錯乱の扉~1
パパ、ママ僕を置いて行かないで
僕からパパとママを奪わないで…
舞い上がった砂塵は、一帯を深く包み込み昼なのにライトをつけなければ相手の場所もわからない。目視できる範囲はおそらく半径1mもないだろう。
「少佐、M-16地区に生命反応を確認しました」
「わかった。エドとクリスは引き続き偵察を続けてくれ、俺とデイビットはそちらに向かう」
「ラジャ」
クラウスは自身の装甲を高速移動モードに切り替え、目的の場所へと急いだテロリストの潜伏先。巧みにカモフラージュされたその建造物の破壊。ピンポイント爆撃による完璧な拠点の排除。作戦は開始から5分で終了した。
爆風による半径500m以内の損害も当初の計画通りだ。
一面の瓦礫の山。それは作戦が成功したことを意味する。たった数分で、何世代も繋いできた人の営みは跡形もなく消滅する
しかしそれは正義のためだこれから訪れる恒久平和のための礎。彼はそう固く信じていた。
先の世界大戦から、大国を中心とした全世界を巻き込んだ大きな戦争は起きていない。
その平和を維持してきたのは、我が国がこの全世界の監視役として目を光らせていたからだと、幼い頃からずっと教えられてきた。
「生存者発見」
「よし、保護に移れ」
「ラジャ」
クラウスは目的の座標から少し離れたところで止まり高速移動から二足歩行モードに切り替えると、武器の安全装置を解除して、ゆっくりと対象物に近づいていく。
先を行くデビッドから無線が入る
「目標物発見、どうやら逃げ遅れた一般人の模様です」
「奴らはそうした一般人に潜り込む、慎重に行動しろ」
手のひらにジワリと汗がにじむ。ゆっくりと呼吸を整えて一歩ずつ慎重に歩をすすめた
何か不穏な動きがあれば、すぐに指先に取り付けられた軽機関銃が火をふくことになる。
「女性と子供、どうやら母子のようです」
クラウスはなおも慎重に歩をすすめる。モニターにその様子が映し出された。
女は呆然と中空を見つめ放心した様子で、まるで彼らの姿が視界に入っていないようだった。子供はこちらを見ようともせず、ただうずくまって怯え、震えていた。
デビットは慎重に女と子供を立たせると、全身のスキャンを開始した。そのデーターがクラウスに転送される。
女うなだれて抵抗を見せない。クラウスはその様子をただじっと見つめていた。
「武器、危険物の帯同は確認できません」
女はようやくその顔を上げた。疲れ切って痩せ衰えた身体。だらしなく緩んだ口元、落ち窪んだ目の奥、視線は定まらず彼女の視界には彼らの姿が写っていないように思える。まるで薬物中毒患者のようだ。
ただ、その様子がいつか見た忌々しい記憶と重なってくるようで、堪らない嫌悪感を抱かせた。そんな感情を抑えつつ、冷静に次の指示を伝える。
「よし、保護を確認。本隊に連絡し収容所に移送しろ」
「収容所…ですか」
デビットのその受け答えにどこか違和感を感じながら、彼は言葉を続けた。
「何か問題でもあるか」
「いえ…ではこの対象物を民間人ではなく、テロリスト関係者と看做すと判断してよろしいですか」
「現段階では、ということだ。その後H32-β、キャンプの方に移動させる」
「ラジャ」
彼はデビットをそこに残し、移送確認を任せると、全員に帰還命令を支持し、駐屯基地へと戻っていった。
基地に戻ると彼は身にまとっているパワードスーツを脱いだ。
「脱いだ」というよりは、その「装甲騎兵」から「降りた」と言った表現の方が適切だろうか。
四肢を持った二足歩行の戦闘兵器。SF映画やアニメーションにしか登場しなかった「人型戦闘ロボット」がそこにある。操縦桿を持って操作する戦闘兵器とも違う。
スーツを着るように、身体を合わせれば、自身の仔細な動作に反応して、細かい作業ができ、素早い動作も可能になっている。
対人戦闘ならば他に銃器を持たなくとも、対応できるほどの武器は搭載されている。厚い装甲に守られて耐性も高い。
AIが搭載され、戦地にいながら情報戦にも長けている。人の能力に直結した補強兵器と言おうか。パワードスーツと言われる所以はそこにある。
操縦を覚えるのではない。その人の戦地における運動能力や、判断能力が、そのまま性能に反映されるために、それに騎乗できる者は、軍の中でも精鋭中の精鋭と言っていいだろう。
彼はそのまま司令室に入り、いつもの場所に座った。次々と部隊員が戻ってくる。
クラウスは隊員ごとの通信回路を開き、帰還の点呼を取る。移送確認をしたデビッドが最後に戻ってくると格納ハッチを閉めた。
司令室というにはあまりにも小さなその部屋には、正面にある巨大監視モニターの他には、シンプルな軍専用のコンピュータが置いてあるだけだ。
空調の低い起動音の他は、時折、彼が座っている椅子の軋みしか聞こえない。
モニターに隊員ごとの報告が忙しく流れている。しばらく画面を凝視し続け、その流れがおさまると「了解…」と小さく独り言のように呟くと、そのまま報告書を打ち始めた。
つづく