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15 霧の森

※残酷な描写と思われる部分があります。ご注意下さい。


◆登場人物紹介(既出のみ)

・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。前世では冒険者Sランクの人間の剣士だった。完全獣化で黒狼の姿になれる。

・デビット…ワーレンの町冒険者ギルドマスター

・ジェス…冒険者。ミノタウロスに襲われたCランクパーティーの生き残り

・ザック…Bランク冒険者パーティーのリーダー

・リタ…Bランク冒険者パーティー剣士

・アンナ…Bランク冒険者パーティーの魔法使い

・ビリー…Bランク冒険者パーティーのメンバー。アンナの弟

 この霧は何かおかしい。

 私の警戒心がマスターのザックさんにも伝わったようで、呼応するようにザックさんからも緊張した雰囲気が返ってきた。


 クエストや戦闘の時になると、獣戦士とマスターの間で言葉を介さずに意思疎通が可能になる。とはいっても、緊張や警戒の度合いがわかるとか、意識の方向を探れる程度だけれど。ペアとしての相性が良いと、もっとはっきりとした意思疎通ができるらしい。


「アンナ、風で霧を払えるか?」

 ザックさんの指示でアンナさんが呪文(スペル)を唱えても、ほんの少しだけ霧が薄まった程度で視界を晴らすほどの効果はなかった。それを見てザックさんが眉間に(しわ)を作り、舌打ちをする。

「……警戒して進むぞ」

 もうしばらく進むと、霧の隙間に潜んで漂ってくる不快な臭いが、ザックさんたちにもわかる程になったらしい。皆、何も言わずに顔をしかめた。


 途端に、森と霧が切れた。まず視界に入ったのはあまりにも無残な光景だった。ミノタウロスのものであろう戦斧によって岩壁に(はりつけ)にされた人だった物。おそらく冒険者だろうそれは、既に半分も残っていなかった。

 その足元で何かを食んでいた獣がこちらを向いた。


 いびつな狼にも似た風貌(ふうぼう)をもったその獣は、狼より二回り程も大きい。耳の近くまで割けた口からは牙ではない上下一対のみの(やいば)のような歯を覗かせていた。

「クロコッタか……」

 ザックさんがその名を呟いた。時に夜に紛れて旅人を襲う獣が、死肉の臭いに()かれてここに居たとしても不思議はない。


 食事を邪魔されたクロコッタが威嚇(いかく)の唸り声を上げた。ザックさんとリタさんが武器を構えて前に出た。そのすぐ後ろに立つアンナさんは、既に補助魔法を詠唱している。

 ビリーさんは手を広げて私の前に出た。まだDランクの私を(かば)ってくれているのだろう。でもクロコッタはCランクの魔獣だ。このBランクのパーティーの中に居ればそれほどの危険があるとは思えない。

 それよりも、(わず)かに拡散された血肉と獣の臭いの中で、別の臭いが後ろから迫っているのに気が付いた。


 後方に警戒を向けると、それがザックさんにも伝わった。

「リリアン!」

「大丈夫です。やらせてください」

 後方へ振り向きながら答える。スキルをセーブしてるというのに、恐ろしい程に力が(みなぎ)っている。この強化状態を試してみたい。


「わかった。ビリー、そっちは任せた」

 それを聞いて、アンナさんが詠唱中の補助魔法の対象を私たちに変えた。状況を悟ったビリーさんが私と同じ方を向くと同時に、茂みからもう1頭のクロコッタが飛び出して来た。


 咄嗟(とっさ)にそれぞれ左右に避ける。

「こいつら、つがいか?」

 こちらの個体の方がやや小さい。どうやら雄のようだ。


 ザックさんがこちらを気にしている様子が伝わって来た。でもこれなら全く問題はない。むしろ……

「ビリーさん、私が動きを止めますね」

 二人の体格差を見るならば、本来ならば役目は反対だろう。だけど、ビリーさんのメイン武器はボウガンだ。近接には向かない。

 しかも私が今構えている鉤爪(クロー)は、さほどランクの高いものではない。モーアの細い首や足になら致命傷も与えられるが、クロコッタの頑丈な体には刃は深くは届かないだろう。


 ビリーさんの返事を待たずにクロコッタに駆け寄る。二人のどちらを狙おうかと構えていたクロコッタが、私に狙いを定めて牙を()いた。わざと大きなモーションでクローを振り回すと、クロコッタは跳び退いて避ける。

「リリアン!!」

 避けられた事で僅かに体勢を崩したように()()()私に、クロコッタが跳びかかって来た。


 それを、上へ跳んで避ける。


 クロコッタは急に獲物が消えた事に一瞬戸惑った。翼のある生き物ならともかく、人が、ましてや真上に移動するとは思ってなかっただろう。


 落下の勢いを利用して、クロコッタの首に一撃を加えた。


 ギャン!!


 クロコッタが鳴き声を上げて、転がり倒れた。そして立ち上がろうとしたその隙に、ビリーさんの放ったボウガンの矢が眉間を突き刺すと、クロコッタは起き上がれず、その場に崩れた。


 ザックさんとリタさんが相手にしていたクロコッタも、とっくに動かなくなっていた。Bランクが二人だもんね。楽勝だったみたいだ。

 アンナさんが一応と言って、怪我がないかを診てくれたが、()り傷すら負っていない。ものすごく体が軽くて、短い時間だったが戦うのがとても楽しかった。これがマスター付きの効果なんだ。



 霧に守られていたこの広場の岩壁には、石で出来た扉がついていた。ビリーさんが色々と調べたところ、どうやらダンジョンの入り口らしい。

 しかし、今は固く閉ざされている。そして例のミノタウロスもどうやらここから出てきたようだ。


 どのような事情かまでは知れないが、何かの理由でここを訪れた冒険者パーティーがミノタウロスに襲われて逃げ出したという事だろうか?

 疑問はまだ残っているが、Bランクのパーティーに出来るのはこのくらいまでだろう。報告の為に町へ引き返した。


 * * *


 ワーレンの町の冒険者ギルドで、ギルドマスターのデビットさんに一通りの報告をした。といっても、話をするのはリーダーのザックさんなので、私たちは同席していただけだけどね。


「その辺りにはダンジョンはなかったはずだ。だとすると、未発見のダンジョンか、もしくは新しいものか……」

「管理されていないダンジョンを見つけた場合には、王都のギルドに報告する義務がありますよね」

「そうだな。あの冒険者たちがあそこに行ったのは偶然なのか、それとも知っていて行ったのか……」

 もう少しあのジェスという青年に聞いてみよう。そう言ってギルドマスターは自身の言葉に(うなず)いた。



 ザックさんから報酬の分け前を提示されたが、自分はわざわざ連れて行ってもらった身なのでお断りした。それならばと夕食をご馳走してもらう話になり、それは有り難く受ける事にした。


 今日の夕食にと選んだ店は、色々な魔獣の肉が食べられるのが売りだそうだ。ビリーさんが横について、この魔獣の肉が柔らかいとか、これにはこのソースが合うとか、色々と教えてくれた。


「そういえば、リリアンは狼族と言ったな。黒狼(こくろう)族なのか?」

 ザックさんは特にお酒に強いらしい。もう何杯目かのエールを傾けながら、ザックさんが聞いてきた。

「私は灰狼(かいろう)族です。ザックさんは狼族にも違いがあるのを知ってるんですね」


 獣人はあまり自分たちのテリトリーから出てこないので、この国の獣人も多くはない。なので、獣人についての知識も、人間たちにはそこまでは一般的ではない。

「ああ、昼に話に出した獣人が黒狼族だったんだ。だから同族かと思ったのだが」

「私の一族の毛色はグレーです。だから私のこの毛色は異端なんです」

「なるほど、それで……」

「いいえ。私が群れを追い出されたのだと思ってるのでしたら、それは違います。私は鬼子(おにご)とは扱われませんでした」

 その一族とは異なった特徴を持った子供は、良くないものとされ迫害を受ける場合がある。ザックさんもそれを想像したのだろう。


「獣人の場合は、群れにそぐわない黒毛の仔が産まれると、それは神の御子(みこ)として扱われます。私たち獣人の神は黒毛なんです」

 皆が驚いた顔でこちらを見ているのに気づいて、慌てて否定した。

「勿論、私は御子とかじゃぁないですよー。なのに色々と周りがうざったくて……。あと私は群れに居るよりも世界を見たかったんです。だから成人前に故郷を出てきちゃいました」

 妙な期待をされてしまったようで、なんだか気恥ずかしかった。


「なぁ、リリアン。俺たちは例のダンジョンの報告の為に王都に向かうんだ。もし君が王都に戻るのなら、俺たちと一緒に行かないか??」

 ザックさんのそのお誘いに、胸が温かくなった。このパーティーはいいメンバーだ。皆、お兄さんやお姉さんの様に優しい。

 でも……


「これから故郷に向かうんです。1年以上帰ってない、久しぶりの帰郷です。だから、ごめんなさい。でも誘って下さって、ありがとうございます」

 そう言うと、リタさんが「残念ね」と言って頭を撫でてくれた。

「また会えたら、その時には一緒にクエストに行きましょう」

 そう言ってくれる事も、とてもとても嬉しかった。



 翌朝、獣人の国に向かう私を、皆さんが見送ってくれる事になった。

 今回の宿代は冒険者ギルドが持ってくれるそうだ。ミノタウロス討伐の礼だと言ってくれたので、有り難くお願いする事にした。

 別れ際、ビリーさんが何か言いたそうにしている気がしたが、アンナさんが「じゃぁ、気を付けて行ってらっしゃいね」と手を振ってくれたので、そのままの流れで手を振って町の門を出た。

 気が付けば、ドワーフの国を出てからのモヤモヤした気持ちはすっかり晴れていた。その代わりに独りの旅がちょっと寂しく思えてしまった。


 * * *


「なぁ、ザック兄貴……」

 リリアンの後ろ姿が見えなくなり、ビリーが呟くように言った。

「獣人って、あんなに可愛かったっけ?」


 そうビリーが言うのもわかる。今まで出会った獣人の冒険者も、俺の昔の恋人も、肉食系の獣人というのは総じてプライドが高く気が強いタイプだった。気高いという言葉が似合う。決してあんな可愛らしいイメージではなかった。

 そのせいか最初は大失態にビクビクしていたビリーだが、徐々に彼女に惹かれていったのは見ていて少し微笑ましくも可笑(おか)しくも思えた。

 しかし、あれほどビリーがアプローチしていたのに、彼女自身は何も気付いてもいなかったようだ。


「そういえば、王都に冒険者に人気の定食屋があるらしい。獣人が給仕をしているそうだが、それがえらく可愛らしいそうだ。しかも草食系でなく肉食系の獣人らしい」

 草食系獣人が売り子や給仕をしているのは珍しくはない。しかし肉食系獣人が「客に(こび)を売る」ような仕事をするのは非常に珍しい。もちろん夜の仕事場は例外としてだが。

 その話が本当なら、少しはビリーの慰めになるだろう。すがるような顔で俺を見るビリーの目が、好奇心で輝いた。


 噂を聞いた時には半信半疑だったが、俺もちょっと見てみたくなった。もし、その店が噂通りではなかったら、夜の店にでも連れていってやるのもいいだろう。

 久しぶりの恋心を気付いてすらもらえなかった可哀想な弟分の為に、ここはひと肌脱いでやろう。

 お読みいただきありがとうございます。

 ちょっと体調を崩してまして、自分ルールより更新が遅れました。

 次はデニスやニールたちの話の予定です。


(メモ)

 モーア狩り(#3)

 リリアンの毛色(#2)

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一部の話を『『ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい』おまけ閑話集』への別掲載の形に変更いたしました。
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