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Dog Bite

第2部 第3話  The Quintessential Quintuplets



 蒼龍君は小さい時から扶桑君と知り合いでしたが、もう1人、2人には共通の知人がいました。千歳ちゃんという、タンポポのようにかわいらしい女の子でした。


 蒼龍君と千歳ちゃんは、ハイハイの頃から仲良しでした。蒼龍君がどこへ行く時も、千歳ちゃんは後をついて行きました。蒼龍君は、たまにそれをうっとうしく思うこともありましたが、2人はいつも一緒でした。幼稚園も一緒。小学校も一緒。


 千歳ちゃんは背が小さい方だったので、2人はよく兄妹に間違われたものでした。実際、千歳ちゃんには少しドジな所があったので、しっかり者の蒼龍君と一緒にいると兄妹のように見えるのも仕方がないのですが、それだけ2人は仲が良かったのです。蒼龍君は、千歳ちゃんがいじめに合いそうになった時は助け、困っている時は相談に乗ってあげました。


 2人は、いつも丘の上の桜の木の下で遊びました。そこは、2人が物心つく以前よりずっと拠り所にしていた、思い出の場所でした。


 小学校高学年の頃、蒼龍君は千歳ちゃんとあまりに仲が良いのを冷やかされたことがありました。蒼龍君は、そんな時も昔と同じように話しかけてくる千歳ちゃんを厭わしく思い、邪険に扱ってしまいました。その時の千歳ちゃんの寂しそうな顔は、今も蒼龍君の脳裏の片隅にこびり付いています。その時をきっかけにして、2人の間には不穏な空気が流れました。それまで、あれだけ仲が良かった2人がこうなってしまったのだから、周りの友達は大いに心配しました。それでも、蒼龍君は意地を張って関係を修復しようとはしませんでした。


 2人はそのまま中学生になりました。蒼龍君の中で、次第に千歳ちゃんの存在が大きくなっていきます。しかし、1度壊れてしまった物を修復するのはむずかしく、再び昔のように接する事はできませんでした。話すことすらない日が続いていきます。蒼龍君が見る千歳ちゃんは、いつも楽しそうでした。自分がいなくても楽しそうにやっている千歳ちゃんが、少しいじらしく思えました。千歳ちゃんがほかの男子と楽しそうに話しているのを見るたび、胸が締め付けられるような思いに駆られました。蒼龍君の思いは募っていきました。千歳ちゃんが後ろをついてくる、あの日々を思い出します。


 千歳ちゃんが好きで好きでしょうがなくなっていました。好きで好きでしょうがなくて、でも、どうしようもなくて。どうすればこの気持ちをわかってくれるんだろう、蒼龍君は悩みに悩みました。


 中学3年の冬、蒼龍君は意を決して千歳ちゃんに声をかけました。思い出の、丘の上の桜の木の下で会う約束をしました。桜の木は、白い花を咲かせていました。蒼龍君は、持てる限りの勇気をすべて振り絞って、思いを打ち明けました。持てる思いをすべて。千歳ちゃんは、辺りの雪をみんな溶かしてしまうほどの熱い涙を流して答えてくれました。


 2人が失った幸せを再び手にしたのもつかの間、再び不幸が訪れました。蒼龍君の父親の転勤が決まったのです。蒼龍君もどうしても一緒に行かなくてはなりませんでした。アメリカへ。


 春が訪れるまでの短い間、2人は沢山の思い出を作りました。最後に、2人はある約束を交わしました。3年後、僕は必ず帰って来る。その時、もしまだ好きでいてくれるなら、あの桜の木に、黄色いリボンを巻いておいて欲しい。君を迎えに行く。もし、リボンが巻かれていなかったら、君の事を諦める、と。幸せの黄色いリボン、2人の大好きな歌でした。


 蒼龍君はアメリカへ飛びました。2人は文通を始めました。蒼龍君は、たまには日本へ戻りたかったのですが、家族ともども忙しく、日本に帰る余裕はありませんでした。蒼龍君は、一生懸命手紙を書きましたが、千歳ちゃんからの手紙はある時ぷっつりと途絶えてしまいました。蒼龍君は細かく詮索したりはしませんでした。現実を、素直に受け入れよう、と。


 やがて、蒼龍君が日本へ帰る時がやってきました。散々考えたあげく、蒼龍君はあの木の下へ向かいました。さまざまな思いが交錯しましたが、やはり真実からから逃げることはできなかったのです。勇気を出してあの丘に向かいました。桜は今にも舞い上がる程の花を咲かせていました。その桜をぼうっと見上げていると、その枝の1つに何かがある事に気づきました。くくり付けてある、小さな黄色いリボンに。蒼龍君は、全速力で彼女の家へと向かいました。息を切らせて走りました。膝を震わせながらドアホンを鳴らしました。


 扉の向こうに現れたのは、千歳ちゃんのお母さんでした。久しぶりに会ったあいさつも早々に、蒼龍君は崖から突き落とされたかのように絶望しました。


 蒼龍君は、仏壇の前に座りました。千歳ちゃんの遺影を前に、蒼龍君は初めて涙を流しました。それまで、強がって千歳ちゃんの前では決して見せなかった涙を。


 あの木にリボンを巻いておいて欲しい、というのが千歳ちゃんの遺言でした。白血病だったそうです。千歳ちゃんが蒼龍君に書いた手紙を受け取りました。


 大好きな蒼龍君へ。とっても苦しかったけど、蒼龍君のことを考えたら、私頑張れたよ。蒼龍君に会うまで頑張ろうと思ったけど、もうそれも無理みたいです。あなたに迷惑をかけるのが嫌だったから、連絡するのはやめました。自分勝手でごめんなさい。今までありがとう。私は、ずっと、ずっと蒼龍君のことが好きだったよ。心から愛してます。世界中の誰よりも。本当に、ありがとう。私、本当は、蒼龍君のお嫁さんになりたかったな。


 便箋は、雨に打たれたように濡れました。

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