see you again
「貴様はどんなに出世しても変わらんな」
「そりゃあ、」
僕の世界は貴方で出来てるんで。なんて、言ってしまったら拳が飛んできそうだ。
いつ何時でも表情を崩さない、気丈で、勇ましい、僕の道標。下民の時からずっと、お慕いしておりました。もしかしたら、下民の僕が、見るに堪えなかっただけかもしれない。もしかしたら、貴方の一時の気まぐれだったのかもしれない。でも、貴方が僕を見つけて言った―――「貴様は私がもらい受ける」と僕の手を掴んだあの瞬間は、僕の一生の宝物です。出来れば死後の世界にでも、持って逝きたいくらいです。
あのとき僕が、どんなに嬉しかったか、貴方はきっと想像もつかない。
「貴様とは、幼少の時からの付き合いだったが、なかなかどうして、退屈しなかったぞ」
いつもはそのようなこと、言わないくせに。貴方はずるい御人だ。それでも貴方の発するその声が、一粒一粒、僕の水面に波紋を作っていく。
追手がすぐそこまで来ているのだろう。聞こえるだけでも数十人、無粋な足音が段々と近づいている。身を隠すために森に入ったものの、時間の問題であろう。それは僕も、貴方も、よくわかっている。わかった上で、ここに来た。
幼少時代、僕が貴方に忠誠を誓ったこの場所で。
共に、
「すまなかった。こんな泥船に、最期まで付き合ってくれて、有難う」
「―――何を、」
何をいまさら。
僕の命は、とっくに貴方のものだ。貴方に捧げた命、貴方のために最期まで使えたこと、僕は誇りに思っている。
それに貴方は、泥船なんかじゃあなかった。
生まれた時から生まれたことを許されなかった僕に、生きる価値をくれた。最期まで僕を、対等な人間として扱ってくれた。そうして僕は認められ、役職を与えられた。幸せだった、本当に。こんなに名誉な人生のどこが、泥船だと言うのか。
「幸せでした」
「下民のままなら、もっと長生きしたかもしれない。私が殺すようなものだ」
「貴方に会えたから生きてこれた」
「しかし、」
「性に合わない謝罪はやめてください。眉間にしわが寄りすぎて絶妙に不細工です」
「、な!」
うそ。貴方はどんなときでも美しかった。凛とした瞳がふとこちらを向くのに、何度心臓が止まりかけたことか。貴方は貴方の正しいと思う道を突き進み、僕は貴方の隣で共に戦った。
「貴方は最期まで、僕に貴方を護らせてくれなかったけど、来世で会ったら、今度は僕が護りますんで」
「ははッ」
珍しい貴方の笑顔に、僕はいよいよ時間切れかと息をついた。追手がすぐそこで、僕らに刃の切っ先を向けて突っ込んでくる。僕は貴方の肩に手を乗せ、強く引き寄せた。
「―――それは、来世が楽しみだな」
少しくぐもった声で、僕の胸に顔をうずめる貴方に、僕は「でしょー」と笑って背後にゆっくり倒れた。
*
「―――死んだか?」
「この高さじゃあ助からんだろう」
「くそ、ここまで追い詰めたのに!首を持ち帰ることができないなんて」
「もういい、目標は死んだ。さあ、撤収だ!」
その後、谷底へ落下した男女二人を見た者は、誰もいない。
続編、「I say "See you again"」https://ncode.syosetu.com/n9220er/