77 会合/シアン
◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転生前は前・魔王討伐隊、『英雄』のアシュリー(アッシュ)。神秘魔法で大人の姿などになれる。
・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーとは討伐隊になる前からの付き合いがあり、ずっと彼女に想いを寄せていた。
・ケヴィン…人間の国シルディスの先代の王で、2代前の『英雄』
そうして、リリアンの隣からサムの日記を眺めて、途中見かけた文章に、息を呑んだ。
――ルイはシアの事が好きらしく――
……俺の事、を?
そんなの全く気付かなかったぞ。
……いや、違う。多分、見ていなかった。俺はずっとずっと、アッシュだけを見ていたから。
気付かれぬよう、そっと横目でリリアンを見た。彼女も同じ所を読んだはずなのに、こちらを気にする様子も顔色を変える様子もない。
彼女――アッシュは、これを読んで何を思ったんだろうか?
やっぱり気にもしてくれないのだろうか。
* * *
久しぶりの正装は、首元がやけに窮屈に感じた。
王城の門前で俺を出迎えたのは、騎士団には珍しい女性騎士だ。見た感じは二十歳ちょいかそこらか。大人びた雰囲気が、その黒い髪色とすらりとしたスタイルにとても合っている。中々の美人だ。
まあアッシュ程じゃねえけどな。でもその少しキツイ瞳は、どことなく彼女を思い起こさせた。そういや、あいつが男装したこともあったっけ。あれにちょっと似てるんだな。
「シアン様、どうぞこちらへ」
彼女は俺に名を尋ねる事もなく、そう呼びかけて門の中へ誘った。行く先を示す様に、少し前に立って歩き出す。
王城は複雑な造りではないはずだが、それでも俺の様な半端者が普段立ち入るような場所でもない。
珍しいと思った訳ではないが、道を間違えぬようにとの気持ちもあってか、見回しながら付いて行くような素振りになっていたのだろう。
黙って歩いていた彼女がくすりと笑ったのが耳に届いた。
「私も王城には不慣れでして。先日も水場が分からず迷い掛けてしまいました」
この広さですからねと言ったのは、フォローのつもりなのだろう。
頭を掻きながら笑ってみせると、先ほどの真面目な表情とはうって変わって可愛らしい笑顔が返ってきた。
ふと、やけに周りの視線を集めている事に気が付いた。
他の町を訪れた時なんかに、元・討伐隊の一員と言う事で無駄に注目を集めてしまう事はよくある。
でも今は違う。視線の先は俺じゃあない。一緒に歩く彼女だ。まあ、そりゃあこんな美人であれば目をひくのは当然だろう。そういや、見ているのは男ばかりだもんな。
案内された部屋は応接間ではない。執務室だと、女性騎士は言った。冒険者ギルドのマスターの部屋に似ている。まあ、こっちの方がずっとずっと広いけどな。
部屋の主は俺たちの姿を認めると、見ていた書類を置いて立ち上がった。
先代国王、ケヴィン様。この人とは、魔王討伐隊だった頃に何度か会った。もう15年も前の事だ。
もうすっかり年をくって、今では金の髪も、髭までもがすっかり白くなってしまった。鋭かった眼光も少し和らいでいる様にも思える。
「シアン様をお連れしました」
俺を案内した騎士が、そう言ってケヴィン様に一礼した。遅れて俺も礼をする。
それを見た先王は、何故かおかしそうに笑った。
「また普通の騎士のふりをしているのかね?」
話し掛けた先は俺ではなく、隣に立つ女性騎士だ。
普通のふり? じゃあ、彼女は普通じゃない騎士だという事か?
「貴方に騎士団の籍を用意してもらいましたし。一応、普通の騎士なのですが」
彼女がにこやかに応える姿に違和感を覚えた。どうにも王と騎士との関係には見えない。
「ああ、すまない。シアン殿、こちらへかけてくれ」
穏やかな表情で俺を見た先王はソファーに座を移し、俺には向かいに座るように促した。
お茶と菓子を持ってきたメイドが部屋を出るのを確認すると、横に控えていた女性騎士が先王に声を掛けた。
「結界を張ります」
差し出した手のひらから光の玉が浮かぶと、すっと上がってから、散るように弾けた。
「さあ、ここに居るのは我々3人のみだ。元・魔王討伐隊の会合をはじめようか」
ケヴィン様が勿体ぶったような口ぶりで宣言した。
成程。俺が呼ばれた理由も趣旨もようやくわかった。彼は、俺らの前の代の魔王討伐隊、王族の英雄だった方だ。
しかし……
「なんで彼女がここに居るんだ?」
しかもちゃっかり俺の隣に座って茶を飲んでいる。護衛騎士としてここに居るのなら、この態度はねえんじゃねえか?
「ああ、まだ戻ってなかったのか。結界を張ったならもういいのではないのか?」
またおかしそうに先王が言う。
戻って……?
不思議な言葉に彼女の顔を見ると、ちらりと横目で俺を見た。
「……失礼いたします」
誰にともなくそう告げ、彼女が胸に片手を当てると、柔らかい光に包まれ一瞬姿が見えなくなった。
その光が晴れると、そこに座っていたのは大き目の騎士服を着た黒毛の獣人の少女だった。
「リリアン!?」
「……別の姿にも変われると、化け物だと言ったでしょう?」
ああ、確かに言っていた。でもなんか不意を突かれたような気がして微妙に納得いかねえ。
「とは言っても、何の姿にも変われるわけではないですが。本来の姿から大きく違う物には変われません」
ああ、それで女性騎士を見た時にアッシュを思い出したのか。
リリアンには前世の記憶がある。その前世は前魔王討伐隊のアッシュで…… 俺が大事に思ってた人だ。
彼女はアッシュとしてならば、確かにここに居る理由がある。
でもなあ……
「さて、今日集まった者たちは『協力者』だ。この間に上下の関係はない。そのつもりで話をしたい」
「痛み入ります」
「まだそんな言葉を使うのかね? リリアン」
「ですが、我らの先輩ではありましょう。元英雄ケヴィン様」
「あまり年寄りをいじめないでくれ」
そのやり取りに仲間のリーダーだったクリスを思い出す。ケヴィン様はクリスの父親だ、その所為もあるのだろう。
「あーー…… 一応だが、状況は分かった。で、目的は?」
「君にも今のこの状況を知ってほしい。あと情報交換をしたい」
「情報?」
そう聞き返すと、先の英雄は両の手を組んで、俺に真っすぐ視線を向けた。
「15年前の旅について、魔族について、魔王について、君はどこまで覚えているかね?」
ほんの僅かだが、心に引っ掛かった。なんでそんな聞き方をされるんだ?
いくら昔の事だと言っても、あれだけの事をそうそう簡単に忘れる訳ないじゃねえか。そう思って古い記憶の淵を覗き込む。
うん……?
なんだかもやっとしたものに包まれている、そんな感覚があった。
「……彼の記憶はどうなのだ?」
「おそらく、以前のケヴィン様と同様かと。彼は魔王を倒した、と言っておりました」
記憶を辿ろうと靄の中をかき分けていると、二人のやり取りが耳にはいり、顔を上げた。
「しかし魔王は倒されてはいないそうなのです」
「……それが事実であれば大事だろう。情報は確かなのかね?」
「主が私に言われたのですが、真偽の程はわかりません。確かなのは、現在活動をしている魔族が居るという事です」
……どういう事だ?
「ワーレンの町の近くで最近発見された新しいダンジョンです。あれは過去の遺物ではなく造りかけの物で、まだ新しい魔族の匂いがしておりました。新しいダンジョンが造られるという事は、活動している魔族が居ると言う事です。何故かあのダンジョンを放棄した様でしたが……」
そこまで言うと彼女は、何かに気付いたように言葉を止めた。
「……どうしたかね?」
「あ、いや…… そのダンジョンマスターは、造りかけのダンジョンを放棄してどこかに消えました。どこに行ったのかまではわかりませんが……」
この国にあるダンジョンの殆どは、侵攻してきた魔族によって造られたものだ。魔王が倒されれば魔族は居なくなる。そしてダンジョンはそのまま残される。しかし現在進行形でダンジョンが造られているのなら、魔族は確かに居るのだろう。
でも、そんな事はない、はずなんだ……
「でも確かに俺らは魔王を……」
「倒しましたか?」
俺に問い返したリリアンの言葉で、途端に頭が重くなった。
「俺だけじゃあない。魔王討伐隊の皆も一緒だったんだ…… クリス、アレク、サム、メル、ルイ…… あと……」
――おかしいわね――
「アッシュ……じゃねえ…… いや……?」
頭を抱える。なんだ? この記憶は……
「その時には、もう私は居ない」
「おかしい…… もう一人居たんだ」
「やはり、か……」
そう言って先王はため息をついた。
「私も、気付かぬ程度にだが、記憶を隠されていたようなのだよ」
よくよく考えれば不可解な事なのだと、先王は言った。
何百年もの間、神代の頃より英雄たちは何度となく魔族と戦い、魔王を倒してきた。しかしその記録は英雄譚ばかりで他には一切残されていない。
「何故私は、後を継ぐお前たちに何も残そうとしなかったのか…… 伝えられる事ができれば、あんな苦労をさせる事もなかったのだろうに」
どのように神器を集め、どのように魔族と戦い、魔王を……
「それも隠されているのでしょう」
リリアンが先王の言葉を継いで言った。
「何か切っ掛けがあれば、シアン殿も思い出すのではないのかね? 私の記憶が戻ったのも、例の日記が切っ掛けだ。彼にも、あの頃を思い出すような事があればよかろう」
「あの頃、ですか……」
そう言って、リリアンは口許に手を当てて考え込んだ。
「悩む事でもなかろう。昔の姿を見せれば良いのではないか?」
「えっ」
「なれるのだろう?」
そう問われると、リリアンはちらりと俺の方を見た。
「な、なれます…… でも……」
「なかなかの美人であったぞ」
って、ケヴィン様にはもう見せてんのか。
「ずりぃな」
つい口に出した言葉はしっかりと彼女に聞こえたようだ。決まりの悪そうな顔でこちらを見た。
彼女がまた胸に片手を当てる。柔らかい光が晴れると、その姿がまた変わった。
「不躾な態度になるのは許してほしい。どうやらこの姿になると、心が少しあの頃に戻るようだ……」
黒く美しく長い髪。燃えるような紅榴石の瞳に、キレのある目。豊満な胸に、すらりとした長い手足。さっきまでの獣人の少女じゃない、大人の女性の姿だ。
そこに居るのは、紛れもなくアッシュだった。
あの頃の様に、涼し気な瞳で俺を見る。
「どうした? シア」
そう問われて初めて、自分が涙を流している事に気が付いた。
そして、記憶の靄が晴れた。
* * *
ようやく魔王の城についた俺たちは、既に満身創痍だった。
メルの魔力は殆どが枯渇していた。
クリスは道中に魔族から受けた傷の所為で、思うように戦えなくなっていた。
それを支えるアレクも、彼女の心もおそらく限界に近かっただろう。
恥ずかしい事だが、俺も……アッシュを失ってまともでは居られなくなっていた。
ルイが…… そうだ、あの臆病なルイが、黙って俺に付き添ってくれて、それでなんとか進めていた。
サムは持ちこたえてはいたが、でもずっとつらそうだった。
魔王はその玉座に一人座っていた。あの厄介な配下の魔族たちは、その場には居なかった。
――許さない!!――
ルイが叫んで、勇者の剣を構えた。
――なんだ? この程度で私を倒そうと言うのか? 弱すぎる――
魔王が軽く手をふっただけで、あっけなく吹き飛ばされる。
「サムが……」
ああ、そうだ。サムだ。彼女が……
――姉様――
そう言って、彼女はずっと持っていた杖を掲げた。
杖に嵌められていた魔石が強く光って、誰かが現れ……
「……そうだ。あれは……マーガレット様だ」
お読みいただきありがとうございます。
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(メモ)
女性騎士(#64)
男装(Ep.8)
そのやり取り(Ep.2)
「魔王を倒した」(#56)
「主に言われた」(#17)
新しいダンジョン(#15、#33、#34)
記憶が戻った、日記(#55)




