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連作短編 Psy-Borg 第四部  作者: 細井康生
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錯乱の扉~5

 今日の行動履歴と指示記録を抜き出し、本日待機の部隊にそのデータチェックを任せる。そのための二部隊制だ。不具合が見つかれば互いに検査し合い、修正を施す。


 検査報告書を検閲しながら、考察必要な箇所を暗号化し本部の情報部隊へ転送する。

 今日の部隊は本部からの連絡が入るまで待機することになる。


 クラウスはすべてのチェックと転送を終えると、冷め切ったコーヒーを飲み干した。大きくため息をついて身を沈めたレザーソファーの表面には、どこから入り込んだのか、細かい砂がうっすらと積もっている。そのザラザラとした触り心地が堪らなく彼を苛立たせた。


 この寂寞とした中東の砂漠地帯が数々の紛争の火種となってから既に1世紀以上経っている。


 複雑な社会情勢と宗教的な対立により、未だに鎮火する様子が見えない。


 その数々の紛争に、なんらかの形でクラウスの祖国であるアメリカが関わってきている。


 彼は子供の頃から中東アラブ地域に対して偏見を持っていた。

 大人になり、その背後にある複雑な状況を知るにつれ、徐々に全体を俯瞰的に捉えるようにはなったが、それでも幼い頃に植え付けられたアラブ人達への偏見は拭い切れるものではなかった。


 偏見とは理解しているが、ムスリム達への嫌悪感、敵愾心は未だにクラウスの中に燻っている。時折街中でヘジャブ(髪の毛を覆うスカーフ)を被った女性や、髭を蓄えたアラブ人男性を見かけると、そうと分かっていても眉根をしかめてしまう。


 彼自身は特に敬虔なクリスチャンではないが、半世紀以上前のイラク戦争の際に、時の大統領が宣言した「我々は現代の十字軍である」という言葉に同意を示したくなる。


 自由の国アメリカ。すべての人に成功の機会が与えられ、人種も宗教も、思想も肌の色も関係なくそれを求める者に対し平等に権利が保障されている。


 しかしそれは差別がないと言うこととイコールにはならない。むしろ未だに根強い差別意識が残っているし、思想の自由が強烈な偏見を生み出してもいる。


 クラウスのアラブ人への偏見は、祖父母の影響が大きかった。

 両親の離婚が成立した後、しばらくの間母方の祖父母の元に預けられた。新学期までのほんの半年ほどではあったが、厳格なクリスチャンであった彼等との生活は、それまで比較的緩やかだった信仰生活を送っていたクラウスにとって、堪らなく息苦しいものだった。


 日々の祈りと毎週末の強制的なミサへの参加。

 彼等は事あるごとにキリストを否定するユダヤ教の教義を非難し、神の言葉を歪めたと、ムハンマドへの罵倒を繰り返した。


 世の物事を吸収する時期の、幼いクラウスにとって、そうした偏見を植え付けるには十分な期間だった。


 郊外の一巻村から、人種が渦巻く都市の片隅にある母のアパートメントに戻った時には、近所にある小さなモスクから流れてくるクルアーンを朗唱する声が、堪らない邪悪なものに聞こえるようになっていた。


 同じ経緯で、クラウスの個人的な感情として、ユダヤ教のシオニスト達にも良い感情を持っていなかった。


 だからこの任務についている事自体、「異教徒達の尻拭いをしている」感覚を払拭できないでいる。


 それでもこれからの戦いの在り方を変えるであろう『特殊AIを搭載した装甲騎兵部隊』を任され、率いるという栄誉も十分に理解していた。

 そしてそれらがこの任務における、クラウスの葛藤の一つになっているのは確かだ。



「少佐。すべての検証結果は無事に本隊に転送し終えました。結果が出るまで待機とのことです」


「了解、わかった」

 そう言って彼は司令室を出た。


 プライベートルームに戻ると、クラウスは着替えもせず、装備をつけたままベットに横たわった。

 E-13に呼びかけた時に聞こえた「売女め」と言う呟き。それがやけに引っかかっていた。


 CNNから流れる様々なニュースに対して口汚い言葉を呟くこともある。そうした言動も重要なサンプルとし、プライベートタイムカウンセラーであるLUCYが管理してくれている。

 他の部員がクラウスをサンプルに作られたAIだとしたら、LUCYは完全に独立した別のAIである。しかし情報は他のAからJと共有している。

 もしかしたらそんなプライベートで呟いてしまった言葉が、LUCYを通じてなんらかのバグによりあの時のエドの呟きにつながったのかもしれない。


 しかし、何故出してもいない指示をエドは遂行したのだろうか?


 あのトレーラーハウスの残骸を見た時、頭の中に惨めな父親の姿が浮かんだ。漂うアルコール臭、鼻をつく酸っぱい臭い。汗の染み込んだ布団の臭気。堕落した人の醸し出す淀んだ空気が堪らなく嫌でしかたなかった。


(何故俺はそんなところに足繁く通ったんだ?)


 父親への思慕?それもあったかもしれないが、毎日忙しく働く母の後ろ姿を見ながら、早い時期から我が儘を飲み込む術を身につけた自分が、そんな彼女に心配をかけるような事をするだろうか?


 それとも歪んだ反抗の形だったのだろうか?


 今となっては全てが曖昧で、ぼんやりとした嫌悪感と寂寥感。そして…。


つづく


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