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Ep.14 傷/デニス

 その日はしんしんと雪が降っていた。


 あの森にはレイスが出るのだと、村の年寄りは言った。

「悪い事は言わないから、あそこは避けて行きんさい」


 人間の国(シルディス)の北方にあるこの土地は、国の中でも一番冬が深く、長い。しかも魔族領により近いと言われるこの場所に、それでも好き好んで住んでいる者たちがいるのだ。

 いや。代々この地に暮らす彼らにとって、ここで生活を育むことが当たり前なのであって、好きだとか嫌いだとかそんな言葉で片付けられるような事ではないのだ。そう思い直した。



 国境近くの町の冒険者ギルドから預かった依頼は、内容の割りには報酬がよかった。道が悪く、目的地まで辿り着くのにやや難儀するらしい。その所為(せい)で引き受ける者が居なかったそうだ。

 顔見知りのBランク冒険者パーティーがその依頼を引き受けた。そこに居合わせた縁で自分も同行する事になり、同じく居合わせたDランクの冒険者を、彼らが『手伝い』として雇った。


 小休止の為に訪れた村で、人が()さそうな婆様は俺たちをわざわざ家に上げた。

 婆様の淹れてくれた茶は、少しツンとくる香りがしたが、飲み干すと体の芯から温まった。

 この地方特有の茶らしい。この辺鄙(へんぴ)な地では、この茶もきっと貴重な物なのだろう。この温もりがこの村の者の温かさを感じるように思えた。

 2杯目の茶を注ぐと、婆様はぽつりと森の事を話してくれた。


 昔、その森に小さな小屋があった。その小屋には森番の男と幼い子供が住んでいたそうな。

 ある時、その森で火事が起きた。火はその小屋を住民もろとも燃やし尽くしてしまった。焼け跡から焼け焦げた大人の骨は見つかったが、子供のものは見つからなかった。焼き尽くされてしまったのか、それとも森の獣が食ってしまったのか……

 森に幼い少女の姿をしたレイスが現れる様になったのは、それからなのだそうだ。


 目指す場所はちょうどその森の向こうにあるが、別に急ぐ道程ではない。土地の者が言うのならば従うのが良いのだろう。森を避けてその先を目指した。


 * * *


 冒険者ギルドで聞いた通りの場所に、目指すダンジョンの入り口はあった。大きな石造りの扉は、他のダンジョンでもよく見る造作の物だ。

 パーティーのリーダーが、まだ閉ざされている扉の鍵穴に古式な金属製の鍵を差した。少し力を入れて捻る。が、鍵は回らない。

「うん? なんだこれは?」

 もう一度、今度は反対に回してみるが、やはり鍵はびくともしないようだ。


 他のメンバーが代わる代わる試してみるが、様子は変わらない。

「ガセを掴まされたんじゃねえだろうな?」

 そう言って首を傾げるリーダーに代わり、俺が鍵に手をかけると、今までが嘘の様にするりと回った。


「さすがはデニスさんだぜ」

 たかが鍵を回しただけで、見え透いた世辞を言われるのも複雑な気分だ。Sランクの俺の戦力をあてにして、(おだ)てようとしているのだろう。

 重く鈍い音と共に開いた扉から中に足を踏み入れると、奥から上がってきた湿った地下の匂いが鼻をついた。


 ダンジョンは地下10階まで続いていた。

 とはいっても、地下3階までは大した魔獣も居ない。居るのは撫でれば潰せる程度の雑魚ばかりだった。

 地下4階からは、まあそれなりに武器を振るう事ができた。

 地下7階に着いた頃からは、武器攻撃に加えて魔法も少し使う程になった。


 それでもまだ余裕はあった。すっかり、自分たちの力を過信していた。



 地下10階に祭壇のあるそれらしい部屋を見つけても、さほどの警戒もしていなかった。

 あからさまに置かれた宝箱に、注意を払う事も無く手を掛けようとしたのは、パーティーのリーダーだった。


「待て、無闇(むやみ)に――」

 触るんじゃないと、言おうとしたがもう遅かった。


 ダンジョンのここかしこに不自然に配置されていた燭台が途端にその光を落とした。ライトの魔法のみに照らされた、薄暗い部屋の真ん中に大きな魔法陣が浮かび上がる。


 グルルル……

 不気味な唸り声と共に、魔法陣から現れた大きな魔獣はキマイラだ。

 獅子と山羊と竜の三つの頭を持つその魔獣は、俺らを見据えるとそれぞれの口で一斉に咆哮(ほうこう)を上げた。


 静かだったダンジョン内に咆哮が響き渡った。

 キマイラはSランクの魔獣だ。Bランクのこいつらが敵うような相手じゃあない。


「逃げろ!」

 俺が叫ぶと同時に、キマイラは俺を目がけて飛び掛かってきた。


 手にした大剣で獅子の牙を受け止める。が、竜の口がブレスを溜めているのに気づき、力を込めて剣を振り払った。

 身をかがめると、俺の上を火炎ブレスが撫でていく。間一髪だった。


 うわあ!という叫び声が聞こえて、振り返った。

 BランクパーティーのリーダーがDランクの手伝いを突き飛ばして転ばせたのが目に入った。


「せいぜい時間を稼いでくれよ!」

 そう吐き捨てるように言うと、リーダーは他のメンバーと一緒に来た道を戻って走り出した。


「待て! こいつも連れていけ!!」

 そう叫んだが振り返る様子もない。見捨てるつもりか?!

 Dランクは背負った荷物の持ち手が絡まり、立ち上がれなくてもがいている。駆け寄って、剣で持ち手を切って立ち上がらせた。


 こいつを逃がさないと。

「早く逃げろ!」

 もう一度叫ぶと、Dランクは転がるようにして部屋の出口へ向かった。

 こちらを(にら)み付けるキマイラに、目いっぱいの魔力を込めた火魔法をぶつける。魔法は本職じゃあないが、足止め程度にはなってくれるだろう。

 キマイラが怯んだ隙に、Dランクの後を追って駆けだした。


 ――なんだ意気地のない奴らだな――

 何故かこんな場所で、子供の声を聞いた気がした。



 ダンジョンの通路には、キマイラの咆哮を聞いた魔獣たちが集まっていた。

 前を走るDランクに襲い掛かる魔獣たちを、剣で振り払いながら走る。


 なんであそこで油断をしたんだ。あんなにわざとらしい場所に罠があるのは、わかっている事だったろうに。

 ここまでが順調すぎて、そんな簡単にしくじるわけがないと油断していた。Sランクになった俺には実力があるんだと、だからちょっとやそっとの事では問題はおこらないと思い込んでいた。あの時、俺が止めないといけなかったのに。


 Dランクがダンジョンの石畳に足を取られて転ぶと、魔獣たちが彼を目がけて襲い掛かろうとした。

 咄嗟(とっさ)に体で(かば)うと、魔獣たちの牙や爪が俺の背中を切り刻んだ。

「うわぁ!!」

 庇いきれなかった牙が、Dランクの腕に足に食い込んで、彼が叫んだ。


 魔獣たちを剣と魔法で振り払う。怪我をしたDランクを抱えると、また走り出した。

 その後は、ただただ無我夢中だった。



 なんとか外に出た時には、もうDランクは息をしていなかった。

 俺の所為(せい)だ……


 ダンジョンから外に向かう足跡がいくつかあるところをみると、他のヤツらはどうにか逃げおおせたのだろう。


 背中が痛む。背中の傷が火を背負ったように熱かった。

 魔力もほぼ尽きていて回復魔法も使えない。荷物は全てダンジョンの中に置いてきたので、ポーションも持っていない。

 ここに来る前に寄ったあの村にまで戻ることができれば、生きていられるだろう。真っすぐに村を目指そう、遠回りをする余力はない。森へ向かう道に重い足を向けた。



 この森にはレイスが出るのだと、村の年寄りは言った。


 Dランクの遺骸を抱え、足を引きずりながら森の中を歩く。

 まだ夜ではないというのに、薄暗い森の中では遠くから夜の生き物の声がかすかに聞こえる。

 進めば進む程深く暗くなる森では、落ちてくる雪の白ささえ、濁って見えた。


 ――さん……


 森の奥から、誰かの声が聞こえる。


 ――デニスさん、なんで……


 嗚呼(ああ)。あれは…… こいつの――Dランクの声だ……

 守れなかった…… 俺が…… 俺が死なせた……


「すまない…… すまない……」


 そう呟きながら歩く俺の後を、こいつの声が追ってくる。

 こいつの姿をした何かが、俺の体中にすがってきて……


 背中に付いた無数の傷が、また熱く痛んだ。


 * * *


 気が付くと、固いベッドに寝かされていた。

「まともな治療も出来なくてすまないね。こんな田舎の村には医者もおらんのだよ」

 俺の様子を見に来た、あの婆様がぼそりと言った。


 俺はあの森を出た所で倒れていたらしい。

 村の坊主が俺を見つけたのは本当に偶然だそうだ。こんな雪の日に、わざわざ森に柴を拾いにいく者もそうは居ない。見つけてもらえなかったら、俺は雪に埋もれて死んでいたかもしれない。

 俺が抱えていたDランクの遺骸は村人が埋めてくれたそうだ。


「あんたは…… 森でレイスに会ったかね?」

 婆様は怯えた目でそう尋ねた。なんでそんなにレイスの事を気にしているんだ?

「……少女のレイスは居なかった。俺が見たレイスは、違うヤツだった」

 俺が死なせた、あのDランクの冒険者だ。

 そう言うと、婆様は両の手で顔を覆ってさめざめと泣いた。


「なあ、婆さん。いったいあの森で何があったんだ?」

「何もない。わしらは()()()()()()()よ……」


 ああ、いたわしい…… いたわしい……

 そう老婆は嘆き続けた。



 一晩休ませてもらうと朝には(わず)かに魔力が戻り、どうにか歩ける程には回復することができた。

 まだ背中の傷が痛むが、国境の町のギルドに戻って今回の事を報告しなければいけない。


 俺を見送りに出てきた婆様に言った。


「なあ、あんたらは()()()()()()()って言ったよな……」


 森で火事がおきても、小屋が炎に包まれても、この村の者たちは何もしなかったのだ。


「あの森番の男は乱暴者で…… 事ある毎に面倒を起こしていた。あの男が居なくなっても困る者は誰もいなかった。むしろ厄介者はいなくなればいいと……」

 だから、何もせずに見捨てた。

「でもあの子まで死んで良かったわけじゃあなかったんだ」


 村人が見ているレイスは、救おうともしなかった少女への罪悪感だ。

 俺が見たレイスは―― 俺の後悔だった。


 あの森に本当はレイスなんか居ない。それを見せたのは自らの心の傷だった。


 老婆に礼を言って、村を出た。

 あのパーティーの一行とは、あれきり二度と会う事はなかった。

 お読みいただきありがとうございます。


 重い話の中ですが、さらに暗い話で申し訳ないです。

 そして、今後の更新はやっぱり週1となりそうです。

 本当は平日に上げたいんですけど、やっぱり金~土が一番作業が捗るんですよね……

 頑張りますので、今後ともお願い致します。


 次回もデニスについての話から始まる予定です。


(メモ)

 背中の傷(#33、34)

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一部の話を『『ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい』おまけ閑話集』への別掲載の形に変更いたしました。
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