27 『樫の木亭』にて/アラン
◆登場人物紹介(既出のみ)
・アラン…騎士団に所属しながら、ニールの「冒険者の先生」をしているBランク冒険者
・ニール…主人公リリアンの友人で、冒険者見習いとして活動している自称田舎貴族の少年
・ミリア…『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。王都を離れ故郷に帰省中。
今日も夕食は『樫の木亭』だ。ここ王都に来て、弟分のビリーはすっかり元気を取り戻した。『樫の木亭』の給仕のミリア嬢が気に入ったようだ。本当に現金なヤツだと思う。
さらにこの店は料理も酒も美味い上に値段も手頃だ。うちのパーティーの女性二人も、すっかりこの店がお気に召したらしい。
肉食系の獣人は基本的にはプライドが高い者が多い。そんな肉食系の獣人が、しかも給仕をしているなどとは、普通では考えられない光景だ。
さらにミリア嬢はとても容姿が良く愛想も良い。また程よく気が利くので、男性だけでなく女性からの受けも良い。
それとなく常連らしき客に聞いたところ、もう一人可愛らしい獣人女性の給仕が居るのだが、このところ居ないらしい。これにはビリーがひどく残念がっていた。
いつもなら王都に来ると東の冒険者ギルドを利用していたが、どうやら西のギルドの方が治安も良いらしい。これなら次回以降も王都に来たときには西のギルドに来ようと思う。
聞くところによると、西のギルドの世話役をしている冒険者が良く出来た方だそうだ。腕も立つし信頼も厚い。皆の間では西ギルドから英雄が出るとしたら彼だろうと専らの評判だ。
ワーレンの町から頼まれていた、ダンジョンについての報告もすでに終えてある。今回はいつもより長めに王都に滞在していたが、明日の朝出立する事にした。
ビリーがとても名残惜しそうなので、最後の晩飯も『樫の木亭』に行こう。
* * *
「ニール…… 貴方は何をしているんですか?」
色々とツッコミどころが満載だ。いや、むしろツッコミどころしかない。
混み合う時間の前にと早めに『樫の木亭』に来たところ、出迎えたのはひらひらのエプロンを付けて給仕をしているニールだった。見ると頭にレースのリボンも付いている。
「せっかくだから、服も貸してあげるって言ったんだけど、断られちゃった」
いたずらっ子の様に笑うミリアさんが教えてくれた。つまりはこの女性の仕業らしい。
ミリアさんは普段から服に拘っているようで、『樫の木亭』での給仕姿も毎日のように変えている。今日ニールが身に着けているエプロンもリボンも、ミリアさんのものらしい。
見ると今日の彼女の服装は、水色のワンピースドレス姿で、スカートはウエスト部分から裾に向かってふんわりと広がった形をしており、その上から白いエプロンをしている。彼女の、長く緩やかなウェーブのかかった美しい金髪と、とても良く似合っている。
「ニールくんも可愛いから、きっと似合うと思うのよねー」
まさか、揃いで用意しようとしたのか? 改めてニールの顔を見ると、顔を真っ赤にさせて気まずそうに目を逸らせた。今日はいったい何があったのだろう?
厨房の奥からニールを呼ぶ声がかかり、彼は慌てて引っ込んで行った。
そう言えば主人のトムさんに話があった事を思い出し、奥さんに断って厨房に入ると、ニールは肉を切るご主人と背中合わせで洗い物をしていた。家事など殆どしたことのないニールには、かなり新鮮な体験だろう。どんな理由があるかは知れないが、ここは流れに任せる事にした。
「すみません、ご主人。ニールがお世話になっている様で」
「いやいや、リリアンが居ないから助かってるよ。こちらこそすまないね。ミリアが連れてきてなあ」
逆にニールが迷惑をかけていないかと少し心配していたが、あっはっはと豪快に笑うご主人に安心した。
袖を捲ってニールの洗った皿を拭きながら、ご主人に先ほど冒険者ギルドで聞いてきた話をした。リリアンさんについての話だ。
「しっかりしていても、まだ15歳の女の子だからなあ。用心に越した事はないな」
「念の為ミリアさんの身の回りも気にした方が良いかと」
そう伝えると、ふむと頷いて言った。
「リリアンは帰る先はここだから良いが、ミリアの家は少し離れてるからなぁ。常連客に頼んで送ってもらうようにするか」
「あの……」
今までひたすら洗い物に勤しみ、ただ横で話を聞いていたニールから声があがり、二人で揃えた様に彼の方を見た。
「俺、良かったら、明日も明後日も……しばらく手伝いに来ますんで、帰りにミリアさん送ります」
彼にしては珍しく覇気の無い話し方だが、自らそんな事を言うとはと、少し感心してしまった。しかし……
「まだ見習い冒険者の貴方が護衛の役に立てるとは思いませんが……」
首を傾げながらそう言うと、ニールはあ……と言う顔をして悄気た。
「……貴方がここに来るなら、帰りはお迎えにあがりますよ。私も一緒ならまだマシでしょう」
ご主人の方を見て、「良いでしょうか?」と問う。
「うちは構わんどころか、リリアンが居ないから手伝いが増えるのもミリアを助けてくれるのもむしろ有り難い」
頼んだぞ、とご主人が言うと、ニールはほっとした様な顔をして少し笑った。
少し早めの夕飯を頂きながらニールの様子を見ていたが、彼なりに大分頑張っている。
ミリアさんが程よくニールが顔なじみの客のテーブルに行けるように、彼女自身はそれ以外の客を接客出来るように上手く采配してくれている。常連客たちもふざけてニールを揶揄いはするが、決して彼の仕事っぷりを否定するような事は口にしない。帰り際には「ガンバレよ」とニールに声を掛けてくれる者も居る。
彼らの中には、ニールが貴族だという事を知っている者も居るはずだ。最初の頃はそれで敬遠されていた事もあるが、今やそんな様子は感じられない。
今日のギルマスの話を思い出し、改めてニールが皆に受け入れられているのを感じた。
まだまだ仕事終わりまで時間があるようなので、帰り時間の予定を聞いて自分は一度帰る事にした。リリアンさんが帰ってくるまで、おそらくあと十日程か。それまでの間、夕方は『樫の木亭』の手伝いがあるのなら、それに合わせて予定を組み直さないと。
夕食は不要な事、帰りが遅くなることをメイドにも伝えておいた方が良いし、家庭教師にも課題などを少し加減してもらった方が良いだろう。クエストもしばらく遠出は出来ないだろうし、ある程度時間の都合が付きやすい訓練の時間を増やした方が良いかもしれない。
家に帰ると、ニール宛てに大きな荷物が届いていた。そういえば今朝爺様が差し入れを届けると言っていた事を思い出した。
今日は色々な事があったので、今朝の出来事がまるで数日も前の事の様に感じられている。自室で一息つき、家庭教師や騎士団長に宛てる手紙を書いているうちに、もう約束の時間が近づいたので『樫の木亭』に向かった。
『樫の木亭』は食事の店にしては比較的遅い時間まで営業している。ある程度遅い時間になると、夕食をというより酒を愉しむ客が増えて来る。そのくらいがミリアさんの仕事終わりだそうだ。後に残った酒飲みたちはご主人と奥さんで相手をするらしい。
迎えに行った頃には、丁度ミリアさんがてきぱきと片づけをしているところだった。ニールも最後の洗い物を頑張っているらしい。カウンターで軽く1杯頂きながら、二人の仕事終わりを待つ。
「今日は本当に助かっちゃったわ」
奥さんのシェリーさんがニコニコとしながらエールを注いでくれた。
「まだしばらくお世話になりますが、よろしくお願いします。今日のニールの様子はどうでしたか?」
奥さんによると、不慣れながらも一生懸命だったと。皿を2枚ほど割ってしまったそうだが、誰もがする失敗なんだからそのくらいは仕方ないわよね、と笑ってくれた。
「動き方とか見ていると、本当に家事とかした事がないのがわかるわ。でもミリアが色々声をかけてくれたから、だいぶ慣れてきたみたいね。どういう切っ掛けかわからないけど、ああして自分から色々やる気になるのは良いわね。うちのジャスパーなんて、家の手伝いもロクにしないうちに家を出てっちゃったわ」
ジャスパーと言うのは、ご夫婦の一人息子だそうだ。冒険者になって外にいってばかりで、ある日旅に出てしまってそれきり帰って来ないらしい。
そんな話を聞いているうちに、二人の片づけが終わったようで、ご主人と奥さんに礼を言って店を出た。
ミリアさんの帰る部屋は、中央の公園に向かってしばらく歩いた後、細目の路地を少し入った所にあった。
歩いても四半時間程の距離でそう遠くもないが、路地裏は街灯もなくかなり暗いので、やはりご一緒して正解だろう。
「ありがとうニールくん、また明日も宜しくね。アランさんもありがとうございます」
礼を言われてニールはとても嬉しそうだ。会釈をすると「おやすみなさい」の言葉と共に扉は閉まった。
二人の帰り道。ニールがぽつりと今日1日の事を話してくれた。
ミリアさんと町で会って、食事をした事。
その席でミリアさんの生い立ちを聞いた事。
自分の知らない世界の話のようでひどく驚いた事。
すっかり凹んでしまったニールを、元気づけようとミリアさんが『樫の木亭』に連れて行ったと。
「ミリアさんの方が嫌な思いをしたはずなのに、なんだか俺の方が慰められてさ。情けないなあって思った……」
ああ、彼の覇気がないと思えたのはそういう経緯があったからなのか。
「貴方はまだまだ知らない事が多いですからね。勉強もしなければいけませんし、色々と話しておかないといけない事も多いでしょう」
勉強と聞くと、ニールは苦い顔になった。本当にニールは感情がすぐに顔に出る。それが彼の美点でもあるし、弱点でもあるのだが。
「でもまずは一つ。今日の出来事を話してくれたのは良いのですが、ミリアさんの生い立ちについては、私に話す事ではなかったはずです。彼女はニールにだから話をしてくれたのでしょうが、それを私に知られて良いかどうかはわからないでしょう? それは彼女の個人的な事なのですから」
ニールが、あ……と言うような表情になるのを見て、さらに続ける。
「だから先日デニスさんもはっきりと話をするのは避けたのでしょう。そういう配慮も出来るようにならないといけませんね」
今回、私は聞かなかった事にしますから。そう言うと、ニールは黙って項垂れた。
でもちゃんと反省はしている。それがわかったので、デニスさんの真似をしてニールの頭を撫でてやると、少し驚いた表情でこちらを見た。
「貴方はちゃんと理解はできる人ですから、大丈夫です。私もちゃんとお教えします。今日は帰ったら早めに休んで。また明日も頑張らないとですね」
そう言うと、ニールは少し恥ずかしそうな顔をして頷いた。
今日はだいぶ頑張っていたし、明日の朝は少しくらいなら寝坊しても煩く言わないようにしよう。
お読みいただきありがとうございます。
「でも一瞬は小言を言いたくなるんでしょうけどね」(byアラン)
アランは真面目ではありますが、元々小うるさいタイプではないのです。
でもニール君を伸ばそうとしてうるさくなっちゃうのです。
(ニール君、ちょっとおバカさんタイプですし……)
今回の話は殆どキャラが自分で動いてました。
例えばニールが『樫の木亭』にしばらく手伝いに来る話になるのも、前回の話の時点では私も全く予想していませんでしたし。
ニール君は思った以上に頑張っているようです。
※四半時間…1時間の1/4=15分
(メモ)
ビリー、ワーレンの町(#13)
ダンジョン(#15)
先日のデニス、ミリアの生い立ち話についての配慮(#16)




