18 帰郷、灰狼族の家/カイル
◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。灰狼族と言う銀毛の人狼の一族の出身。前世では冒険者Sランクの人間の剣士だった。
・カイル…リリアンの兄で、灰狼族の若き族長。銀の髪と尾を持つ。
祭壇の部屋を出たリリアンは、またフードを深く被った。どうやら彼女は金狐族の事があまり好きではないらしい。挨拶もせず、そのまま黙って神殿を出て行ってしまった。
金狐族の族長に一応形式通りの挨拶だけをして、妹の後を追った。
自分には二人の妹が居る。妹と言っても、同じ日に生まれた三つ子の兄妹だ。同時に生まれて一緒に育ったはずなのに、この妹だけやけに小さい。幼い頃から自分の能力に制御を課し、自らを痛めつけるように鍛えてきた。その所為だろうと言うと、妹は笑って否定する。
そんな妹を守りたい。守れるように強くありたいと。妹に倣って鍛えていたら、一族で二番目に強くなっていた。
でもお前がどんなに強くなっても、僕はお前の兄なんだから。
僕には甘えてほしいんだ。
僕にはお前の背負っているものの重さはわからない。
でもお前自身を受け止めてあげる事は出来るから。
さらに薄暗くなりかけた林道を、リリアンの少し後ろから見守るように歩く。来る時には高かった日は幾分傾いて、昼には聞こえなかった虫の声が響いている。
見ると、まだ妹の尾は悲し気に垂れていた。
6歳の誕生日に、リリアンは歳に似合わぬ記録書をねだった。既に家にある本は全部読んでしまったけれど、知りたい事が載っていないと、妹は幾度もボヤいていた。そして遠い人間の国から届いた記録書を、いかにも子供らしい笑顔で受け取った。
そこまでして読みたがった本にどんな事が書いてあるのだろう?
そう思って妹の部屋を覗き込むと、彼女は開いた本の前でただ泣いていた。僕は咄嗟に妹に駆け寄った。
どうしたの?と聞いても、リリアンは黙って首を横に振るだけだった。理由を訊く事を諦めて、ただ彼女を抱きしめて頭を撫でていると、小さい声で「クリス……」と誰かの名を呟いたのが聞こえた。
その晩、妹のベッドで一緒に寝ると、彼女は泣きながらぽつりぽつりと話をしてくれた。前世の記憶がある事、以前は人間だった事、大事な旅の途中で命を落とした事。そして、大切な仲間たちが居た事。
妹は僕の腕の中で、泣き疲れて眠った。
あれ以来、妹の泣く姿を見た事がない。まるで妹は涙を流す事を、すっかり忘れてしまったようだった。
でもそれは違う。
忘れたんじゃない、耐えてるんだ。
あれから、ずっと、ずっと。
そして、今も。
「リリ。今晩は久しぶりに一緒に寝ないか?」
そう声をかけると、リリアンが立ち止まって振り返った。その顔にはやっぱり涙の跡は無い。二歩三歩と彼女に駆け寄ると、横に並びその手を握った。
「昨晩は着いたばかりで疲れてたから、あんまり話が出来なかっただろう。1年ぶりだし、話したい事も沢山あるよ」
もし両親にでも見つかったら、もう成人したのにと怒られるかもしれない。それでも僕はリリアンの兄だ。妹の心が泣いているのを、放ってはおけない。
妹が「うん」と言って微笑んでみせた顔を見て、帰り際にギヴリスがこっそりと自分だけに告げた言葉を思い出した。
『彼女は本当に嘘つきなんだよ』
『自分自身の心にさえ嘘をついている。彼女は命と引き換えでも、本当の望みを言わなかった』
ああ、そうか。妹はこうやって今も嘘をついて、笑ってみせるのか。
僕には嘘をつかなくてもいいのに。
* * *
灰狼族の集落に戻った頃には、すっかり日が暮れていた。
両親は今日もリリアンの為に張り切って夕飯を用意していた。まだ若い鹿は、森の若草をたらふく食べて良く肥えていたことだろう。弱火でじっくりとローストした肉は、しっとり肉汁を含んでいて美味しかった。上の妹のイリスが杏子を沢山採ってきてくれていて、リリアンはどちらも喜んで良く食べた。
明日からは色々と獣人の国を巡るのだと言う。行きたい場所があるらしい。せっかく家に帰ったのだから、少しゆっくりすればいいのに。
でもリリアンには、そう言ってもきっと聞かないから。心配する両親に「僕も一緒に行くよ」と伝える。
「あちこち行くのなら、ついでに他の種族への族長就任の挨拶も出来るしさ」
南地方の金獅子族、西地方の白虎族、東地方の竜人族。各地の有力種族には顔を通しておいて損はない。それならば単身という訳には行かないと、巫女のイリスも同行すればいいと話がついた。両親も3人が一緒なら安心のようだ。
しかし成人はしているとはいえ、3人とも見た目はまだ子供だ。面倒がないように、他種族の元ではリリアンが『変姿の魔法石』を使う事になった。
毛色は灰狼族らしい銀色に、年齢的な見た目も二十歳過ぎに。背が大分伸びたリリアンは、今まで見ていた姿とは何か違う空気を纏っていた。愛用だというロングソードを腰に差すと精悍な剣士にも見える。これなら、挨拶の際にもある程度体裁は良く見えるだろう。
この魔法石は、昔兄妹3人で出掛けたダンジョンで入手してきた物で、他にはなかなか無い物だ。リリアンが知っているダンジョンやそこで入手できるアイテムなどは、前世の記憶によるらしい。そういった類の情報がびっしりと書き込んである地図を、見せてもらった事がある。
また今回もそういう旅なんだろうな。知らない場所に行くと思うと、胸を躍らせている自分が居た。
* * *
寝室に入る時間になり、こっそりとリリアンの部屋に行った。リリアンはちょっとだけ驚いたような顔をした後に、にっこりと笑ってベッドに入れてくれた。そこには嗅ぎ慣れた懐かしいような、でも昔とはちょっとだけ変わった、妹の匂いがあった。
自分を慰めに来てくれたとわかっているんだろう。
「ありがとう、カイル」
妹はそう言って擦り寄って来た。
『君の存在は彼女のささやかな望みの一つなんだよ。彼女は頭を撫でられるのが好きだろう?』
ギヴリスの言葉を思い出し、リリアンの髪を撫でる。さっき風呂上りにブラッシングしたばかりの、綺麗な艶のある黒髪。僕はこの髪が好きだ。
髪を撫でると、たまに手が耳にあたる。その度に耳がぴくぴくと動いて、それがまた可愛い。
「ギヴリスはね、ずーーっと一人なんだよ」
リリアンが呟くように話し始めた。
「昔、はるか昔に、恋人が死んでしまって…… それからずっと一人なんだって」
「うん」
「でもね、すんごい寂しがり屋なんだよ。だからね、今日みたいのを喜ぶと思ったんだ。カイルとも一緒に楽しくお話できて、喜んでくれたと思うんだ」
「そうか…… ねぇ、リリアン。うちにも神棚を作ろうか? ギヴリスに届くかわからないけど、美味しいお菓子を上げよう」
「うん。イリスがお菓子作ってくれるかな?」
リリアンが、兄と姉に甘える妹の笑顔になった。
そういえば……
「……ルイって、昔の恋人?」
昼に聞いた言葉が、ずっと気になっていた。悲しい思い出なら聞いてはいけないと思ったけど、でも落ち着かなくて。
リリが「好きだった」と言った時、正直ちょっと動揺した。なかなか妹離れが出来ない自分が恥ずかしくもなった。
「違うよ、前世の仲間」
リリアンは可笑しいような顔をして、ちょっと顔を傾けて言った。
「素直で可愛くて、一生懸命な子だったよ。私の事お姉さんみたいに慕ってくれてた」
ちょっとおっちょこちょいだったけどね、と言ってリリアンは目尻を下げた。
「私は皆の事が好きだったし、皆が羨ましかった」
ああ、そういう好きか…… ちょっとほっとした自分がいた。
「……多分ね、ルイはシアの事が好きだったんだよ……」
仲間の名前までは聞いたことがなかった。シアと言うのも初めて聞く名前だ。昔を思い出しながらなのか、リリアンは独り言のように話している。
「でも、シアには他に好きな人が居たみたい」
誰が好きだったんだろう?ぽそりと、言うのが聞こえた。リリアンの表情がわずかに濁った。
「私だけ知らなかった……」
何故だろう。帰り道の時に気が付いた妹の違和感が、今もまたあるような気がした。
「リリ。僕はリリが好きだよ」
そう言って妹を抱きしめる。
「ありがとう。カイルは優しいね。カイルがお兄ちゃんで…… 良かった……」
疲れから眠気が出てきたのだろう。消えかけた声は寝息に変わった。
リリアンの額にキスをして、妹を抱きしめたまま目を閉じた。違和感は消えなかったが、それ以上の眠気と妹の温もりに負けて、意識は深い所に落ちていった。
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