56 お泊り会
◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女
・ミリア…『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女。デニス、シアンを兄の様に慕っている。
・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属する、Aランクの先輩冒険者
・シアン…デニスの兄貴分の冒険者。前・魔王討伐隊の一人
・ニール…冒険者見習いとして活動している自称貴族の少年
・アラン…デニスの後輩の冒険者。騎士団に所属しながら、ニールの「冒険者の先生」をしている。
・アニー…リリアンが買った家を守っていたゴーレム。霧で出来ているので姿は可変。
今晩の『樫の木亭』は思っていたよりも賑わったので、ミリアちゃんはもう少し手伝ってから、私の家に来る事になった。家への道案内を兼ねてデニスさんが残ってくれるそうなので、私たち4人は一足先に家に向かった。
「いいなあ、シアンさん。俺だってまだリリアン家の風呂に入った事ないのに……」
ニールがまた変な事を言い出して、アランさんに視線で窘められた。先に入った方がいいとか、そんなジンクスがある訳でもないのにね。それにニールん家には立派な風呂があるのだから、人ん家の風呂を羨ましがらなくてもいいのに。
家の扉に手を掛けて魔力を流すと持ち手が少し光って鍵が開いた。使用者の魔力を記録させる事で動作する魔力鍵は、珍しい物ではないけれど安い物でもないので、こんな庶民の家についている事は滅多にない。まあこの家にはゴーレムが置いてあるから、防犯上の心配はほぼ無いけどね。
『お帰りなさいませ』
「ただいま、アニー」
ゴーレムのアニーが私たちを出迎えた。今のアニーはメイドの服装で、長い白髪は綺麗にアップにして整えてある。もしもあのレイス騒動の事を知っている人が見ても、きっと同じ物とは思わないだろう。
皆にはアニーの事を話していないので、特にニールとアランさんは、この家に他のものが居た事に驚いた様だ。アニーはニールとアランさんの挨拶に会釈で応え、何も言わぬシアさんには『お帰りなさいませ』と声を掛けた。
「リリアンとこもメイド雇ったんだな」
「あれはゴーレムだよ」
多分深く考えていないニールの言葉に答えると、アランさんが首を傾げた。
「ええ? いや、あんなゴーレムは見た事がないです。まるで人の様じゃないですか」
「ゴーレムにする器は魂を持たない物であれば何でもいいんです。あのゴーレムは、魔力を持った霧で出来ています。だから姿……というか、見え方はある程度自在に変える事が出来るんです。あとはクリエイターの腕が良かったんでしょうね」
そう話しながらちらとシアさんの方を見ると、少し険しい表情をしている。なんだか怒っているかのように。
2階の3部屋のうち、一番手前の部屋にはニールとアランさんを、続いて真ん中の部屋にシアさんを案内する。
「デニスさんとお二人で、この部屋を使ってくださいね」
さっき借りてきた布団をバッグから取り出し、ベッドの横に置いた。
「なあ、リリアン。あのゴーレム、お前が作ったのか?」
多分ゴーレムの事を聞かれるだろうなと、予想はしていた。
「いいえ、あの子はこの家に居たんです。多分ずっと前から。家に来る人を追い出していたらしくて、その所為でこの家の買い手がつかなくって、安く買えたんですよ」
「リリアンはどうやって?」
「……知り合いの魔法使いに協力してもらいました」
彼が……何を思っているかは、なんとなくわかった。でも今の私には、上手く誤魔化せる自信はない。
「荷物を置いたら居間に来てくださいね。飲み物をご用意しておきます」
そう言って、彼の前から逃げてしまった。
* * *
シアさんが昔の仲間と魔獣を狩った話には、ニールはもちろん、アランさんまでも、少し興奮した様子で食いついた。ハルピュイアの群れに遭遇した話、マンティコアを倒した話、ヒュドラの首を落とした話。丁度そんな話の辺りで、デニスさんがミリアちゃんを家に連れてきて、さほど広くはない居間はさらに賑やかになった。
「デニスさんはまあわかりますが、ミリアさんがシアン様とお知り合いとは思いませんでした」
3杯目の白ワインを飲みながらアランさんがそう言うと、
「様はやめてくれや。そんな柄じゃねえ」
「そうだぞ、アラン。おっさんでいいんだ」
「デニス、おめーはもうちょい言い方考えろや」
毎度ながらのそんなやり取りが始まって、それを見てミリアちゃんが笑いながら応えた。
「アランさん、ニール君から私の昔の話は聞いていますか?」
「あ…… ああ、すみません。簡単に、ですが……」
「ごめん、ミリアさん。俺がつい話しちゃって」
ニールが少し大げさに頭を下げて謝った。
「大丈夫よ、ニール君。その幼い頃に私を拾ってくれたのは、シアンさんと魔王討伐隊の皆さんなんです」
その言葉に、ニールは目を見張った。
ミリアちゃんの話を、リリアンはだいぶ前に聞いていた。でもミリアちゃんは「誰に拾われたか」という話まではしなかった。おそらくニールにもそんな感じで話していたのだろう。私は「誰に」など聞かなくても、良く知っていた話ではあったのだけれど。
「ミリア、皆に話してたのか?」
シアさんがちょっと気にしたような言い方で尋ねると、ミリアちゃんはニッコリと笑って首をすくめた。
「別に内緒にする話じゃないですもの」
「……そうか、信用できる友人なんだな」
そう言って、ミリアちゃんの頭を撫でると、ミリアちゃんも嬉しそうに彼に身を寄せる。
「最初にミリアに気付いたのは他の仲間だけどな。見つけてから、ミリアはずっとクリスにしがみついてた。多分同じ金髪だったから、毛色が同じで安心したんだろうな」
そんな風に、シアさんはちょっと揶揄うように言ったけれど、ミリアちゃんはそれを気にする様子もなく優しく静かに微笑んだ。
「ご恩はそれだけではないです」
「……ご恩なんて言われる程大それた事はしてねぇよ。俺らはお前が元気で幸せになってくれりゃいいんだ」
少し困った様に言うシアさんの目はとても優しかった。
「あの、シアンさん…… 魔族領に入ってからは……?」
その雰囲気に口を挟むように、ニールにしては珍しく遠慮がちに尋ねると、シアさんは眉間に皺を寄せた。
「……すまんな。そこは話せねぇ……」
そして頭を振ってから、ニールを真正面から見据えて続けた。
「ただな…… お前たちも聞いているだろう噂にあるような、あんな酷い出来事は起こらなかった。アレクはアッシュを突き飛ばしてもないし、盾にしたわけでもねぇ。アッシュが自分から二人を守る為に飛び出したんだ。本当はサポーターである俺が、死んでもアッシュを守らねぇといけなかったのに、俺はアッシュを守れなかった。アレクが英雄を継いだのは、彼女が腕輪を無理矢理奪ったからじゃねぇ。俺が目をやられちまって、アッシュのスペアになれなかったからだ。だから、あれは絶対にアレクの所為じゃない」
俺の所為だ。そう彼は言った……
違うのに……
あれは他の誰の所為でもない。私の所為なのに……
「俺の所為で…… デニスにもつらい思いをさせちまった」
急にそう振られたデニスさんは、ちょっと驚くような顔をしてから、でも少し寂しそうな顔で笑ってみせた。
「それでも、俺にはシアンさんが居てくれて良かったよ」
「……俺もデニスとミリアが居てくれて、正直救われた」
そんな話に、私は何も言う事が出来なくて。詰まる胸を心で押さえながら、ただ黙って聞いていた。
「魔王を倒した後は、皆も知ってる通りさ。勇者は……ルイは自分の国に帰った。サマンサとメルヴィンは教会に戻ったが、その後サマンサは教会を抜けた。その後すぐに彼女を訪ねてみたが会ってはくれなかった。クリストファー殿下は魔族から受けた呪いの所為で、しばらくして死んだ。アレクサンドラは郷里でクリスの子を産んで…… 一度だけ赤子の顔を見たな。名前は確か……」
「ニコラス様ですね。あのクリストファー様のご子息ですし、きっと強くてカッコいいんでしょうねえ」
ミリアちゃんが、その話に食いついた。嬉しそうに話すその様子に、さっきのしんみり感が少し散った。
「ミリアは王室マニアだからな」
ちょっと呆れたような笑い顔でデニスさんが言う。
「クリストファー様の素敵さが忘れられないだけよ。でもルーファス様の知的で大人っぽい雰囲気は、どことなくクリストファー様に似てるのよね。リリちゃんはウォレス様派よねー」
ミリアちゃんはわざとお道化た言い方で私に振って来た。
ミリアちゃんは、シアさんの為に雰囲気を変えたくて、わざとはしゃいでみせているのだろう。でもまさか、こっちに矛先が向くとは思っていなかったので、ビックリしてつい「いや、別に……」と答えてしまった。
それを聞いたミリアちゃんは私に好みのタイプを言うように迫り、何故かそこにシアさんもふざけながら助勢するものだから、慌てて風呂に入ると言って逃げてきた。
風呂から上がると、すでにミリアちゃんは先に休んでいて、何故か疲れた様子のデニスさんとニヤニヤしたシアさんが顔を突き合わせていた。
その横に座っているニールは、私の顔を見ると何か言いたげにしていたが、アランさんはそんなニールを急かす様に「ほら、明日も早いのですからもう休みますよ」と、ソファーから立つように促した。
そうだね、そんな話が出るくらいには、もう遅い時間だ。
残った二人におやすみなさいを告げて、ミリアちゃんが先に休んでる私の寝室に向かった。
* * *
結局、上手く寝付く事が出来なくて、誰も居なくなった居間にそっと降りた。
ソファーに寝転がって吹き抜けの天井を見上げると、2階の居室のドアが見える。なんとなく、真ん中の部屋のドアを眺めていた。
夕方にシアさんの布団を借りに行く道すがら、デニスさんは自分の子供の頃の話をしてくれた。多分その話を私にしたくて、私に付き合うと言ったのだろう。
デニスさんが孤児院に居た事は聞いていたけれど、この話を聞くのは初めてで。でもその半分は、私も良く知っている話だった。デニスさんはあの公園で前世の私と出会って…… そして私の葬儀の場で、シアと知り合ったのだと。
リリアンがこの王都に来て1年以上経って、ようやく私は前世の自分がデニスさんの後見人になっていた事を知った。
あの約束を守る事ができていたら、やっぱり私はそうしていただろう。
全てが終わって王都に帰ったら、またあの坊主と朝の鍛錬をして、そのうち冒険者になった彼と一緒にクエストにでも行って、獲って来た肉で料理をして一緒に食べて。
そんな時を過ごすのも良いんじゃないかと。あの柔らかな栗色の髪を撫でながら、私はそう思っていたのだから。
きしり、と。誰かがそっと床に足を置いた音が、この耳にかすかに届いた。
* * *
「アンドレ」
「はい、マスター」
「お前の主人登録は、今どうなっているんだ?」
「マスターとして登録されている名前は4名です。リリアン様、シアン様、アレクサンドラ様、あとお一人の名前は開示がロックされております。さらにサブマスターとしてドリフォロス様が登録されております」
「あと一人……それは誰だ?」
「ロックを解除できません」
「マスターの権限でも?」
「そのご本人でしか解除できないロックになっております」
「……他のマスターの登録は消されたのか?」
「登録が自然抹消されました」
「……自然?」
「何かの理由で魔力もしくは存在が失われたと思われます」
「存在が……? つまり……」
お読みいただきありがとうございます。
(メモ)
ミリアの昔の話(#24、#44)
(#37)
(#32)
「Ep.1 冒険者に憧れた少年の話 /」→「Ep.1 冒険者に憧れた少年の話 /デニス」
この話を読んでから、Ep.6のラストを読むと、ちょっと印象が変わるんじゃないかな?と思っています。




