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連作短編 Psy-Borg 第四部  作者: 細井康生
9/13

錯乱の扉~9

[G確認」


 D-13から連絡が入る。クラウスも砂塵が舞う視界不良の中で、微かにそのパワードスーツのシルエットを確認した。クラウスは距離を保ち視認できる位置から彼の追尾を続けた。その先に難民キャンプのテントがぼんやりと見える。不意にその時ヘッドフォンから何やら声が聞こえた。


(ママ…)


 呟くようなノイズまじりの声がクラウスの耳に届く。何か心をかき乱すような嫌な予感が彼を襲う。Georgeがキャンプから少し離れた所に止まると、クラウスとDavidもその距離を保ったままその場で止まった。


 Gをリモート操作に切り替えるためにアクセスを試みるが、完全にシャットアウトされている。


「ジョージ!聞こえるか、ジョージ」


 音声での呼びかけが無意味だと知りつつも、繰り返し呼びかけた。


 このような場合に備え、個別に自動防壁プログラムが発動されるが、クラウスとのホットラインがシャットアウトされる事はないはずだ。これではGeorgeがこれから何をしようというのか、その行動分析もできない。


 だとすれば、仮になんらかのバグが発生したとして、それが他の隊員に影響が出ないとは言い切れない。だとすればDavidを連れてきたのは判断ミスだったか?


 ふとそんな思いがよぎり、後ろに控えるD-13にモニターを向けると、彼は微動だにせず重機関銃を構え、照射臨戦の体勢をとっている。待機命令は下したが、そんな命令は下していない。


「David、今それは必要ない。降ろせ!」


 Dからの応答はなく、構えをとく素振りも見せない。


「David!聞こえないのか」


 Dとのネットワークアクセスを確認するが、同じように通信がシャットアウトされていた。


(クソッ完全なバグだ。チクショウ!)


 クラウスはすぐに本部と通信を繋いだ。


「部隊13。プログラム瑕疵発見。原因不明のAIの単独行動確認。これより事態収束行動に移る」


「状況確認。了解。詳細送れ」


「現在H32-βポイントで観測中。重機関銃装備。現場による危急対応の是非を問う」


「民間難民の至近ポイント。火器の使用を禁ずる。送れ」



(クソッ!素手で奴らを取り押さえろってのか?)


 彼らに未だに動きは見えないが、Georgeは難民キャンプを狙い、Davidは銃を構え臨戦体勢をとっている。その中間にクラウスが位置していた。


「本部よりクラウス少佐へ。調査班及び特別護衛隊をそちらに向かわせる、現状維持可能か否か?送れ」


「緊急措置対応中。確率70%で否。抑止による装甲騎兵の破損の是非を問う」


「衛星映像で状況確認。許可。損壊に対する賠償保証は本隊で負う」

「了解」


 たとえクラウスの行動パターンをプログラムを組み込んでいたとしても、瞬発力に関しては本体である彼の方に分がある。


(どちらを先に抑えるか…)


 果たしてDavidはGeorgeの行動抑制をするために銃を構えているのか、それとも自分を威嚇しているのか、現段階ではわからない。そもそも何をするためにGeorgeはこの難民キャンプに向かったのかさえもわからない。


 クラウスが一歩前進すると、Davidは銃口をこちらに向き直した。明らかにこちらの行動を抑制しようとしている。


 このままGeorgeの確保に向かっては背後から撃たれる可能性が高い。Davidの抑止を先にした方が良さそうだ。


 スチーム移動に切り替え、一気に方向転換しスロットルを開けると、体勢を低くしたままDavidに突っ込んでいった。


 彼は学生時代にアマレスとサンボをやっており、パワーで押せるような巨躯ではない代わりに、スピードを生かした片足タックルからのサブミッションには定評があった。毎日のように繰り返し練習をした一連の動きは頭よりも先に体が動く。


 低い姿勢からの右足へのタックルで相手を上向きに倒すと、右手首をとって捻じ上げながら手のひらを開かせて、それと同時に銃を取り上げ地面に叩き落とした。そのまま後ろに回り腕を固める。

 パワードスーツの起動範囲は人の稼働範囲を超えることはない。したがって関節を固めればその行動を抑止することができる。


 逆にそうした人間の運動能力を最大限にフォローできるように設計されたパワードスーツであるからこそ、クラウス自身の咄嗟の判断と瞬発力がAI制御されているDavidの行動を上回ることができたのだ。


 相手の左腕の関節を伸ばすようにして、頭の上に手を上げさせると、脇の下にある緊急停止ボタンを押した。


 Davidは力が抜け落ちるようにその場に膝をつくと、正座をするような姿勢で動きを停止させた。

その金属同士がぶつかり合う激しい音に反応するように、難民キャンプから次々と人々が出てきた。


 疲れ切った人々の顔、怯え切った目。

 憎しみの表情。焦燥感と諦念が支配する彫りの深いセム系民族達。


 その時、クラウスの心の奥底から、閉じていた蓋をこじ開け、押し上げるように這い上がってくる黒い陰鬱な意識が湧き出て、それが徐々に心を侵食していった。


(パパを堕落の道に落とし、僕からママを奪った奴らめ)


 どうしようもない苛立ちがクラウスを包んでいく。

 

 その時、Georgeがキャンプに向かって射撃の姿勢に入った。 


(ダメだ!)


 ここは民間人を収容するセーフゾーンであり、火器、銃器の使用は認められない。

 先ほどのように押さえ込もうにもここからでは距離がありすぎる。


(シンクロを外して!)


 突然別の誰かからの指示が飛ぶ。通信機からなのか、それとも直接頭に訴えかけているのかそれすらもわからない。クラウスは他のパワードスーツと同期させている通信回路をオフにした。


 一瞬動きが止まる。クラウスは立ち上がり、そのままフルスロットルでGeorgeの元に向かう。


 一度は動きを鈍らせたGではあったが、すぐに射撃姿勢を整えた。

 それ見てキャンプ難民達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。クラウスの無線にはキャンプからの悲痛な説明要請の無線が入ってくる。


(間に合わない!)


 諦めかけたその時、Gの動きが止まり、痙攣するように体を震わせると、ゆっくりと銃を下ろした。 

(いまだ!)


 速度を緩めずにGに突進して行こうとした時、

「大丈夫、クラウス。制御できたわ。止まって」

 と耳慣れた声が無線から流れてきた。


 クラウスは右足でブレーキをかけ、、その場で何度かその足を軸に回転しながら、慣性を逃がすように速度を落とし、完全にその場に止まるとGの方をゆっくりと振り向いた。


「キャンプH32から米第13部隊クラウス少佐へ。状況確認と今回の行動要綱の開示を求める。当該行動は明確な国際法違反にあたる可能性あり、応答乞う」


「部隊長クラウスヴェルゲナーよりH 32βキャンプへ。有事回避。協定34条[休戦下における通信瑕疵の対応]に含まれる可能性あり。慎重な調査の上、詳細は軍司令本部より通達する」


「了解」



 現在起きていることが一体どうゆうことなのか、クラウス自身も上手く整理できていない。この場合単純にAIの暴走として括れないものがある。


 すると、動きを停止していたはずのGが起動し始め、クラウスは思わず身構えた。


「大丈夫。Gは制御できたわ、安心して。今彼を操作しているのは私」


 聞き覚えのあるその声に、彼は驚きを隠せなかった。

「ルーシーか?」

 Gが操作していた装甲騎兵が立ち上がると、また難民キャンプの人々が騒めいた。


「ここで話をしていたら彼等に動揺を与えてしまうわ、私がDを牽引するからまずはキャンプに戻りましょう」

「わ、わかった」


 彼は自分の混乱を抑えつつ、ルーシーに従うように、その場から離れることにした。


つづく


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