41 それぞれの午後
◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女
・ニール…冒険者見習いとして活動している自称貴族の少年
・アラン…デニスの後輩の冒険者。騎士団に所属しながら、ニールの「冒険者の先生」をしている。
・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属する、Aランクの先輩冒険者
・ミリア…『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女
・マーニャ…エルフでBランクの魔法使い。美人で酒に強い。デニスとは古くからの知人
ニールの家の事は以前に聞いていたけど、実際に来るのは初めてだった。
確かにお屋敷ではないし、貴族の家とは思えない。ちょっと大き目なくらいの、多分町民の一軒家だ。
とはいえ、これがニールの為だけの家でしかもメイドが居るあたりは、やっぱり庶民とは違うのよね。
ニールが張り切って家の中を案内してくれた。
玄関を入ると、ホールは広くはないけど2階までの吹き抜けになっている。少し広めの居間、食堂と台所が別にあり、小さな談話室のような部屋もあった。
風呂場も1階にあるそうで、各部屋に風呂は付いていないから、同じ風呂場を順に使う様になるんだ、ごめんなと謝られた。それって普通じゃないの?
2階には個室が4部屋あり、その内の一部屋を使っていいと言ってくれた。
残り3部屋のうち、二部屋はニールとアランさん、もう一部屋はメイドのロッテさんの部屋だそうだ。
メイド部屋がついていない物件だったので、自分たちと同じような部屋を使ってもらってるとか、説明されたけど、それ以前にメイドの居る生活など私はした事がなかったので、ヘーソウナンダー、という生返事しか出来なかった。
ロッテさんが軽い昼食を用意してくれたので、ニールとアランさんと、今後の事を話しながら頂いた。
今日の午後は、ニールは勉強の時間で家庭教師が来るそうだ。そのあと夕方からは、『樫の木亭』で手伝いをすると。
私が居ない間の穴埋めと、ミリアちゃんの帰りの護衛が理由だそうだ。
長らく不在にしていたし申し訳ないと謝ったのだけど、「ニールにはとてもいい社会勉強になっていますから」とアランさんがニッコリと笑ってフォローしてくれた。
昼食のあとは、ロッテさんにお願いして洗濯場をお借りした。旅で溜まっていた汚れ物を洗っておかないといけない。
ロッテさんには「預けていただければ私が洗濯しますから」と言ってもらったけれど、ただでさえ予定外の急な来客だろうし、すでに色々と手間をかけさせてしまっている。
「ありがとうございます。でも普段から自分でやっているので大丈夫です」
そうお断りすると、申し訳なさそうな様子を見せながらも、おやつに何かお作りしますね、と言って上機嫌で台所に向かっていった。
このところ、二人とも夕飯は毎日『樫の木亭』なので、料理好きのロッテさんが腕を奮う機会が少なく、私の来訪を喜んでくれていると、後でニールが教えてくれた。
そういえば、ギルドではアランさんが「ニール様」と呼んでいたけど、この家に帰った頃には元に戻っていた。多分他の人も気が付いてはいたとは思うけど。皆、気付かない振りをしていたのだろう。まあ、わざわざ私から言う事ではないし、もし言うのならデニスさんからの方がいいと思うし。
そのデニスさんは、さっきの別れ際ちょっと様子が変だった気がする。朝は普通だったんだけどな。
どうしたんだろう?
* * *
よく考えたら、友達を家に呼ぶのは初めてだ。
田舎に居た頃から、俺には友達が居なかった。王都から来た俺らは田舎ではとても浮いていたし、母様は元々は騎士で社交界にはイマイチ馴染まなかったから、母の伝の付き合いなどもなかったし。
勉強は家庭教師が付いていたから、学校にも行っていない。だから学友なんてのも居なかった。
アランは……友達とはちょっと違うしな。
リリアンは談話室にある書棚の本が気になったみたいだ。読みたければ読んでいいぞと言うと、早速1冊を手に取ろうとして…… でも書棚に戻した。明日から出掛けるから、今日は早く寝ないとだって。
でも目をキラキラさせながらまだ書棚を眺めていて、なんだかとても嬉しそうだ。
リリアンが部屋を見付けた後も、また読みに来ていいよって言ってやろう。それとも本を貸してあげたら喜ぶだろうか。
退屈で面倒な勉強の時間も、リリアンがこの家に居て、終わったらまた話せるとか思うと、いつもより頑張れる気持ちになった。見られている訳じゃあないんだけど、なんか気にしちゃうんだよな。
おやつにはロッテが張り切ってナポレオンパイを焼いてくれた。リリアンがとても美味しそうに食べていて、ちょっと……ううん、結構可愛いなと思った。
勉強が終われば、その次は『樫の木亭』での手伝いだ。今日はリリアンも一緒に行って、手伝いをするって。
なんだかワクワクしてる。うん、友達と一緒って楽しいんだなあ。
* * *
『樫の木亭』に着くと、リリアンさんは皆の前でマジックバッグから大きな肉の塊を取り出した。
旅に出る前にお土産を買ってくると、確かに言ってはいたが、それがミノタウロスの肉だとは思いもしなかった。
ミノタウロスの肉は決して安い物ではなく、少なくとも庶民が普段から口にするような肉ではない。
その高級な肉が大きな塊で目の前に並べられている。
「今日はこれで串焼き作りましょー」
ニコニコと言うリリアンさんに、常連客らは沸き立った。
「ここにミノタウロス肉を持ち込むヤツなんざ、何時ぶりだろうなあ。むかーしにSランクの奴が持って来て以来か」
トムさんも目を丸くさせて、でもとても嬉しそうだ。
「なあ、アラン…… これ幾らくらいするもんだ?」
「ミノタウロスはかなりお高いですよ? 少なくともDランクのリリアンさんがそんなお気軽に買えるような肉ではないはずです……」
こっそりと二人で目を見合わせた。
夕食を頂き、常連客らにミノ肉串を振る舞うと、そこまで遅くならないうちにリリアンさんを先に帰すことになった。
昨日旅から帰ったばかりなのに、また明日から出掛けるというのだから、無理はさせられない。
ニールは『樫の木亭』において、リリアンさんだけ連れて家に帰る。
リリアンさんに先に風呂を使って早めに休んでくださいと言うと、ぺこりとお辞儀をして、でも嬉しそうに風呂場に向って行った。やはり女の子だし、身綺麗に出来るのは嬉しいのだろう。
今日はリリアンさんが居るというだけで、ニールが真面目に勉強をしていた。
やはり女子の存在が気になるのだろう。見ていて可笑しく思えてしまった。
食事の席でもいつもより背筋が伸びているし、この様子だと朝の練習にも気合が入る事だろう。
リリアンさんの存在が、思わぬ良い効果を生んだようだ。
* * *
いつもと同じように部屋に一人でいるのに、今日はなんでこんなに心に穴が空いたようになってるんだろう。
夕飯は、いつもなら『樫の木亭』に行くのだけど、今日はそんな気分になれなかった。
きっと『樫の木亭』に行けばリリアンに会える。でも多分ニールも一緒にいる。おそらく、アランも。それを見たくないような、そんな気がした。
しかもメシを食う気にならない。なんだか胸の辺りが詰まっている様に思えて、食欲がない。明日は朝から出掛けるんだから、ちゃんと食って休まないといけない事はわかっているんだが……
どうしたんだろうな、俺は……
考えても答えは出ないし、気分も晴れない。なら、考えないようにしながら、旅の荷物をまとめる。
リリアンの背に乗せてもらうのだから、出来るだけ荷物は少なく軽くしないと…… 手持ちで一番いいマジックバッグを取り出した。
でも、本当は……俺を乗せるのは嫌なんだろうか……
また考えてしまい、胸が痛んだ。
俺らしくないな……
頭を振って払い、いつも通りの顔をして部屋を出た。夕飯は食わなくても、『樫の木亭』に居るミリアの帰りを送ってやらないと。ずっとアランにやらせていたし、今はリリアンがアランに世話になってるからな。
いつもより大分遅い時間に『樫の木亭』に着くと、リリアンはもう居ないようだった。出迎えたミリアに聞くと、明日は出掛けるのだからと早めに帰らせたそうだ。
ちょっと気が抜けたが、ほっとしている自分もいた。
軽く店内を見回すと、壁際の席で飲んでいるマーニャと目が合った。こっちに手を挙げて挨拶をしてきたので、その誘いにのってマーニャのテーブルに着いた。
「久しぶりだな」
「私はしばらく王都に居たけれどね。あんたはどこか行ってたの?」
「ああ、リリアンを迎えにな」
そうは言ったが、マーニャはまるで見透かしているかのようにふっと笑った。
「なんて顔してんのよ。そのリリアンと何かあったの?」
注文もしないうちから、ミリアが美味そうな串焼き肉が乗ったプレートとエールを持って来た。
「これ、リリちゃんのお土産で、ミノタウロスの肉なんですよー」と、ミリアが嬉しそうに言った。
うん、知っている。
「故郷の皆さんと狩ったんですって、凄いですね」
……なるほど、そういう事にしたのか。
上手く受け答えが出来なくて、ああとだけ言うと、なんだか興味なさげな返事になった。
ミリアはそんな俺を見て少し首を傾げたが、タイミングよくマーニャが酒のお代わりを頼んだので空いた皿を持って下がって行った。
「また何か拗ねてるみたいね。失敗でもしたの?」
ミリアを見送って、そうマーニャが聞いてきたが、どうにも上手く返事が出来ない。
「いや…… 特には……」
そんな俺を見て、マーニャは軽くため息をつく。
ミリアがマーニャに新しいジョッキを持ってくると、マーニャは一口飲んで、俺に促した。
「今頭にある事、何でもいいから話してみなさいな」
とはいえ、何を話せばいいんだろう。
リリアンがちょっとトラブルに巻き込まれていて、身の回りを気にしてやってくれって言われて……
でも、ジャスパーが帰って来たから、彼女には寝る部屋が無くて、俺の部屋に連れて帰って……
朝、俺は寝坊して彼女の朝練について行ってやれなくて……
皆と話したら、俺の部屋に泊まらせるのはどうか、という話になって……
ニールが自分の家に来いよって言って……
そうしたら、リリアンが笑って……
「ああ、俺の部屋なんかより、ニールんとこのが嬉しいんだなって思って……」
そうか……
言葉にしてみればなんて事はない。この胸のもやつきの、半分はわかっている事だった。
「あんた、ニールにヤキモチ妬いたのね」
そんな風にマーニャに言われるまで、この気持ちの呼び方を決められなかったのは、認めたくなかったからだろう。
「可愛い後輩に頼ってもらいたくて、でもうまく頼ってもらえなくて。で、ニールにとられちゃってねぇ」
マーニャは目を細めてふふふと可笑しそうに微笑んだ。
「今までのあんたはそんな事じゃ不貞腐れたりしなかったのにね。良かったじゃないかって言って、手放しで喜んでいたのに。そんなにあの子が可愛いのかしら?」
「そんなんじゃない、はずなんだが……」
でも……
俺を特別だって言って、他の人に内緒ですよって言って、あの姿を俺だけに見せて……
「あんたまた明日からリリアンと出掛けるんでしょ。そうしたら、あの子を守れるのはまたあんただけになるんだから。しゃんとなさいな」
ああそうだなと返事をして、手にしたエールを一気に呷った。
もう半分の胸のもやつきの呼び方を決められないのは、多分俺が不甲斐ないからなんだろう……
* * *
風呂から上がって、客間に入った。
明日からの旅の支度はすぐに終わって、早めに寝ようとベッドに潜り込むと、すぐに眠気が襲ってきた。
こうして部屋に一人で寝るのは久しぶりだ。自分の部屋ではないからか、少し寂しさを感じている。
仙狐たちと別れて、また一人旅だと思っていたのに、デニスさんが迎えに来てくれていたし。昨日は昨日であんな騒ぎがあったし。
そう言えば、デニスさんにちゃんとお礼を言ってないな。
一人は寂しかったとか、そんな恥ずかしい事は言えないけれど。でも、あんな事言っちゃったけど、迎えに来てくれて、一緒に帰れてやっぱり嬉しかったって、あと昨日も助けてくれて、泊めてくれてありがとうございますって、ちゃんと伝えないと。
本当は一緒に……
お読みいただきありがとうございます。
(メモ)
ニールの家(#4)
(#19)
ミノタウロスの肉(#14、34)




