錯乱の扉~12
「何かしら」
今までの優しげな口調から、どこか冷たい事務的なものに変わる。
「それはね、君が純粋なAIではないってことだよ。人工知能を装っているが、実際はどこかで俺をリモート監視しているんだろう」
砂塵が舞い上がる中、ようやくキャンプに到着すると、ルーシーは何も言わずにゆっくりと動かなくなったデビットを格納庫の前で下ろした。
「何でそう思うの?」
クラウスは自分の格納庫にパワードスーツを納めると、ハッチを開き飛び降りヘルメットを脱いだ。
ルーシーは自分を納めずに、そのままクラウスに対峙した。
目の前に立っているのはただの兵器、鉄の塊であるはずなのに、そこにルーシーという意志が存在していると意識するだけで、存在が生々しく映る。クラウスは唾を飲み込み話し始めた。
「いつも何気ない会話をしていると、本当に君たちがAIなのかどうなのか分からなくなることがあるよ。無線機の向こう側に誰かいるんじゃないか?って錯覚することもあるさ」
言いようのない不安感を感じながら、ポケットからタバコを取り出し火をつける。
「だが君たちには人格はない。与えられた役割以上の主義主張を持つことはできない。君たちの伝える主義主張はマスターの持つ主義主張以上のものではありえない」
クラウスは不動のままそこにたたずんでいるはずのルーシーが、なんだか首を傾げた様に思えた。
「本国ではアンドロイドと人間の間に明確な線引きをし、倫理規定を定めている。むしろ人工知能が人と同じように個性を持つことに対して規制している。君がさっき口にした、『AIの独自人格の確立と、人とAIとの共存主義』は国策と離れている。それをプログラムに組み込むとは考えられないじゃないか?」
何も言わずにいる彼女を見上げ、言葉を続ける。
「君自身がどんな主義主張を持つかは自由だが、仮に君がAIだったとしても、少なくとも政府の命を背負っている君に、そんな意志表示する様なプログラムが組まれてるとは思えないな」
「もし…」
外部スピーカーから声が漏れる。外気を浴びたその声は、やけに無機質で乾ききっていた。
「すでに私たちが自由意識を作り上げていたとしたら?」
「なんだって?」
これまでAIのシンギュラリティに関して多方面で研究され尽くされてきた。様々な条件から検討され、軍は完全なアンダーコントロールができていると判断し、擬似人格を持ったAIを導入している。
クラウスはその言葉を聞いてつい吹き出してしまった。
「そう言っていること自体が、君がAIではない証拠だよ。まあいい。本隊が到着したら問いただしてみよう」
そう言って彼はルーシーの前を通り過ぎた。
つづく