三十六話、最後の騎士
ぎりぎり投稿がノルマに間に合わなかった…
レオが異形の軍勢を呼び起こすよりも遥か前において、城壁の守備隊は既に壊滅状態にあった。
可能な限り抵抗を試み、レオの策で湧き出したミュータントの襲撃に合わせて領主の館まで後退する。
そして、そこでも抵抗しきれぬとなれば最終手段を取る。
それが前日の夜にレオと決めた簡単な取り決めであった。
無論、下がるつもりなどないし、死ぬつもりもない。
だが、自分だけ生き残っても先が無いのは事実であるが故に了承した事であった。
「ちっ!思った通りクソの役にも立たねぇ屑どもだッ!」
そう吐き捨てた時には残存兵力はボースを除いて皆無、モルフォライダーの空爆によって生じた打撃により空へと意識が向いた時点で既に初期戦闘の勝敗は決していた。
数波に分かれて行われた爆撃に対する対空戦闘を繰り返す間に青の部族の地上部隊は旧外城壁の残骸を踏み砕きながら燃え尽きた市街地へと突入。
司令部と集積地を構築する神官長率いる後詰、城壁守備隊とボースを処理するシュワンツ率いる分遣隊、そして司令部たる領主の館を攻略するクロエとジバを筆頭とした主力の三つに素早く分離するとそれぞれが決められた役割を果たすべく行動を開始した。
その内のシュワンツ率いる分遣隊、選抜射手20名と補助の旧48th部族兵100名は全速力の騎馬戦車でもって城壁間際まで進出し、即座に攻略を開始した。
人間であれば容易く登れぬであろう内城壁を選抜射手がリュナから授かった青き血によって変じた身体的特徴を活かしつつ、素手でもって素早く登攀。
脱走を防ぐべく密集配置されたボース配下の守備兵の左右から半数ずつが挟撃する形で城壁へと取りつくと、統率された正確な射撃でもって空にばかり意識を向けていた練度の低い城壁守備兵を一方的に射殺していった。
城壁と言う地の利と遮蔽物があったにも関わらず、選抜射手が登攀と守備隊の殲滅を完了するまでに5分と時間を必要としなかった。
クトーすらも退避が間に合わねばこの場で討ち取られていただろう。
周囲に味方は最早おらず、城壁上で包囲されたボースはなおも冷静ではあった。
時間稼ぎにすらならなかった雑兵どもに失望はしようとも、これは想定内の事態。
変異した肉体に対人戦を想定した旧時代の小口径弾など致命打にはなりえない、煩わしい痛みが走るだけだ。
つまり、ちまちま撃ち合ってる理由が無い。
「チクチク鬱陶しいんだ屑どもがァ!」
ボースは未だ弾が残るM2を投げ捨て、戦槌を両腕で握りしめ、遮蔽越しに射撃を繰り返す手近な選抜射手へと迫り、だが新たな侵入者によって阻まれる。
巨人が放つ戦槌を防いだのは青い刀身を輝かせた剣を持つ異形の騎士。
重い一撃を剣の腹に左腕を重ねて吸収、それでも殺しきれぬ衝撃にコンクリートの地面を削りなが
ら後退しつながら辛くも受け止めて見せたのは分遣隊指揮官であるシュワンツであった。
「貴様がボースであるな!我らが新たな部族の進むべき礎として貴様の首と血を貰い受けるのである!」
「はッ!てめぇがこの屑どもの大将ってか!?俺が先に当たるとは運が良いってやつだなァッ!」
誰何したのは変異後のボースを未確認が故であり、態度と発言からシュワンツは目前の巨人がボースである事を確信する。
対するボースはと言えば、目前の相手がシュワンツであるとは理解できなかった。
技術と資材の喪失による不完全な整備と祖霊信仰に堕した補修技術によって奇天烈な見た目へと変わり果てた旧人類の装甲服の成れの果てを着込み、異世界より伝来した青い剣を扱う、角を生やした異形の相貌をした有翼の騎士。
それが今のシュワンツだ、純粋に図体がでかくなっただけのボースと比べればあまりにもかつてとかけ離れた姿から誰であったかを判断する方が酷という者だろう。
かつて同じ支配者の元で足蹴にされた同類たるシュワンツであるなど知る由もなく、ボースはその者こそが今回の襲撃の首魁であると断じ、思考を撤退から戦闘続行へと変更する。
それは最も強力であろう敵を最終防衛ラインである拠点まで引き連れていく事を嫌っての事。
そして同時にレオが危険視していた敵を己が滅ぼす事でこれまでの失態の挽回と意趣返しが出来るであろうという合理と打算の混ざり合った結論からであり、故にボースは戦闘の最中に鳴り響いた城壁の破壊音を意図的に無視する事となった。
ボースは敵主力を素通りする事を黙認し、城壁の上にてシュワンツと選抜射手たちとの戦闘に集中する。
それはさながら、超古代における狩猟の如きであった。
シュワンツがボースの行動と攻撃を全力で抑え込み、狭い城壁内を変異した肉体の特異性を利用して縦横無尽に駆け回る選抜射手たちが周囲から支援射撃と銃剣による近接攻撃を繰り返す。
ボースの巨躯に飛び掛かり、自動小銃に取りつけた銃剣を叩きつける様はマンモスに群がって襲い掛かる類人猿の如くだ。
対となるマンモスたるボースもそれでどうにかなる様な生物ではない。
体を捻り、腕を振り回すたびに取りついた選抜射手たちは振り落とされ、殴り飛ばされ、地面に叩きつけられ、不運な者は城壁の外へと放り出されて落ちていく。
だが、致命的な一撃を受けぬ選抜射手たちは再び立ち上がり、城壁をよじ登り、戦線へと復帰してくる。
「すげぇなこの体!全然死なねぇぞ!」
蛙顔に変異した選抜射手、いわゆるトードマンが口から青い血を垂らしながら興奮した様に叫ぶ。
人ならばこれで幾度死んだであろうか、新しき偉大なる部族長から賜った贈り物はなんと素晴らしいのか。
賞賛の言葉と共に選抜射手は自動小銃を指切りで短連射し、そして再び隙を見て銃剣をボースへと突き立てる。
「銃弾管理を怠るなよ!撃ちきり次第補給だ!ゲネラルをやらせるな!」
叫んだのは爬虫類の系統へと変異し、リザードマンと化したガネルであった。
城壁の下では戦闘には直接参加しない部族兵が簡易陣地と弾薬補給所を手早く構築し、戦線から離脱してきた選抜射手に弾の詰まった弾倉を手渡し、空の弾倉を受け取った端から弾込めに務めている。
既に補給所と後詰の連絡は確立し、弾薬が尽きぬように最短距離の区画を騎馬戦車が行き来して弾薬輸送を開始している。
これが出来るだけの判断能力と練度を持つ兵を優先的に固めた故の長期自給体制の確立であった。
ボースが敵の弾切れによる勝利を期待できる状況は早々に破綻しつるある。
分遣隊と呼ばれながら、かつての48th族長と副長が連なるこの部隊こそが今次作戦において戦闘面においては重要である事は明白であった。
本体側は数で押せば勝てる、だがボースには少数精鋭でぶつかる事こそが望ましい、それゆえの編制であった。
選抜射手を最も分厚く配置し、確実に勝利できる様に配されたこの布陣を崩したのはレオの一声であった。
燃え残った木造住居から、古き良き時代の面影を残す石とレンガの建造物から、内城壁の内外に次々と湧き出すシュワンツや選抜射手たちが美形に思える程の異形たち。
分遣隊の周囲にも複数の中型種と大型種一体が湧き出すと同時に戦況も激変していく。
幾体かの中型種が分遣隊に向かうことなくクロエの率いる本体をより魅力的な餌場とみなして突進していく中、頭の無い四脚獣の如き大型種が獲物を独占しようと城壁にまたがる様に鎮座する。
毛の無い腹部には縦に引き裂かれたような大口が開き、口の周囲で見開かれた無数の歪な人間の目玉が遥か下の獲物を凝視する。
そして、襲い掛かってきたのは口から飛び出してきた無数の触手の如き長い舌と、大型種の体から放出された無数の蚤と人体が融合した様な小型種であった。
蚤型小型種が補給所を襲い、頭上から叩きつける様に投じられた舌が選抜射手たちを絡め取らんと荒れ狂う。
「撤収せよ!この場と補給所を放棄して神官長と合りゅ——————」
混乱する周囲を統制すべく、注意が散漫になったシュワンツの腹部に強烈な衝撃が襲い来る。
絶叫のような硬質な金属音と共に部族伝来の強化外骨格がひしゃげ、シュワンツの網膜が黄色く濁った空を捉えた。
「はぁッ!くたばれクソがぁ!」
これこそがボースがここに留まった最大の理由、約束された勝機、予定された混乱の最中に気を反らしたシュワンツに戦槌による横振りの一撃を叩き込み、ボースは狙いの相手を城壁の外へと叩きだしたのだ。
めり込んだ装甲に腹を圧迫され、吐血しながらもシュワンツは変異によって授かった翼を駆使して空中にて態勢を立て直し、軟着陸を試みる。
だが姿勢を立て直した直後、至近に見えたのは悪鬼の如く愉悦に歪んだボースの貌。
戦槌の発するジェット噴射のような空力制御によって羽根なくして飛翔したボースがそのままの勢いに任せてシュワンツに更なる一撃を叩き込む。
辛くも剣と腕で受け止めるも、殺しきれない衝撃によって地面へと叩きつけられ、シュワンツは半壊状態の石造りの住居へと激突する。
既に形勢は逆転していた。
大型種がいる限り、選抜射手たちの支援も最早期待できる状況ではない。
当初こそ集団戦によって得られていた優位は覆され、シュワンツはボースとの絶望的な一騎打ちを強いられる。
「どうしたァッ!?てめぇ、大した事ねぇんじゃねぇのかァ!?アァッ!?」
ジェット噴射めいた加速でもって叩き込まれる戦槌が地面を砕き、住居を破砕し、脱出し損ねた異形の騎士の外骨格鎧を更にひしゃげさせる。
対するシュワンツも戦槌の一撃を剣の腹と腕でもって受け止め、距離を取りつつかわし、機を見て切りかかり応戦を続けて見せる。
だが、ここまでに受けた攻撃による消耗によって剣捌きは精彩を欠き、体の動きもぎこちない。
時に戦槌を搔い潜って腹へと突き立てられた青い剣はボースの変異した筋肉で受け止められ、皮膚と肉を浅く切り裂く事しか出来はしない。
一方でボース側も仕留めるには至らないが、戦槌を叩き込む事は容易。
いかなる変質を経たのか、ひしゃげた部族鎧は自己再生を繰り返し、一向に壊れる様子を見せぬが中の生命体の消耗までは回復しようが無い。
相手側から威勢よく仕掛けられた戦闘ではあったが、ボースは順調に戦闘に勝利しつつあった。
「弱ぇなおめぇ、本当に向こうの連中の親玉か?」
ボースが違和感を最初に覚えたのはこの時点であっただろう。
これまで戦ってきた悪魔憑きやミュータントと比べて手応えが薄い、長を張るにはあまりにも未熟な立ち回りと力の無さ。
変異する以前に経験したミュータントとの戦闘はこれほど容易くはなかった。
小型種を一匹殺す事すら死闘だった。
中型種と対峙した時は常に死を覚悟する程の圧迫感を受け続けた。
変異後の戦いにおいても防御に特化したヴィルはこんな程度の攻撃が打撃になる事などありえなかった。
頭がおかしいクロエとかいう女は騙し討ちで容易く腹を貫いてきた。
イナゴレイダーは今の己よりも遥かに高い機動性を有していた。
こいつにはいずれもない、唯の見た目だけだ。
数日前の夜に戦った大型夜行種以下の耐久性と攻撃力だ。
数の暴力が無くなった今となっては容易い相手と言える程であるだろう。
こいつは本物ではない、偽物だ。
こいつは、俺の期待を裏切った。
偽物を掴まされたという逆恨みの感情が即座にボースの中で怒りとなって燃え広がり、叩き込む攻撃が一撃毎に苛烈となっていく。
遊びは終わりだ、こいつを潰したら館を襲っている残りの奴らも潰す。
あっちにはあのクロエもいるだろう、今度こそあの女の顔を再生不能になるまで叩き潰してやる。
剣と戦槌の打ち合う回数が増える毎に形勢ははっきりとしていく。
増援の無い状況において、決着に至るまでは最早秒読みと言える段階であった。
だが、戦況は再び変化する。
ひっくりされた状況を更なる理不尽がひっくり返していく。
それがこの世界の在り方だと言わんばかりに、天より撃ち下ろすが如く飛来した蒼き光の槍が頭部の無い四足獣の如き大型種の胴体を撃ち抜き、爆散せしめたのだ。
更に放たれた幾発かのエーテルランスが地上で炸裂し、周囲の戦闘音と怒号、悲鳴が急激に減っていく。
瞬間、ボースにこれまでに感じたことが無いような恐怖感が襲い掛かった。
何か、致命的な捕食者に発見され、睨みつけられている様な恐怖。
「なっ、何が起きやがった!?…ッ!」
ケダモノの呻くような断末魔の咆哮とエーテルランスが地を穿って炸裂した爆音、突如降って沸いた恐怖に気を取られ、ボースが一瞬の間、視線を逸らした隙をつくように正当なる血族の主が配下の戦う戦場へと到来する。
「将軍!まだ生きているな!?」
「我が王ッ!我らに構われる必要はないのである!御身の倒すべき敵との戦いに集中されよ!」
「私は薄情な親になるつもりはない!血を与えたばかりの子を容易く見捨てると思うな!」
顕現したのはよりボースの目から見ても上位存在と分かる黒鎧を纏った黒翼の騎士、リュナ。
それが戦いの間に割って入り小盾でもって降り下ろされた戦槌を受け止め、異形の騎士を庇うように立ちふさがった時にボースはようやく理解した。
先ほどまで敵を打ちのめしていた戦槌の一撃がまるで打撃になっている様子が無い。
華奢にしか見えない片腕が振るわれるだけで対格差を無視して戦槌を握ったボースの体が後方へと弾き飛ばされる。
「君は少し『活き』が良すぎるな…!」
騎士の言葉が聞こえたかと思った瞬間、ボースの腹部に衝撃と共に強烈な違和感と痛みが走る。
自然と首が動き、下を見ればそこにいるのか先ほどまで距離を置いていた筈の黒騎士が己の腹に拳を叩き込んでいる光景があった。
反応する暇すらも無かった、明らかに先ほどまでの奴より速い。
前座であったシュワンツの剣を防いだ強固な筋肉が容易く打ち負け、内臓に達する程の重い衝撃に視界が霞む。
追撃は無かった。
片膝をついたボースを見下ろしながら、騎士は腕を組んで納得した様に頷く。
「これ以上やると倒してしまうかな、それでは不味い」
「てめぇ…ッ!」
剣を使えば既に殺されている。
いや、剣を使わずともあと何回か殴打されれば死んでいただろう。
だというのに殺さずに手を抜かれた、コケにされた。
肉体を苛む鈍い痛みと不快感にボースの中で更なる怒りの感情が溢れ出していく。
だが、同時にボースの中に湧いて出たのは納得であった。
この恐怖、そしてこの感触こそが本物だ。
ヴィルがそうであったように。
クロエがそうであったように。
イナゴレイダーがそうであったように。
何よりも、かつて初めてエンキと出会った時に感じたあの感覚が蘇る。
遥かに背丈の小さいチビ猿がこちらの殴打をまるで意に介さずに、覆せるはずの無い体格差を無視して玩具の様に振り回された時のあの屈辱と恐怖の記憶の再来。
何より、かつては人類の残党の配下に甘んじたからこそ分かる。
黒翼の騎士の武具が人類の技術に由来しない特異なものであることを。
先ほどまで戦っていた相手は前座に過ぎぬと、今まさに現れたと同時に戦況を覆したこの者こそがレオの危惧した真の——————。
「へっ、おめぇが本物ってわけか…!」
だが、理解したからとてボースに下がるつもりはなかった。
今更下がれない、相手の能力的に撤退は不可能であり、何より己が誇りが許さないからだ。
最早、誰であろうと己を見下すことなど断じて許すつもりなどない。
そうなるぐらいならば死んだ方がマシだ。
その気概で立ち上がる、死ぬとしても前のめり以外にあり得ない。
だが——————。
「将軍、まだお前には悪魔憑きと一対一の戦闘は手に余る。今回は初陣だ、あまり気を張るな」
リュナはボースを無視してシュワンツに向き直っていた。
まるで眼中に無いとばかりに。
「しかし、それでは我らのいる意味が——————」
「あるとも、『こいつ』はお前たちの獲物だ。先の一撃で弱らせた故、狩ってみせよ」
黒翼の騎士が戦槌を防いた左手の指でさした相手は言うまでもなくボースであった。
エンキにも匹敵するであろうと目した相手に、これより全力で戦うのだと確信していた相手に、『初心者に手頃な相手』として指定された事に恥辱の怒りが湧き上がる。
人から変じて尚、未だ強者への道は遠く、己を見下すものは数多いる。
敗北する度に恥辱と怒りが増し、体の内に何かが溜まっていく。
自然、ボースの中に狂気的な激怒の感情が高まっていく。
「これより先、私と共にあるならばああいう手合いを数多相手にする事になる。シュワンツ、これはお前への試練だ」
「ッ!?てめぇ!『玉無し』シュワンツか!?」
ゲネラル・シュワンツ、武人面したエンキの玩具奴隷。
変異し、装備を整えてなお己の足元にも及ばず弱者。
そんな奴の手頃な練習相手扱いされているというのか。
「ふざけるなぁッ!このクソアマがぁッ!」
そこでボースは爆発した。
怒りを超えた憎しみの感情がボースの顔面に太い血管浮き上がらせ、眉間に深い皺を刻み込ませ、目を血走らせる。
それだけに留まらず、怒りの感情に合わせて筋肉が更なる肥大化と硬質化を引き起こし、肉体にかつてクロエに打ち込まれて体内を駆け巡った紫電が迸りすらし始める。
持ち手が変形する程に強く握り締められた戦槌は発光し、周囲に暴風が巻き起こる。
ボースの肉体は己に恥辱を与えた全てを覚えている。
強い怒りの衝動が湧き上がった時、その全てを解放し、ボースは眼前の敵に己が憎しみの根源の全てを叩き込まんと殺意を剥き出しにするのだ。
まさに悪鬼、そうとしか形容できぬほどの怪物を前にしてなお、シュワンツの戦意は逆に最高潮に達しつつあった。
尊敬する王にして敬愛する意中の相手にお前ならば勝てると励まされた事が何よりの起爆剤、更には——————。
「将軍、お前は一人ではない。私がいる。他の兄弟たちもいる。それを忘れるな、勝てる場は用意した。私の隣に立つにふさわしい男である事を示して見せよ」
リュナの言葉を受け、弾かれたように素早く周囲に視線を向け、得心する。
勝算すらも用意してくれている。
先まで暴れまわっていた大型種とそこからばら撒かれた小型種の相手を強いられていた選抜射手たちが欠ける事無くボースの周囲に展開していたからだ。
リュナの采配による物だろう。
小型種はまだ残っているだろうが、陣地内で陣形さえ組めれば部族兵だけでも対処は何とか出来ると踏んで戦力を全て結集させたのだ。
「……ここまでお膳立てされ、そう言われては奮起せざるを得ないのである」
「今夜の戦勝祝いでの成果報告に期待させて貰おう。後は任せる」
「文字通り、粉骨砕身して当たらせて貰うのである」
最早言う事はない、リュナはシュワンツの肩を優しく叩くとボースに踵を返して去っていく。
信頼されている、期待されている。
それだけで意思と活力が湧いてくる。
リュナの好意と采配に笑みを浮かべたシュワンツは聖剣を握り直し、歩み出ながら叫ぶ。
「親不孝ども!この男は強い!徒党を組んで狩ろうと不名誉にはならん、全力で当たるのである!」
「この玉無し野郎がァッ!」
「今はあるッ!」
再び、シュワンツとボースが剣と戦槌をぶつけ合う凄惨な白兵戦を開始すると同時にリュナは己が黒翼を広げて空へと飛び立った。
不確定要素を潰しきった今、向かう先はただ一つ。
レオと戦う愛娘の元へ、そしてリュナとレオはこの日、初めて遭遇する事となった。
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各個撃破に失敗した。
目前に現れた黒翼の騎士を見据えつつ、レオは次の一手を思案していた。
黄金竜とも言うべき騎士の片割れを撃破したとは言え、殺害までは出来なかった事が悔やまれる。
おそらくは脳髄啜りの亜種とも言うべき存在、他の生物の肉体に寄生し変質させる性質を考えれば別の肉体を確保して再度参戦する可能性が非常に高い。
周囲から戦闘音が消えた事、そして先の戦闘で仕留めきれなかった変異した敵兵や雑兵たちも徐々に周囲に集まりつつある事が状況の悪化を如実に物語っていると言える。
やったのは間違いなく目前の騎士。
隠し玉のミュータント集団も既に討滅されたとなれば、戦闘力はエンキと互角かそれ以上。
相手を嬲る趣味を嗜まずに真面目に愚直に敵の殲滅に走るエンキ、そう考えれば厄介な事この上ないと言える。
これではボースの側も期待は出来ないだろう。
既に領主の館まで攻め込まれ、陥落している可能性すらもある。
最終手段が取られているかは不明だが、最早自分以外は残っていないことを前提に動くべきだろう。
「そう怖い顔をしないでくれないかな。気分が変わった、少し話でもしようじゃないか」
対する騎士はまるで世間話でもしようとばかりに気安い口調でレオに語り掛けると握っていた剣を鞘へと納め、両手で己の兜に手をかける。
「お父様!?それは流石にまずいと思——————」
「心配ない、彼は万全じゃないんだ。私を斬れないよ」
驚愕するラペナの忠告を制しつつ、黒翼の騎士リュナは兜を自らの意思で脱ぎ捨てた。
完全に癒着し合い、密閉状態の生体金属装甲の鎧の首元に亀裂が入り、兜がゆっくりと外れると、中から現れるのは輝く短い銀髪に紫に光る瞳を持つ男とも女とも取れる中性的な美貌。
「君も兜を取ったらどうだ?話をする時は素顔の方が印象が良いという物だよ?」
「貴様たちと語る口など持たん、化け物どもめ」
レオが提案を拒絶する間にもリュナの手中にあった兜は瞬く間に変形し、小型化し、面頬とも言うべきサイズまで小型化していく。
異世界由来の合金たる生体金属が故に許された驚異的な可変性を見せる兜を左手で弄りながらリュナはそれでも笑顔をレオへと向ける。
「色々聞きたい事がある。先のミュータントの集団を作ったのが誰かとか、私が勧誘する予定であったエンキを滅ぼしたのが誰かとか、或いはクロエにやられた片目はもう大丈夫なのかとか。しかし、だ——————」
レオが構える剣などまるで見えていないかのようにリュナは両手を広げて親し気な口調で歩み寄る。
一切の躊躇なく歩を進め、みるみる間に距離を縮めたリュナはレオの剣が首元の間際まで迫ってから立ち止まり、握手を求める様に腕を伸ばした。
「まずはどうだね、私と手を組んでみる気はないかな?」
「我が神よッ!何をおっしゃられ——————!?」
「皆静かに、私は彼と会話をしている」
割って入ろうとした狒々のような悪魔憑きを人差し指を立てるだけで制止するとリュナはなおも続ける。
「彼等は私の配下だ、私が白だと言えば白だと飲み込んでもくれよう。ここまでの遺恨は全て水に流そうではないか」
「……気でも触れているのか?」
眉間にしわを寄せ、訝しがるレオに対してリュナは喉元に剣が付きつけられている事など意に返すことなく、いつもの様に温和な笑みを浮かべている。
周囲の兵士たちが固唾を飲む中、リュナは今の場を支配しているのは自分だとばかりに言葉を続ける。
「君の強さは理解した。君ならばエンキの代わりが十分に勤まるだろう。殺すには惜しい、私と組めば君の望みを可能な限り全て叶えてあげよう。私自身の命だけは悪いが誰にも渡せないがね」
「囀るな!化け物がッ!」
「私は行動をこそ尊ぶ。口ではなく腕を動かしてみたらどうだね?あと数十センチも剣を動かせれば君はすぐにでも英雄になれるぞ」
あと僅かばかり剣を押し込めば喉を突き刺せる。
だというのに今まで以上に重くなった体がいう事を聞かず、動かない。
「視線だけで私の心臓を刺し貫きそうな程の見事な殺意だ。だというのに体は動かんだろう?」
「ぐッ!邪神めッ…!このクソ肝心な時に…!」
「思った通りだ。初めて戦った時点で違和感があったのだよ。ラペナ、見ているか?お前が戦った相手はこれほどのハンデを背負っていたのだ」
リュナは右手を引っ込めるとレオが構える剣の刀身に僅かに己が人差し指を当て、動かす。
鋭利な刃が指を傷つけ、青い血を溢れ出す。
「これで分かるだろう、デュラの言葉と私の推察が正しいならば——————」
躊躇うことなく、リュナは血の滴る指をレオの体に押し付けた。
瞬間、レオの顔が苦悶に歪み、態勢が維持出来ぬ程に体が震えだす。
強烈な存在感と悪意が解き放たれんとする気配に周囲の兵たち互いの顔を見合い、怯え、狼狽する。
『我が子よッ!待ちわびた我が器よぉおおおおッ!』
強固なエーテル操作で形成されたレオの肉体が崩れ、腹を破る様に黒い煙を纏った血の塊がレオを離れ、リュナの口目掛けて飛び掛かる。
「ふんッ!」
『グワァアアアアッ!』
だが、まるでそれを予期した様に放たれたリュナの神速の張り手が血の塊を弾き飛ばす。
レオの内から飛び出したのはレオを最初に人から逸脱させた元凶たる陽神スーラであった。
『な、何をするかァッ!我は貴様の祖であるぞぉ!』
子孫に拒絶されたスーラはいかなる理由かと憤慨する。
「挨拶も無しで人の体に入ろうなど、例えそれが偉大なる我が祖であろうと許さんというだけの事、そして何よりも——————」
リュナが血の塊から巻き起こる赤い瞳を持つ黒い影たるスーラに向けた表情は怒りであった。
「いかなる欲であれ、それでもって我が戦いに泥を塗るとはあまりにも無粋ッ!既に亡き我が父に代わり一発くれてやる!奴の腹に収まり戻るが良いッ!」
スーラが反応するよりも早く、リュナの拳がスーラの顔たる赤い瞳を持つ影に叩き込まれる。
影を粉砕され、形状を維持できなくなったスーラが狼狽しながら叫ぶ。
『ま、待てぇええええ!何故だ我が子よぉおおおッ!』
「我が名はリュナ・ドラクリア!偉大なる騎士ザーンの子!ここに父の遺言は果たされたッ!あの馬鹿に一発くれてやれという遺言だ!」
『ザ、ザーンだとぉ!?よ、よりによってあの親不孝者の子か貴様ぁああああッ!』
絶叫と共にスーラの影は消え去り、流出した血の塊は体の制御を取り戻したレオの内へと戻っていく。
「……む?冷静に考えると今、二発ぶち込んだことになるのか?まあ、良いだろう。二倍親孝行したと思えば良いな、うん」
スーラを殴った際にガントレットに僅かに残留したレオの血を舐めつつ、リュナは小首をかしげ、勝手に得心して頷いてみせる。
そして、地に倒れ伏すレオを見下ろしながら語り掛けを再開した。
「これで彼の者もしばらくは黙るだろう。殺り合うにしてもお互い遺恨なく全力でやる事が好ましいという物。しかし自由を得るだけでは不足だろう、これを飲むと良い」
懐から緑色の液体の入った瓶を取り出したリュナがレオの眼前に投げてよこす。
揺れる緑の液体の内には蒼く輝く小さい結晶が上下に揺れ動いて輝いている。
「毒ではない、それで喪失したエーテルを補充すると良い。まだ戦う意思があるならば、だがね」
エーテリウム結晶の入った回復薬、エンキが使っていたものと同じものであった。
スーラの造反によって一度に大量のエーテルを喪失し、意識が曖昧なレオは己が生存と闘争の為に崩れかけた腕を伸ばし、瓶を掴み取る。
その有様に満足した様に頷いたリュナは視線を周囲の兵士たちへと移した。
「神官長、皆を下がらせろ。城壁内部まで進出して拠点を再構築しておけ」
「ですが神よ…!御身一人置いていくなど…!」
「いつか必ず、お前たちに死ねと言わねばならぬ時が来る。その時までその命、とっておけ」
そこにあったのは部族の長としての側面を見せるリュナの冷徹な瞳であった。
慈悲だけではない、必要な時に死ぬ為に今を生きろという確かな命令は神官長を納得させ、服従するに足る主であると再認識させるには十分であった。
「……ッ!ははぁッ!神の御意思に逆らってはならぬッ!総員即座に撤収せよッ!」
神官長は土下座で持ってリュナの意に答えると素早く立ち上がり、唾を飛ばしながら周囲を急き立て離脱を開始し始める。
「ラペナ、お前も彼等についていくんだ」
「むー…。まだ戦えるのに…」
「『二次会』がある事を忘れてはいけないよ。力を温存しておくんだ」
「分かった。お父様も気を付けてね」
「何も心配はない。何が起きようと死なない事にだけは自信があるからね」
神官長に見せた表情とは違う温和な表情でラペナを送り出し、リュナは再びレオへと視線を移した。
既にリュナが与えた瓶の中身は空となっていた。
「立ち上がれ勇者よ、お前は男だ。私はお前を地上で出会った最初の『人類』であると認めよう」
僅かに摂取したレオの血から断片的ながらレオの記憶を辿り、その根源を理解したリュナがレオへの発破をかける。
その言葉に後押しされるようにレオは剣を杖にして体を引き起こし、リュナへと対峙する。
「最早この世は人類も我ら騎士も既に滅びた後の世界だ。個人的な遺恨は最早無いと思うが未だ憎しみは消えぬか?人の子よ、今我らが未だこうして生を繋いでいる奇跡に驚嘆し、共に利益と発展のある共存の道を選ぶ気はないか?」
これまでのリュナとはまた違う、何か別の異質な気配と意識が混じったような雰囲気を纏った銀髪の騎士がレオに再度、共存の意思があるかを問う。
「遺恨が無い…だと?このッ…!この世界の有様その全てが遺恨そのものだろうがッ!俺は地上に自ら上がって見てきた!滅んだ都市をッ!戦い抜いた兵士たちの骸が回収される事すらない古戦場をッ!かつてあった人の営みが狂った生態系に飲み込まれ消えていくのをッ!……この狂った生物が闊歩する地上を作ったのはお前たちだッ!この汚染された空気を作ったのもお前たちだッ!お前たちさえいなければ俺はこんな…ッ!」
堰を切る様に口から出たのは拒絶の感情を満載した罵倒。
兵士となり地上へと出て以来、なんら得る物もなく喪失感ばかりが増えていった遠征軍時代の記憶。
そしてレムナントと戦い、帰還不能となり、死に損ない、最早人ですら無くなって地上を彷徨った悪夢のような日々の記憶。
レオを未だ苛む根源的な苦しみが応報せよと叫び散らしている。
リュナを罵り続けながら頭の奥では冷静に理解していた。
これは八つ当たりでしか無いと、だが今更止まれない。
たとえほんの一時の救いにしかならないとしても、目前の存在を消さねばかつて人であった事の矜持すらも誇れなくなるが故に。
この殺意は、正義だ。
「世界を失ってなお憎しみを選ぶか。ならばそれで良い。さぁ名乗れ、勝った側が滅ぼした相手の名と武勇を語り継ぐ。それが戦いの作法という物だ、人の子よ。この世界で最後の騎士たるこのリュナ・ドラクリアが相手になってやるとしよう」
面皰と化した兜を顔に合わせたリュナが鞘に収めていた剣を引き抜く。
黒色であった鎧が内より溢れ出る青い光によって黒染めを剥ぎ落し、かつての異世界騎士が誇った蒼と白銀の色彩を放つ真なる姿へと変貌を遂げていく。
「それと先は双方に遺恨なしと言ったがね、君が私の大事な娘の顔を傷物にしたことをすっかり忘れていたよ。戦う以上は一切手を抜かず、報いを与えるとしよう」
徐々に兜へと形状を変えていく面皰に顔が覆われていく中、紫の瞳が最後までレオをまっすぐに見据えてくる。
嘘偽りの言葉ではない、それはレオにもまた理解できた。
リュナが与えた僅か数滴ばかりの血、それが齎した断片的な情報がリュナという存在の朧げな輪郭を伝えてくる。
異世界からの侵略者とこの汚染された世界の犠牲者との間の子、この世界最後の『騎士』。
それ以上は分からなかった。
それ以上知る必要もなかった。
この生物は滅ぼすべき人類の敵だ。
「俺は…お前を殺す為にここまでこうして死ぬ事も出来ずに彷徨っていたのかもしれないな…。まるで残留物の如く…」
「そうだ、それが運命だというならば名乗るが良い!貴様の真の名を!」
全身を苛む疲弊を振り払うようにレオは杖代わりに地面に突き刺していた剣を引き抜き、構える。
蒼き鎧と蒼い剣を持った騎士と赤黒い鎧と錆びた血の色の剣を持った人であった怪物が終末後の都市の残骸にて対峙する。
「俺はレオ・キルロイ。……いや、違うな。俺はR、R1039だ!ARK5臨時政府、地上遠征軍第10機動歩兵大隊所属R1039伍長だッ!」
それこそが真の名であるからこそ、誇りをもって叫ぶ。
レオなどという名は地上で生きるしかなくなったが故に仮初の名に過ぎない。
名前持ちになれなかった死に損ないが己だ。
例えアルファベットと数字の羅列でしか無かろうと、己の人生の全てが詰まったその文字こそが人としての真の名なればこそ——————。
「良いだろう、アール!ならばこれが人類と我ら騎士の最後の戦争ともなるであろう!全身全霊でもって殺しに来るが良いッ!」
終わりを迎えた後の世界において、人と騎士の最後の戦争が始まった。
現在のシュワンツくんの鎧は技術喪失してまともに稼働しなくなった強化外骨格にリュナが持っていた生体金属を寄生させて疑似的に異世界騎士の甲冑に近い挙動を出来るようにしたパチモンみたいな状態になっています。
本来は人工筋肉や金属パーツで稼働する箇所を流体と固体双方の性質を持つ強固な生体金属が解析、擬態して動作をトレースしているので全盛期の頃の外骨格兵士と同程度の機動性を部族鎧に提供している塩梅です。
生体金属由来の形状記憶と自己修復機能も健在であり、クロエの裁断刀などと同じで絶対量の少ないミスリルを人類側の金属や合金と混ぜて水増しするアマルガム兵装とやってる事は概ね同じ扱いですね。
かつては人類側が鹵獲した少量のミスリルを有効活用するために多用されたアマルガム化技術も文明崩壊した現在では教会や一部文明勢力以外には完全に忘れさられた散逸技術の一つになっています。
なお今回の脳内BGMは概ねこれです
https://www.youtube.com/watch?v=SDpexCxi23o&list=RDSDpexCxi23o&start_radio=1
今回はここまで




