三十八話、白昼夢
今回はいわゆる過去回
汚いミンメイアタック
喰らい付いた牙から滴り落ちたリュナの血が喉を通じて体内に入り込むと同時に、流れ込んできたのは映像の形を取った記憶の断片であった。
まるで白昼夢の如く奇怪な光景がレオの脳内に広がっていく。
見た事でも無ければ体験した事でも無い、だというのにまるで当事者としてその場にいたかの如き既視感と共にそれは圧倒的現実感を伴って襲い掛かってきた。
気が付けば、レオは空にいた。
視界は己とは違う誰かの物と入れ替わり、自らの意思では動く事も言葉も発する事も出来ない。
だが、それ以外の全ては知覚出来た。
景色が鮮明に網膜に映り、本来己の体には無い筈の太い尾や翼の感触がしっかりと感じられる。
一秒ごとに、己の意識を拘束する肉体の主との同調が進んでいく不可思議な感触への抵抗感が消えていく。
そうして視界の主と己の視野の同調が完了すると同時に様々な事が自然と、さもそれが当たり前であったかのように理解を押し付けてくる。
己こそは種族の中でも最強の騎士の一人である。
傲慢とも思えるほどの高い誇りと自尊心、身に覚えの無い筈のそんな自負がレオを蝕む様に湧き上がってくる。
今、レオはかつての時代、いつかの場所にあった来訪者の騎士たる者の一人と五感と記憶を共有しているのだ。
以前ならば錯乱したであろう異常な状況に、しかしレオは狼狽えない。
少なからず経験があったが故だ。
ある日突然、地上人の言語を理解できるようになった時があった。
アレはスーラが己の肉体を作り変える過程で己の血と邪神の血が混じり合った最初の事例であったのかもしれない。
スーラが理解したものを僅かながらに共有したからこその急激な変化であったのだ。
その後もエンキを喰らった時、そしてヴィルを喰らった時に流れ込んできた力と記憶はエーテル操作能力の確立と効率化という形でレオのこれまでの戦闘に生かされ、文字通りの血肉となってきたからだ。
血を介した力そのものとそれを行使する為の記憶の搾取、それ自体はこれまでも起きてきた事だ。
だが、これはなんなのか。
これほど鮮明かつ、強制的な記憶体験などこれまで無かった事であった。
そして都合が良い事に、彼等の難解な言語はある程度こちらが認識される単語に置き換えられてすらいるようであった。
『ザーン様!最早勝利は失われつつあります!御身だけでも御退きください!呪われし者どもの更なる大部隊が接近してきています!奴らは異常です!死を恐れず突っ込んでくる上に際限がありません!』
「シュタール、だからこそこの私が呼ばれたのだろう?最早寸土たりとも退ける土地は残っていない。既に転移門の目前、アレが無くなっては全員この不毛な辺境世界に置き去りとなろう。我が身より遥かに幼い若輩者たちを残して逃げるなど、男の生き方ではない」
エーテルを介し、座上艦『セレヌ』より空間跳躍通信を送ってくる配下に諭す様に応える騎士の名にレオは聞き覚えがあった。
確かこいつは先ほど戦った男なのか女なのかよく分からないあの化け物の——————。
「それに、だ。あの馬鹿親父がまだ逃げぬという以上はこの俺も逃げるわけにはいかん」
静かな口調で喋る騎士が首を動かせば、レオの視界も動く。
周囲には幾隻もの来訪者の飛行戦艦が陣形を維持して宙に浮いている。
本来荘厳であったはずの艦艇群には、どれもこれも少なからず損傷しているのが見て取れた。
そして、騎士が振り向いた先に有ったのは一際大きい艦隊旗艦と思わしく巨大な剣状の飛行戦艦、更にその横にはあったものは——————。
人類側の誇った決戦用兵器たる大型機動要塞ですら容易に通り抜けられるであろう生体金属で作り上げられた奇怪にして巨大な円形状の設備。
ARK5にいた人間であれば、初等教育段階で頭に叩き込まれる歴史の授業で幾度とそれを見ていたであろう、ソレ。
空間門、時空門、転移ポータル、ワープゲート、黙示録の扉、地獄の入口。
様々な呼ばれ方があったが役割は一つ。
来訪者が北米中央部に侵入して以来、敵を別世界より転送し続けている悪魔の兵器だ。
人類にとって最重要撃破目標であったそれが、今レオの眼前でその威容を誇っているのだ。
ならば、ここはまさか——————。
ロスアラモス、古くは核兵器の実験場にもなり、その後には来訪者が初めて世界に到来した地ともなった因縁と伝説の土地。
来訪者のエーテル技術を用いた地形改変能力により周囲の地形は原型を留めておらず、毒素をまき散らす有毒植物が咲き乱れるその地に、それは確かに存在していた。
マジックミラーの様に不透明な膜の向こうに見える蜃気楼のような空間から大量のエーテルが流れ込み、本来地球上で長く存在しえない筈のエーテルを高濃度に大気に充満させる原因にもなっているのが見て取れる。
この空間門は異世界からの増援を送り込む装置であると同時に、送り込んだ兵団を生かすための生命維持装置でもある。
人類にとって猛毒であるエーテルは同時に、彼等にとっては酸素の如く生存に必須なエキゾチック物質であると言えた。
喪失はすなわち、この世界に展開する騎士全員の『窒息死』を意味しているのだ。
空間門周辺に展開する部隊は文字通り、最終防衛ラインに配された後詰。
陽神スーラ直属の最精鋭と最近騎士階級に昇格したばかりの新人たちで構成された寄せ集め部隊。
遥か前方で敵を食い止めている熟練騎士たちが撃ち漏らした敵の攻撃から門を守る為の予備戦力。
こうして現地部隊で時間を稼いでいる間に新たな艦隊と『二個目』の空間門を欧州中央部に転移させ、人類側の戦線を崩壊させ完全な勝利を得る。
それでこの無意味に数十年近く続いた不毛な征服戦争も終わりの筈であった。
その戦略は既に破綻、前衛の防衛ラインは崩壊、今まさに人類側の最終攻勢が差し迫っている。
それがどういう訳か、人類側に計画を察知された様であった。
作戦発動の間際、艦隊の再配置で戦線が手薄になった瞬間に人類は残存する稼働戦力の全てをぶつけてきたのだ。
動かせる増援は既に到来し、撃滅されている。
第二戦線構築の為にこの世界の外の兵団はこれ以上動かせない。
既に戦況は劣勢、いや敗北が近いと言っても良いだろう。
目の前の状況とレオが学んだ戦史教育の記述を冷静に擦り合わせていく。
騎士たちが相対している敵は北米東部戦線を防衛している脆弱な旧アメリカ軍残党や相互に連携する意思と能力を欠き、旧態依然とした兵力しか持たない欧州連合軍ではない。
今回の作戦では彼らも東側から占領地域奪還を目的とした反転攻勢をかけているが、陽動以上の効果を期待されておらず、来訪者側も最低限の防衛戦力以外はこちら側に呼び戻している。
そうであっても来訪者が敗色濃厚な気配を覆せない程の猛攻を行う人類側の軍勢。
この戦いで主力となっている部隊、それは——————。
来訪者の転移によって中央部から分断されたアメリカの西方地域を防衛していた中露連合軍と新興のアジア諸国を基幹としたユーラシア防衛条約機構軍、そして合衆国崩壊後に傀儡軍事政権として作られたアメリカ共和国軍だ。
条約機構軍の絶え間ない補給と火力支援の下、アメリカ共和国軍は恒久防衛ラインとして構築されていた『ソード・ライン』より出撃。
あらゆる被害を無視した核戦力の全面使用による火力戦と航空・装甲両集団の集中突撃戦術の多用により、作戦開始より1日で前線防衛ラインを突破。
その後3日の間に中間の防衛ラインを粉砕しつつ、異世界より来援してきた来訪者増援部隊と正面きっての決戦に勝利した。
そして5日目の今日、遂に人類は怨敵の喉元に喰らい付こうとしているのだ。
ザーン自身も緊急招集された増援として転移門経由でこの世界に僅かな手勢と座乗艦のみでもって転移し、つい先刻まで最前線にて防衛線を維持してきたが、とうとう周囲の味方が直属の配下のみとなった段階でこの転移門前面まで後退してきたのだった。
記憶の主から流れ込む情報がレオの内に確信を生み出していく。
今、己は他人の記憶を介して人類の歴史の最後の一ページを目撃しようとしている。
これこそが今や記憶を語り継ぐ者も、正確な記録も残らぬ人類と来訪者との最終決戦。
転移門破壊を目的とした人類側の最終攻勢、『タッチダウン作戦』の最終局面なのだ。
「あの馬鹿親父がわざわざ自分から出向いて勘当息子に頭を下げて助けてくれと泣きついてきたのだ。たまには、親孝行って奴をしてやらんとな」
『ですが、既に惑星時間換算で三日以上戦闘を続けておられます!これ以上は貴方様でも——————』
諭されようとも、尚も食い下がる配下の通信が切断される。
ザーン、そしてその意識の末端に混ざりこんだレオの内に凶兆が芽生える。
己の艦との専用通信を無視して割り込むのはより上位の命令や警報発令に他ならない。
『総員に通達ッ!空間エコーに反応あり!艦隊直上高高度より多数の戦術兵器の接近を検知!呪われし者の対艦熱核兵器の可能性大!各艦対空戦闘!竜騎士隊は地上に退避せよ!』
彼等の神たる最高存在が座する総旗艦『アスール』より発せられた新たな警報が鳴り響く中、未だ健在な飛行戦艦が密集陣形を組んで相互防壁の強化と対空射撃の準備を進める。
その中にあって、狼狽した若手の竜騎士が退避行動に移る中、レオと意識をリンクさせているザーンはそんな周囲一切を無視して叫ぶ。
「飛ぶぞッ!勇士だけついてこい!」
「白銀と藍の古鎧に古龍!?まさかあの御方は遍歴騎士ザーンかッ!?剣の王がなぜこんな所に!?」
「ザーンだとッ!?嵐の寵児が来ているのかッ!?」
「この戦い、まだ負けとは決まっちゃいねぇな!」
「勝利の剣!本物の英雄だ!あの人についてきゃ俺たちも英雄になれるぞ!行くぞおめぇら!」
その言葉に触発された幾人もの竜騎士と直参の古参従士を引き連れ、ザーンは騎乗する古龍『アズタール』と共に遥か高みにある夕刻が迫り暗くなりつつある空へ向けて急上昇を開始する。
高濃度のエーテルがまるで粘性を持った液体の様に体に纏わりつく感覚がレオを襲う。
普段まるで意に返さない様な空気と同じような物質だと思っていたそれが、濃度と密度を増すごとにまるで水の様に振る舞う事に違和感を覚える。
だが、だからこそだろう。
ドラゴンと騎士がそれぞれに持つ翼がエーテルを捉え、羽ばたく毎に己の体を強く推進する。
人竜一体、ただ馬に乗るだけの人間とは違い、互いが完全に相手の動きを理解しているが如く連動して行われるエーテルを捉えた加速はあたかもアフターバーナーを焚いた双発戦闘機の如く。
おおよそ生身で受けて良いとは思えぬGと加速を平然と耐え、己が音速を越えると放ったソニックウェーブでまばらな雲を蹴散らしながら、目指すは同胞へと死をばら撒く人類の狂気にして凶器。
かつてあった不快さを覚えぬ本来の澄んだ空気の味が、濁ることなく本来の色彩の空と大地が、歪むこと無き本来の音色が、本来の物理法則が生きていた世界がそこには残っていた。
周囲に有るのは世界が歪む前の黒を帯びつつも澄み渡った清浄な空と白く美しい雲海、そして陰ることなく輝く赤みがかったの陽光。
夕刻が迫っていた。
既に見え始めた星々は白く輝き、気の早い月が顔を出し始めていた。
「アレか…!」
そして、それに似つかわしくないと言わざるを得ないほどに天より降り注ぐ赤熱した飛翔体の群れ。
レオには見覚えがあり過ぎる物であった、人類の弾道弾だ。
ザーンの眼下には対空戦闘を行うべく対空ランス砲台を展開し、防壁の出力を最大して弾道弾を待ち受ける巨大な剣を空に浮かべているとでも言うべき異形なる来訪者の飛行戦艦群。
そして眼前の上空には終末コースに入った無数の再突入体が赤熱しながら音速を超えて急接近しつつある。
大雑把な目算でも数百は優に超える。
否、更に増えた。
目を凝らせば弾道弾よりも遥か上空の彼方、衛星軌道上に無数に横たわる来訪者の飛行戦艦と人類の宇宙艦艇群の残骸の中を人類側の装甲宇宙巡洋艦三隻が悠々と飛行しながら追加の核弾頭を投下しているのが見えた。
地上砲兵の弾道弾攻撃と航空宇宙軍の軌道爆撃の同時攻撃による核弾頭の飽和攻撃、教科書に載せるべき最高の他兵科協調作戦の成功例を人類がこの土壇場で実行してきたのだ。
「夷敵を指弾せよ!」
ザーンの叫びと共に追従してきた従士と騎士たちの持つ剣より蒼き光の槍が、そして竜からブレスが放たれ、幾つもの再突入体の蒸発させる。
だが、まるで足りない。
「数が多いな…ッ!シュタール!軌道上の味方は壊滅したのか!」
『転移門直上を守っている筈のオルビート卿からの返答がありませんッ!呪われし者の宇宙艦隊と相打ちになった可能性が——————』
「そうか、分かった!ならば弔い合戦をするだけの事ッ!」
配下の言葉を最後まで聞くことなく通信を切ったザーンとアズタールが他の騎士たちから一拍遅れてエーテルランスとブレスを放ちつつ、それぞれに剣と首を大きく横に振る。
途切れることなく放たれ続けたソレはまさに『薙ぎ払う』という言葉に相応しい所業であった。
他の騎士たちが点の攻撃であるならば、ザーンらの一撃は線であった。
断続的に放たれ続ける高出力のエーテルランスとドラゴンブレスがX字に放たれ、その一撃は数十の再突入体を爆散させ、更にはその遥か上空のロシア航空宇宙軍の装甲軌道巡洋艦にすらも襲い掛かる
ありべからざる筈の下方からの超長距離攻撃を軌道修正スラスターだけで回避できるはずもなく、軌道爆撃を続けていた三隻の装甲巡洋艦が夷敵を滅する二本の光の槍に切り裂かれ、ほぼ同時に全て爆沈する。
ザーンの目視圏内に存在した人類側最後の宇宙戦力がこの時、完全に消滅した。
その光景に他の騎士たちに感嘆の叫びが上がる。
だが、当のザーンの胸中にあったのは別の思考であった。
弾道弾の討ち損じが突っ込んでくる、このままではかなりの被害になる。
「惚けていないで回避しろ小僧ども!直撃したいのか!」
ザーンらの一撃でもってしても多数残った弾道弾再突入体が騎士たちへ向けて次々と赤熱しながら瞬きする間にも迫りくる。
警告を受けるまでもなく軌道を読んで躱した古参従士たちに対し、経験が浅く運にも見放された幾人かの若手騎士が再突入体と激突し、魔道防壁ごと貫かれて空中にて蒼い血と肉の華となって爆ぜて息絶える。
幸か不幸か、対艦用戦術弾道反応弾の信管は天頂の騎士との激突程度で起爆する様なヤワな物では無かった。
「ええいッ!寝覚めが悪くなる!」
周囲から騎士の悲鳴や絶叫が響く中、ザーンは逃げ遅れた騎士に直撃するであろう突入体を見出だし、一切の躊躇なくアズタールから飛び下りつつ突撃。
「シィイイイイッ!」
異種特有の唸り声を上げ、強く輝くと共に力場を発生させた蒼い剣の一閃の下に空間そのものごと両断し、粉砕する。
再突入体が若き騎士に突き刺さるまさに直前における高速かつ精密な斬撃、最早その剣の軌跡は記憶を体験しているはずのレオですら追い切れてはいなかった。
その有様にレオは畏敬を超えて恐怖すら湧き上がってくるようであった。
この騎士には極度の集中状態においては超音速で接近する飛翔体の動きがしっかりと見えている。
そして、対応できるだけの身体能力があるのだ。
これこそが戦闘種族として作り出された天頂の至宝たる騎士ザーン。
神に近しい優れた血統に裏打ちされた身体性能に驕る事無く幾千年と積み重ねられた研鑽。
同胞内においてすら神格化される程の、万年にも届きうる長き生。
それが戦闘力においてだけは全能なる創造主、陽神スーラに匹敵すると言わしめる程の力を作り出したのだ。
規格外の化け物だ、先祖はこんな化け物と戦っていたのか。
そして、そんな化け物にすら人類は勝利したのか。
「シュタール!迎撃しきれなかったのがそっちに向かっている!退避しろ!今すぐに!」
己に礼を述べる若い騎士を無視しつつ、遥か下方へと落ちていく赤熱した多数の再突入体を見送りながら、ザーンはアズタールの鞍へと戻りつつ艦隊に向けて叫ぶ。
その瞳には地上へと降り注ぐ赤とそれを迎え打つ蒼い光だけが映っていた。
空に浮かぶ剣や盾を模した様な艦艇群に対し、無数に襲い掛かるは人類が投じた戦術級弾道弾の飽和攻撃。
刀身の如く平らな甲板より来訪者側のミサイルとも言うべき鏃状の生体金属製無人兵器が射出され、速射性を重視した対空砲塔から小出力エーテルランスが次々と放たれる中、それすらも突破した再突入体が飛行戦艦の魔道防壁に突き刺さり、起爆。
巻き起こったのは本来の熱核兵器の持つ広域を焼き尽くす火球では無かった。
言うなれば、それは筒状の炸裂。
鹵獲した来訪者の技術とエーテルの特性を解析、理解した人類が作り出した技術の粋、『指向性』熱核兵器。
敵艦に突入するまでの間、斥力を用いた強制スライド機動を行い再突入体を守る個体防御斥力場の形状を起爆と同時に変化させ、疑似的な一方向のみに開口部を作った見えざる重力の蓋を作り出す。
それによって広域破壊兵器たる核爆発のエネルギーをただ一点の出口にのみ集中させ、純粋な熱量と破壊力のみによって来訪者の飛行戦艦の防壁と生体金属装甲を貫徹する母艦殺しの一撃。
加害範囲の極端な低下と引き換えに、開戦初期においてまるで打撃を与えられなかった核兵器を再び決戦兵器として返り咲かせた人類の叡智が来訪者の飛行戦艦の多重防壁と生体金属装甲を突破して次々と風穴を開け、焼き尽くし、爆沈させていく。
『こちら戦列艦エレール!被害甚大!高度を維持出来ない、着底する!』
『エーテル爆発が反応炉に連鎖している!この船はもう駄目——————』
『通信途絶艦艇6!大破着底11、まだ増える!』
『艦隊陣形維持不能!繰り返す!艦隊陣形維持不能!』
『落ちて来た船に仲間が潰された!誰かまだ動かせる重作業自律無人機を持ってこい!まだ助かる筈だ!』
着弾直後は静かだった跳躍通信が僅かな間を置いた後にけたたましく鳴り響きだす。
生き残った周囲の騎士たちと降下し、他の艦艇と同じ高度まで戻ればその凄惨さが嫌でも目に入ってくる。
「シュタール!返事をせよ!シュタール!」
ザーンが配下に向けた通信に返答が帰ってくることは無かった。
跳躍通信で次々と視界の端に表示される損失艦艇の欄に目を通し、その結末を理解したザーンが僅かに俯き、剣を握った右手で胸を叩く。
「シュタール、そしてこの地に散った我が配下たちよ。汝らが炎が我らの血と共にあらん事を」
戦死者を送る祈りの言葉を唱える姿、その様にどこか既視感に似た物をレオは覚えた。
己にとっても経験がある光景、そして感情であった。
仲間たちが悉くやられていった地下鉄跡の戦い、戦いに負ける時の光景を。
だがその感傷に浸る間もなく、とうとうその時はやってきた。
『戦闘可能な艦は旗艦アスールを基点に陣形を再編——————』
全部隊に最上に通信にノイズが走り、途絶える。
そして大音量で空間跳躍通信に不可解な音が鳴り響いた。
部隊間通信の全てを塗りつぶす様に響き渡る不快な重低音と絶叫とも聞こえる歌声。
戦術マップや映像を映す為のディスプレイに映るのは意味不明な映像。
いや、これは何かしらの音楽グループのライブ映像か…?
跳躍通信を満たしたのは人類の作り出した騒音的音楽、デスメタルだった。
人類側には解析すら出来ない筈の不可侵の通信が乗っ取られた事で来訪者側の指揮統制が大いに乱れていく。
最先端技術たるのエーテル通信ジャックと最も原始的な通信妨害手段である騒音放送が混在する初回限りの切り札であった。
数十年続いた戦争において人類はこの戦いおいて初めて、『電子戦』を実行して見せたのだった。
『何十年も同じ周波数を使ってるからジャックしてやったぜぇ!不法移民のトカゲどもぉ!……おいナイデスゥ、これ周波数で良いのか?』
『多分良いんじゃないのぉ?どうせ君…僕ら人間には分からない領域の話だしね!』
『学者先生よぉ。俺らぁよぉ、マジで馬鹿だから分からねぇけど、アレを破壊すりゃ勝てるってんで良いんだよな?』
『理論上!理論上ですよぉ!あの門を僕の自信作で破壊すれば暫くは空間異常で転移不可能になる筈なのよぉ!敵は門を失って窒息死!二個目は当面展開不能って事でぇ…!クォレは一石二鳥ですねぇ!』
不快な雑音——————来訪者たちにはデスメタルはそうとしか認識できなかった——————が垂れ流される中、更にそれに被せて流れてくるのは同じぐらい騒がしい人間の声であった。
『おっしゃ!じゃあ。あの汚ねぇケツの穴みてぇなブツにこいつをぶっ刺したる!この戦争を終わらせるのは中国人でもロシア人でもねぇ!俺らアメリカンだぁ!合衆国陸軍第48装甲化歩兵師団ここにありぃ!』
『えぇ~?今は僕たち共和国軍じゃないのぉ?』
『そんな傀儡どもは戦争終わったら俺たちで解体して新しい合衆国に作り直してやるだけだぁ!騎兵隊どもキメていけぇ!これで俺が次のアメリカ大統領だぁ!』
『二の矢はないからね!これで失敗すると多分人類終わるから。はい、ヨロシクゥ!』
下品な通信が続く中、地平線から沈みつつある太陽を背に夕暮れの空に顕れるは無数の黒点。
その一つ一つが人類の航空兵器である事をレオは理解する。
旧式化した第五世代までの多種多様な有人戦闘機、エーテル含有空間での戦闘を前提に洗練或いは異形と化した第七世代戦闘機とそれに随伴する無人戦闘機、人類航空戦力の切り札たる空中機動要塞、そして——————。
敵である来訪者と同じ形状の鹵獲飛行戦艦が数隻、そこには混じっていた。
『皆殺しだぁ!』
下品な通信が終わると同時に黒点の群れから走るは空を切り裂く無数の白煙。
最終防衛ラインに突入した人類側の空軍戦力が一斉に放ったAAMの群れであった。
尾部のロケットモーターから吐き出されるはエーテルを含有した緑の炎。
指揮統制が回復しない中、各個の判断で反撃を始めた来訪者の竜騎兵や飛行戦艦に対して、発射されて以来ひたすらに加速し続けるミサイルは強固である筈の防壁を容易く突き破り、その肉を、装甲を貫いていく。
炸薬と近接信管を捨て、弾頭をタングステン或いは劣化ウランで拵えた言うなれば、誘導装置の付いた徹甲弾。
純粋な運動エネルギー兵器による破壊と殺傷だけを追求した狂気の一斉射が艦艇を、騎士たちを次々と粉砕して地面へと墜としていく。
だが、人類側も無傷とは程遠い。
反撃に放たれた飛行戦艦の艦載並びに艦主大型エーテルランスと鏃状の生体金属ミサイルが空中機動要塞を撃ち抜き、巨大な爆炎が落日の迫る空を更に赤く染め上げる。
地上と空の双方に残存する騎士や戦闘用無人兵器たるゴーレムたちが放つ大小様々なエーテルランスと光波斬撃の弾幕が人類側の戦闘機を容易く貫き、切り裂き、無惨なスクラップへと作り変えていく。
ミサイルの雨を生き残った竜騎士がエーテルの風に乗って瞬く間に距離を詰め、緑の炎をまき散らしながら突撃する戦闘機とドッグファイトを繰り広げる。
撃沈を免れた前衛役の空中機動要塞が爆炎をあげながらも肉薄してくる竜騎士たちに向け、火砲と近接防御火器とミサイルを狂ったように乱射する。
そして、弾道弾と空軍の支援射撃が終わると同時に地上においてもこれまでに見た事もない規模の主力戦車並びに重戦車群と機動歩兵の大軍が自走するピラミッドが如き陸上機動要塞と共に前進を開始する。
間断なく地上砲兵が火砲と多連装ロケット弾、大型対空ミサイルを投射し、空中においてはミサイルを撃ち切った戦闘機が高加速器付きプラズマ機銃を銃身が焼け焦げる事を厭わず乱射し、竜騎兵たちを蹴散らした空中機動要塞が飛行戦艦に対して衝突を厭わぬ近接砲撃戦を試みる。
地上においては可変式プラズマブレードを展開した機動歩兵が装甲車と重強化外骨格の火力支援を受けながら戦闘用自律無人機と白兵戦を行い、主力戦車の徹甲弾が騎士を撃ち抜き、陸上機動要塞が旧世代の戦艦から流用した大口径砲でもって来訪者が築城した地上防御施設を粉砕する。
重機関銃の乱打を意に返さぬゴーレムが指先から蒼い光の槍を放ち、振り下ろされた巨大な拳は機動歩兵を叩き潰す。
騎士の蒼い剣が翻る度に機動歩兵が身に纏った外骨格の装甲ごと胴や腕を両断され、首が空を飛ぶ。
戦車砲を回避され、装甲を貫かれた重戦車が指向性散弾を満載した爆発反応装甲の起爆による反撃を試みるも、先に車体内に直接エーテルランスを叩き込まれ、騎士諸共に爆散する。
周囲の護衛を悉く狩られた陸上機動要塞が手練れの騎士集団に防御兵装を一つずつ潰され、最後にはコントロールルームをエーテルランスで撃ち抜かれて機能を停止する。
空と陸の双方で死闘が行われ、最早逃げ場などありはしなかった。
銃弾が、砲弾が、光学兵器が、ミサイルが、人類のあらゆる兵器が異種族を撃ち抜き、物言わぬ肉塊へと変えていく。
蒼き剣が、槍が、戦斧が、戦槌が、輝ける光の槍が、猛る竜の息吹が、来訪者のあらゆる兵装が人類の駆る兵器を破砕し、切断し、搭乗する人間諸共にスクラップへと破砕していく。
エーテルと放射線で汚染された大地に切り裂かれた兵士と騎士の死体が折り重なり、撃墜された兵器と死骸が降り注ぎ、撃破されたゴーレム、各坐した戦車を更に巨大な重戦車や陸上機動要塞が容赦なく踏みつぶしながら前進を続ける。
損失だけで見れば人類側の方が確実に多い、だが数において優位に立っている人類はその数と火力を頼りに差し違える覚悟で戦闘を継続し、騎士たちを確実に討ち取っていく。
拡大する損失に徐々に腰が引け始めたユーラシア防衛条約機構軍に対し、本土奪還に燃えるアメリカ共和国軍の戦意は一切衰える様子なく、地獄と化した戦場を率先して突き進んでいく。
例えどれだけの損失が出ようとも、転移門への突入ルートを確保すればその時点で人類の勝利は約束されていた。
これまで他国軍の盾として使い潰されてきた共和国軍は戦争の終わりを目前にしての一切の妥協や後退など許せようはずが無かった。
戦いは、勝って終わらねば意味が無い。
圧倒的劣勢にようやく重い腰を上げたのか、遂に来訪者の艦隊旗艦より光り輝く陽神がドラゴンと大蛇と形容すべき二匹の神獣と近衛兵を引き連れて姿を現し、迫りくる敵をその身より放つ光の槍で次々と灰へと変えていく。
「馬鹿親父め、今更出て来たか」
いや、ここまで追い詰めれれたからこそ直々に出てこれたという方が正しいだろう。
かつての父ならば、戦況がここまで悪くなる前に打って出て味方が体勢を立て直す時間を自ら作り出していただろう。
否、そもそもこうまで追い詰められたのは彼等に時間を与え過ぎたが故だ。
本来ならば第二戦線構築ももっと早くやるべきだった。
エーテルが消失する世界であるならばこそ、より大胆に敵領域に一撃離脱を繰り返して戦争遂行能力を破壊していくべきだったのだ。
敵がこの決戦を企図した段階で作戦案自体を変更し、待機部隊全てをこちらに回して全面対決に応じるべきだった。
どうにか間に合った増援部隊をやみくもに敵にぶつけず、本営部隊と合流させておけば各個撃破されることも無かった。
敵を軽視し、己の都合の良いように状況が流れる事を期待し、敵よりも身内同士の派閥争いに明け暮れた結果がこれだ。
戦闘民族の名が聞いて呆れるという物だ。
父、陽神スーラは偉くなりすぎたのだ。
最早戦場にいた時間よりも玉座に座っている時間の方が長いだろう。
この戦争をやると決めたのは彼だとしても、作戦立案や戦略などは既に配下が仕切っているのだろう。
偉大だった父が先陣を切って戦場を駆け抜けていた事を知るのは自分を除けば何人いるか。
いつしか彼は戦争を戦場ではなく玉座の上でやる様になったのだ。
だからこそ、己は父に背を向けたのだ。
尊敬していた存在にこれ以上失望しない為に。
やはり男は偉くなどなるものではない。
所帯を持つのも役職を持つのも戦闘種族には不要だ。
自分と友、少数の配下が食うに困らず、常に戦場を渡り歩けるだけの足と財があればそれで騎士は幸福であるべきだ。
そうして仲違いしていた父が今、再び戦場に現れた事は僅かながら嬉しくもあった。
これでまた、かつての様に同じ戦場で轡を並べて戦えるのだから。
一方、レオの視点から見れば戦場への神の降臨により、戦場は更なる混迷へと進んでいくのが分かった。
それは言うなれば、終末の予言の成就の如くであり、神話の光景と呼ぶにふさわしい物であった。
その最中においてレオが憑依している騎士ザーンは静かに振り返り、古参の従士性たちに問うた。
「見ろ、文字通りの負け戦だ。今ならばまだ転移門から故郷へ帰れるだろう。我が名において許す。家族の元に帰ると良い」
ここに至るまでに生き残った手勢たる古参従士は僅かに4騎、その全てが思い思いに拒絶の仕草を返してくる。
共に空へと飛び、生き残った若手の騎士10名も首を振り、ドラゴンの騎上にて捧げ剣の姿勢でザーンに応える。
誰一人として帰るつもりはないようであった。
「馬鹿者どもめ、自ら望んで死地に歩むを良しとするか。良いだろう、お前たちは男だ。勝ちに行くぞ」
ザーンのその言葉と共に15騎の竜騎士が空へと飛び立ち、その周囲で次々と爆炎が巻き起こる。
ザーンとアズタールが剣と爪を振るい、ランスとブレスを乱射し、勝利に逸って前進し続ける人類側の戦力を蹂躙しているのだ。
「征くぞ剣林弾雨の嵐を恐れぬ陽神の子らよ!我こそが嵐の寵児なり!我こそが敵と味方を死の嵐へと導く凶兆なり!我が剣が汝らを勝利へと導こう!」
紅く染まる空に蔓延るは千を超える人類の空戦機動兵器、黒く染まる地にひしめくは万を超える大軍勢。
嵐の寵児はその全てを意に返すことなく剣を振るいながら驀進する。
叫びと共にザーンの腰と足に装着されたショートソードが意思を持ったが如く一人でに鞘より飛び立ち、主に追従するように周囲で飛び交い、その前進を妨げるあらゆるものを切り刻む。
不可解と言えたのは、ザーンの剣が明らかに届く筈の無い距離にいる敵兵器を切り裂き、粉砕している事だった。
竜の騎上でザーンが神速の剣を振るう度に高濃度エーテルが搔き乱され、鋭い奔流となり、空間そのものを切り裂く斬撃となって周囲に放たれているのだ。
それは最早剣術ではなく一種の魔法。
来訪者の騎士にとり、剣とは同時に魔法の杖ですらもある。
エーテルを操作する為の触媒としての剣、熟達すれば周囲のエーテルを介して空間そのものを刀身の延長として利用し、届かざる敵を切る事すら容易。
解き放たれたショートソード四本と空間斬撃の作り出す剣の嵐が接近する戦闘機、ミサイル、砲弾、そして地上からジャンプパックで強襲してくる機動歩兵を撃墜し、アズタールもまたザーンの死角となる下方の相手に竜爪とブレスを叩き込んで血路を開く。
騎士と竜の羽ばたかせる四枚の翼は急加速を急減速を織り交ぜながら、おおよそ人類の機動兵器では模倣しえない水中生物的な挙動でもって上下左右に時に鋭角に、時に曲線的に揺れ動きながら人類兵器を薙ぎ払い、突進する。
ザーンの死角を補うように後方に付いた四人の古参従士がその動きに追従しつつ、次々と主の脅威になりうると判断した敵にエーテルランスと光波斬撃を放ち、主を守護し続ける。
その更に後方からザーンらを必死に追いかける竜騎士たちは徐々に距離を離されつつも、個々に攻撃してくる敵に適時応戦し、斬撃の暴風と化したザーンに遅れぬように全力で騎竜を飛ばし続ける。
脳の処理能力を超えた光景の連続に圧倒され、徐々にレオは思考を止め、ただ次々と現れる映像に没頭するようになる。
そうして、レオとザーンの意識の境界すらも曖昧になっていく中で戦いの記憶は終わることなく続いていく。
友軍の戦線が後退していく中、15騎の騎士たちは逆に敵陣奥深くへと突出する。
通信は未だに人類の放った騒音が流れ、役に立たない。
父たる陽神スーラが前線に出ているからには転移門周辺は持ちこたえるであろうと信じ、一切振り返らずに前進を続ける。
目指すは戦線最後方に座する鹵獲戦艦群、下品な放送で啖呵を切った割に前には出てこず友軍の戦うに任せて待機するその姿にザーンは胸騒ぎを覚えていた。
敵の勝利目標は転移門の破壊、こちらはこのまま耐えて転移門を破壊しうる敵兵器を全て潰せばギリギリ勝てる状況だ。
更なる弾道弾攻撃や軌道爆撃が無い辺り、人類側の宇宙艦隊と核戦力が払底しつつあるのが察せられる。
前線を突破し、要塞線を越え、増援部隊を粉砕する際にも大量の核弾頭を消費して突破したツケをここで払う事になったのだろう。
転移門を破壊するならば最低でも指向性核弾頭を二桁は一点に叩き込む必要があるだろう。
門自体が重装甲であり、防衛用の兵装と防壁がある以上、今の速度で損失を出していてはこちらも壊滅的な被害にはなりえるが転移門を破壊するだけの火力を人類は残せないだろう。
であるからして、転移門と同じ材質の鹵獲戦艦こそが現状では最大の脅威。
最高速度で突入させれば転移門の構造体自体を切断する可能性は高い。
今動かさずにして温存するは確実に直撃させれるという確信が持てるまで戦力が消耗するのを待っているが故。
そうであるならば、相手に切られる前にこちらでその札を切り裂いてやるのみ。
突出する騎士たちの意図を理解した人類側もその突破を防ごうと火力を集中、ザーンの周囲に曳光弾と爆炎の嵐が巻き起こる。
地上からの機関砲が、戦車砲が、大口径艦砲が、ガウス砲が、レーザーが、地上発射型対空ミサイルが騎士たちを下から突き上げる。
空からは反転してきた空軍機のプラズマ機銃と残存していた空対空ミサイルが叩き込まれ、孤立しつつあった最後方の若い騎士たちが次々と防壁を割られ、竜や鎧を撃ち抜かれて撃墜され脱落していく。
「ザーン様!共に戦え光栄で——————!」
人類側の空軍の追跡と地上部隊の砲火を突破した時点で残っていたのはザーン自身と古参従士4騎のみであった。
残るは、鹵獲戦艦の前に最終関門が如くそびえ立つ空中機動要塞のみ。
下手な地上兵器よりも頑強に見えるほどの重装甲は本来ならば構造を維持できずに自重で自壊するであろう程の重量を誇り、通常の物理法則ならば飛んでいられる筈が無い静止状態で空を浮かんでいる。
本来ならば空に飛ぶ以前の構造的欠陥存在を暴走の危険のある不完全な模倣エーテル反応炉で駆動させ、常時斥力を発生させることで自重を誤魔化し、空へと浮かべるという冗談と狂気が肩を組んで踊り狂って作った狂気の産物。
数十年に渡る異種族との絶滅戦争の末に人類が手に入れたエーテル物理学の粋を集めた文字通りの空飛ぶ装甲武装プラットホーム、それこそが空中機動要塞。
空に浮かんだ二等辺三角形とも形容すべき空中機動要塞は騎士の接近を感知すると同時にランチャーに仕込まれた通常の空対空音速徹甲ミサイルを乱射すると同時に垂直式ミサイル発射機より次々と大型ミサイルを解き放つ。
一切の躊躇の無い全弾発射、ザーンの連続斬撃でもってしても迎撃しきれぬ飽和攻撃。
騎士たちの至近で炸裂したそれもまた核弾頭であった。
切り札とは、どれほど苦しい時であろうと常に取っておかれるものである。
巻き起こるのは先とは違う通常の核爆発、当初はそう思えた。
だがその爆炎はいつまでも拡散する事無く球状のエーテル力場の中に捕らわれ、荒れ狂い続ける。
対空用の閉塞型核弾頭、指向型が逃げ場を一点だけ作っているならばこれは逃げ場自体を無くしている。
逃げ場のないエネルギーが荒れ狂う様は文字通りの小さい太陽を地球上に作るが如き所業。
それに巻き込まれた二名の古参従士が騎竜ごと蒸発する中、なおもザーンと生き残りの従士は燃え盛る火球を突き抜けて突撃を続ける。
奥の手を突破され、しかし要塞側も一歩も引くことなく肉薄してくる最強の騎士に持てる火力でもって抗う。
狂ったように次々とまき散らしてくる速射ガウス砲、防空レーザー、高加速プラズマ弾、対空機関砲の弾幕をザーンは防壁で耐えつつ掻い潜り、光り輝く剣を一閃。
ただ、それだけで勝負はついた。
剣より放たれた神速にして巨大な光波斬撃が機動要塞の局所集中防壁を容易く消し飛ばし、その勢いのままに巨大な要塞を一刀両断したのだ。
両断された断面から内部の人間が、機材が、弾薬が零れ落ち、自重を支える斥力を失った船体は空中にてさらに分断され、先ほどまで誇った威容など嘘であったように爆発しながらバラバラの破片と化して地上へと堕ちていく。
紙一重の勝利を得たが故に起きた僅かな弛緩、そこでザーンは気づく。
最早、残っているのは自分だけだと。
攻防一体のショートソード群も既に全てが消滅し、配下も全滅。
残るは己と相棒たる古竜アズタールのみ。
相対するは敵に鹵獲された三隻の主力級大型戦列艦。
最後の守りたる空中機動要塞を失い、ここまで空中に制止していた三隻は一転して最大出力で持って未だに戦闘が続く転移門周辺空域へ向けて緊急加速を開始した。
思考がボヤけ、視界が霞み、呼吸が乱れる。
気づけば身に着けた鎧には無数の傷が走り、何発の弾丸が貫通して体内に残留している感覚が湧き上がってくる。
被弾していることにすら気づかなかったか、感覚が鈍ってきている。
相棒たるアズタールも似たようなものであった。
お互い満身創痍、流石に無理をし過ぎたか。
連戦による消耗を自覚し始める程度にはザーンらも疲弊しつつあった。
だが、まだ休むわけにはいかない。
「ダムド…いや、人類であったか。お前たちはよく戦った、だがここまでだ!」
ここまで到達させてくれた配下たちに報いるべく接近を試みるザーンに対し、空に浮かぶ剣とも形容出来よう三隻の飛行戦艦の甲板から原型が残らぬ程に改造しつくされ異形と化した垂直離着陸戦闘機、F-35B-XLが次々と飛び立っては立ちふさがる様に殺到する。
その様相は最早特攻に近い物であり、ミサイルと機銃を乱射しながら体当たりを試みるそれらを剣と竜爪で切り裂き、ランスとブレスで撃ち抜き、しかして——————。
「アズタールッ!」
エーテルランスで貫かれ片翼になって尚も機体の制御に成功した一機がアズタールに突き刺さり、諸共に大地へ向けて急降下していく。
刹那の間、砕けたヘルメットから見えたパイロットの顔は狂喜に歪んでいた。
彼等にとっても、今日は悲願が成就する日なのだ。
人類の怨敵が滅ぶ日、そして死ぬ理由を見つけるには十分すぎる良き日。
こんな悲惨な世界でもう生きなくても良い。
今日、我々は英霊となるのだ。
数十年以上もの間続いた絶滅戦争に蝕まれた心に死という許しは想像以上に甘く感じられたのだろう。
だが、そんな破滅願望に付き合ってはいられない。
今日、再びここで我々は勝利するのだ。
これまでの征服戦争と同じように、そしてこれからも勝利し、生存し続けるのは我ら天頂だ。
「万策尽きたであろう!お前たちはよく戦った!我こそが勝利の剣なり!」
遂に我が身一つとなったザーンが己が翼でもって空を飛翔し、飛行戦艦へと肉薄する。
そして陣形中央の一隻に狙いを定め、光波斬撃を放とうと剣を掲げた刹那、ザーンは死角より与えられた衝撃を受けて吹き飛ばされた。
左腕の感覚が無い。
否、左腕自体が存在しない。
切り落とされたのか。
己の個体防壁と鎧が容易く断ち切られた事を理解してザーンは驚愕で僅かに息をのむ。
この状況で直撃を貰ったというのか?
一体誰が?最早敵に戦力など無い筈——————。
「ッ!?」
輝く光に誘われ、向けた視界の先にいたのは空戦用安定翼と高機動スラスターを搭載した強化外骨格を着込んだ機動歩兵の集団。
その中でも目を引くのはザーンと同じ蒼い剣を握る人類の兵士。
その外骨格の肩部に刻印されるは星条旗と48thの文字。
ザーンには見覚えが無くとも、内なるレオは理解できていた。
鹵獲した来訪者の剣をそのままに自在に振るえた人類の兵士はただ一人、米軍の『騎士狩り』アーネストだ。
艦載機部隊の特攻すらも上手くいけばそれで良いという程度のブラフだったのだ。
本当の役割はザーンの首に剣が届きうる距離までアーネスト隊を運搬する事。
空中機動要塞すらも墜とした難敵に温存していた人類最強の兵士をぶつけたのだ。
ザーン目掛けて突撃するアーネストを主軸に、中隊規模の空戦型機動歩兵部隊がザーンにつかず離れず近距離戦闘を繰り返す中、有翼の騎士と機械の力で空を舞う兵士が切り結ぶ事数度。
驚くべき事に、アーネストの剣はザーンの斬撃と拮抗する。
ここまでの連戦で疲弊し、片腕を失っている事を込みで見ても異常なほどの洗練された剣捌きで持ってアーネストはザーンの斬撃をいなし、隙を見ては鎧を切断させるほどの強烈な一撃すらも叩き込んで見せてくる。
理由はすぐに分かった。
アーネストが握る剣は持ち主の意思に応えて強く輝き、力を貸し与えているのだ。
ただの人間でありながら異界の剣に主と認められ、その潜在力の全てを、人間としての限界を超えた力を振るい、人類の英雄が異界の英雄と死闘を繰り広げる。
それでもなお覆せぬ明確な種族としての個体差を周囲の兵士たちが支援し、時に己が身を盾として英雄を救う事で覆し、容易に決着へと至らせない。
それだけの犠牲をもってしても、機動歩兵部隊が稼いだ時間は微々たる物であった。
だが、それがこの戦いの勝敗を決定づけた。
ザーンが機動歩兵たちの放つ重機関銃弾に殴打され、レーザーとプラズマで焼かれ、蒼き剣で押さえつける中、航路を確定させた鹵獲戦艦群が艦下部に複数搭載した弾道弾の大気圏突破用ロケットエンジンを点火して最終加速に入る。
今まさに、墜とすべき敵がザーンの手が届かぬ距離へと通り過ぎんとしていく。
「ちぃッ!」
逃がすわけにはいかぬ!
そう意識を飛行戦艦へと逸らした刹那、背中に激痛が走り、自由に飛翔していた筈の肉体が重力に引かれて落ち始める。
目前に見えるは切断された己の翼と剣を振るい、追従してくるアーネストの姿。
翼を切られたか、最早飛べぬ。
だが、構わぬ。
アレだけは落とす!
大地へと落ちていく中、ザーンは残る力で渾身の斬撃を放つ。
その一撃は空間を揺らし、乱し、歪め、巨大な斬撃となって飛行戦艦の内の一隻の後尾を切り裂いた。
艦艇下部に束ねられたロケットブースターが爆裂し、艦本体のエーテルスラスターすらも喪失した飛行戦艦が前のめりに傾斜し、地面へと盛大に突き刺さる。
だが、ザーンが介入出来たのはそこまでであった。
斬撃を放つと同時に背に蒼い剣を突き立てられ、アーネストもろともにザーンは地上へと堕ちていく。
斬撃を生き残った二隻は白煙を吐き散らしながら急加速を行いつつ、転移門へと突き進む。
地面が遠い、時間が間延びしていく。
今にも死にそうだというのに、死ぬまでが長すぎる。
これが戦闘種族の弊害か…。
突撃をかけた戦艦二隻の内、一隻は来訪者残存艦隊による決死のエーテルランスの掃射、そして神の放った必殺の一撃でもって打ち砕かれる。
だが、それすらも人類は織り込み済みであった。
一隻到達すればそれで良い、先行する一隻は敢えて全ての攻撃を引き受けて誇りをもって爆沈したのだ。
その燃え盛る同胞が放った蒼き閃光の中を残る一隻が全てを終わらせんという意思でもって突き進む。
来訪者のあらゆる努力を突破し、最後の一隻が転移門へ到達、船体をひしゃげさせながら門の構造体に突き刺さりつつ、内蔵された決戦兵器『ゲートバスター』を解き放った。
そして、地球は崩壊した。
と言う事で今書かないとおそらく今後一生開示しないまま終わるであろう過去の戦争回の話でした。
これで色々チグハグだった主人公の時間軸の要素がある程度まとまったとは思っています
今回の執筆中の作業用BGM兼、戦闘のイメージ曲
For The Glory Of The Emperor | Battlefleet Gothic: Armada II Soundtrack
https://www.youtube.com/watch?v=h0rFA0StGLc
流されたデスメタルのイメージ
DEATH DECLINE - Useless Sacrifice [OFFICIAL MUSIC VIDEO]
https://www.youtube.com/watch?v=vL9hCvvJEgY&list=RDvL9hCvvJEgY&start_radio=1
過去回を延々やっても仕方が無いので次回から現代に戻ります
今回はここまで




