54 旅鳥の帰還
◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女
・ジャスパー…『樫の木亭』夫婦の一人息子で、Cランク冒険者
・ミリア…『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女
・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属する、Aランクの先輩冒険者
・ニール…冒険者見習いとして活動している自称貴族の少年
・アラン…デニスの後輩の冒険者。騎士団に所属しながら、ニールの「冒険者の先生」をしている。
私の居なかった昨日に、ちょっとした出来事があったらしい。
マーニャさんが連れてきた魔法使い仲間さんが、ジャスパーさんに興味を持ったそうだ。
ジャスパーさんが冒険者として思うようにいかなかったのは、適性が間違っているのではないのか。もしかしたら魔法使いの素質があるかもしれない。よろしければ確認してみませんか?と。
父親のトムさんは元はSランクの戦士だけれど、母親のシェリーさんの血縁には魔法使いとして大成している方もいるそうで、確認してみても損はないだろうと。ジャスパーさんはそのお仲間さんに連れられて出て行ったのだと。
詳しい話は訊けていないけれど、結果としてジャスパーさんはしばらく養成所の様な場所で魔法使いとしての勉強をするようになったらしい。
本人も少し自信を取り戻したようで、しかもマーニャさんの紹介なら安心だと、トムさんとシェリーさんも嬉しそうだ。
私もその魔法使いさんに会ってみたかったのだけれど、マーニャさんと一緒に早々に旅に出てしまったと聞いた。昨日、私が町にいなかった事ですれ違いになってしまって、ちょっと残念だった。
そういう訳で、今日もジャスパーさんは養成所に行っていて、帰りが夕方になるので店の手伝いはそれからになる。私は夜の準備もあってクエストには行っていなかったし、それまでの時間の助けになるかもと、早めに『樫の木亭』に顔を出していた。
今日何度目かのドアベルの音が響き、いらっしゃいませと振り向こうとする前に、常連客らが沸き立った。皆が口々に入って来た男性の名を親しげに呼び、彼は軽い口調で気さくにそれに応えている。
今朝、会ってあれだけ言葉を交わしたのに、また動揺しかけている心を抑え、普通を装って、いらっしゃいませと声を掛けた。彼がこちらを向いて、気付いたように顔を緩ませ手を挙げる。
「シアンさん!」
それを見る私の後ろから、ミリアちゃんの声がした。
私の横をミリアちゃんが早足で通り抜け、彼に抱きついた。彼はそれを軽々と受け止めて抱き上げる。抱き上げられたミリアちゃんが本当に嬉しそうに笑っていて。
「久しぶりだな、ミリア! お前、ますます綺麗になったなぁ」
「お帰りなさい。 もう…… 心配しますから、もう少し早く帰ってくるか、せめて手紙でも寄越して下さい」
「ゴメンな、爺さんに捕まっててなぁ」
そんな会話をしている二人を見て、ふっと目尻が緩んだ。
「よー、おっさん! 元気だったかー!」
焼き鳥を片手にエールを飲んでいたデニスさんが、席を立って彼に近づくと、同じテーブルでまだ食事をしていたニールが、小声でおっさん?と言うのが耳に入った。
ニールがそう呟いてしまうくらい、彼はその呼称に似つかわしくない容姿をしている。その理由の一つに、今朝私が出した服を着ている所為もあるのだろうけれど。
「お帰りくらい言えねーのか、お前は。あと、お兄様だろうが」
「んな、気持ち悪い呼び方するかよ。ったく、心配してたぜ」
「ありがとよ。そうだなあ、俺になんかあったら、お前は泣くからなあ」
「うるせー」
ニヤニヤと話す彼の言葉に、デニスさんも否定をしない。ミリアちゃんもだけれど、デニスさんとも大分仲が良い様だ。
デニスさんが自分たちのテーブルに彼を伴って席に着いた。オーダーをとる為と挨拶にと思いそのテーブルへ向かうと、ニールは不思議そうな顔できょとんとしていて、アランさんは何故か緊張した表情で固まっている。
「ああ、嬢ちゃん、さっきは本当にありがとうな」
彼はやっと私に気が付いたようで、軽く手を挙げてみせながらそう言った。
「おっさん、リリアンにもう会ってたのか?」
「ああ、今朝風呂を貸してもらった」
「風呂って…… リリアン、このおっさんを家に上げたのか? 変な事されなかったろうな?」
「おいおい、デニス。紳士な俺が女性に失礼な事をするわけないだろう?」
「おっさん?」
テンポの良すぎる二人のやり取りの合間に、ニールが今度は普通の声で疑問を投げ込んだ。その声に二人は申し合わせたようにこちらを向く。ああと気付いたように、デニスさんが悪戯げな笑みを浮かべた。
「ニール、リリアン。こいつ幾つだと思う?」
本当は……私は彼の年齢を知っている。でも今の彼を見る限り、それが間違いなんじゃないかとも思えてしまう。さっきからデニスさんと仲良く言い合っている様子は、まるで仲の良い兄弟の様で。23歳のデニスさんの、自然にお兄さんであるように、せいぜい26~7歳かそこらにしか見えないのだ。
多分、ニールからも同じように見えたのだろう。
「ええと……じゃあ、30歳くらい?」
デニスさんの質問からして、実際の見え方から少し上の年齢を答えるのは当然の流れだ。ニールの答えを聞き、今度はデニスさんの視線は私の方を向いた。誤魔化す為に私もニールに同意する風にうんうんと頷いてみせた。
「こいつ、これで35歳なんだから、化けもんだよな」
「おい、それは言い過ぎじゃねーか?」
デニスさんの答えから、また当たり前の様に二人のやり取りがはじまりそうになった。
ガタッ!
「やっぱり……! 前・魔王討伐隊のシアン様なんですね!」
今まで固まっていたアランさんが興奮した様子で急に立ち上がった。こんな風に声を上げるアランさんを見るのは初めてだ。ちょっと驚いた。見るとデニスさんもニールも、アランさんを見て意外そうな顔をしている。
「私はデニスさんの後輩のアランと申します! お目にかかれて光栄です!」
大袈裟に深々と頭を下げるアランさんを見て、彼は困った顔で頭を掻いた。
「……俺はそんな大層なもんじゃねえよ。デニス、皆を紹介してくれ」
「リリちゃん、私たちも座りましょう」
いつの間に横に来ていたミリアちゃんが、彼の分のエールと私たちの飲み物、さらに串焼肉の乗った大きいプレートをテーブルに置いた。ちらとシェリーさんの方を見ると、こちらに指で丸を作ってみせた。お店は大丈夫よと伝えてくれている。
デニスさんが順に皆を紹介し、彼の事は『子供の時分から世話になっている人』と、そう言った。
いつの間に二人は知り合っていたのか…… 確かにシアには話をしていたが、会わせた事は一度もなかった。きっとシアは、私が居なくなった後に、代わりにあの孤児院に行ってくれたのだろう。あの頃の私の、心の置き所の一つを、シアが大切にしてくれた事を嬉しく思った。
ミリアの事もちゃんと気にかけてくれていた様で、彼女のシアを頼りきった表情を見て、改めて安心した。
これなら、私はここにくる必要はなかったのかもな……
「リリちゃん、緊張してる?」
その声にハッと現実に戻った。向かいに座ったミリアちゃんが、心配そうに私の顔を覗きこんでいる。余計な事を考え過ぎて神妙な顔にでもなっていたんだろう。
確かに冒険者1年目の私にとっては、相手が先の魔王討伐隊の一人となれば、まともに口もきけない程に緊張しても不思議はない。
「シアンさん、優しい人だから大丈夫よ」
勘違いしているミリアちゃんの言葉に合わせて、うんと返事をしてみせた。
私たちの紹介を兼ねた何時かのクエストの話で盛り上がり、一段落したところで彼が話題を変えた。
「そうそう、デニス。またお前んとこに泊めてもらえるか?」
そう尋ねられたデニスさんは少し苦い顔になった。
「あー…… いいんだけどさ、今晩は俺ちょっと用があるんだわ。だから、おっさん、あの部屋に勝手に泊まってくれ」
「なんだ? 女のところにでも行くのか?」
「リリアン家でお泊り会なんだよ」
「それは楽しそうだな」
笑みを浮かべた彼が急に私の方を向いて、その不意打ちに少しびくりとした。
「彼女んち行ったんだろ? あそこ、最近買ったばかりでさ。お披露目兼ねて皆を招待してくれたんだ。だから俺は今晩いねぇけど、部屋は好きに使っていいからよ」
「なんだそれ、お前ばっかずりいぞ。なあ、リリアンちゃん。俺も行ったらダメかなあ?」
優しい口調で、でもねだるように訴えてくる。
「あのっ、俺! シアンさんの話もっと聞きたいです! 魔王倒した話とか…… あと…… 討伐隊の仲間の話とか……」
「そんな面白い話はねえよ?」
ニールが前のめりになって必死になって言う姿に、彼が苦笑いをして応えた。でもニールには期待の方が大きいみたいだ。
「なあ、だからシアンさんも一緒でいいだろう? リリアン!?」
こっちを見るニールの目は、いつもの様にキラキラしている。本当、ニールはすぐ顔に出るからわかりやすいよね。
「じゃあもう一組お布団借りてきますね」
笑いながら立ち上がると「悪いな、リリアン。俺も付き合うよ」とデニスさんも席を立った。
「すぐ戻ってきますし、マジックバッグに入れてくるので自分で持てます。大丈夫ですよ?」
そう言ったのだけど、いいからと言ってきかない。
「すまんな、リリアンちゃん。俺が使う布団なんだから、俺が行けばいいんだけどさ。せめてデニスを代わりに連れてってやってくれや」
彼までそんな事を言い出すので、諦めて折れる事にした。
「わかりました。あの……」
「なんだ?」
「リリアンって呼んで下さい」
それを聞いた彼は、笑いながらジョッキを掲げてみせた。
「ああ、リリアン。よろしくな」
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価も嬉しく思っております。
誤字報告も頂き、助かりました。
また、感想もありがとうございます!
<おまけ・今回の席の話とか>
わざわざ話の中に書く事ではなかった事ですが、今回の席の並びはこんな感じでした。
『樫の木亭』はそれほど大きい店ではないので、相席も出来るように席は詰めて座ります。
今回は壁か窓際の6人掛けのテーブルで、まずデニスが一番奥に座っています。
そこにアランとニールが来て、デニスの向かいに座ります。立場を考えるとアランがホール側なのですが、最近はすぐに手伝いに立てる様にと、ニールがホール側に座っています。
デニスがシアンを連れてくると、デニスの隣(=ニールの向かい)がシアンになります。
その後リリアンが来て、さらに後から来たミリアと残りの席に着くのですが、リリアンはシアンに挨拶をするつもりもあったので、シアンと顔を見合わせられる様にニールたち側に寄って立っていました。そのままそこの席に座ります。ミリアは当然の様にシアンの隣の席に(シアンの妹分なので&リリアンに配慮した)。
シアンはデニスと一番話してますので、デニスの方に顔を向けている事が多いです。
そして、デニスと話してすぐにリリアンの方を向くと、真反対なので「急に」なイメージになるんですよね。
貸し布団…冒険者は家を持たない者も多く、そういった者たちは荷物を多くは持ちたがらないです。なので、町にはレンタル屋が多くあります。
勿論、冒険者でなくても、裕福な貴族などでなければ余計な物は持っていないですし、町の人々も普通にレンタル屋を利用します。
あまり使わないものは持つよりも無駄が少ないですし、物を借りて使うという事は日常で普通に見る光景になります。さらにゲームの中とかであるように、必要な物は買うけれど不要になったらすぐに売るって事も多いです。
ちなみにEp.3やEp.8でパーティーに着て行った服も貸し服屋の物です。場所が王都なら、クリスやアレクは自前の服で行くんでしょうけれど。いくら性能の良いマジックバッグを持っていても、さすがに旅先にまで正装用の服は持って行ってはいないようです。




