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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
二章『自由の荒野』
92/101

三十一話、魔王

ゴールデン神官長


いつの間にかうたた寝をしていたゴサンの意識を覚醒させたのは頬を叩く感触と地獄の様な声であった。



「起きよ、選ばれたる者よ」

「ん、んあ…」


何かとても大事な事を忘れている気がする。

だが、そんな事すら忘れる程に眠気が耐えがたい物であった事だけを思い出しつつ、ゴサンは目を覚ました。


そして、目の前にある異様な存在に思わず上ずった悲鳴を上げた。

思わず後ろに転げそうになるが、背もたれの付いた椅子に阻まれて距離を取る事は叶わない。



「んひっ!」

「ヌシが惰眠を貪っているのをずっと見ていたぞ。(あるじ)の命を受けて尚その態度、よほど疲れていたのだな?」


ゴサンの目前にあったのは顔だった。

骨に僅かな肉と皮を与えたような痩せ切った顔には深いしわが走り、落ちくぼんだ目は瞳孔が開ききり血走っている。

その一瞬たりとも瞬きしない黒い瞳がゴサンの内面すら覗き込みようにまっすぐ見据えてくる。


老人だ、老人がゴサンの極至近距離、少しでも動けばそのままキスしてしまえそうな距離に顔を置いて見つめ、語り掛けてきているのだ。


40を超えているであろう体は急激な老いに蝕まれ、手入れされずに伸び散らかした白髪は逆立ち、悪臭のする口にはまともな歯は残っていないという様だった。

髭に関しては剃っているが故、余計に手入れされてない歯が目につく。


肉体も年相応に老い、縮まり、さして鍛えていないゴサンよりもひ弱な矮躯に見える。

だが、気迫に関してだけはその辺の族長たちのそれより遥かに存在感を醸し出す何かを持っている。


そんな不潔で異常な老人にゴサンは圧迫面接の如く超至近距離で会話を強いられているのだ。

どうしてこうなった、俺の人生はこんな苦難や困難に満ちていて良い筈が無い。


全部、あの頭のおかしい女に首根っこを掴まれてから始まったのだ。

誰でも良いから助けてくれ。


ゴサンは救いを求め、しかしそんな物がこの世界に無い事を思い出して絶望した。



「あ、あんたまさか神官長か…?」

「ほう、少しは学があるようだな。選ばれし者よ」


名を当てられたが故か、老人は顔を笑みに歪ませるとゴサンの至近距離より離れる。



その老人こそがエンキを神とあがめる狂信者たちの長であった。

神官長、一部ではそうも言われているがほぼ自称だ。

エンキを勝手に神と崇拝する集団(ファンクラブ)を作った厄介爺さんというのが実情だろうか。


本名は誰も知らない。

知っているのは本人だけであろうが、決して口にすることが無いからだ。

エンキ像の前で平気で集団自殺を開始するような異常者どもの長だけあってまともな奴では当然ながら無い。



「さぁ、()くぞぉ!今宵、ヌシは(あるじ)に選ばれたぁ!」


神官長が叫ぶや否や、ゴサンが眠っていた天幕に多数のボロ布を纏った有象無象が突入し、ゴサンをどこかへ誘わんと腕を伸ばしてくる。

どいつもこいつも同じような使命感に満ち足りた顔が一層狂気をかき立てる。


神官長配下の信者たちだった。

多勢に無勢、ゴサンは四肢を信者たちに掴まれてこれから解体される生贄の子羊の如く外へと運び出されていく。


外は既に夜だった。

詰んだ、今更外には逃げられぬ。



「や、やめろぉおおお!俺をどこへ連れていくきだぁああああ!?」

「無論!主の元だぁ!ヌシが主より与えられた命を忘れたとは言わせんぞぉ!」


神官長の咎めるような口調にゴサンは何かを忘れているという既視感の正体を思い出した。

そうだ、自分は―――――。



「そうじゃぁ!さぁ、主に報告するのだぁ!あの族長どもの有様をぉおおおおお!」

「な、なんでそこまで知ってて起こさないんだよぉおおおおお!?」



無数の信者に囲まれ運ばれる中、ゴサンの頭に今に至るまでの光景が次々と鮮明に思い出されて行く。

ゴサンは新たな主であるリュナのいいつけを居眠りという形で破り、期待を裏切ったのだ。



こんな筈では無かった。

その日、多くの者に共通したであろう感情はそれであった。


レオが敵を仕留め損ね、キドが人から逸脱し、デュラが勝てる筈の戦いに敗北したことを理解して各々に怒りや苦しみや後悔にのたうち回っていた頃、ただの非力な人間たちの中にもそうした感情を強く持つ者が多くいた。



その中の一人である哀れな人間たるゴサンはこの日、帰還して早々にそのまま議論とは名ばかりの族長たちの罵り合いと口論の場に居合わせる事を命じられていたのだ。


それは懲罰であり、同時に今後を期待したが故の試金石を兼ねた抜擢でもあった。

短期間の間にクロエの小間使いからリュナの名代、そして今次遠征の会議録書記官として昇進されられて送り込まれたのだ。


学が無い故、文字も書けないし記録も出来ないと抗弁したが、ならば頭で記憶しろという無茶振りを与えられて、だ。



目と鼻先の先も見えぬ夜の闇を防寒着なしで高速飛行する暴挙によって与えられた寒さと恐怖に耐え、ようやく帰還して生きた心地と疲労による眠気に襲われ始めたゴサンはしかし、休むことは許されなかったのだ。



太陽が昼の位置に到達しつつある頃に帰りついて早々、ゴサンを出迎えたのは鬼気迫る表情で駆け寄ってくる銀髪の悪魔憑きと険しい表情でそれを見守る討伐軍頭目のゲネラル・シュワンツ、そしてクロエが勝つ事でこの苦行から解放されると楽観視していた族長たちの驚愕と怒りに満ちた数多の視線であった。


血の気が引き、気が遠くなりかけるが、弱者としての所作が染みついた生存本能がゴサンの体を動かした。

即座に騎獣から飛び降りると同時に跪いて平身低頭の土下座を行い、慈悲を乞うたのだ。



無限にも思える夜行種に囲まれて絶海の孤島の如く包囲された城塞都市が焼け落ちていく様を、その中でクロエとデュラがいかに勇敢に戦ったかを。

そして、その二人を破った強大な化け物がいた事をゴサンは舌をもつれさせながらも必死に訴えた。

非力な己では彼女たちを連れ帰るだけで精一杯であった事を添えて、だ。


他にも言うべき事は多くあったかもしれない。

だが、こういう上位者たちに長々と無駄な説明するのはかえって命乞いしていると判断されて不興を買う事をゴサンはよく理解していた。


エンキがそうであったし、それを正しい手本か何かだと勘違いしてる族長連中もそうであった。

それを込みにした上で、目の前の悪魔憑きがアレらよりはマシな部類である可能性に賭けたのだった。


許されないならばリュナ直々に始末されるか、或いはその背後で殺気立っている族長連中にリンチされて死ぬかいずれかだった。


ゴサンは心の中で何かに祈った、最早祈る神など知らぬが祈るしかなかった。

救ってくれるならばその辺の草木や虫や石でも拝み倒せるというほどに。


そうして命乞いを行った相手たる銀髪の悪魔憑き、リュナはと言えばそんなゴサンの態度と言葉を完全に無視していた。


土下座するゴサンの横をすり抜けて騎獣グイリンの背の上で横たわる二人へと素早い歩みで近寄ると脈や体温、呼吸を確認し、ついで鞍に備えつけられた医薬品袋を見分してその中身の使用状況を確認した上で安堵した様に一人頷いていた。



「顔を上げよ。弁明は不要、どうやら君は役割をしっかり果たしたようだからね」


背後からした声にゴサンは弾かれたように顔を上げると土下座の姿勢のまま背後にいるリュナへと方向転換をする。


そこにあったのは先までの鬼気迫る表情ではなく、安堵と満足感を持った余裕のある優し気ないつもの微笑みであった。


助かった。

ゴサンはその時、心底から思ったものであった。



「皆まで言わなくても分かる。君が彼女たちを我が友グイリンの背に乗せ、応急処置まで行ってくれたのだろう?」


その通りであった。

戦闘が始まる前、クロエはグイリンの鞍に括りつけられている薬品袋の中身と使い方を簡単にゴサンへと説明していたのだ。


その記憶を頼りにゴサンは空中にて二人が落ちぬように抑えながら、残る片手で必死に薬品袋に手を伸ばし瀕死の二人に青く輝くエーテリウム結晶入りの回復剤を振りまいたのだ。



その事実をただ、二人の状態と医薬品の使用状況を見ただけでリュナは理解して見せたのだった。

或いはまだ二人の体にはその青い輝きが付着していたのかもしれない。

いずれにしろ、リュナはゴサンの弁明を聞くまでもなく、その行動を理解して賞賛し、そして生存を許したのだった。


その所作に目の前の銀髪の悪魔憑きは非常に聡明かつ寛大な存在なのだとゴサンは理解した。

しかし―――――。



「良かった、二人が死んでいたら私は君に八つ当たりをしてしまっていただろうからね」



脳裏で未だに鮮明に残るあの言葉にゴサンは思わず身震いする。

満面の笑みであったから余計に脳裏に焼き付いている。


リュナという存在は悪魔憑きとしては優しい部類なのかもしれない。

だが、結局は悪魔憑きだ。


大事な家族だと嘯きながら身内を戦場に送り出し、それが負傷して帰ってくれば激昂する様な奴だ。

彼女らが死んでいたら自分はどうなっていた?

間違いなく八つ裂きだ、そんな精神性の奴がまともな筈が無い。


無事でいられたのは悪魔憑きが狂乱する琴線を幸運にも回避できたからに過ぎない。

あんなのと一緒に過ごすのは旧時代の地雷原の上でフルマラソンするよりも危険だ。


ゴサンが二人を治療したのは良心からでは無い。

むしろ逆、打算からだ。


自分だけが生きて帰ってくることになれば確実に始末されると分かっていたからこそ、必死に彼女らを救ったのだ。


かくして、過去の記憶と今の記憶が同期する。

完全にしくじったという確信と恐怖が交じり合う。

会議で熟睡して役目を完全にすっぽかしてしまうとは。



死にたくない。

それだけが今も昔もゴサンを突き動かす衝動だった。



「ああ…!殺される!殺されるぅううう!なんで起こさないんだ爺ぃいいいい!?」

「ヌシは主に選ばれたぁ!ならばヌシがあの場で眠りこけたのは間違いなく主の意思ィ!その所業をどう裁くかも主の意思なりィ!」

「畜生!この狂信者めぇ!離せぇ!俺はまだ生きるんだぁあああああ!」


松明と照明灯だけがかろうじて世界に光を提供する闇の中をゴサンは進む。

そして待っていたのは燃え盛る炎で湯気を上げるドラム缶。

今回の遠征で部族兵の統率役や族長といった高位の人間だけがが浴する事を許されたドラム缶風呂がそこにはあった。



「主と謁見するのにその身なりは不敬!まずは清めよぉ!」

「ぐわぁああああああッ!」


信者に乱暴にドラム缶風呂に投げ込まれたゴサンが絶叫を上げる。

煮えた湯が熱すぎたのだ、皮膚が瞬く間に赤く変わっていく。

反射的に湯から出ようと藻掻くゴサンの頭や肩を信者たちが掴み、湯舟へと押し戻す。


ゴサン視点ではそれはれっきとした拷問であった。


対する信者たちは火傷を恐れず躊躇なく熱湯へと手を入れ、ゴサンを石鹸でもって磨き上げていく。

その様は泥まみれの野良犬を洗う手先が不器用で乱暴な中年男性の如くだ。


石鹸すらも族長らしか使えぬ特権的な希少品。

だが、今のゴサンが感じているのは苦痛だけだった。



「こ、殺すならせめてもっと楽にや―――――」


叫びすらも湯の中に押し込められ、叫びはかき消されて行く。

呼吸が出来ない、熱い、苦しい。

ゴサンが意識と抵抗力を失うのはさほど時間は掛からなかった。



―――――――――――――――



それは嵐の如き勢いで天幕へと突入し、拡声器で乱暴に拡張された音声の如く中の人間へと吠えたてる。



「我らが(あるじ)ィ!新たなる救世主よぉ!御所望の供物を今持って馳せ参じましたぞぉ!」


よりによってエンキなどという生ける暴力装置を神として崇めるという冒涜的な行いによって神官長という地位を得た狂気の老人が信者を率いてリュナ・ドラクリアが座する天幕に突入を果たしたのだ。


待っていた来客が遂に到着した事を確認し、リュナは笑顔で神官長とその信者たちを快く出迎えた。



「うん、ご苦労。だがもう少し声は小さくしてくれるかな?私の家族には寝てる者もいるからね」

「ははぁ!」


即座に平伏する神官長に習い、信者たちも一斉に膝をついて一糸乱れぬ土下座を敢行し天幕内には一種の異様な光景が醸し出されて行く。



「救世主よ、この者贄としてはいささか汚れておりましたのでこちらで清めさせていただきました。お時間をお取した事我らの命でもって―――――」

「ああ、良いよ良いよ。死んだらそこまでじゃないか、勿体ない。君らは生きていてこそ私の役に立つんだからこれからも頼むね。……あと彼は贄ではないからね?」

「ありがたき幸せっ!」


リュナ自身、この神官長という老人や信者たちについては若干持て余すところがあった。

何と言っても、この遠征に同行して数日程してからこの老人たちはリュナをエンキに変わる新たな神、或いは救世主として勝手に崇め始めたからである。


勝手にエンキを崇め、今度は勝手にリュナを崇める。

身勝手な人間らしい集団と言えたが、その忠義に関してだけは本物であった。


何と言ってもエンキ亡き後、彼等の目的は神と同じ場所への旅立ち。

すわなち集団自殺だけであり、全滅を前提に行動を起こしていた。


この遠征についてきたのも族長たちが仇討ちを完遂するか見届ける事。

そしてその為に行動し続ける限りにおいて、信者たちは進んで身を捨ててミュータントたちを集団から遠ざける『撒き餌』として命を使い潰す事が主目的であった。


仇と出会えるまで命永らえたならば爆弾を抱えて自爆攻撃を敢行していたかもしれない。



それをリュナは変えたのだ。

己が存在感でもって精神的主柱となる事で、騎士として集団を襲うミュータントを意図もたやすく屠っていく事で、一番の棟梁たるシュワンツ族長の信を得て副官として振る舞う事で以前よりこの集団に必要な存在であったかのように溶け込んでしまった事でリュナは死ぬ筈だった多くの信者を意図せず救い続けてしまった。


神官長、そして信者たちはそんなリュナに新しい希望を見出したのだ。

彼或いは彼女の者の為に生きたいという希望を。


そして、これはリュナにとっても悪い事では無かった。

特段の武力も移動手段も持たなかった信者たちは『撒き餌』の役目をする為に各部族の車両や騎乗生物を間借りし、或いはそれらに牽引される事でこの遠征に参加しており、その対価は各々が運ばれている部族への奉仕で贖われている。


逆に言えば、狂信者たちはこの遠征集団全域に根を張っており、それを統括する神官長には毎夜陣地を構築する度に各部族の内情が手を取る様に入ってくるのだ。

これを活用しない手は無いとリュナが気づくまでそう時間がかかる事では無かった。


かくして、この奇妙な集団はリュナが意図しない所で勝手にリュナへと帰依し、強力な情報網として今回の遠征で機能する事となったのだった。


だからこそ、リュナはクロエらが重傷を負った事には動揺こそすれ、敗北した事には一切の不満を抱いていなかった。


娘デュラの危惧した諸問題は最初から分かっていた事であった。

その上で勝算が低い戦い―――――もっとも、ここまでの深手は想定していなかった―――――に送り込んだのだ。

それすらも布石となると考えるが故に―――――。



神官長が信者たちが運んできたゴサンをリュナが座する囲炉裏の対面まで運び、胡坐をかいた状態で座らせる。



「起きよ」

「ふはっ!?」


未だ熱湯による拷問を経て意識を失っていたゴサンが神官長の張り手によって意識を覚醒させられる。

そして、ゴサンは青ざめた。



「リュ、リュ…!」


酷い拷問を受けようやく意識を取り戻してみれば、今もっとも出会いたくない恐ろしい存在が既に目の前にいる。

あまりの恐怖と衝撃にゴサンはまともに言葉が出ない。



「パパ、アレいるの?」

「ああ、彼の口から直接聞きたい事があるからね」


囲炉裏を挟んで目の前にいるのはあの恐ろしき銀髪の悪魔憑きリュナがいつもの微笑みを携えながらあぐらをかいて座っている。

その膝の上には青紫色の髪をした生首めいた脳髄啜り亜種のデュラが座している。



「この男に何か聞くほどの事があるので?寝てただけであったが」


左右を見れば、右には今次遠征の指揮官である『ケツ掘り』シュワンツが腕を組んだ状態でこちらを厳しくにらんでいる。

自分の部下ならば然るべき処罰を加えるところだと言わんばかりに。



「ええ、ずっと寝てましたね。彼にとってはどうでも良い事だったのでしょうが」

「なんかの演技かと思いやしたがね、族長連中が殺気ガンガンに出してるのに寝てて面白い奴でしたな」


左には甘ったるい柑橘類を匂わせる飛行服を着た若い男と老齢の男が一人ずつ、こちらを一瞥して興味無さそうに視線をリュナへと戻している。


確か、飛行種を扱うモルフォライダーとかいう武闘派部族であっただろうか。

完全にこちらなど眼中に無いようだった。



「あぁ~ゴサンちゃぁん、おかぁえりぃ~」

「ヒュッ!」


無理に人の声を出している様な変に間延びした声がリュナの背後の闇から聞こえ、ゴサンは思わず短い悲鳴を上げる。

薄暗いそこにいたのは青い瞳を光らせる黒い獣、ゴサンの主たるクロエであった。


体に包帯を巻かれ、周囲に幾本もの薬瓶が転がる姿に未だ完治には程遠いのが見て取れる。

主はあの姿をあまり好まないというのをゴサンは短い付き合いで理解していた。


そうであるのに主は獣人形態を維持している。

おそらくまだ変身するだけの力が回復していないのだ。



「リュナちゃぁあん、ころぉしちゃあだぁめだよぉおお」

「大丈夫さ、君の玩具だろう?始末を決めるのは君だ。無理せずに寝ててくれ」

「わかったぁ~」


リュナの回答に満足したのか、クロエは再び寝返りを打って静かになった。

少なくとも、今すぐ始末される事はないとゴサンも安堵する。

最も、それは絞首刑台に並ぶ列の後ろの方に移動された程度の安堵感であったが。



「さて、ここに全員で集まって貰ったのは情報の共有と今後の方針決定の為だ。こっちが本当の会議だったって訳だね」


この場にいるメンバーを再度見て、ここにいるのが少なからずリュナの行いに賛同や敬意を持つ集団であることをゴサンは理解した。

言ってみれば、リュナ派と呼べば良いのだろうか。


臣下として振る舞う、そう言いながらも既に集団の主導権はリュナが握りつつある様だった。

何より、一番の実力者たるシュワンツがリュナという存在を頼っているが故だろう。

最早そういう星の元に生まれたのだろうとしか言えない集団統率能力と言えた。



昼間不毛な会議を行っていた連中を族長派と勝手に定義すれば、現在この遠征隊は二つの派閥で割れている事になる。

これまでリュナ派が主導してきたこの遠征は族長派としては面白くない事の連続だったことは疑うまでも無い。



「だが、今後の行軍予定や会敵後の戦闘に関する話し合いは既に済んでいる。ゴサン、君を呼んだのは今後私が何をするべきかの指針として君からの一言が欲しくてね」



昼間やっていた族長たちとの会議は児戯みたいなもの、本命はこちらというわけなのだろう。

結局のところ、リュナらは他の族長たちの話は一切聞く気が無かったという事だ。

その場に自分呼ばれた、そうなると―――――。



ゴサンは自分の意図しない所で派閥に組み込まれた事を悟り、安堵から一転、再び顔を青くする。

リュナは人差し指を上げ、そんなゴサンを指さした。



「どうだった、あの会議での族長たちは?」


リュナの意図が分からなかった。

だが、どうも批判されている感じはしなかった。



「その、俺は寝てしまっててなんとも…」

「そう、君は私の代わりに会議に出たのに寝てしまった。なぜだい?」


何が正解か分からない、こういう時は相手が好む回答を出さねばならない筈だ。

だが、学のないゴサンに何が正解など分からないし、取り繕う能力も無い。


出した答えは簡単だった。



「特に大事な話してる感じが無かったんで気づいたら寝てしまってました」

「ほう、それだけかい?」


リュナは穏やかな笑みを浮かべている。

意図はやはり読み取れない


思いついたことをありのまま話す、それ以外に思いつかなかったのだ。



「えっと、なんかというか…。話自体が同じ事を繰り返すし、確かに口だけは煩いけど昨日の記憶が凄すぎて族長たちの顔から態度から、なんか全部が全部大した事無いように見えちゃいましてね…」

「それでついうっかり寝ちゃったんだね?」

「ええ、めちゃくちゃ疲れてたんで…」

「ハハハ!そうか!そうか!我が名代にして書記官殿は彼等の言葉や態度に何ら意味も意義も見いだせなかったか!」


リュナから帰ってきたのは愉快そうな笑い声であった。

即座にシュワンツがその意を問う。


「リュナ殿、今の事は既に吾輩らが聞かせていた事であるが、何か面白い事でも?」

「ああ、君らが向こうの族長たちがどんだけの剣幕で寝ている彼に怒り狂っていたか教えてくれたからこそ、彼の反応が面白くてね」

「ふむ…」

「族長たちの殺気や気迫とやらは昨日地獄を見てきたこの人間からすれば風のそよぎや虫の羽音よりもか弱く、か細かったという事。これほどの弱者にすら見限られる彼等に既に天命無しと理解した」


リュナは膝の上に置いていたデュラを優しく脇に降ろし、立ち上がる。



「この男を私の代わりにあの場に置いた!その時点で族長どもは屈辱だっただろう!その上爆睡だ!さぞや私を恨んでいるだろう!良くやってくれたぞゴサン!」

「ヒュッ!」


その言葉にゴサンはわずかに失禁した。

囲炉裏の炎に当てられた紫の目は爛々と輝き、顔には凶悪な笑みが浮かんでいる。

まるでかのエンキの如く―――――。



「神官長!件の族長たちは決起しそうか!?」

「はっ!既に怒り心頭ッ!機さえあれば今夜にでも!」


未だ土下座のままの神官長の言にリュナは満足そうに頷く。



「よろしい!例の者に使いを走らせよ!鉄は熱いうちに打ってしまうとしよう!」

「ただちにッ!そこなヌシ!すぐ走れ!主の意思は絶対である!」


弾かれたように立ち上がった神官長はすぐに隣の信者を伝令として走らせる。

そして、主の次の命を待つべく再び土下座の姿勢へと即座に戻る。



「シュワンツ殿、ズィロ殿、各々方は手勢で身を守られよ。私はこれより一人でサウナにでも入ってくるとしよう!」

「……隙を作るのであるな?リュナ殿、世話をかける。代わりと言ってはあれだが、この場の守りに吾輩の精鋭を数名回すとしよう。貴殿の妻子は吾輩の配下が守る」

「こちらとしては異論無い、貴方が負ける事は万に一つなし。すぐに明日の準備に取り掛からせて貰う」


48th族長シュワンツ、そしてモルフォライダー族長のズィロはそれぞれリュナの言葉に了承し、同じく席を立つ。



「それでは皆、良い夜を。明日は綺麗さっぱりとした朝になるだろう」


リュナがそのまま天幕を堂々退出せんと出口へと向かい、未だ土下座のまま控えていた神官長と信者たちがそれを察して割れた海の如く道を即座に譲る。



「忠義に感謝する。君たちも眠いだろうがもう一仕事だけ踏ん張ってくれ、頼んだよ」


リュナはそんな信者たちにも労いの声をかけつつ、天幕を後にする。



「ゼケ、明日の朝一番から偵察を出す。人選は済んでいるか?」

「ええ、とっくに手配済みです。しかし、勝てますかねあの嬢ちゃんで」

「あっちの族長たちと肩を合わせて戦いたいのか?」

「まさか、自殺の趣味は無いですな」

「ならば、彼女を信じるほかあるまい?」

「まあ、俺は若が生きて部族の元に帰れりゃなんも言わんですけどね―――――」


そのリュナの後をモルフォライダーの二人が会話を続けながら通っていく。



「ふむ、凡俗の言葉だからこそ決起するにたる証となりえるか…。こちらとしても学ぶ事が多いか…。もっと若い時に出会いたかったものだ」


ゴサンを一瞥したシュワンツが何かを考え込む様に呟きながら更に退出し、その後神官長らも達成感と使命感に満たされた顔と共に続々と退出。


残されたのはゴサンとリュナの家族のみとなった。



「……助かった」


安堵にゴサンはその場でへたり込む。

だが、まだ安寧は訪れない。



「人間、私を今すぐ抱えて外に出なさい」

「へっ?」

「私は見届け、学ばないといけない。すぐにパパの所に連れて行って」

「やっ…!やぁ!」

「拒否したら殺す、早くしろ。今の状態でもお前を殺すぐらいの力は残ってるぞ」


デュラに強いられ、ゴサンは泣きじゃくりながら行動を開始する。

更なる試練の訪れ、ゴサンの心身の摩耗はまだ終わらない。




――――――――――――――――――――



こんな筈ではなかった。

そう怒りを露わにしている者は他にもいた。



「くそっ!ふざけやがって!すっかり奴らの天下じゃねぇか!」


叫びながら、族長ジバは近場で目についた配下を思い切り殴りつける。

完全な八つ当たりであり、それはこの族長の周囲ではよく見られる物であった。



「あの男女(おとこおんな)!よりにもよってどこの馬の骨とも分からん屑を代理にして俺たち族長会議に出してきやがった!」


ジバは男女、中性的な見た目から付けられたリュナの蔑称を周囲も気にせず叫ぶ。

その周囲で下働きで奉仕する信者たちの目が光っていると事など露知らず、ジバは悪態をつき続ける。


全てはあの良くわからない悪魔憑きが勝手に遠征に参加した事が原因だ。

本来、尊重されるべき自分達正当な族長たちがないがしろにされている事にジバは憤っていた。



「その通り!我ら族長が仕切るべきであろうにシュワンツとあの男女めがこの神聖な聖戦を私物化しておるわ!」


ジバに同調する声が上がり、それに呼応するように幾つもの罵声が響き渡る。

周囲を見れば、ジバがよくつるんでいる族長コシギが未だ生き残っている屈強にして歴戦の族長たち―――――かつては何十人といたが既に両手で数えられるほどまで減じている―――――を引き連れてきていた。



「ジバ殿!あの男女、どうやら油断して一人で風呂なんぞに入っているとの事だ!これは好機であるぞ!」

「本当か!?コシギ!」

「その辺で準備している下僕どもが口々に認めている!そうだな!ゴゾク!」


コシギの言葉に脇に控えている別の族長が静かに首を縦に振る。

それを見たジバは思わぬ好機が来た歓喜から顔を歪めた。



「だがよぉ、奴も悪魔憑きだろ?勝てんのか?」

「だからこそ風呂に入ってる時を狙うんだろうが!糞してる時と風呂入ってる時ってのは誰だって無防備よ!」


慎重論を述べる別の族長をジバが一喝し、コシギは同調する様にうんうんと首を縦に振る。



「お前らもあの男女の戦い方を見ているだろう!あいつは常に鎧を着て剣や槍で持って戦っている!エンキ様みてぇに身一つに鉄砕き一本と比べてなんと軟弱で臆病か!」


ジバはエンキとリュナの装備の差を上げ、リュナを臆病と断じる。

武器や装備の違いが勇気と関係するはずもない。

そもそもエンキも鉄砕き以外に斉発銃と呼ぶ多連装散弾銃を使っていた事を彼等は都合よく忘れている。


だが、エンキを絶対的な基準としている族長たちにとってリュナは装備が潤沢過ぎたのだ。

それはある意味での嫉妬も含まれていたかもしれない。



「あの様な軟弱は武器が優秀だから強いだけだ!生身ならばさほどではあるまい!」


ジバの自信に満ちた言に族長たちもどこか納得した様に互いを見合う。

これも完全に的外れでは無かった。

悪魔憑きも第二世代ともなれば見てくれだけが派手で中身は大したことが無い者もいないでもないからだ。


ドッグでそうであったように、更に悪ければかつてレオが会ったプーミの様に身体能力が人以下の場合すらある。


あの理性的な振る舞いは軟弱な第二世代故のものではないか。

それを武器と防具で補っているならば或いは―――――。

その楽観的な願望が族長たちを支配していく。



「何より!あのホアとグースを殺ったキチガイ女も敗北した!あいつ、実はそこまで強くないんじゃないか!?強いならば奴自身が赴く筈!奴は見かけほど恐ろしくなどないわ!」



ジバが勝ち誇ったような笑みを浮かべ、釣られて残りの族長たちも笑いだす。



「なるほどぉ!ジバてめぇ脳筋―――――脳みそも筋肉もあるという誉め言葉の意―――――だなぁ!」

「奴は所詮、参謀や軍師程度の存在てぇわけか!」

「騎士気取りは見た目だけとは情けねぇなぁ!ヒャハァッ!」



ミュータント狩りにおいてもさほど派手な戦いをしなかったリュナよりも、族長派閥で最も強かったグースを刺突剣一本で処し、その相棒だったホアを雷光一撃の元に粉砕したクロエの姿こそが族長たちには恐怖の象徴として映っている。


その誇張された第一印象がリュナよりクロエの方が強いという印象を抱かせていた。

そのクロエが敗北し帰還した際、駆け足で寄っていく様は族長たちからすれば頼りの武力が敗北した事に狼狽している様に見て取られていた。


会議に出なかったのも、なんの権威も無い下男を代理で出したのも、頼みの綱を失って引きこもるしかなくなったが故に違いない。


そんな弱者が一人ひっそりと風呂などに入ろうとしているなど、まさしく天の采配ではないか。

ジバは己の運の良さにほくそ笑む。


正当な怒りをぶつけるべき時が来た。

クロエの敗北は族長たちにそう短絡的な判断を行う事を許す程の痛手であったと言える。


クロエが倒れた今、ひ弱な第二世代一匹始末するのは容易(やす)しと脳内で勝利後に勝鬨を上げる光景すらも族長たちの中で生まれ始めているのだ。



仮に勝てたとして、その後どうやってイドの所まで帰るのか。

それすらも知能の低い族長たちには考えが及んでいないようであった。


楽観的かつ低知能低能力、優秀な族長たちが亡き後の出涸らし。

エンキに選ばれた事だけが誇りの空虚な者達の決起集会が続く。



「ここまで生き残ってきた力と栄誉ある族長諸君!我らは何のために集ったのだ!」

「「「エンキ様の敵を討つためだぁ!」」」


ジバの問いに一斉に族長たちが答える。

嘘偽りである、本気で敵討ちなど考えている者などいない。


それは方便、イドを脅しつけて新しい主として好き放題するためにあの日あの時、集まっただけの事だ。



「この聖戦を汚しているのは誰だ!」

「「「『ケツ掘り』シュワンツと『男女』リュナだぁ!」」」


ジバの問いに族長たちが答える。

何のことはない、シュワンツが介入してこなければそもそもここまで遠出する事は無かった。

形だけ追撃した後に適当にでっち上げた下手人の首を片手に勝利を宣言して帰ってくればいいだけだったのだ。


今自分たちがこんな地獄に放り込まれたのは全部シュワンツとリュナが悪い。



「あの男女は必要か!」

「「「不要!俺らだけで十分だぁ!」」」


これもまた否であった。

族長たちはここまでの行軍でまともにミュータントを相手にしていない。


モルフォライダーたちが上空警戒を行い、それを元に48thの先鋒集団が誘引回避を試み、それでもぶつかった場合や本隊が奇襲された場合、リュナやその身内たちが対処に当たってきたからだ。


むしろ、それすら間に合わず近接戦闘になった場合や士気の低下から集団脱走を図った場合において、族長たちはたやすく屠られ、ここまで数を減じてきたのだ。


歴戦の勇士どころか、体の傷がそのまま敗北の数と言っても良い程の歴戦の敗北者たちが今いる族長たちの実態。



所詮は一般的な人間よりも多少鍛えているか運が良い程度、疲弊したゴサンが圧を感じず寝てしまうのも頷けるものであった。


それであっても、自分達が選ばれたという特権意識。

それだけは族長たちには並々ならず存在してた。


特にエンキが無能な族長―――――そうは断じても今の族長たちもさして能力に差はありはしない―――――を殺した直後に直々に指名された者達にとってそれを否定されることは耐えがたい屈辱だった。



あの男女リュナはあろう事か、自信満々に送り出した手勢が敗北した事に謝罪も弁明もしなかった。


自分達正当な族長たちが議論―――――実際には聞くに堪えない暴言による遠征への批判と反対意見の繰り返し―――――に小間使いの小男を送り込み、その小男はあろう事か早々に眠りこけすらしたのだ。



「あの男女に俺たちをコケにした報いを与えよう!」

「「「鉄槌を下そう!」」」

「おめぇら全員武器を持て!手勢を集めろ!お礼参りの時間だぁあああああッ!」


族長たちはジバの言葉に応じる様に一斉に雄たけびを上げ、武器を掲げる。



「行くぞぉ!俺たちこそが正義だぁ!」


一斉に族長たちが進軍を開始する中、ジバとコシギに情報を伝えたゴゾクだけが冷めた目線を去りゆく者たちに送っていた。



「かくして馬鹿の群れは自ら墓穴に頭から突っ込む、か」


ゴゾクは蔭に隠れて様子を伺う信者の一人に目配せをし、少し遅れて集団についていく。

族長たちはゴゾクが人知れず寝返っていた事すら理解せず、滅びへ向けて進軍を開始した。




――――――――――――――――――――



こんな筈でない。

おかしい、間違っている。


ジバは目前で繰り広げられている光景を前に目を見開いて驚愕する。



一団を率い、素早く静かに方陣内で兵士たちが用いる野外風呂場へと至り、サウナ用として作られた天幕を半包囲。

手勢と族長たちが持ち寄った小火器による景気の良い一斉射撃を行った。

ここまでは良かった。



だが、あの憎き男女の生死を確認するために送り込んだ配下たちが顎を砕かれ、或いは顔を陥没させながら次々と吹き飛ばされて戻って来たのだ。


いくら待っても配下たちは身じろぎすらしない。

呼吸すらしていないように見える、つまりは―――――。



「し、死んでる…!」


おかしい、あの男女は非力では無かったのか?

まさかこちらの策が読まれてキチガイ女とすり替わったのか?

そんなまさか、あの女だってすぐのすぐ動けるほどの軽い負傷では無かった筈。


まさかまだ伏兵が?



「おい、ゴゾク…!本当にここにあの男女はここにいるんだろうな!?おいッ!?」


ゴゾクは答えない。

苛立ち、背後を向いたジバは己こそがはめられたのだと理解した。



「ああ、ジバさんよ。俺は嘘はついちゃあいない。リュナ様はそこにおられるよ」


既にジバら族長集団から距離を取っていたゴゾクの隣にいるのは会議で寝ていたあの下男だ。

青ざめた表情で生首らしき物を抱えて立っている。


そして、下男と生首を守る様にシュワンツ配下の選抜歩兵が幾人かいる事を見とがめた時、ジバは己がハメられた事を理解した。



「あんたらはもう終わりさ、俺はリュナ様の側につかせてもらった。今からせいぜい可愛がって貰うんだな」

「貴様ァ!」

「撃ちたいなら撃てよ。どの道てめぇは終わりだ」


ジバがゴゾクへ粗末な拳銃を向けるのとほぼ同時に、異様な雰囲気を漂わせるボロを纏った老若男女がジバたちを包囲する様に周囲の建物や物陰から続々と溢れ出してくる。



「ヌシらの狼藉をずっと見ていたぞぉ!何も分かっていない者どもよぉ!大人しく神の沙汰を待てィ!」


それら狂信の徒を率いるは最も狂いし老人、神官長。

老人の音頭に合わせ、包囲する信者たちは手に手に粗末な鈍器や刃物を持ち、殺気を放っている。



多勢に無勢、突破は難しそうであった。

最低限の信用できる手勢だけで来たが故に火力では優っていても物量で負けている。


そもそもこの狭い陣地の内部で暗殺の失敗が露見した時点で全ては遅い。

これを切り抜けてもシュワンツと精鋭の選抜歩兵どもとカチ合う事になる。


この後どうすれば良いのか、この事態を想定などしていなかったジバには考えなど浮かんでは来ない。

せめてもう少し考える時間を―――――。



「サウナに入っていたというのに弾丸のシャワーが降ってくるとは、中々に洒落た計らいだが、兵士たちの大切な娯楽を破壊するとは感心しないな」


ジバの思考は背後から響いてきた声で中断される。

その声は間違いなくジバが嫌悪する男女、リュナの物であった。



穴だらけになって内側から熱気が漏れ出す兵士用の簡易サウナ風呂からそれは出てきた。



「なるほど、やはり君らか。待っていたよ」


姿を現したリュナは一糸纏わぬ全裸の姿。

サウナの高温で温められた肌が冷えてきた外気に触れて白い湯気を放ち、まるで体からオーラを放っている様な圧迫感すらも感じられる。



頭から生えた一対の角、そして腰から生えた黒い翼、そして所々から生える竜の様な鱗やいくつかの古傷を除けば殆ど人と遜色の無い肉体が篝火で照らされ夜の闇の中で妖しく映し出される。



美貌に似合う女性的な柔らかな肌、そして控えめながら膨らんだ乳房。

だが、よく見ればその下に確かに存在する強固な筋肉、薄く割れた腹筋、そして―――――。



「マジの男女じゃねぇか!?」


下半身に目を移したジバはそこに女性に加えて、男性のそれがついている事を見咎めた。

だが、言葉にしづらいがそこに見苦しさを感じない。


不自然さが無い整った姿形、それが自然であると思えるほどの健康的な色艶の肌を持った肉体にはどこか神々しさすら―――――。



「我が身は男であり女!陰と陽を併せ持つ偉大なりし始祖神の生き写しなり!」


ジバの思考を読んだように、リュナが叫ぶ。


己が身になんら恥じる事などない。

そう言わんばかりに両手を腰に当て、誇示する様にリュナは逆徒に向けて己が裸体を晒して見せる。



「お前たちの叛意(はんい)、しかと受け取った!私はその憎悪と殺意を肯定しよう!であるからして―――――」


リュナは体に突き刺さったライフル弾を指で引き抜き、そのまま握りつぶす。



「お前たちには我が暴威をも受ける事を肯定して貰おう!」



潰した銃弾を投げ捨て、全裸のまま仁王立ちしたリュナが普段は畳んでいる腰の黒翼を広げた。

ただ、それだけの行いで周囲の空気が一変する。


思いのほか巨大な翼から黒い羽根が舞い散る。

それと共に発せられた強大な気配、側にいるだけで屈服を強制されるかの如き不可視の圧力にジバや族長たちは気圧される。

それはリュナの存在自体が巨大になっていくようにすら錯覚される。



広げられた黒い翼はまるで闇の如く広がり、整えられた銀髪は旧時代に存在したと言われる汚される前の星や月の光が如く力強く輝いている。



こいつは誰だ。

俺は一体何を見せられているのだ。



ジバが得体のしれぬ恐怖に襲われる中、不意に吹き上がった強風によって周囲の篝火が次々と光を失い消えていく。

周囲の温度が急激に下がっていく感覚が襲い来る中でジバはリュナの本性を垣間見る。



「死合うとしようか!生き急ぐ短命なる者どもよ!」


暴風に耐え、僅かに残った光源が映し出した物。

それはまさに、狂相であった。


長く鋭い白い牙をむき出しにしたその顔には戦いを歓喜する愉悦が満ち、風で舞い上がった銀髪がそれまで隠していた額の深い傷を露わとして見せつける。


普段は吸い込まれそうな美しさを放つ紫の瞳が今や、直視に耐えぬ強い殺意と衝動に満ちて鋭く輝いている。

今まで見せてきた優男、或いは慈愛に満ちた美女の相こそが虚飾。


生の躍動たる闘争を何よりも好む武人にして狂戦士がそこにはいた。



この威圧感、殺意、恐怖、そしてあの笑み。

これではまるでエンキと初めて会った時のあの恐怖―――――。



「おお…!その威風!その恐怖!その狂気!まさしく貴方様こそが我らが神!我らが救世主!」


ジバに代わって叫んだのは神官長であった。

信者たちですら恐怖で凍り付く中、この狂気の老人だけは涙を流し歓喜に打ち震えていた。

かつて信じた神が再び、姿を変え、より強大になって再臨を果たしたのだ。


エンキの代わりとして考えていたなど、なんと不敬だったのか。

この偉大なる怪物はそれすらも超える程の深い器と狂気を併せ持つ―――――。



「…ッ!皆の者!地に伏せ頭を垂れよ!御言葉を遮ってはならぬ!」


そんな歓喜すらもリュナが『静かに』と口に寄せて人差し指を上げて見せたのを見て即座に抑え込んだ神官長が神に対する正しい態度を信者たちに叫ぶ。


それは神官長にとっての誠心誠意の謝罪の意もある総土下座であった。

信者たちだけではない。


そこに混じっていた選抜歩兵や裏切りの族長ゴゾクすらも自然、平伏していた。

未だ立っているのはジバら反逆の徒、そして偉大なる父の姿に見惚れて目を輝かせるデュラを抱えているゴサンだけだった。


ゴサンも土下座したかった。

こんな光景を直視し続けるなど耐えられない。

だが、抱えているデュラが平伏する事を許してくれない。


体の震えが止まらない。

酷く冷えて凍えてしまいそうだった。

先刻まで熱湯拷問を受けて体は熱を持っている筈なのに、すっかり冷え切ってしまった。


ゴサンは恐怖で飛びそうになる意識を必死で手繰り寄せ、目を固く瞑って早くこの悪夢が終わる事をただただ祈っていた。



「我が名はリュナ・ドラクリア!異界より来たりし偉大なる騎士ザーンが末子!人と魔の交わりにて生じた最初の一人!」


聞くだけで酩酊されられるような脳に深く響く『声』が周囲の人間たちに浴びせかけられる。

それは信奉者には敬虔なる崇拝の念を、敵対者には避けえぬ死の恐怖を呼び起こす。

極限まで高められた魔の放つ『声』はそれだけで他者を魅了していく。



「さぁ、掛かってくるが良いぞ人間よ!我こそが竜の子(ドラクリア)なり!貴様に竜に挑む名誉を与えよう!」


リュナが一歩を踏み出す。

それに合わせてジバたちも一方後ろに後ずさる。


リュナが二歩目を踏み出す。

ジバたちも同じく二歩下がる。


狼狽したジバが思わず叫んだ。



「誰だよ!?こいつが弱いなんて言ったのは!?」


無論、自分だ。

弱いと思い込む事で己を奮起させ、この袋小路の地獄に己自身を送り込んだのだ。



「糞してる時と風呂入ってる時は無防備なんて言った馬鹿は誰だ!?」


それも自分だ。

気に入らない奴を始末する時によくやった姑息な手を上位種族にも通じると信じ切った報いを今、受けているのだ。




「貴様たち程度の俗人に武具は不要!この身一つで相手をしてやろう!」


降伏は認めぬ。

言外にそうリュナに告げられ、族長たちは逃げ道を求めて周囲を見渡す。

無論、逃げ道などない。


リュナが徒手にて構えを取る。

来ないならば自ら赴き、蹂躙するとでも言うが如く。



「どうした!かかってくるがいい!お前たちに勇者はいないのかッ!?」

「……ッ!俺だぁ!」


集団から飛び出したのは意外にも狼狽えていた筈のジバであった。

ジバに続く者はいない。

ただ一人での突撃であった。


震える手で持つ拳銃を乱射し、残る片手で握った曲刀を振りかざし、雄たけびを上げながらジバが吶喊する。

駆け抜ける中、ジバは非常に冷静に自分の死が迫っていることを感じていた。


今、剣を向けている相手があまりにも強大であると嫌でも理解してしまったが為に。

銃すら効かないと理解しているが故に。



身長で負けているというのはある。

リュナが目算180cmであるならばジバはせいぜい160cm程度、身長の差はそのまま身体能力の差に直結しやすい事は無いでもない。


だが、人間相手であれば武器を持った人間が無衣無手の徒に負ける筈が無い。

勢いを付けて相手を殴り、押し倒し、馬乗りにでもなれば最早対格差など関係ないからだ。


だが、目の前の存在はそんな矮小な存在ではない。

これまで幾人も縊り殺してきたからこそ、ジバには理解できた。


まるで、神々しい巨大な彫像だ。

揺らぐ気配すら感じない強大な生ける災厄だ。

これが竜だというのか。



止まらねば死ぬ。

だが、止まらない。

否、止まれない。


ジバにとって、族長という身分だけが己が胸を張って誇れる唯一の持ち物であった。

実際、なってみれば良い事など殆ど無かった。

好き勝手に出来るなんてのは幻想だった。


自分達の未来が暗いという事を嫌でも認識されられる。

それが長という枠に収められた人間の末路だ。


だが、それでも己の裁量と意思でもって部族を背負ってきたのだ。

ジバは族長という己が誇りだけは決して捨てられず、裏切れなかった。

それ以外、誰も与えてなどくれなかった。


親からは生み捨てられ、部族からは使い潰され、同じ境遇の連中は生きる為の資源の奪い合う敵でしかなかった。


その中を必死に生きてきたのだ。

同類から水を奪い、食料を奪い、寝床を奪い、戦う力と知恵を奪い、生きるために必要なあらゆる物を己が腕だけで手に入れてきた。


だが、それでも得られない物は幾らでもあった。

それは親の愛であり、個としての誇りであり、集団が共有する筈の理想や規範だった。

そんな贅沢な物、最早この終わりつつある世界では一部の特権階級だけが得られる贅沢な物に過ぎなかった。


最初から無い物は奪えない。

それは資源も武器弾薬も隣人愛も同じだ。


唯一奪うことなく与えられたのが族長の地位だった。

たとえ気まぐれであろうと、最も孤高なる者がただの動く屑肉に過ぎない自分を指さして地位を認めてくれたのだ。


あの時の胸湧き上がった誇りを、あの時からようやく人として立てたという実感を、何も知らない新参などに奪われるぐらいならば―――――。



「俺がセツメア族族長のジバだぁああああああッ!」


進めば命を失う、退けば誇りを失う。

ならば誇りに殉じるのが男、何者でもないただの血袋に戻ることなど出来ぬ。


弾が切れた回転式拳銃を捨て、叫びながらジバが剣を降り降ろす。

死を覚悟して渾身の一撃。


だが、あくまで生きる事を望むジバの肉体と脳は本人の意図せぬ所でリミッターを外し、大量の脳内麻薬を分泌する。



全力の一撃であるのに、えらく重く遅いように感じられる。

まるで時間が引き延ばされたの様だった。


故に、見える。

己を終わらせる動きの全てが、見える。


降り下ろした腕に軽く手を添えるだけで斬撃を反らすリュナの姿が、反撃とばかりに半歩踏み出して放たれる渾身のボディブローが。


何より、まるでジバの行動を好ましく思っている様な満足げな笑みが―――――。



「合格だッ!」


時間の進むが急速に早まっていく。

攻撃を弾かれ、腹に鉄塊が直撃した様な痛みと衝撃が走る。



「ア゛ッ…!」


口から出たのは声ではなく、肺から強制的に吐き出された空気の音と紫色の吐血。


この時点でジバの骨と内臓は粉砕されていた。


そして、前のめりになったジバは追撃とばかりリュナの頭突きを喰らう。

頭に生えた角による刺突を避けてなお頭蓋が砕け、片目が飛び出る。


たったの二撃に虫の息の致命傷、仰向けになって倒れ伏す瀕死のジバを見やる賊徒たちに最早、戦闘の意思など欠片もありはしなかった。



「手加減はした。まだ死ぬな、しばし踏みとどまれ」


地に伏したジバをリュナは満足げに見つめるとすぐに残った者たちに視線を戻す。



「どうした?もう勇者はいないのか?」

「お、お許しを…!」


次に集団から飛び出したのはジバをそそのかしたコシギであった。

だが、そこに戦う意思はない。


コシギが行ったのはリュナの眼前での膝をついての媚びへつらった命乞いであった。



「この屑に脅されたのですぅッ!勝てぬからと必死に止めようとしましたぁ!しかし、加担しなければ殺すと脅されたのです!お許しをぉ!」


全くの嘘偽りであった。

むしろジバをそそのかしたのは他ならぬコシギ。


だが、その仔細を目の前の悪魔憑きが知っている筈が無い。

全てジバに押し付けてしまえば良いのだ。

コシギにあるのは今この瞬間を生き抜く事だけであった。


見え透いた嘘であろうと、相手の同情を引ければまだ助かるかもしれない。

故にコシギは叫び、涙し、暴君への批判を口から吐き続ける。

だが―――――。



「ひっ!」


リュナの表情が一瞬にして怒りに満ちたそれに変わり、残像すら見えぬ速度で放たれた張り手がコシギの頬へと直撃した。



「この意気地なしッ!」


しくじった、そう思う刹那の間もなくコシギの頭と胴は一撃でもって捩じ切られて分断される。


コシギの体が芸術的な三回転半を決めた末に地面へと崩れ落ち、空高く飛んだ首は竹とんぼの如く高速回転をしながら闇夜へと溶けて消えていく。



「残る者たちに勇者なしと理解した!神官長!そいつらを牢へ叩き込め!」

「処刑しないのですか?」

「勿体ないだろう!死ねばそこで人の価値は終わる!」


許された。

残った賊徒たちの顔に一瞬、安堵の表情が浮かぶ。

しかし―――――。



「明日からの強行軍で使う撒き餌になって貰うとしよう!それがその者達の価値だ!」


続くリュナの言葉に集団は騒然となった。



「我らが神よ!御心のままに!信徒たちよぉ!この者らを牢へ運び出せィ!」

「た、助けて…!」

「駄目だ、もう人生を諦めろ」


戦意を喪失した族長たちが信者に抑え込まれて捕縛される。

逃げようとした者が粗末な槍に貫かれて悶絶する。

神官長に縋ってくる賊徒が信者に引きはがされて囲んで棒で叩かれる。


勝者となる筈だった者たちが続々と敗者として先行き短い人生の終点へ向けて出発進行を果たしていく。


その様子を一瞥したリュナは視線を倒れ伏したジバに移した。



「負けると分かっていてなおも戦いを挑んできた、お前は漢だ」


その勇気を称える様に目を細め、リュナは体を屈めて死が迫るジバの体を抱き上げる。



「お父様、その屑肉を救う気なの?」

「ラペナ、お前も見ていたか」

「うん、あんだけ騒がしいと誰でも気づくよ。他の短命種たちも物陰から見てるよ?」


リュナはすぐ側に唐突に響いたラペナの声に振りむくこともなく答えた。

素早く目だけを動かし、周囲を認識する。


どうやら騒ぎ過ぎたか。

先ほどまで信者たちだけであった周囲の群衆が大幅に増えている。

夜間休息に入っていた敵味方を含む多くの部族の者たちがこの状況を伺っているのだ。


どこから見ていたかは知らないが、とても素晴らしい事だと言える。

予定ではもっと後にするつもりだったが、流れに逆らう事こそ無粋。



「ならば見せつけてやろう。我が行い、我が生き方、我が魔道を」



ラペナはリュナのすぐ側でホバリングしながら偉大なる父が次に何を成すのか、様子を見守っている。



「ジバと言ったな。私は勇者を愛する。勇者には選ぶ権利がある」


そう言うや否や、リュナは抱きかかえたジバに口づけをした。

深く、強く、親鳥が子供に餌を与えるように、長いキスの果てにリュナはジバから唇を離した。

その口には青い血が糸を引いている。



「我が血の接吻、この地で最初に受ける名誉を得たのがお前だ。さぁ決めるが良い。私は選ばない、選ぶのはお前だ」




――――――――――――――――――――



死に瀕していた筈のジバの意識は闇の中で悶えていた。

目の前にあるのは無数の冒涜的な言葉を垂れ流すいくつもの口たち。


逃げようにも足が無い。

耳を塞ぎたくても腕が無い。

目を閉じようにも瞼がない。



剝き出しの矮小な精神が相対するにはあまりにも巨大な何かがジバへと迫ってくる。


ここが地獄なのか?

昔、良い行いをしなければそういう世界に行くのだと説いている変人を見たことがある。

あの時はここがその地獄ってのだろう?と笑って殴り殺してやったが、まさかそんな―――――。



「来るな!こっちにくるんじゃねぇえええッ!」


いやだ、アレはいやだ。

暗黒の中でジバは藻掻き、叫び、だが逃げられない。


終わりだ、あの声をはっきり聴いてしまった。

あれがなんなのか理解してしまったら自分は自分でなくなってしまう。

そんな破滅的な確信にジバは幼児に戻ったように泣き叫ぶ。


だがその刹那、既に前も後ろも分からぬ世界で巨大な別の存在がある事をジバは理解した。

はっとした様に己の感覚における背後へと振り返る。


そこにあったのは光り輝く丸い物があった。

あの悪魔憑きの様に銀色に輝く月。

『選ぶのはお前だ』、月はそう告げている様だった。


ジバは闇の中、月に向けて叫んだ。



「そっちが良い!俺をそっちに連れて行ってくれ!」


ジバは懇願し、無くなった筈の腕を伸ばす。

すると、己とは思えぬ異形の腕が現れる。


だが、不思議と恐怖が無い。

まるで、最初からそうであったような安心感すらあった。



足を踏み出そうとすれば、これまた己である筈が無い異形の足が構築されて行く。

それでもジバはその手足でもって走り、月を掴むことを躊躇せず決断した。



「あんたについていく!俺を連れて行ってくれぇ!」



直後、ジバの精神を炎が包み込んだ。


現実世界においても、ジバの肉体は燃えていた。

急速に変異を繰り返し、肉と骨が破断と再生を繰り返しながら肉体が肥大化して隆起する。


落ちた目玉が燃え尽き、顔面が大陸プレートの様に動き回り全く新しい形へと変貌していく。

変異に耐えられず叫ぶジバがリュナに組み付き、手当たり次第に爪を突き立て、首に牙を食い込ませてくる。



「よい!この程度で傷を負う程、我が肉体はヤワではない!」


狂乱したジバを引きはがそうと立ち上がった神官長たちをリュナは一喝する。

リュナがジバにとった返答は力強い抱擁であった。



「我が血は熱かろう!これはお前への罰であり、同時に祝福でもある!勇者ならば耐えてみせよ!」


壮絶な光景はジバの咆哮によって突如として終わりを迎えた。

燃え盛っていた炎が消え去り、その異形の姿が露わとなっていく。


緑の肌に一つの巨大な単眼を持つ異形の怪物へとジバは変わり果てていた。

人の頃であれば貧相であった肉体は筋肉質で強固な偉丈夫へと飛躍し、身からあふれ出すのは人であった頃とは比較にならぬほどの力の全能感。


この体ならば、きっと何でも出来る。

何にでも成れる。

これが力かとジバは湧き上がる歓喜の感情に包まれそうになる。



「選んだようだな、私と同じ道へ来る事を」


声の先へと慣れぬ体を動かし視線を移す。

そして、この体になったからこそより分かる絶望感がジバへと襲い来る。


そこには慈愛の表情で自分を見下ろしているリュナの顔があった。

弾かれた様に己を抱きかかえているリュナから距離を取り、ジバは荒い息を上げる



「私としても嬉しい限りだ。やはり、勇者でなければ私の血には耐えられぬとこれで分かった」


一人納得する様に満足げに何度も頷いている悪魔憑きにジバは自然、恐怖を覚えた。



目前の存在はあまりにも大きい、大きすぎる。

これだけの力を得てなお、リュナは余りにも強大で遠く及びそうにない。

相手よりでかくなったのは身長と体重ぐらいだ。


ジバは理解した。

この者こそが王。

魔の中の魔、魔王なのだと。


ジバもまた、自然と片膝をついて頭を垂れ、リュナへの服従の意思を示していた。



「お前は私の血に耐えた。お前の内には私の血が流れている。薄いながらも我が血を継いだお前は、いわば義理の息子だ」

「息子…」

「そうだ、お前には見込みがある。期待しているぞ」


リュナに肩を叩かれ、ジバに衝撃が走る。

それはこれまでの人生の全てを足してもまるで足りないほどの承認と肯定をジバに与えたのだった。


最早、ジバにリュナに対する敵意など存在しなかった。

むしろ湧き上がる様に生まれてくるのはより縋りたいと思うような依存心とこの王に仕えたいという忠誠心だ。



「お、親だと言うなら…オ、オヤジと呼んでも…!」

「無論、構わん」


満面の笑みであった。


その言葉にジバは単眼から大粒の涙を流して膝から崩れ落ちた。

人であった時に得られなかった全てが人を辞めたことで得られたが故だった。


生まれ変わったジバをリュナは慈愛に満ちた微笑みで抱きしめる。



「私に従い、私から学べ。お前を一人前の魔族にしてやろう」

「オヤジ…!オヤジ…!」



その全てを側で見守っていたラペナが冷めた目でジバを見ている事など露知らず、ジバは感動にむせび泣いていた。



「我が実の子よ!見ていたな!」

「ヒュッ…!」


唐突にリュナが未だ棒立ちしているゴサンを指さし、叫ぶ。

正確には、デュラを指さしていると知りつつ、恐怖でゴサンの息が止まる。



「分かったであろう!お前になんら落ち度なし!」

「うん…!うんッ!」


デュラもまた、涙を流してその光景を見ていた。

まさしく偉大なる父に相応しい完璧な裁量だと言えた。


周囲を見やれば分かる。

今、ここに集っている全ての者達が父に畏敬の念を抱いている事が手に取るようにわかる。


土下座し、片膝をつき、或いは敬礼し、弱き者たちが各々、最も敬意を示せると考える行動をとっている。



父が支配したのは集団の心だ。

武力で支配する事は容易い。

自分ですらこの程度の相手ならば達成できる。


だが、父はそんな安易な道を避けたのだ。

あえて隙を作り、口実を作り、先に仕掛けさせて最も己が脆弱な瞬間を狙わせた。

全ては正当防衛故の致し方ない行いであるとして、発露させた武威から暴力の色を消して見せたのだ。



それでもなお届かぬ圧倒的高みを見せ、その上で勇気ある敵を許し、力と未来すら与えて見せたのだ。

奪う者ではなく、与える者。



父が目指した物はきっとそれなのだ。

弱きを守る庇護者、常に死に怯える短命な者たちにその先を与える者。

偉大なる血の王。



力で押さつけるだけでは残ったであろう反抗心すら消して見せた。

父は最小の犠牲でもって、集団を掌握したのだ。

あと数日も経たず、全ての者が今に偉大なる父の元にひれ伏すだろう。



父はすべてを見越してこうなる様に全てを組んでいたのだ。

きっと自分が勝っても負けてもそれを前提に次を組んでいたに違いない。


だからこそ、父には死ぬ以外に敗北無しという信念があるのだ。

子の犯した失態すらも次の布石として利用する。

それこそが偉大なる父なのだと。



「お父様、次の戦いでは私にも出るからね」


デュラがゴサンの腕の中で号泣する中、ラペナは来たる戦いの決意表明をする。



「ああ、お前には期待しているよラペナ」

「クソザコ姉様の仇討ちは私がする」

「ラペナ、死んでない死んでない。それにお前一人じゃ無理だからね、二人で当たろう」


この場にそぐわぬようにボケをしてくる娘に突っ込みを入れながら、リュナは再び戦士の表情に顔を歪ませて赤黒い欠けた月を見やる。



「出し惜しみなしで全力だ。滅ぼすつもりで当たるぞ」


かくして、レオを追いかけてきた討伐軍を崩壊させかねなかった派閥争いは『穏健な決着』を迎えたのであった。



レオとリュナが激突するのはこの数日後であった。


今回はメインヒロインお披露目会となりました。

はい、男でも女でもあるのでヒロインです。

文句があるならば族長たちと風呂場に行ってください。


自分の作品は基本的に前倒しの物語であり、今出してる要素の大半は完結までに小出ししようとして盛り上がりに欠けるのでどんどん前倒しで投げ込まれた設定群となっています。

ラスボス(初期構想)も前倒しでヒロインとして投入しております。


元ラスボス、現メインヒロインのリュナの着想元は完璧に吸血鬼と日本サブカル系統の魔王です。

役職として世襲や設定されたのではなく生き様で魔王として扱われる感じでイメージを構築しております。

ネタ元の一つのWarhammerファンタジーにおけるブラッドドラゴンとフォン・カーシュタインが混じった感じの武闘派カリスマ吸血鬼です。


作品名ブルーブラッドの名前からして作品における代名詞の青い血、転じて貴族の血。

貴族と言えば吸血鬼という安易な着想に戻づいた題名となっております。


主人公のレオもそういう意味では吸血鬼と言えますが、これは原典warhammerのブラッドドラゴンやストリゴイに近い系譜ですね。

リュナは原典に反して通常の生殖能力もバリバリの生者としてのイケメン吸血鬼という現代風アレンジ、レオは原点に近しい古典的なアンデッド吸血鬼という塩梅です。



スーラや過去の大戦の名残として出てくる異世界騎士たちは太陽をもじった名前、リュナは月から取った名前となっています。

これは太陽の時代が終わり闇の時代が来たという感じでこの作品を作っており、そこで輝く者として月の名が当てられてるわけですね。

ドラクリアは文字通りの着想元はドラキュラ、語源には竜の子という意味が実際にありますね。

そこから零落した竜=吸血鬼という感じでビルドされたキャラとなっています。

ドラキュラの元ネタの元ネタたるブラド公も父親がドラゴン騎士団所属でトルコからの祖国防衛で散々やらかした結果、現代では吸血鬼扱いされている所からかなりの引用がありますね、この辺。



リュナも血分けして仲間を増やしますが、基本的にレオとの差別化はわりかしまともな化け物になるという感じですみわけしていく予定です。


レオがクトゥルフチックな化け物やケイオススポーンめいたブツばかり作る一方でリュナは古典ホラー作品に出てくるような割とメジャーな化け物に対象を変じるという塩梅ですね。

今回で言えばジバがサイクロプスになったのが参考になれば幸いです。


今回はここまで

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