戦ってるんだい? 母親が南極で行方不明になったから?」


 俺は、どこからそんな量の煙が出るんだ、というくらいの煙を吹きかけた。これがずぶ濡れになった扶桑へのはなむけだ。扶桑はゲフンゲフンと咳き込む。甘くていい香りがするんだ。この香り、フェロモンというやつかな。いや違う、マリファナというやつだ。

「鬼というのは、戦中より自民麻薬によって能力を高める実験にされた、その被験者のことさ。今やそれは統制された悪の先兵隊なんだ。薬を打つと、簡単に洗脳させることができる」


 洗脳。扶桑は今日、その言葉をよく聞く。

「角が生えてるって言ってなかったっけ?」


 昔、俺が教えた話だ。鬼はハンググライダーに乗ってるとか、角がないのはおかしいとか。若宮ちゃんが、指に光るダイヤを見せながら、扶桑の前に粗雑にモカを置いた。このモカにも自民麻薬が入ってることはもう知っているはずだが、そんなことはお構いなしだ。ちなみにそのダイヤは、俺がココ山岡で買ってプレゼントしたものだ。


 「角と呼んでいるのは、薬の副作用ででる頭部の赤みのことだ。自民麻薬の患者は頭部にわかりやすいアレルギー反応が出やすいんだ。扶桑にも出てるぞ」

それで角だ。それを伝承の鬼になぞらえて呼ばれている。昔の人の考えそうなことだ。何事にも理由がある。扶桑は自分にもあったなんて、気付かなかったようだ。みんなの頭部にもある。髪やヘルメットで見えないけれど。


 マスターがその話に続く。

「あとは簡単さ。今この薬を打たれているのは、ナベツネに利用されてるやつらだってことだ。そうして洗脳された。だから戦わされているんだよ」


 扶桑は温かいモカをすする。雨に濡れた体に、このぬくもりがありがたいようだ。

「鬼も可哀想な奴らだったんだね」

扶桑は少しだけ彼等に同情した。


 「でも、もっと可哀想な人もいるんだよ」

マスターは神妙な面持ちで続ける。


 「えっ、この話にはさらなる被害者が?」

扶桑は驚きの表情を隠せなかった。この際だ、この件に関わることはすべて知りたい。


 「もっと可哀想な人、それは君だ!」

マスターは扶桑を思い切り指差して言った。


 「どうせそんなことだろうと思ったよ!!」

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