2話 縁談
「フレイヤ、お前に縁談が来ているんだよ」
おげええーー!!!!!!!!!!!!!
朝食の席でそんなことを言われたものだから、私は思わずオレンジジュースを吹き出した。それはもう、盛大に。
「おぼぼぼぼぼ、お、おとうさま!お父様!?なにを、…!?」
「すまない、驚かせてしまったね。フレイヤを、お嫁さんにという方がいらっしゃってね」
あまりにも動揺した私を見かねたのかこの世界でのお父様が子供にもわかるように噛み砕いて説明をしてくれる。違うのよ、そうじゃないの。意味自体はわかるから!
ナプキンで口元を拭いながら震えていると、お母様がまるで助け舟と言わんばかりに口を開く。
「貴方、フレイヤはまだ9歳ですし…まだ早いのでは」
「いや、私もそう思ってはいたのだけれどね。相手がシグルド殿下では無碍にも扱うことができなくて…」
「おぁぁあ!?!?!!?」
シグルド・バリツ。
この名前にも聞き覚えは痛いほどありすぎる。ゲーム内でのパッケージヒーロー。つまりはメインヒーロー。火属性の魔術に長けており、赤い髪が特徴的なこの国の王子だ。
高飛車な二面性が酷い悪逆王子だったものの、主人公と出会い惹かれることで平民の心を知りなんだかんだと更生するタイプのキャラクターだった。そして、フレイヤの婚約者。
(なるほど、正史に向かって展開は進むのね…)
「だから一度でもいいから会ってみてくれるかい?」
奇声を発して以降だんまりを決め込む私にお父様が心配そうに窺う。
今までの私はそれはもうワガママ放題だったので、本人の気に障る話を強引に続けたとして、殿下に対し失礼があったら縁談も無しになるだろう。だから慎重なのだ。
両親、そして使用人の視線が私に突き刺さる。
「……………ご、」
ん?と優しげな瞳が狭められた。
もう、こうなったら、この手しか………
「ごめんなさい、おとうさま、いやなの…。ずっと黙っていたけれど、同い年の男の子が苦手なの。怖くて、…お話なんかできるわけ、ないの。だからきっと、わたし、殿下に失礼なことをしちゃうわ」
目元に涙を潤ませながら俯く。
なんて事のない事実だった。
フレイヤはまだ数えるほどしか同年代の子供と遊んでいない、何より前世でのわたしもそうだったのだ。
色々あったので現実の男の子はあんまり得意じゃない、だから乙女ゲームなどに傾倒したんだけども。
「…………、それは」
お母様が神妙な表情で静かに唇を開く。
「フレイヤ、あのね、言いたくなかったら良いのよ?もしかして、男の使用人達も…少しだけ怖かった?」
都合が良すぎる勘違いだ。
しかしそれを利用する他なくて。小さく頷く。
「ごめんなさい、こわくて、でも、どうしたらいいのかわからなかったから…わたし、みんなに沢山嫌な思いをさせてしまったわ」
………ということにしておいた方が後々良いのである。
きっとまだワガママなフレイヤに対し、多少なり理由があるのだと思ってもらえた方がこれ以降の更生もきっと良き目で見てもらえるだろう。
「ああ…!謝ることなんてないのよ、あなたの様子がおかしいのを見ても気付いてやれなかった私達の責任だわ…!!ごめんなさい、フレイヤ…!!」
お母様ががたりと音を立てて立ち上がり、私に駆け寄る。子供に対する感情の前には貴族としての振る舞いもどこかへ行ってしまうようだ。
ぎゅう、と目一杯抱き締められてしまえば暖かさと愛情に涙が溢れそうになる。
いや、実質溢れてしまったのだけれど。そのままほとほとと涙を零す私に余計にお母様が抱きしめる手を強めた。
一連の流れを見ていたお父様も私たちに近寄り、そっと頭を撫でてくれる。
「…すまないね、フレイヤ。気付かなかったとは言え家には沢山の男性使用人がいて怖かったろう。なんなら同い年の子供だっている。取り敢えず縁談の話はなかったことにしていただくから、気にしなくていいんだよ」
フレイヤ、貴方って人はなんでこんなにいい両親がいておきながらあんな悪役令嬢に……!!!
その場をなんとかやり過ごしたことにホッとしながら、朝食を無理やり飲み込んだ。
両親は全員女性の使用人にするかと迷っていたけれど、それはやめてほしいと訴える。
きっと将来に向けて慣れた方がいいし、慣らすなら他人よりも家で働いている使用人の方がいいのだと必死に懇願したらなんとか分かってもらえたようで良かった。
と、取り敢えず婚約の話は無かったことにされたようだし…。なんとかフラグは無くなった?のかな?