28 思い出
◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女
・ギヴリス…リリアンを転生させた神。『黒の森の王』と呼ばれる獣人たちの神
その森は霧が深く、それが侵入者を拒む為に作られたものだという事はすぐにわかった。いつぞやのダンジョンの前に張り巡らされていたのと似た魔力を感じる。
思いが向かう方向にひたすら進んでいくと、あの時のように霧は急に切れた。こぢんまりとは言えない、大きな白い箱の様な建物がそこにはあった。
「おかしいなぁ、ギヴリスは『庵』って言ってたんだけど……」
「主がこちらに来られなくなってから私がかなり手を入れましたので、様相が変わっていても仕方がないでしょう」
突然、後ろから声を掛けられて驚いた。気配も匂いも感じなかったのに……
振り返ると黒髪で眼鏡をかけた一人の男性が立っている。あの時の彼が着ていたような、真っ白な長いコートの様な服が目についた。
「あ、はじめまして」
咄嗟にお辞儀をすると、「久しぶりですね」と、その男性は静かに応えた。
でも残念ながら、私には彼の記憶はなかった。
通された部屋は応接室というには乱雑で、どこか寂しい感じのする部屋だった。
冷たいイメージの白いテーブルと同じ基調の硬いイス。部屋の周囲には見た事のないような道具と分厚い本のような物が詰め込まれた棚が並び、向こうのグレーの机には書類の束らしいものも見える。人を招く部屋というよりは、仕事をする為の部屋の様だ。
「残念ながら、この建物には客人を迎える部屋は用意されてないのですよ」
何も言ってないのに、まるで私の心の疑問に答えるように彼が言う。
彼……えーっと……
「ああ、覚えてないのですね。私の事はドリーとお呼びください」
「はい、リリアンです。よろしくお願いします」
改めて挨拶をすると、ドリーさんは私の顔をじっと見て動きを止めた。眼鏡の奥の目が少しキツく感じられ、前世の目つきの悪い自分を思い出した。 ……いや、自分はもっとキツかったし怖がられていた。一緒にしたら申し訳ない。
「どうかしましたか?」
「少々情報の上書きをしていただけですのでお気にせず」
なんだか不思議な事を言う人だ……
「いいえ、私は人ではないです。正確には生命体ですらありません。貴女方の世界で言うところのゴーレムですかね」
ゴーレムなら見た事がある。生命を持たない器に、魔法で作り上げた疑似生命を宿らせるものだ。そうして作り上げたゴーレムは魔法により結びつけられた主の命令を聞く。
でも、こんなはっきりとした意思があったっけ? なんか違うなぁ。
そういえば昔の仲間の魔法使いが私に1体作ってくれて、持っていたはずだ。
あのゴーレムはどこにあるんだっけ……?
「記憶の混乱が若干あるようですね。少し診ましょうか」
ああ、やっぱり。言葉に発していなくてもこちらの考えを見透かされている事には間違いないらしい。
でも初めて会う相手にも関わらず、この『人』を信用して良いと、私の心が言っている。
「人ではないと言ったのですが。まぁ、その方が理解しやすいのならそれでも良いです」
こちらへ、とドリーさんは無表情に私を隣室に誘った。
その部屋に通されると、装備と魔法石を全部外す様に指示された。
言われるままに中央にある台の上に横になると、体のあちこちに見た事のない魔道具らしきものを付けられた。ドリーさんはその魔道具に触れながら色々と確認をしているようだけど……
何故だろうか? 自分はもっと警戒してもいいはずなのに。まるでこうするのが当たり前の様に感じられている。
「私の事を覚えてないのなら、疑問に思われるのも当然ですね。私はギヴリス様の助手として作られております。正常に動作しておりますのでご安心を。主があのようになってからは、私が聖獣たちの健康管理を行っております」
聖獣?
ドリーさんは手を止めずに、黙々と作業をしながら話を進める。
「先日貴女が会ってきた、古龍、仙狐、鳳凰たちですね。彼らはギヴリス様がご自身で造られた魔獣種です。ここで彼らの健康診断も行っています。貴女もその為に来たのでは?」
ううん、ギヴリスからは私の助けになる物がここにあるからって言われたのだけれど……
「ああ、おそらく。おしゃべりにでも夢中で忘れましたね」
相変わらずですね。と、ドリーさんは続けた。
うん、私たちと会えた事、あんなに喜んでいたもんね。ずっと一人だったんだから、寂しかったよね。
一人……
……一人で寂しかったのは…… 誰?
「以前の事を考えるのを、少しやめた方が良いですね」
一瞬の意識の混濁から、ドリーさんの声が現実に引き戻した。
「記憶域のロック制御が若干おかしくなってます。情報レベル5、4の記憶域についてのロックは主と貴女のダブルロックがかかっています。もしどちらかが解除されたり不具合が起きても片方のロックが生きていれば簡単には外れませんので問題はありません。しかし念の為、ロック制御のチェックと安定化をかけておきましょう。情報レベル3の記憶域には、貴女自身のロックしかかかっていませんが、制御条件が少しおかしくなっていてアンバランスになっています」
……ええと、記憶域? ロックって?
「つまり、前世の記憶の一部を思い出さないようにしてある、という事です」
どうして……?
「理由は様々ですが。レベル4、5の情報に関しては、主のロックが掛かっているので、これ以上は望まない方が良いと思われます。貴女のロックもかかっていると言う事は、貴女も承知の上という事でしょう。しかしレベル3の情報に関しては、貴女自身のロックだけなので、純粋に『貴女が思い出したくない事』なのでしょう」
……そうなのか……
前世の事で思い出したくない記憶があるとは思ってもいなかった。
生きながら魔物に食まれた、言葉にも出来ない痛みですら、今も覚えているというのに。
最後に旅をした大事な大事な仲間たち。その仲間たちと別れた時の悲しみも。
一番嬉しかった、幸せだった時が壊れた瞬間、あれ以上につらい思い出はないだろうと思ってたのに。
「詳しい内容については、貴女のプライベートに関わる事なので、私どもから見る事は出来ないようになっています。主のロックはかかっていないので、貴女次第でロックの外れる情報もあるでしょう。しかし本来ならロックされていないはずの、レベル1、2の情報の中にレベル3以上の情報のキーに成り得るものがあり、その為暫定的にその情報にロックがかかっているようです。なので、記憶が混乱しているのでしょう」
難しい話だけど、なんとなく分かった……かな…… つまり、本当なら覚えているはずの記憶なのに、覚えてない記憶があるって事よね。だから記憶が混乱しているのだと。
「まあ、そういう事ですね。それを思い出す事で併せてレベル3の情報も引き出されてしまうので、ロックしてある様です」
それは直せるんですか?
「きちんと情報を切り離して処理をすれば問題ありませんが、念の為レベル3のロック制御も安定化しておいた方が良いでしょう。この後すぐに処理をしていきますが、作業中に記憶域の情報が洩れて混乱してしまう場合がありますので、眠ってもらいます。少し疲労が溜まっているようですし、ちょうどいいでしょう。ついでに健康診断とバランス調整もしておきます」
ドリーさんがそう言うと、急に魔力が切れた時のように眠気が襲ってきた。
「しかしロック制御に関する条件がいまいち不明瞭ですね。人は嬉しいと笑い、悲しいと泣くのでしょう? 何故貴女は笑っている記憶を『思い出したくない』と……」
ドリーさんの言葉を聞き終わる前に、意識は落ちた。
* * *
……森を歩いている。
ここは危ない、夜の獣が来る。
でももう家には帰れないの……
私のせいで、お前を縛り付けている。
もう自由になっていいのに。
嫌だ、一人にしないで……
こんな汚らわしい……
許して……
せめて、その願いを……
空に向かって手を伸ばすと、その手は無かった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価もとても嬉しく思っております。
今回は、どうにも話が切れなくて、ここ最近に比べたら短くなりました。
次の切れ目が5000字超えそうな勢いだったので……
その分、次回(そのまま今回の続きになります)が長めになったり、さらにもう一話増えたりするかもです。
あまり長いと読んでいただくのも大変かと思い…… でも短いと中身が薄いんじゃないかと思い……
バランスが難しいですね。
(メモ)
ギヴリス(#17)




