九話、残されたもの
これにて序章は終了です。
主人公の世紀末サバイバルはこれからだ!(未完)
炎を纏った大剣とプラズマで形成された戦斧の青い刃が幾度となく激突し、激しい閃光と多量のスパークをまき散らされる。
溶けて髑髏の様に変形した兜を被った騎士と黒い強化外骨格を着込んだ兵士が幾度となく刃で切り結びながら高速で交差を繰り返す。
宙に僅かに浮き上がった騎士は大剣を騎兵の操るランスの様に構え、一直線に兵士を貫かんと飛翔し、地面を砕きながら疾走する兵士が剣をプラズマの刃で切りさかんと正面から戦斧を叩きつける。
二つの刃がぶつかり合い、反発し合い、閃光とスパークをまき散らし、だがどちらの武器も砕けず双方の持ち主を後方へとはじき返す。
宙を舞う騎士は僅かに後方へと弾かれた後に停止して体勢を立て直し、一方の兵士は背中から地面に倒れ火花と石の破片をまき散らしながら地面を滑って途中に存在していた崩壊した柱に激突し、しかし何事も無かったかのように立ち上がる。
幾度も繰り返された実体剣とプラズマの刃の攻防は、またも双方無傷の仕切り直しという結果へと回帰し、武器を構え直した両者は睨み合いに移行する。
人間の身長を超えた巨躯、それに加えて宙に浮かび上がって兵士を見下ろす騎士の兜とそれを見上げる兵士の装甲ヘルメットの中の見えない筈の互いの視線が合ったのを両者は感じ取る。
(強い)
この地に残された最後の兵士となったジョンソン少尉はただその一言が脳裏に浮かんでいた。
剣の技量、魔法の性能、共に今まで戦ってきた者達よりも遥かに上だ。
自我を失った亡者や、前座として戦った魔力切れしていたであろう騎士とは違い、目の前の敵は本物と言って強さを残している。
これまでどれ程の危機に陥ろうと敵を確実に屠ってきた全力稼働させた強化外骨格とプラズマアックスという切り札を持ってしても敵を突き崩せないという事実が重くのしかかってくる。
だが、それでもなお折れる事無く、出し惜しみをせず全ての力を出し切り勝利をもぎ取るしか無いという結論に少尉は至る。
たとえそれによって部下の死を冒涜する事になろうとも必ず勝利するというと覚悟を決めて戦斧を握り敵を睨み続ける。
網膜とモニターに二重に表示された装備のステータス画面の表示から強化外骨格に損傷が無い事を確認、幸いにも未だに強化外骨格の装甲とフレーム、人工筋肉は酷使に耐えて十全に機能してくれている。
プラズマアックスのエーテル残量もまだ余裕があり内蔵されているジェネレーターと可変機構にも異常は無い。
(後は待つのみ)
騎士から視線を逸らさず、戦斧を中段に構えてじっと動きを待つ。
力押しが駄目ならば搦め手で、戦闘の中で敵の動きを把握し隙を見出す。
再度接近戦を行うのか、或いは魔法による射撃戦に移行するのか、それに合わせて対応する戦術を変えて反攻に転ずるという方針を固める。
「どうした、この程度ではなかろう?もっと力を見せてみよ」
一瞬生まれた静寂と膠着状態を破ったのは騎士の言葉だった。
それと同時に剣から炎が消え、刀身が白く輝き始める。
見覚えのあるその光景に、一瞬寒気を覚えつつも少尉は戦斧の切っ先を騎士に向ける。
(これはまだ使いたくなかったんだがな!)
少尉が胸中で愚痴をこぼす最中にも剣の光はますます強まり、いよいよ放たれるかというその時、戦斧にも変化が起きる。
両刃を形成していたプラズマが消えたかと思うと粒子発生機構が素早く可動し、戦斧の先端に小型のレールガンを思わせる二つの長方形の板の様な砲身が構築され、白兵戦用の戦斧がプラズマ粒子砲へと変貌を遂げる。
それと同時に青いプラズマが戦斧の先端部、二本の板の間で荒れ狂いながら収束され、周囲の大気を焦がしながら急速に増幅されていく。
白兵戦兵装と射撃兵装の融合、大戦中に騎士に不利な近接戦闘を強要された人類が辿り着いた苦肉の策にして、今や失われた技術の結晶を使いこなし、部下の一人を消し去った致命の一撃に少尉は抗う。
瞬間、臨界を迎えた双方の武器がほぼ同時にレーザーとプラズマ粒子を発射した。
槍の如く直線的に目標へと飛翔する白いレーザーと蛇の様にのたうつ青いプラズマの奔流がぶつかり合い、飽和した双方のエーテルが干渉爆発を引き起こして一帯を爆炎が舐めつくし、一瞬遅れて巻き上げられた煙が地下に充満する。
長い年月の間に積もりに積もった埃と砂が爆風によってまき散らされ視界が一瞬にして茶色の世界に閉ざされる。
視界は役に立たない、だがそれでもなお機能している聴音センサーが音を捉える。
空中にいる以上は敵の足音も鎧の動く音も聞く事は出来ない。だが、まき散らされた砂や砂利と敵の甲冑がぶつかる音は聞き取る事が出来る。
徐々にと大きくなり、近づいてくるそれは視界がほぼ0の中であっても、何らかの方法でこちらを正確に認識し敢えて迂回しながら背後に回って接近して来ているのが音だけで理解できた。
少尉はその場に留まり、音を注意深く聞き取り方向に検討をつけると戦斧を白兵戦仕様へと再変形させ、音の聞こえる後方に向けて体を回転させながら横に寝かせた戦斧を大きく薙ぎ払うように振る。
直後、甲高い金属音と共に発生した衝撃波によって立ち込めていた埃は霧散する。
「見事…!」
騎士が苦し気に、だがしっかりとした口調で賞賛の言葉を兵士に贈る。
果たしてその一撃は騎士の胴体に一撃を加える事に成功していた。
いつ再点火したのか、燃え盛る剣を上段から振り下ろした騎士の一撃を紙一重で躱し、左わき腹に叩き込まれたプラズマの刃が鎧を切り裂いて半ばまでめり込んでいる。
だが、それは致命傷には至らなかったようだ。
身を引いて刃を鎧から引き抜くとそのまま素早く後退しながらその姿が透明になり掻き消える。
「まるで手品師だな、次から次へと…!」
少尉は舌打ちと同時に反射的に後方にバックステップで飛びながら視界を暗視からサーマルモードに切り替える。
緑色に強調されていた視界が青と赤の世界に切り替わり、その視界の中に未だエーテル干渉爆発の余波によって熱されたままの赤い鎧姿と燃え盛る大剣の姿が現われ、透明化した騎士を再度補足する。
「っ…!」
後方へと下がった筈の騎士は既に目前まで迫っていた。
既に剣が振り下ろされ斬撃が迫る中、少尉の体が対応するよりも先に反射的な防御思考に反応した外骨格が戦斧を動かして直撃する筈だった剣の腹を叩いて左へ受け流す。
騎士は左に逸れた剣の勢いを殺さず、その場で一回転して横薙ぎの一撃へと変えて再度兵士に向ける。
そして兵士はその動きから想定した対処を脳から体へ移して組み立てるよりも先に反射的な思考と外骨格側の補助がステップ回避と戦斧での受け流しを間に合わせ、斬撃を防御する。
続く騎士の逆袈裟と袈裟斬りの連撃もまた兵士は姿勢制御とステップによる回避、そして戦斧による防御で防ぎきる。
従来の体を動かしてから外骨格に追従させるマスタースレーブ方式では既に対応しきれずに切り伏せられていたであろうその連撃を冷静な頭脳と体が残っている限り、防御不能な攻撃以外は理論上防ぎきれると言われている思考制御式の外骨格操作によって少尉はなんとかいなし続けている。
目で見て脳が判断し、体を動かし強化外骨格が反応して動く。
これが従来の人間と強化外骨格の動作であり、そこには確実にタイムラグが発生し近接戦闘では致命的な反応の遅れを生む。
それを目で見て脳が判断した直後に強化外骨格がそれを読み取って直接その動作を行うのが思考制御式の特徴だ。
思考制御の最大の利点は一瞬脳裏に浮かんだ反射的な思考すらも読み取って実際に体を動かすよりも先に外骨格が理想の動きを取ってくれる先行入力と呼ばれる技術と強化外骨格に完全に身を預ける事で体に負担を与えずに最高の動きが出来るという二つがあった。
その両方を完全に使いこなす事で少尉は不可視化した相手と一歩も退かぬ剣撃を繰り返す。
事実、致命の一撃をかわす間一髪の連続の中で装甲ヘルメットの下にあるその表情には未だに余裕があり、呼吸も精神も安定している。
事実、少尉は体を酷使しているという意識が無かった、外骨格によって適切に調整された負担を極力掛けない形で体を動かされているというイメージの方が強かった。
「やるではないか貴様、やはりお前を選んで正解だった」
埒が明かないと判断したのか、騎士は剣での切り合いを中断すると不可視化を解除して再度距離を取る。
「本当に素晴らしい、我とここまで戦える者がまだいるとはまさに僥倖。つい全てを出しきってしまいたくなるという物だ!」
そう叫ぶやいなや、騎士は上昇すると同時に左腕を剣から離し天井の穴から差す光を掴むように頭上へと掲げる。
直後、その周囲で異変が起きる。
地面に転がり、或いは突き刺さっている亡者達の剣や槍が浮かび上がり、次々と騎士の周囲に集まり始めた。
数にして約50本程度の長剣や槍が不規則に上下しながら騎士の周囲に浮遊を続けている。
「思考制御式、だったか。知っているぞお前の動き、人類の中でも最高の兵士だけが出来る動きだ」
その言葉に少尉は嫌な予感を覚える。
知っていると言う事はつまり弱点も理解している、言外にそう言っている事が理解できてしまったからだ。
「舞え!」
言うが早いか、浮遊していた剣や槍が兵士に向けて撃ち出される。
一本であろうと命中すれば強化外骨格の装甲を確実に貫通する剣の群れが騎士の操作によって少尉に向けて放たれる。
それは術者が操作を辞めない限り、破壊されるまで追撃を辞めない猟犬の群れ。
例え躱して地面に突き刺さっても武器としての機能を失わなければ術者の手に戻り、再度の射出と共に追撃を再開し、自身か敵を破壊するまで追跡を続ける剣の形をした誘導ミサイルの飽和攻撃、亡者達が散発的に使っていた投擲攻撃の本来あるべき真の姿。
この場に留まって迎撃すれば数分後には体を剣山にされる事は確実だろう。
思考制御の弱点、それは思考の乱れや動揺すらも読み取って外骨格の操作に反映されてしまう点だ。
だからこそ連続した判断を要求して搭乗者を疲弊させ、恐怖心を与えて判断力を乱す一撃一撃が致命打たりえる飽和攻撃は有効であり防ぎえない有効な戦術として機能した。
捌ききれない、瞬時にそう判断した少尉はは無言で周囲を素早く見渡し、徘徊を再開していた亡者の小集団を確認する。
(……あれだ!)
剣の飽和攻撃が迫る中、少尉はその方向に向けて全速力で駆け出す。
複数ある選択肢の中から選び出したのはその場での迎撃ではなく確実に迎撃出来るエリアまでの後退であり逃走だった。
確実な死を与える刀剣のミサイルが迫る中、機体の操作に集中する為に終始無言、無心で思考を続け体を動かし続ける。
無駄な思考や言葉を発するという行為だけで思考を遮るタイムロスを生み、ノイズを生む。
故に恐怖も焦燥感も全てを捨て、ただ無心で生き残り勝利する為に最善と判断した行為だけを行い続ける戦闘機械に自身を作り替えていく。
そして今こそが死人を鞭打つ時でもあった。
「ぬう!?」
直後、発砲音と共に騎士の体に衝撃が走る。
それは背後、あらぬ方向からの連続射撃に宙に浮く騎士は防御のしようもなく体制を崩し、それによって騎士からの指示が不正確になった刀剣が少尉に命中する事無く周囲の地面に突き刺さる。
到達した剣の先行群が自身の周囲に降り注ぐ中、地面を砕きながら駆け寄る兵士に気付いた二体の亡者が叫び声をあげながら剣を振り上げ向ってくるのを見て少尉は装甲ヘルメットの中で獣じみた笑みを浮かべる。
降り注ぐ剣の雨の中を駆けながら左腕を突き出し、手首に取り付けられたリムペットシューターから発射した粘着榴弾を二体の顔に直撃させて起爆し、顔を焼かれて苦しむ大柄な亡者の間をすり抜け、引き倒し、背後に回って即製の肉盾として利用する。
兵士がそうして作り上げた即製の盾に潜り込もうとしていた時、騎士は攻撃の主を確認すべく剣の一部を操作しながら振り返る。
そこには上下に両断され死亡したL2044伍長の上半身が片腕で体を姿勢を整え、もう片方の腕から腕部に搭載されたスラッグショットを発射している光景があった。
伍長が生き返った訳ではない。既に生命機能は停止し、死亡している。
だが破損して尚、強化外骨格の機能は生きている。
それを少尉は指揮官権限で掌握し、遠隔操作しているのだ。
「小癪な!」
騎士は次々と撃ち込まれるスラッグ弾を剣の腹を盾にして防ぎつつ、呼び戻した刀剣を叩き込んで伍長の体をくし刺しにし、更にバラバラに引き裂くと視線を少尉に戻す。
そこには既にプラズマアックスを射撃戦仕様に可変させ、騎士に向けて発射体勢に入った兵士の姿があった。
後続で飛来してきた剣が未だもがく亡者を貫き役目を終える中、チャージを終えたプラズマ粒子砲が再度騎士に向けて発射される。
そして、それを察知した騎士も剣の操作をやめて先の撃ち合いの様に発射された粒子砲に対応してエーテルランスを直撃するギリギリの所で大剣から発射する。
青と白の光が再度ぶつかり合い、騎士の間近で爆発し周囲は再び煙に包まれる。
「厄介だな、奴のエーテルは無尽蔵か…」
煙に紛れ込み、射撃の時点で目星をつけていた柱の一つに身を寄せた少尉が驚きと共に言葉をこぼす。
互いの視界が途切れた事、そして今度は不意打ちによってこちらの位置を完全に見失った事で戦闘が中断された事を確認すると少尉は装備の確認を行う。
プラズマアックスは二度に渡る粒子砲の全力使用によりエーテル残量が危険域に突入しつつある、白兵戦仕様ならば当分はまだ使用出来るが射撃兵装としてはもう役には立ちそうに無い。
そして左腕のリムペットシューターもこれまでの使用により残弾は5発まで減ってしまっている。
右腕側の兵装はアサルトライフルをを限界まで切り詰めて腕部に搭載可能にした5.56mm弾を発射するアサルトカービン、騎士には打撃にならない。
モーターブレードは先刻一撃を与えた鎧の開口部へ捻じ込めば効果が期待出来るだろうか、他の部位では火花を散らす玩具程度の活躍しか期待できないだろう。
(まだやれはする、だが勝つには一手足りない)
今の一撃も一度だけ使える手札を使った必殺の攻撃の筈だった、それを敵は紙一重とはいえ防いで見せたのだ。
未だに少尉の戦意は衰えていない、だが同時に手詰まりである事も理解していた。
そして戦術を練るには既に薄れて消えかかっている煙の濃度から見て既に無さそうである。
敵が先の負傷で消耗している事に期待してもう一度切り込もう、そう少尉が決心をつけたその時であった。
「ハスカール02より01へ、返答願います。これより…戦線に復帰します」
「02!?……貴様の体がどうなっているのか理解していないのか!?」
思わぬ乱入者の声に少尉は声を押し殺しつつも驚きの声をあげる。
それは既に重傷を負って動けない筈の部下からの物だった。
彼、R1039伍長の救助の為にも早期の決着を求め、結果的には残されていたもう一人の部下をも失い戦いは膠着状態に陥りつつある。
「自分の体は…自分が一番理解していますよ。もう…どうやっても長くはなさそうです…」
「馬鹿を言うな、連れて帰ってやる!これ以上部下を失うものか!」
「小隊長、Lは…03はどうなったんですか…?こっちはデータリンクが逝かれてしまっていて…」
「っ…!!」
途切れ途切れに話し、苦し気な呼吸を繰り返す伍長に時間がそれほど残されてないない事、そして伍長の覚悟を理解し、だがそれでも残された最後の部下を短慮な死に向わせるのを防ぐべく諫めようとする。
だが、最期の質問を前に言葉が詰まり、ただ真実を語る事しか出来なかった。
「03は…L2044伍長は戦死した、すまない」
「……了解、ありがとうございます。小隊長、ここで最期なら。終わりなら自分も仇討ちに参加させてください…」
聞くまでもなくL2044伍長の死を知っていたであろうRがその生死を確認したのは自分が戦闘を再開する為の大義名分を求める為だった。
仲間は皆死に、自分も既に死神の手に捕まれ、戦況は思わしくない。
だからこそ自分が捨て駒になって状況を改善するというRの強い意志が言外に含まれていた。
それを理解した少尉は観念した様に言葉を続ける。
「そうか、ならば何も言うまい。今どこに?」
「各坐した…03の重強化外骨格 の陰にいます、武器は…調達済みです」
「よし、プランBだ。敵をそこまで誘導する。気張れよ02」
少尉の胸中には部下を守れなかった無念ともう一度賭けが出来るという確信、自己犠牲の極みと言える献身を申し出たR1039伍長への感謝という二つの感情がぶつかり合う。
その二つを頭を振って振り払うと少尉は再び戦闘行動を再開した。
―――
鎮痛剤で抑えて尚、全身を覆う鈍い痛みと寒気と眠気の中、R1039伍長は機動歩兵を機動歩兵たらしめる搭乗式二足歩行型重強化外骨格、通称マトリョーシカの脇で右手と左手に槍と拳銃をそれぞれ握りしめて最期の時を待っていた。
延命処置を施しても止まらぬ死に向けて、冷えていく体とそれに反比例するように熱く火照った感覚の頭は思考が既に鈍くなってきている。
だが成す事は単純であり、それ故にそれを終えるまでは死ぬわけにはいかないという気力がRの意識を繋ぎとめていた。
(一撃で良い、一撃加えて奴の注意を引くんだ…)
そう頭の中で何度も目的を反芻し、来るべき敵を待つ。
付近では再開された戦闘によって断続的な戦闘音が続いており、徐々にこちらに近づいてきているのがはっきりと分かる。
それに合わせて奇襲を行うべく、Rは死人の様に身を屈めてその時を待つ。
果たして、二つの人型の姿がRの視界に現れた。
一つは見慣れた強化外骨格を身の纏った上官の姿、もう一つは宙に浮きその上官を追撃する2mを超える巨人の様な騎士。
騎士の燃え盛る大剣をプラズマアックスで弾きながら後退し、時折左腕部に搭載されたリムペットシューターを牽制で撃ち込み、それまでと打って変わって逃げ腰の守勢を演じている。
一直線に逃げ込む事で罠があると悟られない為にわざと集まってきた周囲の亡者達も誘導しながら遠回りをしつつも上官は着実にRの元へと接近して来ている。
Rの強化外骨格は大蛇に飲み込まれ圧縮された際に機器が破損し、データリンクが表示されなくなっている。
だが、こちらを補足していると言う事はこちらの情報は送れているのだろうと判断した。
(よし、こっちの位置は掴めてるみたいだ…後はタイミングを…)
槍を改めて強く握りしめる。
強化外骨格の制御システムは肉体が限界にきているために、平時のマスタースレーブ、音声入力併用式から不慣れではあるが思考制御式に切り替えが済んでいる。
射程内に敵が来れば一瞬であれば十全に動けるはずだ。
上官と騎士の斬り合いは激しさを増し、不用意に間合いに入り込んだ亡者を切り捨て、両断しながらもお互いに一歩も譲ることなくぶつかり合っている。
そして、その時は訪れた。
騎士の大振りな横薙ぎを戦斧で受けて吹き飛ばされる様に後方に飛びながら少尉はRの潜んでいる重強化外骨格 の側に着地する。
手に持ったプラズマアックスからは刀身を形成するプラズマが消え、ただの長い鉄の棒の様になっている。
言うまでもなくブラフだ、エネルギーを温存しているのだろう。
そして、それを知ってか知らぬか、すぐさま追撃を入れんと宙を飛び迫る騎士にバックステップで後退しながら温存していたアサルトカービンを使用する。
まるで迫る相手を制止する様に右手の掌を相手に向けると、手首側に内蔵されていた収納銃が火を噴き、5.56mmライフル弾が矢継ぎ早に吐き出されて騎士に殺到する。
その弾丸は当然の如く、効果は無い。
その尽くが鎧に弾かれて火花を散らしながら在らぬ方向へと跳弾していく。
「万策尽きたか小さき者よ!ならば死ね!」
唯一、小銃弾が効果を発揮するであろう胴体右脇の傷口を左半身をを前面に押し出して庇いながら騎士は少尉に迫り、再度剣が袈裟掛けに振り下ろされる。
「くっ…!」
少尉は歯ぎしりしながら体を捻って斬撃をかわし、再度バックステップで距離を取りながらアサルトカービンの連射を続ける。
「さらばだ!」
弾丸を鎧で弾きながら、騎士は地面に着地すると剣を再度横薙ぎに構える。
だが既に剣の間合いには距離がある、つまり斬撃ではない。
そう少尉が推測すると同時に剣の炎が掻き消え、再び白く発行する。
恐らく騎士が得意としたもう一つの攻撃魔法である光波を放とうとしているのだと推察できた。
この距離で横薙ぎに放たれれば回避は不可能、防御も難しい。
だが、だからこそ、この瞬間の隙は二人の兵士にとっては福音であり騎士にとっては致命的であった。
「02!」
アサルトカービンの射撃を継続しつつ少尉がRのコールサインを叫び、Rが弾かれた様に立ち上がって手にした槍を手に騎士目掛けて突撃する。
そして、攻撃の為に集中していた騎士は不意を突いて現れたRの側面からの奇襲に対して反応が遅れ、肉薄を許してしまう。
「うおおおぉぉぉッ!」
全身が千切れ、砕けそうな激痛を無視して叫びながら、Rは騎士に肉薄するとそのまま騎士の破損した鎧の開口部に目掛けて槍を突き立てる。
が、その刺突は騎士が体を捻った事で防がれる。
槍は鎧に命中し、金属音を立てながら弾かれて逸れていく。
「まだだ!」
Rは役目を終えた槍を手放し、そのまま抱き着く様に騎士に体当たりを加えると右手を体に回して張り付き、左手を握った拳銃ごと無理やり鎧の開口部、更に奥の傷口に捻じ込んだ。
そして、引ける限り連続でトリガーを引いて騎士の傷口に拳銃の45口径弾を乱射した。
その数、おおよそ5回から6回、正確な数は本人にもわからなかった。
だが、騎士に一矢報いたという事実がRにとっては大切であり、それで十分だった。
「やった…!やってや…ガッ!」
直後、騎士が怒りの絶叫を上げながらRを引き剥がし、その顔に鉄拳を叩き込んだ。
その一撃は限界の来ていたRの装甲ヘルメットを破壊するには十分な一撃だった。
鉄拳を受けたヘルメットの左半分が砕け、汚染された外気が砕けた隙間から入り込み、Rの顔を、肺を、体全体を容赦なく犯して蹂躙していく。
しかし…
「今です!とどめを!」
「ッ!感謝する!」
そのまま地面に向けて倒れ行くRは、自身の末路を思うよりも先に勝利を望んで信頼する上官に向けて叫ぶ。
それに答える様に少尉は叫ぶと再び両手に構えた戦斧からプラズマの刀身を発生させ、それを騎士の首に叩き込んだ。
魔力を未だに帯びる鎧がプラズマ刃の侵入を一瞬拒み、だがすぐに力尽きて首が両断される。
溶けて髑髏の様に変形した兜が空を飛び、残された体からは間欠泉の様に青い血がまき散らさらしながらゆっくりと地面に倒れ伏した。
終わりの見えないと思われた戦いは、一人の兵士の犠牲によって今終わりを告げようとしていた。
―――
「行って…ください…」
Rは自身に駆け寄り、抱き起した少尉にただ一言そういった。
「ハスカール02より、ユニットHA-148へ、主機を…最大稼働に、動力をプラズマ砲へ注入せよ…」
少尉に抱きかかえられながらRがそう呟くと各坐したマトリョーシカの主機が再起動し、甲高い音を上げながら稼働を開始する。
それに釣られる様に、いやそれ以前から戦闘によって亡者達の注意はR達に惹きつけられており、生き残りの大半が周囲に集結しつつあった。
「03の…機体を、操作して…自爆、出来る状態にしてあります…。自分が…囮に、なって…敵をひきつけ諸共自爆します。小隊長は脱出を」
「貴様…!置いて行けというのか!ふざけるな!お前だけでも連れて帰ってやる!」
少尉の声は震えていた。
既に死に体ではあったが、地上の大気で汚染された以上、もうどうやってもRを生きては故郷に連れて帰る事は出来ない事は分かっていた。
仮に連れ帰ったとしても待っているのは安楽死と実験用サンプルという未来だけだ。
そして、遺体を連れ帰るという事もまた、この場で囮になれば不可能であった。
それを見てRは力無く微笑む、嘘でも自分を気遣ってくれる上官の優しさにただ感謝の思いを抱く。
重強化外骨格 が自爆に向けてエネルギーを充填する中、Rは会話を続ける。
「市民兵と、地上の、生き残りにも…離脱指示を出しています、少尉も続いてください。……貴方は、まだ、死ぬべき人ではない…」
「ッ!」
「生きて下さい、生き残って…同胞とこれから後に続く未来の戦友達を…!」
汚染された大気にせき込みながらRは少尉に願いを託す。
「……了解した。お前の意思を、理想を、遂げられなかった願いは俺が引き継ごう」
少尉は短く、だが力強い言葉と共に了承の意を示す。
「02、いやR1039伍長、貴様の献身を俺は決して忘れない。お前は遠征軍兵士の誉れだ。残る道が良き旅路で有らん事を」
敬愛する上官からの嘘偽りのない賞賛にRは再び穏やかな顔で微笑む。
自身は兵士としてベストを尽くせたのだと、果たせぬ夢も託せるのだと、思い残す事は無いのだと理解したが故に。
「「人類に誇りと栄光あれ」」
二人は同じ言葉を同時に紡ぐと同時に握り拳をぶつけ合い、それぞれの役割を果たすべく動き出す。
少尉は地上へ脱出すべくプラズマアックスのエネルギー残量を気にすることなく、出力を最大にして行く手を阻む敵を切り裂きながら出口へと走り、Rもまた最後の役割を果たすべく立ち上がる。
「ここだ!生きた餌が…まだここにいるぞ!」
エーテルで汚染された大気に皮膚と喉を焼かれながら死への覚悟を終えたRが叫ぶ。
汚染によって焼けた肌、目や口から自然と溢れ出る汚染された紫色の血が亡者達を誘引する餌となり、徘徊していた集団がゆっくりと自身に近づいてくるのをRは確認した。
最早体は限界を超えている、だが身に纏った強化外骨格は未だに動いてくれている。
なればこそ、最後まで囮として機能し続ける事が出来るし、しなければならない。
Rは騎士が残した蒼い大剣を拾い上げるとそれを武器として振り回し、或いは盾として使い、時間を稼いで亡者達を可能な限り誘引し続ける。
接近する亡者を剣の重さと外骨格の筋力で無理矢理振り回して両断し、飛来する槍を剣の腹に身を隠して防ぎ、一体でも多く爆発の有効範囲内に入る様に限界まで粘る。
「どうした…ッ!俺の血…血が欲しいんだろッ!」
戦闘での消耗に加えて、本来の使い手ではないRによって武器に盾に酷使される大剣は徐々に刀身に損傷を受けていく。
そして猛った亡者の体当たりを剣で防いだ時、最期の時が訪れた。
「がぁ…ッ!」
その質量攻撃に限界が来ていた蒼い大剣は半ばから砕け、体当たりを受けて吹きとばされるRの腕から離れて床を滑って闇に消えていく。
「これで…良い…!ここで終わるとしても、同胞達が夢を成してくれる…」
そのまま背中からマトリョーシカの外装に叩きつけられ血反吐を吐きながら、Rはそれでも満足した表情でそのまま背を預けながら崩れ落ちる。
目に映るのは自身を食らおうと大口を開けてしゃがみ込んでくる干からびた顔の亡者、そして残った半分のヘルメットに表示されたモニターと網膜投影によって機体の自爆シークエンス。
それが滞りなく進み、間もなく臨界する事を確認すると大きくため息をつく。
「コーラとアイス、食べたかったなぁ…」
限界に達した重強化外骨格 の爆発が間近に迫る中、同じく限界であったRは絞り出す様に未練を呟くとそのまま意識を手放した。
それ故に気付く事が出来なかった。
マトリョーシカが爆発するまさに直前、死に絶えた騎士から流れ出たほぼ黒と呼んでも良い濃い青い血が集まり、スライムの様に変貌すると同時に亡者を押しのけて自身の体に入り込み、包み込んだ事を。
全てを飲み込む青い閃光によってその場に残っていた亡者達が焼き尽くされていく中、Rは自身を飲み込んだ青い血に守られて深い眠りに落ちる。
これが終わりではなく始まりなのだと知るのはまだ先の事であった。
近接兵装は嵩張る割には使い勝手が悪く、どうにか出来ないかと試行錯誤した結果生まれたのが少尉の使う可変式プラズマ兵装です。
モード設定によってプラズマ砲にも槍や斧にもなる事から前線で重宝される一方、戦局の悪化から武器が足りなくなってくると後方地域ではこれ一本だけで装備を済ませられる兵士も出てきたりしました。
最後に主人公を飲み込んだ血の塊は意思を持っていて今後色々やらかしてくれます。