閑話14 あの人の残したもの/デニス
あれから、少し大人に近付いた俺は、色々な事を知った。
あの人が旅立つ前に、俺の居た孤児院に多額の寄付をしていった事。
そして、それが俺の養育費に充てられている事。
あの人と仲間たちが連れてきた少女が、俺と同じ孤児院に居る事。
あの人の棺の中身が片腕しか入っていなかった事。
……あの人がこの国を救った事。
あの人は俺に沢山のものを残していった。
冒険者として生きる目標。
これから俺が一人でも生きていける環境。
そして、妹がわりの少女を守ること。
俺が返せるものはもう何も無いというのに。
この町では冒険者見習い制度が使える。でも現実的にその制度が使える状況は限られていた。
一般的に15歳までは勉強の為に学校に通わなくてはならない。
だから14歳で冒険者見習いになっても、まともに活動が出来るのは休みの日くらいで。あとは学校後の時間をつかって、せいぜい近場の薬草集めをするくらいだ。
しかも貧しい家庭や商家の子などは、学校の後にも休みの日にも家の手伝いがあるので、そうなると見習い活動どころではない。
逆に貴族たちは、自分の子供たちには学校に通わせずに家庭教師をつけ、活動時間を作らせて見習い制度を活用している。
もう一つ、飛び級制度を利用して早くに卒業するという手がある。それが一番冒険者見習いとしては、一番多く活動時間が作れる。
少しでも早くあの人と同じ冒険者になりたかった俺は、この最後の方法を選んだ。
* * *
「よ、デニス! 勉強がんばってっかー?」
その声とともに、ニヤけた顔が俺の手元を覗き込む。
「見りゃわかるだろ。邪魔すんじゃねーよ、おっさん!」
そう言いながら睨みつけると、シアンさんはつれねーなあとか言いながらニヤニヤと笑った。
こんないい加減そうなおっさんが、あの人の相方だったなんて……
信じられないわけじゃない。シアンさんの強さや人望はわかっているし、散々見せつけられている。
俺が認めてやりたくないだけだ。
面白くなくて、口をぎゅっと結んだ俺の頭を、シアンさんはわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
あの日あの人の棺の前で、俺とシアンさんは一緒に泣いた。でもシアンさんが俺の前で泣いたのはあの時だけだった。
それからはあの人に代わるように、シアンさんは俺の面倒を見てくれた。相談にもよくのってくれる。あの人のように冒険者になりたいと言った俺に、冒険者見習い制度の事を教えてくれたのもシアンさんだ。
シアンさんはトレーニングには付き合ってくれるけれど、どうやら勉強は苦手らしい。
「俺はあんまし頭良くねーからなぁ」
苦笑いをしてそう言うと、シアンさんは『樫の木亭』に俺を連れていった。
『樫の木亭』ではご主人やおかみさん、他の冒険者たちも、俺に勉強や色々な事を教えてくれた。
俺は必死で訓練して、必死で勉強した。
そして俺は14歳で学校を卒業し、冒険者見習いになり、冒険者になった。
* * *
Sランク冒険者になった俺に、町や世間は手厚かった。
俺が孤児院の育ちだろうと、親がわからなくても、Sランクの肩書があればそんなのは関係なかった。
旅で立ち寄った町で有力者に食事に招かれるなんて事も増えた。俺が『英雄』になることを期待されての事だ。
冒険者ギルドからはあてにされるし、冒険者たちは向こうから声を掛けてくる。しかも女にもよくモテた。
そんな環境に、俺はすっかり慢心していた。
あるクエストで、連れていった下位冒険者が逃げ遅れた。他の仲間は彼を置いて逃げてしまったが、俺はそいつを置いてはいけなかった。
そいつを抱えてやっとの思いで逃げ延びたが、俺の背中は傷だらけになった。
そして俺はそいつを、救う事もできなかった。
ランクダウンを受けて、失意のまま王都に戻った俺に告げられたのは、後輩のロディが冒険者を引退したという話だった。
俺のいない間に行ったクエストで魔獣に足をやられて、もう戦う事ができなくなったそうだ。
俺の、いない間に……
俺はなんの為に冒険者になったんだろう?
違う……こんな事の為に冒険者になったんじゃない。
朝の公園に行くと、昔のように孤児院の子供たちがトレーニングをしていた。
あの人に憧れた幼かった俺が始めた朝のトレーニングは、周りの子供たちを巻き込み、代を経て、今でもこうして続いて繋がっていた。
その日から俺は子供たちの朝のトレーニングに関わるようになった。
この子たちが、少しでも一人で生きていける力を付けられるように。少しでも今日を笑顔で過ごせるように。
そんな事をしていたら、荒みかけていた心が少しずつ凪いでいった。
あの人の墓に行き、あの人が俺にしてくれたことを思い出す。
俺があの人にそれを返すことはもうできないと、そう思いこんでいた。
でもそうじゃない。俺が返せるものは沢山あるじゃないか。
俺がそれを見ていなかっただけだ、気付かなかっただけだ。
あの人と同じように、あの人が俺にしてくれたように、皆を仲間を守れるようになりたい。
Aランクにランクダウンした俺に、ギルドは皆はやっぱり温かかった。
むしろSランクだった時に感じていた煩い干渉やお偉いさん方との付き合いやらがなくなって、肩の荷が下りたようにすっきりした。
* * *
「あ、デニスさん。いいところに!」
冒険者ギルドの扉をくぐると、待ち構えていたように受付嬢に声をかけられた。
「さっき、新しい見習い冒険者の登録があって。それで、ギルマスがデニスさんに顔合わせをさせたいと」
「わざわざ? 珍しいな」
確かに見習い冒険者や新人冒険者たちが、困っているようなら助けてやってほしいと頼まれてはいるし、心がけてもいる。
でもこうしてわざわざ予め目通しをさせるなんて事は、今までにはなかった。今回のヤツはよほどの乱暴者なのか、厄介者なのか……
「肉食系獣人の、しかも女の子なんです」
「え? 見習い、だよな?」
ここは元々は人間族の国だ。他種族も居るには居るが、決して多くはない。そして獣人は特に数が少ない。
しかも戦闘実力主義の肉食系獣人は、半端な実力のまま人間の世界に飛び込むことを嫌うのか、かなりの実力があるやつしか冒険者になろうとしない。
そんな獣人が『見習い』登録をするだなんて、しかも女の子だというなら、確かにギルマスが気にかけようとするのも当然だ。
受付嬢の案内を断って、階上のギルマスの部屋に向かう。
部屋のドアをノックすると、すぐにギルマスの声が返ってきた。
ドアを開けて、一応軽く礼をする。
顔を上げると、こちらにこやかに手を上げるギルマスの向かい側、俺に背を向けて小柄な少女がソファーに座っている。
あの人を思い出すような漆黒の髪の上で、二つの獣の耳がぴくりと動いた。