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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
二章『自由の荒野』
96/101

三十五話、祝福と呪い

月一投稿間に合ったね!


僅かばかりの驚愕、そしてそれ以上に深い納得と感心。

それがレオの成した事に対するリュナの正直な感想であった。


会敵当初こそ、ぎこちなく拙かった動きに二人がかりで挑んだのは取り越し苦労であったかと疑念も浮かんだ。


だが、すぐに不調が嘘であったように機動性を回復し、鈍い反応速度でありながら高出力のエーテル操作と意志力でもって逆撃を加えて来て見せた。


初動の不具合はクロエらとの戦闘による消耗を回復しきれていなかった事に起因しているのか、或いは別の要因か。



いずれにしろ、全力で戦うに値する相手である事は確実だ。

そうして評価を上げた後、あの叫びを男は放って見せたのだった。



叫びと共に湧き出したのは異形なる者ども。


かつては人であったと分かる捻じれた生き物の群れが有利に戦闘を続けていた地上の配下たちに貪欲に襲い掛かっている。


空を飛ぶ同盟者たちに向けて放たれた飛行種たちの姿はさながら、航空機を待ち伏せしていた地対空ミサイルの様に高速で飛翔していくのが目に映る。


瞬時に理解できた、これは自分と同じ力の使い方であると。



「素晴らしい。私と同じ行いをしているにも関わらず、思想と運用の違いでこうも結果が変わるとは…」


思わず漏れたのは感嘆の言葉であった。

新たな血族、そして配下たちに襲い掛かるは人の形を捨て、更には人としての自我や知性すらも捨て去ったミュータントと同等の怪物たち。


同じ起源、同じ青い血が流れていながらに、まったく相容れる事の無い二つの種族が行うのはこの地上の日常となっている不毛で救いの無い共食いだ。



まさに、呪われし力というのが相応しい有様。

だからこそ——————。



「やはり、私の考えに間違いはなかった。呪いと祝福は同一、アレは私と同じ」


求めていた解の一つを啓示の如く得たリュナは危機的状況にも関わらず兜の内で歓喜の声を漏らす。


奴は同族だ。

少なくとも血統的に近しい者だ。

すぐにでも剣と言葉を交え、対話を行いたい。

それで得られた答えは必ずや次の糧になるだろう。


だが——————。



「新たな我が子らをむざむざ死なせる訳にもいかんか」


徐々に迫る敵の背から視線を逸らし、戦場を見回し状況を判断する。

負ける事はないだろう、この時の為に見込みのある者たちを血族に組み入れたのだ。


だが、捨て置けば損失が無視できなくなる。


今後の計画の中核となりえる重要な者たちをむざむざ死なせるのは心苦しいと言える。

何より、それではこれまで丁寧に、慎重に進めてきた投資を無為にするに等しい行いだろう。


加えて、戦いはこれだけは無い。

確実に連戦になるだろう。


とはいえ、目前の敵も想定の通りならばこれまでの中で最も厄介な強敵だ。

既にグイリンは負傷して離脱、我が子も腕を切断され——————。



思案の最中に、視界の端に金色の輝きが現れ、加速を続けるリュナの横を並走する。

腕を切断され、退避したラペナが復帰したのだ。


既に出血は収まり、取り落とした腕を回収して強引に癒着させ、戦闘可能な状態に回復を果たしている。



『任せられるか?』


ただ顔だけを向けて言外に問うたリュナにラペナは狂暴な野生の笑みでもって返す。



『任せろ』


変異した竜頭の内にある赤く染まった目が兜の内にあるリュナの瞳をまっすぐ射抜き、応えている。


先にあった油断の気配すらもなく、純粋な殺意と闘争本能を研ぎ澄ませた捕食者の相がそこにはあった。

戦意の衰えぬ我が子の様子に満足する様に一度頷き、リュナが叫ぶ。



「30分持たせろ!私は向こうを先に片づけるとする!」


レオが反転し、攻撃を行うべく突進を開始したのはリュナが行動指針を決めるのとほぼ同時であった。


黒翼の騎士と黄金の竜が相互に位置をシャッフルする様に数度シザース機動を行って連携攻撃を行う素振りを見せた直後にそれぞれ分散。


リュナは急上昇を開始、先の援護機動の繰り返しと判断したレオが腕を向け、射撃を試みる。

炸裂する血の散弾が周囲で爆炎を巻き起こし、何発もの直撃弾を受けながらもリュナは構わず上昇を続けていく。



そして、ラペナは注意が散漫になったレオへ向けて加速しつつ、背中側の首筋からはみ出る白い何かを体内より引きずり出して剣と成し、赤い剣と切り結ぶ。


それはラペナの用いている体の素体となった人間の脊椎の成れの果て。

全身に『根』を張り巡らせ、肉体の支配と強化を行った際に不要となった骨を変異させて作り上げた異形なる骨剣。


それこそがラペナが寄生する度に己自身の為に都度作り上げる専用の剣、『滅びの爪』。

ラペナは文字通り、骨すら無駄にせず糧とする。


生半可な材質であるならば容易く切断するはずのレオの剣をもってしても破壊しえぬそれでもってラペナは斬撃と近接攻撃を繰り返す。


レオはそれをいなしつつ、上方からの支援攻撃を警戒するが、それが訪れる事は決してなかった。

謀られた、そうレオが気づいた時には既に射程の遥か彼方へと脱出した後であった。



——————————————————————————————



やられた、地上が迫ってきている。

黄色く濁った空が遠のき、朽ちた建物がまばらに残った茶色の地面が迫ってきている。


最も危険な一番槍の爆撃を終え、地上への航空支援だけをすれば良いと油断した矢先の出来事だった。


新しい同盟部族の長が抑え込むと約束を受けていた敵の悪魔憑きが拘束を突破し、伏兵を呼び起こした。


ただそれだけで勝って当たり前と言える程に好転していた戦況はひっくり返された。

至る所で陣形を組む間もなく乱戦が起きている。


周囲の廃墟から次々と湧き出してくるのは捻じれたミュータントの群れ。

その中には当然、飛行種も含まれており——————。



「ちっくしょ!駄目だ、上がらねぇ!」


編隊長も務めるモルフォライダー族長ズィロを狙って直下から急上昇してきた敵との間に割り込んで盾になった古参飛行兵のゼケは急激に高度を下げていく己のモルフォを罵りつつ、乗騎の姿勢制御を回復しようと悪戦苦闘していた。


飛行種は物理法則に従う以上にエーテルに乗って空を飛ぶ、羽根は空力制御をするというよりはエーテルを捉えるヒレに近いと言っても良い。


例え片翼を失ったとて制御された降下が可能であるが、それすらも出来ずに急降下を抑制できずにいる。


足で横腹を蹴ろうと、鞭を入れようと、体を摩ろうと反応すらしないモルフォを見てゼケは己の騎獣が既に死亡していることを理解する。


たかが体当たりであろうと、死ぬ時は死ぬ。

おそらく衝角か爪がモルフォの内臓を抉ったのだろう。

機動性が高い代わりに装甲の薄い事がモルフォの致命的な弱点であった。


錐揉み回転に陥る事を避けられただけ行幸と言えるが、地面に向けて落下を続けているとなっては運命はそう変わりはしないだろう。



「大丈夫ですか!?状況は!?」


編隊から抜け出し、落下を続けるゼケの隣に普段から補佐を買って出ているハンプが追従する。


気難しい生物であるモルフォを操作し、羽根を畳ませて速度を出した降下状態を維持させつつ落下するゼケのモルフォに巻き込まれぬよう、適度な距離を保ちながら声の届く範囲まで接近できるのは熟練の証だ。


だが、そうであっても救出など期待出来はしない。

落下防止のために飛行兵は鞍と足を硬く固定している。

古参兵であれば、あえて緩めて置いたり外したりする事もあるが、ゼケはそうした事はしない主義であった。



「モルフォがやられた!助けなくていい!おめぇは若を守れ!」


なおも救出しようと手を伸ばしてくるハンプに対してゼケは大げさに片腕を振って拒絶を示してから上方へと腕を振り上げ指をさした。


その指の先、遥か上方には先の奇襲に成功して高度を得た敵飛行種がとぐろを巻いた蛇の様に旋回を繰り返しながら襲撃の為の位置取りを始めている。


空戦において高度とはそのまま優位を意味する。

降下によって運動エネルギー得た上方からの襲撃に低空の機体は抗えないが故だ。



人間一人乗せている時点で本来の機動性を損なっているモルフォにこれ以上の重量物を乗せる事は共倒れしか無いと言えた。



その意図を理解し、ハンプはゼケに素早く敬礼を返すと即座にモルフォを旋回させて離脱していく。

脱出の可能性は潰え、墜落死が見えてきた。

モルフォライダーの最もポピュラーな死に方の一つだ。


熟達したモルフォライダーはパラシュートを着用しない。

脚部を鞍に固定する事で容易に脱出できないという意味合いもあるが、まず助からないからだ。


飛行種に乗騎をやられたならば、落下傘降下を試みても途中に食われるだけ。

乗騎から落ちただけとて、そんな間抜けな搭乗者をモルフォは見限って餌として捕食するだけだ。


仮に無事脱出したとて、地上にいるミュータントに食われるだけであるが故にパラシュートは無意味な重量物として新兵や訓練兵以外には支給すらされる事すら無い。


今となって地上も空も地獄と言える。

既に落ちゆくモルフォを発見した何体かの中型種が大口を開け、腕を伸ばして出待ちしている。

上空では体勢を整えた飛行種が急降下でこちらを捕食せんと迫ってきている。


足の代わりに細長く筋張った人間の腕を持ったトンボ(よう)の中型飛行種が縦に開いた異形と化した口を開けて腕を伸ばし迫ってくる。


最期にできる選択は懐の拳銃に手を伸ばし、己か敵に向けて引き金を引くくらいだろう。

——————敵に楽をさせてやる義理などない。



「片目ぐらいは取ってやら——————」


迫る飛行種に拳銃を向け、啖呵を吐かんと叫んだゼケの眼前にて『トンボもどき』の胴体から白く輝く光波斬撃によって前後二つに両断された。



「な、なん——————」

「お前は男だ、ここで死ぬには惜しい。まだ生きると良い」



困惑の声を上げる間もなく、背後で男とも女とも聞こえる中性的な声が響くと同時に歪な浮遊感がゼケを襲う。

気づけば、股下にいる筈のモルフォすらなく下に見えるは茶色の地面。


飛行服の首根っこを掴まれ飛んでいる、生身で。

こんな事が出来るのは——————。



「……なんであんたがこっちにいるんでさぁ?」

「向こうは我が娘に任せてきた。いくらか時間ぐらいは稼げるだろう」


ゼケは首だけをなんとか動かし、後背にいる存在を見やる。

そこにあるのは黒染めされた兜のバイザー越しでも分かるほどに存在感を漂わせる輝く紫の瞳を持ち、黒翼をはためかせる騎士の姿。


敵の大将と戦っているはずのリュナ・ドラクリアであった。

リュナはレオの相手をラペナに任せ、全速力で航空戦力であるモルフォライダーの救援へと駆け付けたのだった。


それは航空戦力の希少性と今後の布石における重要性を加味した上での決断であった。

地上部隊には血族としたシュワンツと選抜歩兵がいるので暫くは抵抗は可能だろう。


逆にモルフォライダーはリュナと同盟は結べど、血を受け入れる事を保留したが故に通常兵器しか持ち合わせていない。

育成にも補充にも時間のかかる兵種をここで消耗させるわけにはいかなかい。


優先して支援するのは自然な成り行きであった。



「口を閉じていると良い。私は父祖と違って戦闘機動が荒っぽいからね」


言うが早いかゼケの視界が流転し、濁った黄色の空が見えたかと思えば肉体に急激な浮遊感が襲い掛かる。


リュナが体を反回転させて回頭し、急上昇を開始したのだ。

先に離脱して編隊への合流を試みていたハンプのモルフォを追い抜き、リュナは更に加速し続ける。


左手にゼケを掴み、右手で剣を握るリュナが腰から生やした大羽根を巧みに操作しおおよそ通常の飛行生物では不可能な鋭角的な機動と加速を繰り返す。


異様な光景に思わず片手を上げて困惑するハンプの姿が瞬く間にゼケの視界から消えていく。



強靭な翼が生み出す物理的な揚力と羽根を用いた大気中のエーテルを捕らえ推進力とする飛行種のエーテル操作能力を併用し、かつ己の体内のエーテルすらも推進力として消費する事で発生する莫大な推進力は純粋にエーテルを消費して加速するだけのレオのそれを遥かに凌駕する。



「どこ…に…行くってん…」


モルフォでの飛行など児戯に思える程の高Gと風圧の中、ゼケは苦し気に口を開く。

呼吸すらも困難で、先祖伝来の飛行服を着ていなければ体温を失って意識すら失いかねない程の肉体への負荷。


あたかも複葉機にしか乗っていないパイロットをいきなり音速戦闘機に乗せたような暴挙を身をもって体験する中、それでも奇妙にもゼケの内に宿ったのはこの速度で過ぎ去っていく世界の美しさと高揚感であった。



「編隊を追っている敵飛行種を叩く。君を下ろしている時間も惜しいので付き合って貰おう」



あたかも空に向かって落ちていくような錯覚に襲われる中、ゼケの視界に映り始めるのはモルフォライダーの編隊を追撃する幾匹かの飛行種であった。


高速で肉薄し、回避の遅れたモルフォと飛行兵に喰らいつかんんと追い回す敵飛行種に対して周囲の飛行兵たちが自衛火器として持ち込んだボルトアクションライフルと自動拳銃で持って近距離からの反撃を試みている。


おそらく小型種は自力で撃退したのであろう。

追いすがってるのはいずれも中型であり、周囲で僅かばかりに輝く燐光を見るに微弱ながら防壁すら持っている様であった。


飛行隊の装備では撃退が難しいと言えるものばかりが残っている。


二匹単位の分隊編制で分散したモルフォライダーたちがそれぞれに敵を引きつけつつ回避行動と攻撃を分担しながら地道な消耗戦を続けている。


目算で敵残数は三匹。

その戦域へとリュナは戦闘機動を繰り返す飛行種たちを遥かに超える速度で投入し、すれ違いざまの一撃離脱でもって最も手近な中型飛行種の羽根を両断する。


唐突に現れた闖入者の巻き起こした衝撃波と暴風がモルフォを襲い、編隊が四散する。

だが、それでも人的損害だけは回避できた様であった。


一方、両腕を羽根へと変化させていた『ハーピィもどき』は意識外からの一撃をなすすべくなく受け、失った両腕を振り回しながら青い血をまき散らしつつ地上へと落ちていく。


まずは一体。


落ちゆく敵を一瞥する事すらなく、剣から伝わる感触によってのみ成果を確認したリュナは速度を維持したまま素早く次の得物へと視線を移す。


狙う先はモルフォに追いすがる人の姿を比較的保ちつつも、背から虫の羽を生やし、頭部を奇怪な昆虫の様に変質させた『妖精もどき』。


既に剣の届く距離になく、高速機動の最中にあっては双方の距離は瞬く間に離れていく。


妖精もどき、そしてもう一体もまた航空隊の至近まで肉薄している。

先の突入で編隊が崩れ、相互援護も困難になっているのが見受けられる。

加減を見誤った事を僅かに反省し、しかしすぐに次善策をリュナは脳内で導き出す。


通常通りに速度を殺して旋回して戻っては救出が間に合わないと判断、手甲部分が盛り上がった奇怪な右腕籠手(ガントレット)を妖精もどきへと指向。



「片…手間…みてぇに中型、やりやが——————」

「反転する、口を閉じると良い」


ゼケへの短い警告を発すると同時に装着者の思念とエーテル操作を検知したガントレットの手甲から高速で射出された生体金属(ミスリル)ワイヤーアンカーが妖精もどきに襲い掛かる。


アンカー自体が意思を持つようにしなり、うねりながら青い炎を噴き出して高速徹甲ミサイルの如く妖精もどきの背中と腹を展開されていた薄い防壁ごと突き破り、貫通する。



だが、アンカーはそこで止まらない。

対象への固着に失敗したアンカーは再び青い炎を吐き出しながら反転し、妖精もどきの体内へと再投入。


今度こそ抜け出さぬ様にと、のたうち回りながら深く潜り込み、駄目押しとばかりにアンカーとケーブルから無数の返しを展開して肉に喰らい付く。


アンカーが十分に生体組織内部に根付いた段階で延伸をやめたケーブルが張りつめ、高速機動を行うリュナに急制動を齎す。


さながら転落した登山家や高所作業員が命綱で無理矢理引き留められるかの如き強制的な急停止。

それでもなお、殺しきれぬ速度でもってアンカーを基点にワイヤーを軋ませながらの弧を描いた方向転換を成し遂げる。


ゼケもその衝撃で前後左右に揺さぶられ、振り回されリュナの体に幾度となく激突すらする。

だが、万力の様に飛行服を掴み込んだリュナの左手は決して緩むことなくゼケを拘束し続ける。


この時点でゼケは驚愕を超えて畏怖を覚えつつあった。

如何に食料事情が悪いとてゼケは成人男性、それも部族の正規飛行兵であるからには配給もしっかりと受けて相応の体重をしている。


この怪物はそんな重量物に片手を塞がれ、本来の機動性を発揮できぬ状態で友軍を守りながら中型種との空中戦を優位に進めているのだ。



事実、二体目の撃破すらも既に目前であった。


後方よりアンカーを突き刺された妖精もどきが突如として湧き上がった激痛にのたうちながら速度を奪われ、釣り上げられた哀れな魚の様にリュナの腕へと引き寄せられていく。


常人であれば腕が千切れているであろう過負荷を平然と耐えつつ、リュナは再加速の為に駄目押しとばかりにワイヤーの引き込みすらも実施した緊急加速を試みる。


だが、ワイヤーを引き込み終わるよりも先に、耐久限界を迎えた妖精もどきの肉体が崩壊を引き起こす。


肉が砕け、血が爆ぜてまき散らされる中、体内に根付いたワイヤーアンカーが妖精もどきの肉の内より臓物を空中へと引きずり出す。


身をよじらせようと、方向を上げようとも成すところなく、骨と臓物の混じった肉塊は自由な空を得た事の代償として物理法則に従って妖精もどきとの短い最後の別れを告げてから地上へと落下していく。


瞬く間に全ての内容物を失い肉袋と化した妖精もどきが最後には肉体すらもワイヤーによって上下に分断されて絶命、先に落ちていった者と同じく蒼い血を間欠泉の様にまき散らしながら墜落していく。



失敗した、想定より脆すぎた。

僅かに舌打ちしたリュナは自力による加速を試みつつ、残る一体の処理方法を模索する。


既に一体のモルフォライダーに狙いを定め、喰らい付く間際であった。



もう一度アンカーを使うか?

否、距離が遠すぎて射程外だ。


光波斬撃(フォースブレード)による攻撃を行うか?

否、加害範囲が広い光波では味方が近すぎて巻き添えが起きる。


加速しての実体剣による斬撃は?

否、相対速度に差が出過ぎている今となっては剣が届く前に何人かやられなかねない。


ならば、出し惜しみは無しとしよう——————。



リュナの剣が蒼く輝き、剣の表面を覆っていた黒い被膜が剥がれて大気の中に霧散していく。

内より放たれる光はなおも強くなり、蒼い刀身が更なる眩い光を放って視界が白く染め上げられていく。



「まさかそりゃエーテ——————」


ゼケが叫び終わるよりも早く、刀身より放たれた一点を穿つかの如き、細く鋭い光の槍の一撃が周囲の友軍を巻き込むことなく最後の敵を爆散せしめる。



ゼケはそれを知っていた。

否、古き伝承を知る者であれば皆が知っている伝説的な異世界騎士の力の象徴。


剣より放たれ、全てを貫きし光の槍。

対抗技術が実用化されるまでの間、あらゆる戦車の装甲を貫徹し、戦闘機に回避機動を行う事すらも許さなかった魔法文明最強の長距離投射兵器。


これこそが最も多くの人類兵器を屠った恐怖の兵装、エーテルランスの輝きであった。



今、己は伝説の復活を目の当たりにしている。

そして、かつて人類を滅亡の恐怖へと追い込んだ業によって同胞と己は救われた。



「空はこれで良し、だ。次は地上支援に移るとして——————」


加熱し、陽炎を揺らめかせる蒼い刀身に纏わりついた白煙を振り払うように一度剣を大きく振るったリュナは今度は加減した速度で再集結を試みているモルフォライダーの編隊へと接近。


目指すは編隊の基点となる族長ズィロの隊長機、速度を落とし相対速度を合わせ、先までの暴風の様な機動とは異なり、鳥の様な優雅な滑空でもってズィロの隣を並走して見せる。



「戦闘を邪魔だてしてすまなかった。ズィロ殿、怪我はないか?」

「リュナ殿か、加勢に感謝する。我らばかりでなくゼケまで救ってくれるとは」

「迂闊な攻撃で君たちの連携を乱してしまった、次の戦闘までに連携戦術を改善するとしよう」

「数騎は犠牲するしかないと見ていたのでむしろ助かった。やはり貴公は強いな」


二人の族長が空中にて邂逅し、双方の健闘を称え合う。



「ズィロ殿、部隊を再編後は敵本営への攻撃を支援していただきたい。私はこのまま敵の大型と中型を間引いてから本来の仕事に戻る事とする」

「了解したがリュナ殿、我らの助力は本当に必要なのか?」


貴公ならば一人でこの状況をひっくり返せるであろう?

暗にそう告げられ、リュナは即座に首を振る。



「買い被り過ぎては困るね。私は君たちより少し強い程度の存在さ。私と我が娘がアレに滅ぼされる前に敵の頭を片をつけてきてくれ。頼むよ」


言うが早いかリュナは後方へと振り返り、ようやく追いついたハンプのモルフォへと接近。

首根っこを掴んでいたゼケをハンプの騎乗するモルフォへと下ろすと戦闘が続く地上へ向けて素早く降下を開始した。



「アレね、確かに厄介そうな相手だ。そういう意味ではまだやりやすい相手を回してくれているか…」


ズィロは遥か遠方で未だ続いている戦闘が巻き起こす緑色の閃光と巻き起こる砂煙を一度にらみつけると、即座に目を反らして信号弾を打ち上げ、拡声器を手に取った。



「各機!もう一戦やるぞ!爆装して近接航空支援!今度は地虫風情に落とされるなよ!」


族長の叫びに呼応するように残存する全モルフォライダーが右腕を上げ、族長の背後について雁行陣を組み、補給の為に戦域を一時離脱した。




————————————————————————————————————



敵の分断には成功した。

後は各個に撃破していくのが最上だ。


レオは未だ完全には制御の戻らない肉体を酷使しながら目前の黄金に輝く竜と対峙する。

肉体の反応速度が落ちた事でいつも通りの力に任せた押し込みが出来ぬ、だが問題はない。



「悪くない、良き時代を思い出す!」


レオは相手を制止する様に左掌をラペナへと向け、展開した銃身から凝血弾を連射しながら降下と後退を繰り返す。


鈍重な現状で空中戦は厳しい、何より踏ん張れる足場が必要だ。

エーテル操作能力を得て尚、空中にいるよりも地上での戦闘の方が精神的な安定性も高く戦闘だけに集中が出来る故に好ましい。


特にこのような重量級の攻撃を行える相手ともなれば猶更だ。

初手の空中戦で後れを取ったのは反応速度が悪かっただけではない。


ラペナが純粋に素早く、そして重い一撃を加えてくる純粋なパワーファイターであるが故だった。

まるで羽根の生えたエンキ、或いは人間サイズのドラゴンだ。


こちらのパワープレイを封じられた現在では基本に立ち返る事が肝要と言えた。

弱い奴は頭を使わねば戦いの土俵にもたてぬ。

弱者であるほど頭を使うというエンキの言葉は逆説的に弱者の戦い方を垂れてもいるのだ。



機動歩兵の戦術教本における対ミュータント戦における基本戦術は退き撃ち。

後方へと下がりながら射撃を繰り返し、突破してきた敵とのみ近接戦闘を行う事で被弾リスクを下げつつ敵へ対処する事を趣旨とした物だ。


体の動きが鈍り、かつて強化外骨格(エクソスーツ)を纏って戦っていた頃の感覚に近くなった今の方が逆にレオにとっては基本に忠実であれる分、戦いやすいまであった。


これは腕部に仕込んだマスケット銃身を用いた疑似サブウェポンがこれまで用いてきた腕部固定散弾銃や炸薬箱を仕込んだ実体盾に比べて遥かに継戦能力が高く弾切れを起こさない事も功を奏している。


必要な状況、必要な瞬間に必要な火力を必要なだけ投射できる。

そんな当たり前の事すらも贅沢と言える程にこの世界の技術と装備の水準は低かった。


文明人(レオ)は道具を用いてこそ、強いのだ。

叫び声を上げながら剣を振り回して走り回るだけの原始人など強い筈が無い。


人体を保持したままでは不可能だった外骨格歩兵らしい戦いを、レオは肉体を捨てた事でようやく取り戻せていた。



そして、負荷がかかり運動性能までも当時に近づいたことでより『兵器』としての完成を迎えるに至った。


望まぬ力に振り回されつつも人の枠から外れる事の出来ぬ男は、望まぬ力で押さえつけられることで本来の型に戻されたのだ。


ラペナに向けて次々と左掌から放たれる乾ききった血の散弾が緑の爆炎を上げて炸裂し、都度ラペナの纏う防壁とエーテル干渉を起こして絶叫の様な金属音と蒼い粒子の飛散を引き起こす。


かつて信頼した12.7mm重機関銃よりもよほど効力を見せる凝血弾に内心で舌打ちしつつ、レオは射撃を突破したラペナを剣で迎え撃つ。



縦に横に振り回される骨剣の軌道に剣を合わせて攻撃を弾きつつ、目指すのは地上。


確かに威力と速度はエンキ並みだが動き自体は単調、凌ぎきれる。

そう判断しかけた瞬間——————。



不意に軌道を変え、射程を延伸した骨剣が赤剣をすり抜け、生物の如き敏捷性で左上方からレオの首を狙う。


咄嗟に動こうにも反応速度の遅い肉体では対処しきれない。

だが、幸いにも鈍いのは肉体の反応速度だけであった。


今まさにレオの弱点たる首筋を狙った骨剣の切っ先が目前まで迫った瞬間、不可視の防壁がその侵入を一時ながら退ける。


浮かび上がった半透明の膜が骨剣との激突で金属質な絶叫を上げ、蒼い燐光を迸らせながら粉砕させる刹那の間に受け身を取って防御を試みる。


左肩を上げ、上半身を右に傾けて首を守り、腕と胴体で骨剣の一撃を受け止めるが、衝撃までは相殺しきれない。


直撃部をひしゃげさせる程の剣戟に圧倒され、姿勢を崩しつつもなんとか着地し、躊躇する事無くなお下がる。


これがかつての様な強化外骨格(エクソスーツ)であったならば中身の人間が装甲の変形に耐えきれずに圧死していただろう。


だが、今の有様であれば問題ない。

死なない、動ける、戦える。


人の感覚と人から逸脱した有様、二つが合わされば早々死ぬ事も負ける事も在りはしない。



姿勢を立て直し、ラペナへと視線を戻せば剣であるはずの骨剣が延伸されて柔軟性のある鞭の様に変質している。

ファンタジー創作でよく出てくる類の武器を現実に、それも人間の骨で再現しようとは、なんとも邪悪な蛇腹剣(じゃばらけん)と言えようか。


だが、そんな邪悪な玩具を観察する間も与えんとばかりにラペナが大口を開き、口内から青い炎を解き放つ。



「…ッ!」


牽制でばら撒かれた凝血弾がドラゴンブレスにたやすく飲み込みながら、そのままレオを焼き尽くさんと殺到する。


これは防壁で耐えきれる。

だが、視界を塞がれるのはまずい。


回避しろ、死ぬぞ。

叫ぶ己の直感を信じて跳躍して上空へと跳べば下方に見えるは死角となる背後に瞬時に回り込んだラペナによる横一線の全力斬撃。


ただ一振りにして周囲の土煙と炎を霧散させ吹き飛ばす程のエーテルを纏った馬鹿げた斬撃。

位置と角度からして狙われていたのは首筋だ。



これで確実だ、奴はこちらの弱点を完全に理解している。

やはりクロエを逃がした事が後を引く——————。



獲物を見失ったラペナが素早く前後を確認したのちに上を向く。

二体の異形が共に持つ赤い瞳同士がしっかり相手の瞳を凝視し合う。



「ハッハァアアアア!」


レオが着地点を読む様にラペナは地を這うかの如き前傾姿勢で骨剣を横薙ぎに構えて殺到してくる。

一方のレオは牽制射撃と同時に疑似スラスターで急降下と軌道変更を試みて回避を狙うが、その動きにラペナは悉く追従してみせる。



「ッ!あと少しか…!」


着地と同時に起こるは再度の近接戦。

近ければ剣となり、離れれば鞭となる骨剣は遠近両用にして死角が無い。


火花と青い燐光をまき散らし、金属同士が激突する硬質な絶叫を上げながら、生物由来であるはずの骨剣がレオの赤剣との激突に平然と耐える様は最早超常的な異物感すらもある。


鞭の様にしなりつつ、しかし生物的な獰猛さをもって本来あるべき軌道を逸脱した正確な斬撃を放つ骨剣を防壁と剣の二段構えで凌ぎつつ、レオが素早く次の策を模索する。



退き撃ちの神髄は距離を取った迎撃戦からのキルゾーンへの誘引にこそある。

現状、キルゾーンは無い。

だが、今ならばまだ作り出せる。


今まさに呼び起こした異形たちとの戦闘が続く市街地跡へ向けての後退戦を企図し、劣勢であると見せかけつつレオ攻撃を防ぎ続ける。



更に数度剣を打ちつけ合い、牽制の射撃を行いながら後退し、追いつかれて剣を打ち合う。

そんな不毛な戦闘を繰り返しつつ、レオは己が作り出した地獄へと遂に至る。



そこで争うのは最早レオにとってすらも救うに値しないと判断するに至った哀れな地上人たちとそれを元に作った更に救いの無い怪物たち。


所詮は共食い、有効利用するに限る。

瞬間、レオは大きく息を吸い——————。



『奴を殺せぇ!』


レオの叫びに周囲で地上人を襲っていた幾匹かのミュータントが眼前の獲物を無視してラペナへ向けて殺到する。


実力差など考慮する事無く四足で走る捻じれた人間だった肉塊の群れが歪な大口を開け、猛然と黄金竜に飛び掛かる。


剣形態に切り替えた骨剣で迫る一匹を一刀のもとに切り捨て、剣を振るった隙をつくように潜り込もうとする新手を左裏拳で殴り潰し、尚も迫る肉塊を脚力任せの胴体当たりでもってひき殺し、一切の躊躇なくラペナは両手を広げて地を蹴り進んでレオを追う。


だが、そうであっても雑兵との戦闘は僅かずつラペナの歩みを遅める効果を齎した。

剣を振れば体の重心がぶれ、敵の質量との衝突を起こすたびに歩幅は狭まり、レオに次の行動を起こす事を許してしまう。


レオが目指すは先の叫びに呼応せずに戦闘を継続する配下の異形と戦闘を続ける地上人の集団。



「逃げてはならぬッ!この戦いは我らが神の与えた試練であるッ!神は我らの奮戦を見守っているぞぉ!」



一段高い残骸の山の上にて建設資材であろう長い鉄骨を振り回しながら叫ぶ狒々の様な悪魔憑きの周囲にいるのは突撃銃や分隊支援火器を装備した幾人かの悪魔憑き、そしてそれ以上に多数の雑多な小火器や鉄パイプを改造して作った長槍で武装した非力な地上人たち。



「方陣を崩すなァ!武器になるもんは何でも使って身ィ守れェ!」


叫ぶのはレオも見慣れた古き良き時代の自動小銃を持った口から突き出た牙を生やしたいわゆるオーク面ともいうべき半獣半人の悪魔憑き。

リュナに見出された選抜歩兵の一人であった。



遮蔽物になる筈であった廃墟群は内部から現れたミュータントに破壊され、安全な筈の陣地はそのまま死地と化した。

それでも神官長を指揮官とした『青の血族(ブルーブラッド)』の本営集団は即座に陣形を組んで敵に立ち向かう事を選んだ。


初動の混乱において陣形を作り損ねた多数の部族兵が餌食となった。

だが、神官長と選抜歩兵が基点となって構築した大方陣とその周辺に作られたいくつかの小方陣だけは襲撃の中で生存し、周囲から逃げ込んでくる味方を回収してなおも徹底抗戦を続けていたのだ。


そう、レオの望んだとおりにだ。

丁度良い素材が残っていた。


レオは己が血で作った偽りの装甲ヘルメットの内で邪悪な笑みを浮かべながら疑似スラスターを吹かして集団に向けて突進する。


狙うは大方陣のすぐ脇にある小方陣の一つ、脅威たりえる悪魔憑きもいない蹂躙されるためにここまで生きていてくれた都合の良い生存者たちの集団だ。



「おいィ!なんかキメェの来たぞォ!」


存在してはならぬ得体のしれない何かが迫っているという根源的な生理的嫌悪に突き動かされ、オーク面が叫ぶのとほぼ同時に選抜歩兵たちの視線と銃口が一斉にレオへと向けられる。


血の祝福を受けた選抜歩兵たちの多様性に満ちた異形の相貌に嫌悪と恐怖が浮かび、躊躇なく全員が銃の引き金を全力で引き絞ったのは、ほぼ同時であった。



「俺ら待機組だろぉ!?こんな困難、聞いてねぇぞ!」

「アガる演説されたのに補欠は嫌だって言ってたろぉ!ケツの穴閉めろよゲス野郎ども!」

「俺は永遠の39歳だぁ!ゲスじぇねぇ!」


口々に罵り声を上げながら四体の悪魔憑きが統制の取れた単射、三点バースト、短い連射によって5.56mm弾の弾幕を豪雨の如くレオへと向けて叩き込む。


人間であったならば称賛したくなる程の見事な射撃の腕と敢闘精神、だが化け物にかける賞賛の言葉は無い。

レオの眼前に展開された防壁が殺到する銃弾を豪雨を弾くガラス窓の如く食い止める。


素の小口径小銃弾で大型種相当の防壁を突破する事など不可能、レオは射撃を意に介すことなく弾幕を突破し、目当ての獲物へと一気に肉薄する。


すなわち、選抜歩兵たちよりも前で壁役として粗末な前装小銃や槍を構えている非力な地上人たちだ。



「く、来るなぁ!」


恐怖に顔を引きつらせ、悲鳴を上げながらも小方陣に籠った地上人たちは手に持った槍や銃剣をレオ目掛けて一斉に突き立てる。


これがレオではなくただのミュータント相手ならばこれで生き残れただろう。

だが、相手が悪い。


肉に突き立てられるべき幾つもの槍や銃剣がなんの手ごたえもなく、レオの胴体へとめり込んでいく。



「な…ッ!なんだこ——————」

「黙れ、さえずるな」


槍衾を素通りする様に、レオは粘性のある肉体を生かして武器を飲み込んだままに雑兵たちの眼前まで歩み寄り、叫び声をあげる雑兵の一人へと手を伸ばして口を掴んで抑え込みつつ穢れた血を流し込む。


同時に人の形を維持していたレオの胴体が波打って隆起し、内より飛び出し伸びた粘度の高い血の触手が周囲の雑兵たちにも襲い掛かり、同様の運命へと犠牲者たちを引きずり込む。



次の瞬間に起きるはエーテルの過供給によって引き起こされる強制変異。

部族兵たちが救いになりえると知ったリュナの業をレオは絶望の手段として行使し、哀れな変異体へと瞬時作り変えていく。



「貴様ァ!我らが神の(しもべ)を穢す事など儂が生きている限りは決して許さんぞォ!」


その有様に激昂したのは狒々の如き悪魔憑き、神官長であった。

残骸の頂上から跳躍し、鉄骨を振りかぶって小方陣で神への狼藉を行うレオへと強襲を試みる。



「チィ!ゲスども前に出るぞォ!左右から囲んで鉛玉叩きこめェ!」

「金ぴか様の射線上に立つなよ!焼かれるからなぁ!」


隣接陣地の同胞たちが変異し、狼狽した部族兵たちが陣形を崩す中、後列にいた選抜歩兵たちもレオの左右に素早く展開して自動小銃と分隊支援火器を向ける。



そして、レオの背後より迫るのは障害の全てを排除して雄叫びを上げながら迫るラペナ。


一見して袋小路、だがレオは怯まず叫ぶ。



「起きろケダモノよッ!それこそがお前たちの本性だッ!」


犠牲となった幾多もの変異体が溶け合い、混ざり合い、形作るは新たなる異形、冒涜的な新たなる命。


生誕した事への絶望の絶叫を上げながら蠢きだすは八つの首を持つ、人の面影を残した大型の異形。

この場に居合わせた者の中に古代神話の知識があれば叫んだであろう、ヤマタノオロチと。



肉塊から伸びあがった一本の首が絶叫を上げながら神官長の腹に喰らい付き、空中にて振り回す。

続く三本が左右に分かれた選抜歩兵と狼狽する大方陣の部族兵に襲い掛かり、そして——————。


残る四本がラペナへと一斉に襲い掛かった。


迫る一本目と二本目の首こそ容易く切り捨てて見せたものの、残る二本が喰らい付く事で拘束に成功し、ここでようやくラペナの動きが止まる。


周囲の脅威の全てを新たに作った変異体で制圧したレオが己が内に突き刺さった槍と銃剣を排出しながら拘束ラペナがいる背後に向き直る。


キルゾーンがようやく、完成した。

必要だったのは敵の拘束、仕留める武装は既に持っている。



己の代名詞たる赤剣すらも地に突き立て、握りしめるは左肩より己を貫いたリュナの黒槍。

一目見てこれが人智より逸脱した遺物であるという事は理解できていた。

これを奴の頭部に叩き込む。


右手で容易く引き抜いてから掲げ、左足を前に一歩大きく出して投擲の姿勢へと移る。


相手もまた防壁と装甲の二段構え、並みの攻撃では殺しきれない。

だが、近接戦闘で仕留めるのも今の状況では困難だ。


だから、これを温存しておく必要があった。

レオが強く握りしめた黒槍が侵食されるように乾いた血の様な赤錆色へと変色していく。


抵抗する武装の持ち主を無理矢理に上書きし、未だ大型種が拘束するラペナへと必中の一撃を期した最後の一撃を構える。


拘束している首は二本ともすでに絶命しつつあるが、拘束だけは維持してくれている。

すぐに抜け出すことは不可能、レオは勝利を確信して槍を投擲する。


対するラペナもまた、何かを察した様に動きを止めて大口を開いた。

今更ブレスなど無意味、その筈であった。


炎を溜め込むはずのラペナの口内に光が収束し、放たれるはかつてレオが人であった時に目の当たりにした光の槍の如き一閃のレーザー。


狙いは——————こちらの頭部か!

突如として沸いた命の危機への動揺は、レオの手元と身のこなしを僅かに狂わせるには十分であった。


赤錆の槍と蒼き光の槍が瞬時に交差し、双方を撃ち貫く。


赤き槍が拘束していた首ごとラペナの心臓を貫き、蒼き光の槍がレオの胴体中央を貫通して後方のヤマタの胴体をも撃ち貫いて一撃のもとに蒸発せしめる。


瞬間的な発射でありながら、クロエの十分に収束させたレーザー攻撃を遥かに上回る貫通性能と威力。

多用してきた効果の薄い火炎ブレスすらもこの一撃を叩き込むための油断を作るためのブラフ。



双方の張った防壁と物理防御など意に介さぬ一撃必殺の撃ち合い。

レオは動揺から、そしてラペナは正確な照準が間に合わなかったが故に必殺の一撃を互いに外し合う結果となった。


その末に、勝利したのはやはりレオであった。


人の神の寵愛に近づき過ぎたが故の不死の肉体に必殺は通用しない。

逆にラペナは寄生していた肉体の死によって急速に戦闘力を失いつつあった。


胴体への損害を意に返さず、レオが地を走る。


『来い』


大地に突き刺し、後方に置き去りにした剣に後ろ手を向けながら帰還を命じつつ、一気にラペナ目掛けて走り寄る。


ラペナが肉体の死を理解し、張り巡らせた『根』を呼び戻して首から分離する頃にはレオは既に眼前にて手の内に戻ってきていた赤剣を振りかぶっていた。


翼と化したアホ毛を素早くはためかせ、肉体から分離したラペナは斬撃を回避。

用済みになった肉体が粉砕される中、攻撃をよけるべく空中への脱出を試みる。



「逃がさん…!」


空飛ぶ生首を捕まえんと伸ばした左手の掌から放たれる凝血弾の爆炎がラペナに飛行ルートを妨害し、剣の加害範囲からの脱出を許さない。



「金ぴか様がやられたぞ!」

「ともかくあのアホ撃ちまくれィ!」

「御子様やられたら俺らも連帯責任喰らいそうだしな!」


大型種との戦闘から解放された三名の選抜歩兵の射撃を背後から受ける中、それを無視してレオが狙うのはあくまでもラペナ一体のみ。



射撃で牽制し、剣で墜とす。

だが、ここで災いするのはやはり反応速度の低下であった。


ラペナの飛行種としての才覚とレオの能力の低下が合わさり、幾度切り結んでもかわされる。



「ちょこまかと…!」



レオは左手での射撃を継続しつつ、右手で剣を天へと掲げる。

赤い刀身に緑の炎が纏わりつき、大きくなっていく。

斬撃で無理ならば面制圧だ、今まで同格相手に効いた試しが無い攻撃だがここまで弱った相手ならば問題ないだろう。


僅かな迷いを押し殺し、レオは剣から天を焦がさんという緑の炎の柱を作り出してラペナへと叩きつける。



だが——————。



「我が娘よ、よく持たせてくれた」


炎の奔流は割って入った黒装の騎士に阻まれた。

左腕の籠手に固定されたバックラーが黒染めの塗装を霧散させ、蒼く輝くと強固な魔道防壁(バリア)を展開して炎のエーテル流を霧散させ、まるで何事も起きていなかったかのように消失させる。


どうやら、時間をかけすぎたようだ。


「お父様、まだ早い!まだガス欠じゃないし時間だってあったのに!」

「すまないねラペナ。だが、今のまま続けていたらお前はきっと死んでいたよ」

「むー!でも確かにお姉さまじゃ勝つの無理ってのは分かるかも」


空中をホバリングしながらむくれるラペナの額を優しくなでた黒翼の騎士が剣を構えてレオへと向き直る。


黒染めされた鎧には無数の返り血と肉片がこびりつき、凄惨な近接戦闘に勝利してきた事を物語っている。


文字通り、『掃除』を終えて戻って来たのだろう。

既に周囲の悲鳴や戦闘の音は減り、遠方で僅かな破壊音が響き渡るのみであった。



「中々強いようだね君は、ここからは私がお相手をしよう」


レオの眼前に立ち塞がるは黒い鎧の内から紫の瞳を浮かび上がらせる血族(ブルーブラッド)の首魁、リュナ・ドラクリア。


これだけお膳立てして得られた成果は黄金竜の胴体の破壊のみ。

分断に成功するも各個撃破には失敗し、状況は再び悪化しつつあった。

ようやく主人公が主人公らしく強くて無双できる感じに書けるようになってきました。

レオは古い時代と古い種族と死を背負い、リュナは新しい時代と新しい種族と生を背負う事で陰と陽が合わさりバランスが取れるのだという思想で現在鋭意制作しております。

つまりマークニヒトとマークザインですね、世紀末的作品群から着想を得てますがファフナーもある意味世紀末的世界観なのでこれから要素が多分に混ざっていくかもしれません。

結局好きな作品のごった煮であります故。


という事で今回の戦闘のイメージBGMは概ねこれです

https://www.youtube.com/watch?v=MYBMbRd8Uds


今回はここまで

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