35 王都へ向かう
◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。帰省先の故郷から王都に向けて帰還中。完全獣化で黒狼の姿に、神秘魔法で大黒狼の姿などになれる。
・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属するAランクの先輩冒険者
・ジャスパー…デニスの後輩冒険者。ミノタウロスに襲われたCランクパーティーの生き残り。ジェスと名乗っていた。
・デビット…ワーレンの町冒険者ギルドマスター
私がジャスパーさんと会っていたのは前世での話で、しかもその頃、彼はまだ幼い赤ん坊だったので、今の彼を知らなくても仕方がない。
元気な大声で泣き、でもこんな私にでもニコニコと笑かけてくる赤子を抱かせてもらい、何故だかとても温かいような、でも寂しいような、そんな気持ちになった事を思い出した。
その赤子は大きく育ち、疾うに成人して冒険者となり……
そして今、デニスさんの前で怯えた様にただ黙って座っている。
優しそうにも弱気そうにも見える、少し垂れた目。光の当たり具合で黒にも茶にも見える、深い茶の髪は軽く後ろで束ねられている。
他にこれと言う特徴はない。言ってしまえばどこにでも居そうな雰囲気の青年だ。
「さて…… 話を聞かせてもらおうか? このまま王都に帰れば、ギルマスのマイルズさんや親父さんにこっぴどく絞られるだろう。そうなった時に事情を知らなければ、俺はお前の味方もフォローも出来ない。なら、今のうちに少しでも話しておいた方がいいんじゃないか? まあ、事情如何によってはやっぱり何の擁護も出来ないかもしれないがな」
ジャスパーさんは挙げられた名前を聞くと、明らかに目を泳がせて狼狽えた。
そして項垂れると…… 逃げ道はないと思ったのか、ようやく口を開いた。
「僕、焦ってたんです。どうにか名を上げないとって…… その為には普通に依頼をこなすだけじゃダメだって。そんな時あいつらに声かけられて。未登録のダンジョンで新しい発見でもすれば、名もあがる。何か良いものもあるかも、あわよくば伝説級の武具や魔道具なんかがあるかもしれない。そんな言葉にのせられて…… あいつらに付いて行って、段々あいつらが普段から犯罪まがいの事をしている事、このダンジョンの情報も何かしら良くない方法で手に入れた事が分かって…… こんな事バレたら捕まるかもしれない。冒険者カードを取り上げられるかもしれない。でも僕は何もやってないんだ。あいつらに付いて行っただけで…… ダンジョンに行ったら、ミノタウロスが出てくるし、あっという間に一人やられちゃうし……」
それで一人で真っ先に逃げたのか……
横から深いため息が聞こえた。見ると、腕を組んだデニスさんが眉間に目いっぱい皺を寄せて苦い顔をしていた。多分、静かに怒っている……
「その良くない方法って、どんなだ?」
デビットさんが口を挟むと、ジャスパーさんはびくりと体を竦ませた。
「……お前は何もしていないって、そう胸を張って言えるのなら、ちゃんと話すんだな」
そうデビットさんに諭されると、躊躇いながらも話を続けた。
「わからない…… です…… ただあいつらが何か指輪を出して自慢話していて。そん時に、子供のクセに良いもん持ってたとか、痛めつけてやったとか、あれじゃ死んだかもなとか、そんな話をしてて…… ああ、こいつらヤバい奴らかもって思ったんだけど。 あのダンジョンに着いたら、その指輪を使って扉を開けていたから…… それで、怖くなっちゃって……」
ジャスパーさんはそこまで話して、ちらとデニスさんを見た。そのデニスさんは話は聞いているのだろうが、相変わらず苦い顔をしたまま少し下を見ていて。それを見たジャスパーさんは、また情けない顔をして項垂れてしまった。
「亡くなった連中については照会は済んでいる。その指輪と思われる物も回収してあるが、何の細工もないただの指輪だった。デニス君、それも託すので王都で調査をしてもらってほしい。ジャスパー君、その指輪を持っていたという子供については何かわかるかね?」
「いや…… 本当に僕は話を聞いただけで……」
「そうか。各地の冒険者ギルドに、それに該当する事件などがなかったかどうか、確認を出しておこう。それを含めて調査書を用意する。一緒に王都に持って行ってもらいたいので、デニス君、しばらくここで待っていてもらえないかな」
「わかりました。おい、ジャスパー。お前も王都に帰る支度をして来い。今日にはもうここを出るぞ」
デビットさんが話を進めるうちに、苦かったデニスさんの表情はほぼ元に戻っていた。
ジャスパーさんは相変わらずおどおどとしながら退室し、デビットさんも部下の男性を連れて一度部屋を出て行った。
部屋には、私とデニスさんが残された。
「デニスさん、大丈夫ですか?」
そう聞くと、デニスさんは私の顔を見て、そこから僅かに視線を落としてため息をついた。
「あー、すまん…… ジャスパーの話を聞いて、昨日した話を思い出しちまった。多分その連中は、何かあったらジャスパーを盾にして逃げるつもりで連れて行ったんだろう。それにもムカついたし、でもあんな連中でも、一度仲間になった奴らを見捨てて真っ先に逃げだしたジャスパーにも腹がたった。でもそうしなけりゃアイツも死んでただろうと思うと…… それが間違ってたとも言えねえしさ…… やっぱりアイツが死ななくて良かったなって思った」
あれだけ不機嫌な様子ではあったけど、何も言わずにいたのがデニスさんの精一杯だったのだろう。
「それはそうとして、この先はジャスパーも一緒に王都に帰る事になる」
「それは仕方ないと思いますが…… じゃあ、私は一人で先に帰りますね」
「え?」
デニスさんが呆気にとられたような顔をした。うーむ、まさか昨日の方法で3人で帰るつもりだったなんて事は、ないよね?
「デニスさんだけならともかく、知らない方…… しかも二人も乗せるのは色々と無理です」
そう言うと、デニスさんはああと言って口元に手を当てた。デニスさんを乗せるのも特別だって、最初に言っておいたのになー……
「……一緒に馬車で帰るのは嫌か?」
「それだと王都に帰るのが遅くなりますよねえ……」
まあ馬車でも最短で上手く帰れれば四日後くらいかなあ。一人で帰れば明後日の昼くらいには着くんだけどな……
「リリアン、頼むよ。一応ジャスパーには隷属の首輪をしているとはいえ、俺独りだと手に余る事もありそうだ。だから手を貸してほしい」
そう言われてしまうと、無下には出来ない……
「うー…… わかりましたあ……」
デニスさんはパッと嬉しそうな顔になって、わしわしと私の頭を撫でた。
「それなら、せめて早く出発しましょう! 私、馬車の時間を確認して、あとお昼ご飯を買ってきちゃいますね。道中食べましょう」
「ああ助かる。俺はここでデビットさんを待って、手続きと準備をするから」
そういえば馬車に乗るのも久しぶりだ。
前世では馬車移動か、魔法使いたちが使ってくれる転移魔法での移動だったけど、今世では自分で走る方が早いので、馬車に乗ったことはなかった。
* * *
ので、まさか馬車酔いするとは…… 想定外だった……
「おい…… 大丈夫か?」
休憩で馬車から降りる事ができて、ようやくほっとした。
デニスさんが背中をさすろうとしてくれるが、やめて…… むしろ触らないでほしい。ジャスパーさんが水筒の水を差し出してくれた。有難い……
この馬車は一般的な馬車の中では、揺れの少ない良いものらしい。だからこの酔いは自分のせいだ。
御者さんも複雑そうな顔でこちらの様子を窺っている。迷惑なんだろうなあ。ごめんなさいー……
「……デニスさん、私この先は走っていきます」
「へ?」
「私は狼獣人だから、馬車に乗らなくても移動には困らないんです。この程度のスピードなら完全獣化しなくても付いて行けます」
「でも走りっぱなしは疲れるだろう?」
「馬もこうやって休憩を挟むじゃないですか。一緒に休みますだから、大丈夫です」
そうは言ったがなかなかデニスさんは納得しない。馬車酔いの状態の方がつらい事、疲れたらきちんと言うという事で、どうにか了承してもらった。
* * *
やはり自分の足で走る方が快適で、大きな問題もなく1泊目の町に着く事ができた。問題がないというか、むしろ問題が排除出来たというか……
馬車の外に居たおかげで、近づいてくる魔獣の存在にいち早く気付け、それらが馬車に害をなす前に対処が出来た。
これには御者のおじさんも喜んでくれた。そのお陰でまだ明るいうちにスムーズに町に着けたらしい。
明日は朝早めの馬車に乗って、出来るだけ王都への道のりを稼ごうと、少し早いけれど宿を決めて夕食を取る事にした。ジャスパーさんはあまり話す事もせず、ただ大人しく私たちに付いて来た。
冒険者ギルドで紹介してもらった宿に入ると、珍しく早い時間から殆ど部屋が埋まっているらしく、ベッドが二つある大きめの部屋なら用意できるそうだ。
「もう一つ寝具を運べば3人で泊まれるけどどうするかい?」
宿の主人はそう尋ねてきた。宿の都合や財布の都合などで、部屋が人数分用意できないのは、珍しい事ではないはずだ。
「それで大丈夫です、お願いしますー」
私が勝手に決めると、デニスさんは眉をしかめてこっちを見た。
「大丈夫ですって」
そう念を押して見せたが、しかめたままの眉は戻らなかった。
部屋に入ると、荷物も置かないうちにデニスさんが口を開いた。
「大丈夫って、そう言う訳にゃいかんだろうよ。ずっとつるんでいた仲間って訳でもないんだし」
デニスさんが気にしているのはジャスパーさんの事だろう。確かに昼に『知らない人』と私が言ったのだし、そう思うのも当然だ。
「でもデニスさんがジャスパーさんを王都に連れて行くのを手伝えって言ったんですよ。一緒に居ないと意味がないじゃないですか」
「いや、流石に部屋を一緒にする程じゃあない」
「私は獣化しますから大丈夫です。床で寝ますからベッドも要らないです。獣化すれば、万が一にも逃げようとする人が居ても、耳が利くんでそうはさせません」
そう、敢えてジャスパーさんの方を見てニッコリ笑うと、彼はびくりと身を竦めた。
「……本当にお前にゃ迷惑かけっぱなしだなあ…… すまない」
「何言ってるんですか。私に付いて来るって言った時点で、迷惑かけるつもりだったでしょう?」
「ここまでとは思わなかったんだ」
「まあ、予定外の事もありましたからねえ」
完全獣化するところは、あまり人に見られたくはない。風呂場で獣化して部屋に戻ると、ジャスパーさんが黒狼の姿に驚いていた。確かに町にも獣人は居るとは言え、半獣化や完全獣化は普段から目にするようなものではない。
デニスさんのベッドの足元で身を丸めると、労いのつもりなのだろう、デニスさんが首元を撫でてくれた。
でも、おそらく端からはそうは見えない。ジャスパーさんも私に触りたいのか、うずうずしている様子が見えた。やめてよね、道端のわんこじゃないんだから……
釣れない風にそっぽを向いてみせると、明らかにがっくりしたようだ。でもそれでいい。
そんな感じで3人での1日目は終わりを迎えた。
お読みいただきありがとうございます。
始めた頃は50話くらいでさっさと切り上げようかと思ってたのですけど、全然足りてないです。まだ半分行ってないですし、まだまだ続きます。
今後ともお付き合いいただければ嬉しく思います。




