病弱お嬢様を道端で助けたらお付きとして雇われた件
ある暑い夏の帰り道。自転車で帰宅中の俺は、歩道の端で人が倒れているところを見つけてしまった。
どうにかしようにも、女の子に触れるなんて小学生以来で手を引っ込めては伸ばしてと繰り返しているだけ。
「ん、んんぅ……」
「……っ!」
そこで苦悶の声を上げながら苦しそうに呼吸しているその人を見て、何を迷う必要があるのかと急いで救急車をスマホで呼び出し、心の中でごめんなさいと何度もつぶやいて、その体を持ち上げて日陰に移動し、リュックを枕にして涼ませる。
近くにあった自販機でペットボトルを片手にして救急車の到着を待つ。
「うぁ……ぐぅぅ……」
「……」
日本人らしからぬ白い髪に、恐ろしいほどまでに整った顔立ち。程よく引き締まって、出るとこは出ているスタイルながらも華奢な印象を与えられる。
倒れて苦しんでいる人に何を、とも思うがそれほどまでに目の前の少女はきれいだった。
――その後まもなく救急車が到着して、家族の人とも連絡がついたらしく軽く事情を説明して俺はそのまま帰宅した。
「ってな、ことがあってな」
「へぇー」
つい先日のことを隣の席の友だちに話すと、興味なさげにスマホをつつくだけで反応してくれなかった。
「んだよ、つれねえなあ」
「えー、なにさ。人助け偉いですねーとでも言っておけばいいわけ? 僕は興味ないんだけど」
「もっとこう……いや、なんでもないわ」
こいつはそういう奴だということを思い出し、暑い日差しから身を守るがごとく顔を腕に埋めて朝の教室の喧騒から聴覚を切り離す。
こうも暑いと気が滅入る。夜はよく寝られないし、汗くさくてそれを誤魔化すシトラスの香りで気持ち悪くなってしまう。
夏は、きらいだ。
「おい」
「すぅ……」
「おい、返事をしろ」
「むにゃむにゃ」
「はぁ……このッ」
――ガコン
「――!? 痛った〜……ちっ。誰だよ、人の居眠り邪魔する奴……は?」
機嫌悪く見上げるとそこには、同じ学校の制服に身を包み左腕には風紀委員の証である腕章が付けられていた。
規則に厳しいことで有名な風紀委員長がそこにいて、俺を見下ろし軽蔑しきった目をしている。
「はぁ……朝から手間をかけさせるな」
「えぇ、そっちが勝手にやったことじゃ」
「知らん。それより、私の名前は黒宮来栖。聞いたことはあると思うが、一応名乗っておこう。榎本浩介」
「なんで俺の名前を」
「なぜか……それは、これから分かることだ」
そう言って強制的に立ち上がらさせ、手を引いてどこかに向かっていく来栖。
「ちょ、待って。どこに?」
「……んなのが……」
「? なんて――」
「こんなのが、お嬢様を助けたとか……認めがたい」
「お嬢様?」
なんか聞き慣れない言葉が……いや、ちょっと待って! 痛い痛い、掴んでるところが痛い!
「っの、とりあえず離せこのゴリラ女!」
「誰がゴリラだ!」
「お前だよ、この人外握力が!」
「おまっ……人が気にしてることを良くもっ」
「はぁー? なんですかー? こちとら、朝っぱらから連れ出されて苛ついてるんでよーだ!」
「そうですね。それは、うちの来栖が失礼いたしました」
「そうだよ。そうやって素直に謝って事情を話してくれれば……ん?」
「お、お嬢様……」
来栖がお嬢様と呼ぶその人物はどこか見覚えのある出で立ちで、何だっけと記憶から掘り起こす前にそのお嬢様は頭を下げて、
「先日は危ないところを助けていただきありがとうございます。おかげでこうして無事でいることができました。……それと、うちの来栖がご迷惑をおかけしたようで――」
「いや、待って待って。なんで、えっと……」
「ご紹介が遅れました。私はシャロン、シャロン=ヴァーネルと申します」
「えっと、シャロンさんが謝っているのさ? この怪力女と関係はないように見えるけど……」
「それは、えっと」
「私がこの御方の護衛兼付き人だからだ!」
自信満々に誇らしく高らかに告げられたその内容は、おおよそ普通の女子高生の口から聞けるような内容ではなかった。……いや、お嬢様って言葉でなんとなく予想はしてたけど。
「こら来栖。浩介さまだったからいいけど、その事は内緒のはずでしょう?」
「も、申し訳ありません……」
「いや俺ならいいって何さ? さっきから話が見えてこなくてチンプンカンプンなんだけど」
「え……」
そこで初めて微笑みの顔が崩れて、驚いたような……あえて表現するならピシリと亀裂の入った仮面のような表情をしていた。
「覚えては、いませんか?」
「ええと、特には。……あ、もしかして」
「……!」
「俺が昨日見かけた人の妹さんですか」
「……(しょぼーん」
「貴様……それはないだろう……」
怪物女に呆れられた……げせぬ。
「いやだって明らかに胸とか身長が違っ――」
「これで、どうですか!?」
「……いや、はい。思い出しました」
シャロンさんが制服を脱いでブラウスとスカートだけになると……俺は感じていた既視感がピタリと当てはまる。
「着痩せしますと言いますか、身長とかが実際よりも小さく見られがちなんですよね……」
「は、はは。そうですね」
「まさか妹だと思われるとは思いませんでしたっ」
もうっ、とむくれてそっぽ向いてしまうがその仕草でさえ可愛らしく映ってしまう。輝かしいまでの白い髪に黄金の瞳はチラチラとこちらの反応を伺っていた。
さて、こうして鑑賞しているのも悪くないし、昨日の死にそうな様子からここまで回復してくれて嬉しかったのもあるので眺めていたい気持ちもあるがとっとと本題に入られねばHRが始まってしまう。
「それで、どうして俺を呼び出したんですか?」
「あ、そうでしたね。実はお礼をするためにお呼びさせていただきたいんです。命の恩人ですから」
「命の、恩人……」
「はい。私はあなたに返しきれない恩があります」
「返しきれない」
「はい。ですからできる限りのことは叶えて差し上げたいと……どうされましたか?」
「い、いや……何でも、ない」
恩人、返しきれない、命の恩人。どれも苦手な言葉ばかりをこうも聞かされただけで別に異常なんてない。
「お礼の話なら、別に大したことはしてないから別に必要はない。強いて言うならこうして感謝されただけで十分です」
「いえ、そういうわけにも……」
「なんなら、お金でも払いますか? 持論ですけど、恩というのはきっちり精算しておくべきだと思います。長引けば長引くほど恩はあっても感情は薄れていきます。なのでその思いがある内に何かしらの形にしておくべきです」
「貴様ッ、お嬢様の命の重さが金銭で解決など……!」
来栖が憤り、俺の胸ぐらを掴みその腕力で持ち上げる。
「うーん…………あ、でしたら好待遇で雇われませんか?」
「……どういうこと?」
「私は恩返しがしたい。ですが、継続的なものは望んでいない……そういうことでいいんですよね?」
「あ、ああ」
「ですので、雇うだけ。そこが恩返しです……待遇については要相談の上ですが」
「つまり」
「コネを用意する……それが私の恩返しです」
その言葉とその顔は絶対に覆さないという意思で満ち溢れこれは断ることができないと悟る。
だから――
「浩介さーん」
「はいはい、なんですか?」
「天気がいいのでお散歩しましょう!」
「……前みたいに倒れないでくださいよ」
「大丈夫ですよ。……なにせ今度はあなたがいますから」
――側仕えとして、シャロンさんと暮らすことになったのだった。