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Pinwheel

第3部 第1話  Love Live!



 チュンチュンチュン。気持ちのいい朝だな。こんなに気持ちがいいということは、もしかして隣に、若宮ちゃんが寝ていたり、なんてラブが、俺の友人、扶桑が横を向いて確認してみると、まあそんなことあるわけない。そりゃそうだ。扶桑はガッカリする。


 さて、朝だし起きようか、ところでいま何時だろうと、背を伸ばすと同時に、枕元に置かれた時計に手を伸ばす。時計の針が扶桑の目を突き刺す。えっと、ん。どういうことだろう。2時。まだ深夜かな。窓からはこうこうと太陽の光が差し込んでいた。寝すぎたんだ。


 扶桑は適当に歯を磨いて外に出ると、ちょうどグナイゼナウ・ライダーが愛機スーパーカブ90とともにやってきた。

「迎えに来てくれたのか」

扶桑は軽い驚きに両手を上げつつ、そう言った。


 「こんな日くらいな」

仁王立ちになってそういったライダーは、フルフェイス越しでその表情は見えないが、いつもの1.25倍はさわやかに見えた。


 ライダーは、愛機のタンデムシート(というか荷台)を指差した。

 

 ライダーに連行される。信号待ちの間、近くの学校でオープンスクールをやっているのが見える。


 その中で、アイドルらしき集団がライブをしている。「μ's」というグループのようだ。スクールアイドルってのが流行っているらしいからな。そんなことを考えていると、スーパーカブ90は発車した。


 シャルンホルスト・タワーに到着し、地下にあるカフェ「いそしぎ」へ向かう。


 一呼吸置いて、「カランカラン」というベルの音ともに、ドアを開ける。「パンパンパン」とクラッカーの音が鳴り響き、「お疲れさま」の声が響き渡る。みんなに感謝される喜びを噛み締めた。


 「益田との戦い、お疲れさま!」


 若宮ちゃんが扶桑に声をかける。扶桑の隣には寝ていなかったけど、これだけでも十分幸せだ。思わず涙を流す。なんてものを扶桑は想像していたのだが、現実は違った。


 「あ、扶桑くんいらっしゃい」

シャルンホルスト・カットのマスターがいつもどおりのあいさつをする。若宮ちゃんは扶桑を見ることもなく、掃除に勤しんでいる。これがライブ感のある現実だ。ライダーにいたっては、どこかへ消えてしまった。これがドロンというやつか。


 扶桑はポケットから取り出したショートホープにジッポーで火をつけながら、カウンターに置かれたメニューを眺める。扶桑は、胸が高鳴るような感覚を覚えた。目に飛び込んできたのは、メニューの隅に輝く、既視感のある一品だった。


「未来を味わうコーヒー」の文字が目に焼きつく。扶桑はそのコーヒーを注文することにした。


 「君にぴったりの選択だね」

マスターの微笑みとともに、ただのコーヒー以上の何かを感じた。未来への扉が開かれる瞬間に立ち会っているようなワクワク感が、扶桑を包み込む。


 マスターが、トレイにのせたカップを手渡してくれた。そのカップには、未来の風景が広がっているようだ。竹槍の先のような形状の透明な筒に、伝票が入れられる。


 扶桑は卓上のパルスイート(アスパルテーム)を1つカップに入れ、香りを楽しみつつ一口飲んでみた。その瞬間、いつも飲んでいるモカの味が口の中に広がった。何も未来などない。いつもの味じゃないか。


 っておい、益田との戦いのねぎらいとかないのかよ、と、声に出すのは野暮なので、扶桑はアイコンタクトでマスターに訴えかけた。

「お、扶桑くん、にらめっこかい?」

だめだ、このマスターは実は悪人なんじゃないかとすら思えてくる。まさかこの予感が本物のものになるとは、この時扶桑は夢にも思わなかった、なんて文章さえついてきそうなものだ。扶桑はあきらめてカウンターに腰掛けた。のではなく、カウンターの手前にある椅子に腰掛けた。


 若宮ちゃんが扶桑の前にそっとモカを置く。

「しかし薬の効き目とはいえ、あそこまでとはねえ」

マスターはおもむろにボソリとつぶやいた。


 「お、マスター、実は評価してくれてたんだね」


 マスターの思わぬ一言に、いつも見慣れたモノトーンの店内が妙に暖かく見えた。何度も飲みたくなる、いつものモカを一口啜ると、扶桑は言った。

「マスター、今日のモカは、何だかしょっぱいね」


 マスターは読んでいた宮沢りえのヘアヌード写真集「Santa Fe」を閉じると、おもむろにハンカチを取り出しこう言った。

「涙をふきなよ」

扶桑は、いつの間にか涙を流していたのだ。


 「ちなみに僕の家は喫茶店だったんだよ」

マスターは落ち着いた口調で語り始めた。もっと賞賛を浴びたかったが、どうやら話は変わってしまったようだ。


 「静かで平和な喫茶店だったんだ」

「マスターがこのカフェを経営しているのは、家業だったからなのか。てっきり伊達や酔狂だと思っていたよ」

扶桑は思いがけない情報を受け止めきれず、思わず本音を口にしてしまった。


 「まるで僕を狂人のように扱うね」

そう言うマスターの口調は、決して怒りを含んだものではなかったように思う。扶桑はあえて否定の言葉を口にしなかった。


 「父は軍でいろいろな薬品を開発していた人でね」

また話が変わったようだ。


 「父はそのノウハウを活かして退役後、喫茶店を始めたんだよ」

話は変わっていなかったようだ。というかだな。


 「あぶねーだろ! 何飲ませてんだよ!!」

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