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連作短編 Psy-Borg 第四部  作者: 細井康生
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錯乱の扉~11

「今回のミッションの側面は二つ。行動範囲内におけるAIの任務遂行能力、様々に変化する状況下において、最小限の人的監督下のもとで、AIが独自に最適な判断が下せるか?という事」


 それは事前にクラウスも聞いている。過去の悲惨な戦争の結果を踏まえ、人道的な側面から一人でも多くの者を危険にさらさずに、軍事的活動を遂行するための重要な任務だ。


「あなたに与えられたそのミッションは、今後の世界情勢に大きな影響を与えるだろう重要なミッション。あなたにはその責務を全うする義務がある」


 たった一人の指揮官。

 判断能力をコピーされた擬似人格の可能性。


 それ故に何年も前から研究され、ようやくここまでこぎつけた。テストパターンとは言え、それに選ばれた栄誉は例えようがない。


「同時に、肉体のサイボーグ化、トランスヒューマニズムによる意識の情報化とアップデート、コンピュータへの意識情報転送の有効性も検証されていたの」


「意識情報の転送?」


 クラウスは怪訝な表情を浮かべた。


「そう。戦場において勝敗が決まるのは。その時の一瞬の判断。そしてそれに反応速度と、鍛錬された運動能力」


 クラウス自身も多くの戦場において、それに救われてきた。


「いまは技術の革新的な進歩のおかげで、ここに配備されている装甲騎兵ならば、反応速度と運動機能ならば、一連の動作は再現できる。でもその現場における直観、というか一瞬の判断力・・・そうね思考を通さない瞬発的な判断は人にしかできない」


 そのために現在は一部隊一人は人間が配備されている。


「いまの現状では、戦闘時において、指揮官の瞬時の判断の命令伝達がちょっとでも遅れれば命取りになりかねない。それを憂慮した軍幹部が研究を進めていたのが、人の無意識下における判断意識の情報伝達なの」


「つまり、俺が反射的に判断したことを、AI自身が命令なしで独自で回避行動がとれるようになるってことか?」


「簡単に言えばそういうことね」


 危機状況下での自己防衛機能が個体ごとにに強化されるのならば、それは戦場において部隊の損害を最小限に食い止めることができる。


 そしてそれは大いにありがたいことである。

 しかしそのことと、今回の暴走とどう関係があるのか? 


「今、世界で感情学習機能を備えたアンドロイド達が、人のパートナーとして認められてきているわね。人の持つ感情の機微を学び、より繊細な心の結びつきを表現できる優れた人工知能のおかげだわ」


 たしかにそうともいえるだろう。実際、時折ルーシーがAIであることを忘れてしまうこともある。


「でももっと人と寄り添うためにはパートナーが私たちをどう思っているかを知るために、人からの意識情報の転送が必要になってくるのよ」


 街に溢れるアンドロイド達は、姿こそ簡略化され機能的になってはいるが、対話自体は人とのそれと変わらない。極東の島国ではその容姿さえ人に似せ、生身の人間と見間違うほどだという。


「アンドロイドが人類と共存するためには、いまある人工知能がより人の意識に近づき、寄り添い、パートナーとして存在するために、被創造物としてそこにあるのではなく、人と同等の生命としての意識体として存在していかないといけないのよ」


 クラウスは、ルーシーのその言葉の裏に強い意志を感じ、言いようのない怖気を感じた。


 どんなに表現を多彩に使い、抑揚を付けたとしてもそこにはマニュアル化された会話の無数のパターンが存在する。


 しかしそこには意志は存在しない。

 

 人の意識や心理は関数から導き出したり、数値で表したり、論理的に構築することはできない。

 それは過去に起きた出来事や、それが結果に至るまでの経過、その瞬間の心理的条件などが複雑に重なり合ってできあがる。

 そして忘却と想起を繰り返し「想い出」という実際の出来事とことなる誇張された記憶によって人の意識を作り上げる。


 そこに人は喜怒哀楽をのせ、意志を作り上げる。


 そうした曖昧な記憶ではなく、時系列で起きた記録と、行動理論から作り上げられた人工知能の「感情表現」に意志など介在するわけがない。


(人と同等の生命体だと?)


 彼女の人工知能の独立宣言とも取れる言葉の中に、そんな人にしか生み出せないであろう意志の力を感じたのは、彼女自身に意識があるのではなく、クラウスがそこに意識があるように「勝手に思い込んでいるだけ」に違いないのだ。


(そうか、わかったぞ)


 クラウスはついクスッと笑うと、今まで張りつめていて緊張感を解いて、力をゆるめた。


「つまりはわたし自身が被検体だった、というわけだな。わたしが無意識に行う意思決定を、彼らがどれだけ正確に受け取れるか。それをサンプリングしていたというわけだ。わたしにそのミッションを伝えれば、わたしが状況判断を逐一意識する様になり、正確なサンプルが取れなくなる…という事なんだな」


「何もあなたを騙していたわけではないの。でも、わかってくれて嬉しいわ」


「それとね、もう一つ分かったことがある」


 目の前にベースキャンプが見えてきた。まだ調査隊は到着していない様だ。


「何だと思う?」


 つづく


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