Barrel Roll
第3部 第5話 Haikyu!!
俺の友人、扶桑は気付いた。扶桑以外の人は、みんなひみつを持ってるんだ。その前提でのぞまないとやってられないね。そう。だからひとりずつひみつを探っていこうと思うんだ。
次に気になるのは、そう、神鷹中尉だ。シャルンホルスト・カットのマスターの娘ってあたりが特に怪しさを感じさせるだろう。次にカフェ「いそしぎ」で会ったら根掘り葉掘り聞いちゃうぞ。そんなことを思いながら、今日も扶桑は「いそしぎ」へ向かうのだった。
別にヒマなわけじゃないんだ。たまたま、そっちのほうに用があったので、そのついでなんだ。そう、バレーボールをしにいく、そのついで。ハイキュー。
「カランカラン」入り口のドアをあけると、扶桑は早速神鷹中尉の姿を確認する。しかも今日はグナイゼナウ・ライダーがいない。話を聞くのに最適のシチュエーションじゃないか。扶桑は考えるより先に足を向かわせていた。
「神鷹中尉!」
それどころか、扶桑は気付けば、神鷹中尉に飛びかからんとばかりに全力疾走していた。これぞ変人速攻。
神鷹中尉は落ち着いて体当たりをかわす。「ガシャーン」テーブルや椅子の均衡が崩壊した音だ。扶桑の額からは赤い液体が流れる。
「落ち着いてよ。目当ての女に振り向いてもらえないからって、ちょっと節操なさすぎじゃない!?」
トスを合わせてくれると信じていたのに。いや、そういうつもりじゃなかったんだ。単純に、好奇心……じゃなくて疑問を解消したい一心だったんだ。
「神鷹中尉。どうして神鷹中尉は戦っているんだい?」
神鷹中尉はおもむろにため息をついた。いいだろ、扶桑は無知なんだから。無知だからってムチで打つような視線はやめてくれ。むち打ちになってしまう。いや、それもありか。それは厚顔無恥というもの。ううん、神鷹中尉はムチムチな体型ではないな。軍服でわからないが。
「仕方ないな。教えてあげるから、そんな顔しないでよ。私の家はね……」
扶桑はどんな顔をしていたのだろう。それはともかくあっさりと本題にありつけた。扶桑はメモを取るため、筆箱のボタンを押すが、芯が折れている。別のボタンを押し、出てきた鉛筆削りで鉛筆を削る。
もわもわもわ。ここからは回想シーンになるようだ。
これは悲しい話なのである。もうだいぶ昔のことになる。神鷹中尉の家もまた、自民麻薬の犠牲になったのだった。というのも、神鷹中尉の祖父、つまりマスターの義父にあたるその人こそ、自民麻薬を開発した当人なのだ。
軍でいろいろな薬品を開発していたというのはつまり、そういうことだ。もちろん軍の行いなので、本人の意志ではなかったのであろう。開発した当人こそ、最大の被害者だったのかもしれない。その妻も娘も、つまりマスターの妻で神鷹中尉の母親もその被害者だった。当時は時代が時代だったため、まず身内でその薬の効果を試す、なんてことはよくあることだったのかもしれない。
あくまでかもしれないという話であって、よくあったのかどうかはわからない。この場合はそうだったということだ。ここはしっかり保険をかけて強調しておこう。
つまり、神鷹中尉の母親も、幼少のころその薬を試されたのだった。そして、その副作用である白血病の悲劇が遅れて襲いかかった。幸いにも神鷹中尉の母親の場合、悲劇は大人になるまで待ってくれた。
しかしそれまでだった。神鷹中尉が生まれたその瞬間、その生命は絶たれた。それでも、医者が宣告した死期よりずっと持ちこたえたのだった。命が生まれようとする力は強かった。
そして今、そんな悲劇が繰り返されようとしているのだ。それを阻止するために、神鷹中尉は立ち上がったのだ。
軍の悲劇だったことを示すため、あえて陸軍を名乗り、陸軍の福をまとい、祖父の無念を、母の無念を晴らそうとしているのだ。がんばれ神鷹中尉。負けるな神鷹中尉。世界に平和をもたらす、その日まで。
もわもわもわ。ここまでが回想シーンだ。
「神鷹中尉……。大変だったんだな」
まさかこのコスプレにまで意味があったとは。世の中は本当に恐ろしい。
「あんたに同情されるような話じゃないけどね。でも、みんな理由があって行動してるでしょ。バカじゃないんだからさ」
まるで扶桑がバカなんじゃないかともとれるような言い草だが、この際それには目をつぶろう。そして神鷹中尉の父親が麻薬開発をさせられていたことが重要な意味を持つとは、この時の扶桑には知る由もなかった。
またひとつひみつを知って、扶桑は少し大人になれた。扶桑は今まで自分が大人だと思っていたよ。恥ずかしい。でも、きっとまだまだ知らないことがあるんだ。ここまで来たんだ、すべてを聞き出さなくては。
「神鷹中尉。僕を大人にしてくれ、頼むよ!」
パンパンパン。神鷹中尉は無言で三八式歩兵銃を撃った。
「ち、ちが、そういう意味じゃ! ぐはっ!!」




