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連作短編 Psy-Borg 第四部  作者: 細井康生
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錯乱の扉~2

 ある国で内乱が起きた。

 一党独裁による権力集中、利権の独占。富の偏り、民衆の不満。

 反政府ゲリラの横行。軍部の叛乱による議会の占拠


 時代に逆行するその内乱は、国際社会に懸念を与えた。

 

 円滑な通商の妨害。

 軍部の暴走。

 他国への揺さぶり。


 国際平和に重大な問題があると判断した安全保障理事会は国連軍による軍事介入を容認した。速やかに作戦は決行され、軍部の議会占拠から4日後に内乱が平定されると、体制が整うまでその国は国連の監視下に置かれた。


 しかし、一度ついた火種はすぐに消えるはずもなく、議会成立後も今度は新政府に対する反体制ゲリラの抵抗が勃発する。さらには宗教的イデオロギーの対立などが重なり、混乱が続いた。


 内乱平定で疲弊しきってしまったその国に、それらを取り締まるだけの力はない。引き続き国連軍が平和維持活動という名目のもと、その国に留まることになった。


 そうは言っても、その軍の大半はある一国に集中していた。事実上その国の監視下に置かれ、臨時政府も傀儡に過ぎなかった。それでも秩序が守れるのならと国際社会は黙認をしている。


 いつの時代も変わりはしない。変わったとすれば戦い方だろう。


 多くの国同士を巻き込んだ、国軍が互いに向かい合う大規模な戦争は長い間起きていない。20世紀、大国同士の冷戦の中、政治や思想形態による代理戦争が長く続いた。


 国という枠組みが崩れ始め、己の身を自ら守らなければならない人々は、野に潜伏し、背後に控える圧倒的な大国の圧力にゲリラ戦という対抗手段に出ることになる。


 領土、利益の拡大と言った目に見えるような奪い合いではなく、一人一人の思想や信条、意識が関わることによって、戦いの着地点が曖昧となり、物質的な軍備の差がそのまま戦力の差に結びつかなくなってきた。戦場における個人個人の判断能力の差が大きく戦局を変えていった。


 クラウスは司令室を出るとそのままプライベートルームへ向かう。といっても通路を隔てた向かいの部屋だ。


 この国の政情が安定すれば解体される臨時部隊


 パワードスーツ6台が格納できる簡易倉庫と言った方がいいだろう。国連が管理するセーフゾーンの中に建てられており、半径10キロ以内には各国の平和維持部隊の施設が点在している。

ベッドと机だけが置かれている殺風景な部屋の片隅にあるコルクボードには、本国にいる家族の写真が貼ってあった。 


 休暇中に行ったキャンプの写真

 アミューズメントパークでの写真

 家での一コマ

 家族3人での記念写真

 とりわけ愛娘の写真は大きく引き伸ばして目立つように貼ってある。


 今回の作戦出動前に撮った家族写真はフォトフレームに入れて机に飾ってある。彼は机の引き出しから、大事そうに一通の手紙を取り出すと、椅子にもたれかかりながらそれを読みだした。


「お疲れ様です、少佐」 


 目の前のスピーカーから女性の声が流れる。


「E-3 J エドワードより、報告書の添削が終了。本部に転送いたします」

「了解、そうしてくれルーシー、大した収穫もないけどな」

 

 手紙から目を離さずに、その声に応えた。

「お子さんからですか?」

「そうだ」


 3ヶ月前に届いた手紙だが、1日の終わりには必ず読み返している。

「少佐はもう、こちらに来てどのくらいたちますか」


「1年になるか…。あっと言う前にだった気がするな」


「お子さんはおいくつなんですか?」


「5歳になるはずだ」


「帰還されたら、随分と長くここにいたと感じるかもしれませんね」


 子供の成長は早い。戻った時にはもう大分言葉も覚えて、背丈も伸びているだろう。

「そうかもしれんな」

 彼は顔をほころばせて、机の上の家族写真に目を向けた。


 戦場で対峙する相手は、統率された軍隊ではなく、動向が読めないゲリラ兵やテロリストになった。深い森を進みジメジメとした湿地帯を抜ける。灼熱の砂漠を行進しゴツゴツとした身の丈以上の岩場を登る。


 戦場のそこかしこには地雷が埋め込まれ、一歩踏み出すにも命懸けだ。時には100m進軍するのに半日をかけることもある。


 いかに訓練された屈強な兵士だとしても、それに慣れ続けることなどできはしない。

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)を受け、除隊後も苦しむ者が多くなっていった。

 かといって装甲車で攻め入るだけでは格好の的になってしまう。

 そんな中、俊敏性と細かい作業に適した兵器として開発されたのが、身体に装着しその人の能力を増幅補強するためのパワードスーツだ。


 対人用の軽機関銃など武器を搭載し、指先の細やかな動きを再現する「グローブ」を装備している。高速移動用の車輪や、ジェットエンジンも備えられていた。

 

 両手が自由に使えるようになったことで、兵器を装備して構えれば、銃のように対戦車砲を撃つこともできるようになった。


 二足歩行の装甲騎兵。アニメの中でしか拝めなかったような、ロボット兵がそこにいる。


(アイが息子だったら、これを見て飛び上がるほど喜ぶだろうな)

 クラウスは乗降のたびにそう思う。


 しかし現実はそんなSF漫画のようにドラマチックではないし、華麗でもない。地雷や瓦礫の撤去、インフラの復旧など戦闘の事後処理が主な作業だ。それでも以前より格段に兵士の安全性が確保されたといって良いだろう。


 それと同時にすすめられたのが、特定の兵士の能力をプログラミングした人工知能の開発だ。

 戦場における状況判断能力、対応力。

 優れた兵士の行動パターンを入力し、指示伝達の無駄を省いて作戦実行の速度を上げた。


「何事もなければ、ようやく朝まで自分の時間が取れそうだな」

 クラウスがそう呟くと、

「少佐は、作戦が決行されてから今日まで十分な睡眠が取れていません」

 とルーシーは咎めるような口ぶりで返した。

「わかってる」


「不十分な睡眠は判断能力の低下につながります。それはひいては…」

「わかった、わかった。お袋のようなことを言うな」


 彼は椅子にもたれかかり、大きくため息をつくと、腕を組んで呆れた顔で発信機の明滅するシグナルを見つめた。


「これ以降、特に特別秘匿事項など重要な案件以外はお前たちで処理を任せる。お前たちの判断は同時に俺の判断だ」

了解ラジャ


 彼は席を立つと、大きく一つ伸びをすると、「お前らも無理をするなよ」と声をかけた。

 ルーシーはクスリと笑いながら「私達に休息は必要ありませんよ」と言った。


「そうだったな」


 クラウスはそう言って、そのまま寝室へと消えていった。


つづく

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