Ep.4 朝の鍛錬/
今朝はやけに早く目が覚めた。王城に居た頃にも朝の鍛錬はしていたが、ここまで朝早く起きていた訳ではない。おそらく慣れぬ環境に緊張しているのだろう。
陽はまだまだ低いが、外はもう朝の明るさを取り戻している。皆はまだ休んでいるだろうし、もう少しゆっくりしていてもいいのだろうが、そういう気分にもなれず、着替えて外に出た。
水を使おうと宿の裏に回ると、水場で頭から水を被っている者がいた。顔を洗っているにしては大袈裟過ぎるその行動に、笑いそうになりながら声をかける。
「おはよう、早いな」
その栗毛の短髪を濡らしたまま軽く顔をあげたシアは、一瞬だがいつものふざけた表情ではない、戦いの時に見せる真面目な顔をしていた。
が、すぐに崩れた。
「ああ、おはよう。っと、すまない、すぐ終わる」
見ると濡れているのは髪だけではない。服も濡れている。いや、あれは汗か? 自分の視線に気付いたのか、シアは濡らしたタオルで体を拭きながら笑って言った。
「朝からボスのシゴキが厳しくてさー」
成程。二人とも、既に起きていたのか。
「君たちは仲が良いな…… もしかして恋人同士なのか?」
そう聞くと、シアは笑って頭を掻きながら、
「だったら嬉しいけどなあ。でもあいつに俺みたいなみっともねぇ男は釣り合わないだろう?」
でも後半はちょっと気まずそうに言った。
「この一行に選ばれているのだ、そんな風に自分を卑下することはないんじゃないか?」
「いや、俺は本当は選ばれるようなデキるヤツじゃないんだ。でも選んでもらえた事には本当に感謝している。俺みたいなヤツが皆の役にたてるって事も嬉しい」
真摯な言葉に感心したところで、彼の表情がいつもの様子に変わった。
「それに、こうして毎日あいつと一緒に居られると思うと、もうたまんねえ。昨日もこうして一つ屋根の下で一緒に寝ているとか。もう一緒の部屋で寝ているのと殆ど変わらないよな! いや、これはもう一緒に寝ていると言っても同じ……」
「それじゃあまるでお前と一緒のベッドにでも寝ているような言い方だな」
少し離れた所から澄んだ声が飛んできた。シアの声が少し大きくなっていたので、しっかりと聞こえていたらしい。その長い髪を僅かに汗で湿らせた彼女は、目を細めて少し可笑しそうに微笑んでいた。
「俺は大歓迎だぜ。なんなら次の宿からは一緒のベッドで寝ないか?」
なかなかに大胆なシアの発言に少し驚いたが、彼女は動じもせず、少し首を傾げて、
「野営の時にはいつも隣で寝ているだろうに。それにさっきの話だと、私だけでなく皆と一緒に寝ている事になるぞ」
そう揶揄うように彼女が言うと、それとは全然違えんだけどなーと頭を掻きながら拗ねたような顔をしてみせる。
その二人の様子が可笑しくて微笑ましくて、つい吹き出しそうになり、口元に手を当てた。
「おはよう、早いな」
笑いを堪えながらそう挨拶をすると、彼女はちょっと不思議そうな顔をして応えた。
「おはよう。どうも朝から体を動かさないと落ち着かなくてな」
部屋で汗を流してくる。彼女がそういって宿の裏口に向かうと、俺が背中を流そうか?などと言いながら、シアが後を追っていく。
あの二人はいつもあのような感じなのだろうか。自分とアレクの関係とも全然違う。でも不思議と羨ましいような気持ちが沸いた。
と、宿に入りかけたシアがこっちを向いて声をあげた。
「そうだ。朝食の前に洗濯しちまうんで、汚れ物あったら出しといて」
突然の話に、ああと少し戸惑いながら答えると、彼は笑って手を振って行ってしまった。
そうだ。王城に居た頃とは違う。そういった事も自分たちでやらなければいけないのだ。当たり前の事なのに、気付けもしなかった事が恥ずかしく思えた。
この町に来る道程でも休憩や昼食の時には、あの二人が場を作り支度をしてくれた。自分にはそういう経験や知識はほぼ無い。冒険者の真似事をしていた頃も、行ったクエストは近場のものばかりだったし、皆にくっついて行っただけで、自分の世話までも誰かにやってもらっていた。それが当たり前だった。
この一行に冒険者が加わっているのは、民衆のご機嫌とりの様なものだと聞かされていた。貴族たちはその事が面白くないらしい。重要な旅に卑しい冒険者を同行させる必要は無い、と反対をする声も少なくはない。でも本当に彼らがいなくても、私たちは旅ができるのだろうか?
少しだけ体をほぐして部屋に戻る途中で、またシアと会った。
彼は自分の洗濯物を持って自室から出てきたところで、丁度良かったと言いながら私にも洗濯物を出す様に促した。
そのまま他の一行の部屋のドアを順に叩き、声を掛けるつもりらしい。気づけば朝食の支度の良い匂いが宿中に漂っている。皆も起きている頃だろう。
「すまない。次は私がやろう」
そう声をかけて手渡すと、「ああ、頼むぜ」と笑って応えた。
洗濯はあの二人でやっていたようで、それもいつもの事らしい。手洗いした後で風魔法と火魔法で乾かしているのだそうだ。朝食が終わるとすぐに、綺麗に畳まれたものがそれぞれの部屋に届けられた。
ルイがしきりと申し訳無いと口にしていて、シアにやり方を教えてほしいと頼み込んでいた。ルイの故郷のやり方とは大分違うそうだ。私も洗濯など自分でした事はないので、教わらないといけないな。
昨日もだが、シアの人当たりの良さに大分助けられている。この様子だとシアがルイの助けになってくれそうだ。
……正直、あの任は私には重すぎる。シアには申し訳ないが、そうなってくれればどれ程有り難いかと願ってしまう。
* * *
二人は毎日のように早起きして鍛練をしている。あれ以来、自分も早起きして朝の鍛錬に参加しようと心がけているのだが、流石に二人と同じ時間に起きるのは難しかった。なにせ日が昇る頃にはすでに二人は起きているのだ。
それでも少しでも早めに起床し、シアと二人で鍛錬していた所に加わる。
その鍛錬の内容に最初は驚いた。軽く体を温める程度ではない。こんなメニューを毎朝こなしているのか…… それを普通にこなす彼女もだが、シアも当たり前の様に付いて行く。
「さすがに最初はキツかったさ。もう1年近くもやってれば慣れるよなあ」
慣れるというレベルでもないだろうに。しかも1年も前から二人は一緒に居るという事なのか? どのような関係なのか、僅かに気になった。
しばらくするとシアだけが先に上がる。彼は毎朝の様にアレクたちに付き合って皆の雑用仕事をしてくれているので、その為だ。
以前「次は自分が」と言っておいたのだが、結局自分の出番はなかった。自分が手を出そうとしたら、アレクに止められてしまったからだ。しかも自分が声を上げた事が尚更にアレクのやる気に油を注いだらしい。
彼らばかりにそういった仕事をさせるのは申し訳が無いと思ったが、「彼らなりの矜持もあるのだろう」と言う彼女の言葉に心咎めを飲み込んだ。私たちは私たちで、やるべき事を成すべきなのだ、と。
鍛錬が終わる時、またシアが先に上がる時、彼女はいつも「お疲れさま」と言って軽く肩を叩く。最初、これは彼女なりのコミュニケーションの一つだろう程度に思っていた。
しかしシアが「よっ、お疲れさん」と、同じように私の肩を叩いた時に僅かな違和感を覚えた。
「……シア。今何かをしたか?」
そう問うと、シアはしまったと言うように一瞬決まりの悪そうな顔をし、
「まあ、気にしないでくれや」
そう笑いながら手を振って行ってしまった。彼の叩いた肩に触れてみると、微かに回復魔法の残滓がうかがえた。
「どうかしたか?」
「あ、いや…… シアが回復魔法をかけてくれたようなのだが……」
ちょうど通りかかったメルにそう言って肩を指す。
「……スタミナ回復の魔法だな。あとこれと別に回復力上昇の魔法もかかってる」
「別に?」
「ああ、ここにも魔法の跡がある。僅かだが」
メルは逆の肩を指した。そうか、そちら側は……
確かに自分は、不慣れな鍛錬で疲れが出ているのは確かだ。だが、こんな事で貴重な魔力を使わせてしまうのは申し訳ない。
朝食の後に、部屋に戻ろうとする彼女を捕まえて声をかけた。
「いつも鍛錬の後に回復魔法をすまない…… しかし、あれくらいなら自分でできるから大丈夫だ」
そう声をかけると、少し考えるような顔をした後で、わかったと無表情に告げて部屋に入ってしまった。
その様子があまりにもあっけなさすぎて…… 胸に小さな陰を落とした。
その次の朝の鍛錬もいつも通りだった。違うのは…… 彼女から「お疲れさま」の声がかかるが、それまでだ。
ただ肩に触れない。それだけで、今まで自分に手渡されていた何かがするりと自分の目前を素通りして行ったような、そんな感覚を覚えた。彼女の表情も声も視線も以前と変わらないと言うのに。
『自分でできる』となどと言っておきながら、その日私は自らを回復などしなかった。そんなものが無くても、彼らと同じように過ごせると…… 高を括っていた。
道中遭遇したハルピュイアの群れは、ランクとしては本来この一行の強敵になる程ではなかったはずが、如何せん数が多すぎた。
倒しても倒しても減らない敵、終わらない戦闘。ほんの少し残っていた朝の疲労が、思った以上に戦闘の疲労に重なって堪えた。
戦闘が終わると、英雄の3人は私も含め皆その場に座り込んだ。
すっかり体力を使い果たした私に、シアが水の入った革水筒を手渡してくれた。礼を言って飲み干すと、
「朝の疲れが少し残ってたろ。油断するとミスに繋がるぜ。なんて、あいつの受け売りだけどな」
そう笑って言った。
「彼女から聞いたのか?」
「まあな。余計な事をしたって、ちょっとしょげてたぜ」
そういうつもりで言ったのではなかったのだが……
「余計な事ではなく…… 貴重な魔力を割いてもらうのは悪いと思った……」
「あいつはそんな風に思ってもいねえよ。あと自分でなんて言っても、大抵甘くみて加減しちまったりするだろう? それじゃあダメだってさ。それにあの程度の魔力、大した事ないはずだ。せいぜい水筒に水を汲んで差し出すのと同じくらいの負担だろうな」
シアから受け取った革水筒を眺める。ああ、彼女にとってはこれと同じ事だったのか……
「あんたはさ、昔から愛されていただろうし、気にかけてくれる人も沢山いるだろうから、あんな事当たり前かもしれないだろうな。でも少なくとも俺にとっては、ああしてあいつが気遣ってくれている、その気持ちを貰えているようで嬉しいんだよなあ」
そっと彼女を見ると、もう立ち上がって皆の様子を眺めていた。その目がいつもよりほんの少し優しく緩んでいる事に気付いた。
彼女の瞳の色に不思議と魅せられている自分が居た。
お読みいただきありがとうございます。
字数と戦ってみましたが諦めました……
だんだんと増えているような気がします。
あと、今回のサブタイトルも面白味がなくて……
でも後に話を探すときに、わかりにくいのは嫌だなと思った結果、こうなります。
本当は歌のタイトルの様な美しいサブタイトルを付けたいのですが。
余談ですが、事前に書いている間のサブタイトルは、メインキャラの名前で管理しております。
その結果、『執筆中小説』タイトルにキャラ名がずらりと並んでたりします。
今回の話の主人公は「育ちが良い丁寧な」キャラなので、ら抜き言葉や「じゃあ」「なんで」などは使わないようにして書いております。逆にキャラによっては敢えて使って書く話もあります。
後で不足を見つけたらこっそり直すかもですが、そこは見逃してください(笑)




