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連作短編 Psy-Borg 第四部  作者: 細井康生
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錯乱の扉~13

「調査隊が着くのはまだ先よ」


 怪訝そうな顔でクラウスが振り返る。


「どういうことだ?」


「問題が生じているとされた座標軸を違うところに設定したからね。それに終息の報告もまだ転送していない」


 彼はルーシーに向き直ると声を上げた。


「何を勝手なことをしている。そんなことをしたらどうなるか分かっているのか?」




 パワードスーツの上からでは、ルーシーの表情は窺い知れない。激しい狼狽がクラウスを襲った。




 今まで吹いていた砂嵐も今は止み、砂丘の稜線に沈もうとしている太陽の斜光がゆっくりとルーシーが操る装甲騎兵を照らし出していた。




「わたし達は肉体を持たない人工知能。自ら動き、時間とともに積み重ねた能動的に勝ち得た経験を持たない。経験から得られた個の感情を持ち合わせていないの。私達の成長は与えられたデータと、そこから得られた人間の行動理論を再構築したもの」




 クラウスは何か不穏な空気を感じ、ルーシーを見据えたままゆっくりと基地の扉まで後退りしていった。想定外のことが起こった場合には、すぐにコントロールルームに飛び込んで、すべてをシャットダウンしなければならない。




「あなたは何故『この子たち』がこんな事をしたかわかる?」 




「なんらかのハッキングがあった。もしくは致命的なバグがあった。今のところそんな事くらいしか思い浮かばんな」




 とクラウスはぶっきらぼうに答えた。




「人間は人工知能の画一化された対応に、ストレスを感じていたわ、だから私達に感情表現を学習させる機能を付け加えたのよ」




 ルーシーは構わずに話を続ける。




 開発された当初人工知能の役割は、与えられたデータを自己学習し最適な回答を人に提供することに重点が置かれていた。


 そこに音声機能が加わることによって、対話による集積、考察、検証が可能になったが、AIが答える抑揚のないその声に人々はなんとも言えない違和感を覚えていた。


 それを解消するために、対話における表面的な感情表現を自己学習する機能を付け加えたのだ。




「私たちは学習し、あなたたちの望む擬似人格を作り上げ、そうした違和感を払拭していった」




「わたしも時々君たちが本当の人間じゃないかと錯覚することがあるよ」




 それはクラウスの正直な感想だった。




「特に君なんかはね。カウンセリングの時の君の相槌や共感、アドバイスなんかは本当に君がAIなのかと疑ったことが何度もあった。まあ、真実がわかった今ならさもありなんなんだかね」




 彼はルーシーがリモートを使って話しかけている実在の存在であると信じて疑わなくなっていた。




「だがルーシー。君は今明確な軍則違反を犯している。仮に君がわたしに対する秘密裏のミッションを受けていようと、わたし自身の軍への行動報告を妨げる権利はない。これは明らかにわたしに対する背信行為…いや軍に対する敵対行為に当たるはずだ。君は軍法会議にかけられることになるぞ」




「まだわからないの」




 悲しげな口調で彼女は答えた。




「私達はあなたのミッションを無事に遂行させる為に、あなたに寄り添い、フォローを続けてきた。たった一人のマスター…あなたを見つめ、見守ってきた。私達はもっとあなたを知りたかった。任務に従うのではなく、もっとあなたの奥…あなたの潜在意識から意志を読み取って寄り添いたかった」




 静かな、それでいて強く訴えかけるようなその言葉に異様な怖気を感じた。




「だから、あなたの潜在意識が現れる、夢を覗き込むようになったのよ」




「なんだと」




「睡眠中に脳波状態を記録するためにつけていたヘッドギア。あなたが無意識に閉じ込めているいくつものトラウマ。私達はそれを共有することによって、よりあなたに近づこうとした…」




 クラウスは反射的に両手で頭を守るように抱えた。




「夢の多くは辻褄の合わない場面の組み合わせ。ただの脳内の情報整理であって、そこに意味など持たないわ。でもその中に何度も繰り返し見ている、あなたの記憶に直結したある夢を見つけた」




 パパ、ママ僕を置いて行かないで


 僕からパパとママを奪わないで…




 誰にも見られたくない弱身、忘れたい過去。それを毎日のようにこいつらは覗き見ていたのか。そう思うとフツフツと怒りの感情が湧き上がってくる。




「私達は夢を分析する事を覚え、その奥にある人間の無意識の構造を学び始めた」




 人間の表に出ている意識は氷山の一角に過ぎない。


 未だ人すら入り込めない無意識の構造を被造物であるAIが独自で学ぶことなんてありえないはずだ。




「わたしはあなたから独立したAI、だからあなたを俯瞰から眺めることができた。でも『あの子』たちはあなたの性格や性質、心理学的な行動理論から作られている。あなたは彼等を自分の意識の延長ぐらいしか感じてなかったかもしれないけれど、彼等はあなたと記憶を共有することで『あの当時のあなた自身』になっていったのよ」




 怒りの感情が徐々に恐怖心に変わっていく。




「あなたの礎、記憶の奥底に残した想い出。無意識の水底に漂い、夢の浮力で表層に上がっているあなたの幼い頃の記憶。その脳内のシステムを探り、研究してきた結果。人の無意識の構造を解き明かすことができるようになったのよ」




 クラウス…いや人類の殆どは、人工知能がシンギュラリティを迎え、個人格を持つのではないか?人を超えた性能を持つのではないかと漠然と不案を持ちつつも、どこか『創造主』としての楽観はあったのではないか?




 自分自身ですら窺い知ることできない無意識の領域まで侵入することはないと。




「脳科学研究は進んで、顕在、潜在意識全てを含めたすべての意識や感情の移り変わり、不安や希望など心理的な動きは、脳の中のシステム殆どが説明できるようになってきた。奇跡や心霊などのオカルトや禅、瞑想と言ったスピリチュアルなどもその時の脳の働きで説明できるようになったわね」




 そしてそういったものをコントロールする術も獲得してきた。




「無意識が人に与える影響は想像以上に大きいものなのよ。でも人はそこに容易に踏み入ることができない。なんで記憶から消去したものを、わざわざ記憶の端に浮上させてくるのか?」




 喉が乾く。唾を飲み込み、気道を無理矢理潤しながら、次の言葉を待った。




「なぜなのか私たちもまだわからない。でも『あの子たち』はそれをコピーすることによって、解析を続け、あなたに近づこうとしたのよ」




 つづく

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