表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/30

Loop The Loop

第2部 第5話  Rascal



 窓の外は縦のストライプ。コンクリートがドラムロールを奏でる。台所のまな板が異なるリズムを打ち、空間が奇妙なグルーヴを打ち出していた。体が自然と踊りだす。


 壮大な叙事詩のフィナーレを飾るインターホンが鳴った。まな板の音が凪ぎ、男がエプロンで手を拭きながら歩いてくる。エントランスのカメラが捕らえた人影がモニターに浮かび上がる。男は、それを見るや否や、受話器を取り上げた。

「どうしたんだよ。とにかく入れよ」

エントランスの開閉ボタンを押し、スニーカーを突っかけ慌てて外へ出た。


 再び玄関の扉が開く。

「大丈夫か。今タオル持ってくるから」


 滴る水に紛れてわからなかったが、立ちすくむ女は涙を流しているようだった。男は洗面所から翳れを知らないバスタオルを持ってきた。女は男の胸に体を預ける。涙のダムが声を上げて決壊する。


 女は、立ち食い蕎麦の天麩羅の衣程も身の丈に余るバスローブを身に纏い、浴室を後にした。

「お腹空いてるだろ?」


 2人は食卓を間に挟み正対する。男は女の方には目もくれず、黙々と食を進める。女しばらく黙って料理を眺めていたが、やがて重い箸を動かす。

「おいしい」

女に、少し笑顔が戻ったようだった。


 台所から男の声が響いてくる。

「それで、一体何があったんだ?」


 女は、膝を抱える。

「うん……。フラれちゃったんだ」


 男は、マグカップを2つ置いた。

「君と別れるなんて、信じられないことをする男だな」


 女は、マグカップを両手で握る。

「そんなこと言ってくれるのはあなただけよ」


 台所から水の流れる音が聞こえる。

「ねえ」

女が甘えるような声で呟く。


 「ん?」

「今日、泊まっても良いよね?」

台所の水の音が続く。


「ああ」

男は濡れた手をタオルに擦り付ける。

「こんなベッドで良いのなら」


 女はベッドの中から男の姿を見つめ、尋ねる。

「寝ないの?」

男は読書に耽っている。

「寝たら忘れるのかもしれない……なんてことはないか」


女はさらに尋ねる。

「私が布団取っちゃったから?」

男はコーヒーを啜る。


 女は、布団に包まれながら小さな声でこう呟いた。

「一緒に寝ようよ」

男は、本のページをめくる。女は、体を起こして問う。

「私のこと好きなんでしょ?」

男は、本にしおりを挟む。


 女は、床に足の裏を着けて座った。

「生駒さんの事があるからなのね」

男は本を閉じると、ベッドの方へ歩いていく。女の隣にそっと座ると、窓の外を見る。いつの間にか雨は上がり、白い光を放つ花が見える。


 「生駒は関係無いよ。私は、出会ったときから君のことが好きだ。いつだって君のことを考えてる。でも、今の君は親に甘える小さな子どもだよ」


「小さな子ども」


「ごめん」

男は床に寝転んだ。


 女は、窓の外に映る星を眺めていた。床に寝そべる男の姿が目に入る。

「そんな所で寝たら風邪引くよ、ねえ」

男は、子犬のように体を丸くする。


 「ねえ!」

男はむっくりと起き上がると、ベッドに飛び移った。


 「きゃっ!」

女が小さな悲鳴を上げる。男は、女に背を向けて寝た。


 男が、ふと、女の方を見やると、女はすでに眠りに落ちていた。よほど疲れていたのだろう。女の寝顔からは笑みがこぼれる。


 女が目を覚ますと、ベッドの隣はもぬけの空だった。


 「いつまで寝てるんだ?」

再び台所から聞こえる男の声。窓の外には、昨日の雨の存在を忘却の彼方に消し去る乾いた青が広がる。食卓の上から優しい香りがほとばしる。男は、エプロンを外し、食卓に着く。


 2人は向かい合って着座する。お互いに、照れ笑いが漏れる。


 女は、味噌汁を啜る。

「ライダーのお嫁さんになる人って、幸せだろうね」

男は何も言わなかった。

「昨日はありがとう」


 「良かった。元気になったみたいだな」

 2人で食卓を片付けると、2人は出発の準備をした。

「送ってやるよ、神鷹中尉」

男は、そう言うと、フルフェイスを被った。



 ここはシャルンホルスト・タワーの地下にあるカフェ「いそしぎ」。神鷹中尉は尋ねた。

「ねえ、パパ。私って、どんな子どもだったの?」


 シャルンホルスト・カットのマスターは答える。

「急にどうした? 思春期か? 思春期症候群か!?」


 神鷹中尉は返す。

「思春期症候群って、そういうのじゃないと思うよ。私の予知能力がそう言ってる」


 マスターはゼロシャーシのミニ四駆にニカド電池入れると、言った。

「ええと、あれはいつだったかなあ。僕がお前の母親のところに婿に行ってすぐお前が生まれて」


 「えっ、パパ、婿養子だったの。しかもできちゃった結婚……」

マスターが婿養子だったということが重要な意味を持つのだが、それを神鷹中尉が知るのは少し先のことだった。


 「そうだ、お前の5回目の誕生日の時のことだ。私はお前がかわくてかわいくてしょうがなくてなあ、『プレゼントは何が欲しい』って聞いたんだ。そしたら、お前、何て答えたか覚えてるか?」


 「えっと、覚えてないや」


 「その時、お前はこう呟いた。『新しいパパ』と!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ