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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
二章『自由の荒野』
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二十五話、回天

次は早めに出すといったな、あれは嘘だった

すまん



想定とは異なるが、予定通りに状況は推移している筈であった。

機動歩兵時代に得た幾度かの遭遇地上に投げ出されて以降の戦闘で得た経験から夜行種の行動は概ね把握している筈であった。


時に知性があるが故に特異な行動を起こす個体もいるが、思考を有する生き物というのは合理性を求めるが故に似通った挙動を取る事が通例だ。


すなわち、『リスクは極力背負わない』という基本原則から逸脱する事はまず無いという事。


非常時を除いて生物とは自分たちの活動しえない環境や対処不可能な戦闘力を持つ個体との接触を避け、己の力量に収まる程度の弱者を獲物とするのが生物の基本だ。


だからこそ、大火を放置していずれは外周都市全体が燃え尽きるに任せた。

光を忌避する夜行種に炎やその他光源による威嚇は十分以上に効果を発揮する。


重強化外骨格(マトリョーシカ)の装備する高出力ライトやプラズマ砲が爆裂した際の閃光でも同様に夜行種の駆逐と接近拒否が可能である事は確認済みだ。



光源を適切に配置すれば夜行種は締め出し、行動可能範囲を絞れる。

クロエに西側城壁からの襲撃を強制できたのはその習性を利用した事が為だ。


優位な状況での夜戦を望むクロエには下がるという選択肢は無いという判断は的中した。

クロエが城壁内部に入ってからは予定通りに夜行種が忌避であろう炎の壁を四方の壁に配して守りとした。


多量のエーテルを含んだ炎は早々に燃え尽きる事はない。

むしろ、その場に残留して新しいアノマリーすら形成する可能性がある。


それが出来るからこその躊躇ないプラズマ弾の投射による完全封鎖であった。

重強化外骨格(マトリョーシカ)で用いるエーテル兵装の集中運用を行う際の危険性を逆に利用した形だ。



あのクロエという人狼が脱出を諦めたのも『目』が良いが故に強行突破はアノマリーに絡めとられると判断したのが一因であるだろう。


だが、そこから先はこちらの想定の上をいかれたことになる。


市街地に逃げ込まれれば建造物自体が視界を塞ぐ事で異変の察知に出遅れる事は分かっていたが、増援の可能性は既に無いという前提から状況を軽視してしまった。


夜行種の戦術行動によって発生する音や被害も自身の発する雷光と雷鳴で打ち消してしまえば誤魔化せるという目算の元でクロエが遅滞戦闘を行っていた事を見抜けなかった事が敗因か。


周辺被害で地上人が犠牲になればその血潮の香りは飢えた夜行種たちを刺激する良質な撒き餌すらなっただろう。


夜行種にとっての最初で最後の都市という『餌箱』の開封という事態は十分に現状を非常事態であるという事への理解の不足。

ミュータントの飢えによる衝動を過小評価して前提を構築した事がこうして巡り巡って状況を最悪へと導いている。


全ては知識不足に起因する。

知能はあれど理性は無いという人外に対する無知が招いた結末だ。



「ながぁいよるになるよぉ~」


つばぜり合いの最中である目の前の人狼は獣の顔を歪ませて嗤っている。

目先の戦闘に集中し、他の要素を軽視したが故の破綻を嘲笑し、己の勝利を確信したように嗤っている。


視界の端では人の腕を体に無数に生やしたミミズの様な生き物が古い欧州風の住居に巻きつくと共に締め上げて粉砕して内部の人間を捕獲、捕食している。


多数の中型夜行種が既に内部に入り込んでいる。

地を這いまわる小型種に至ってはもはや人を襲う事すらない、中型種が食い散らかして地面に転がる『おこぼれ』を奪い合えばそれで満ち足りるといった様相だ。


キドが万全であったとしても現状の兵力で朝までクトーたちが持ちこたえるのは不可能だ。

クロエを優先すれば領主の館に立て籠もらせているとはいえ、いずれは喰らいつくされるだろう。


しかして、夜行種を優先してクロエを見失えば作戦の根幹と主導権を失う。

その後は逃げるも攻めるもクロエの気分次第だ。



防衛ラインは崩壊した。

初期戦略は破綻、標的は未だ生存。


残存人員の生存も絶望的と言える。

こちらの作戦はすべて失敗した。

全て手中に収まる筈であった事物が指の隙間から零れ落ちていく。



夜行種を誘引し、夜間戦闘を強制し、最終的には都市諸共大型種を含む『(ウェーブ)』で敵を圧し潰す。


これが敵の初期から志向しているであろう戦略であり、戦術だ。

クロエを仮に始末出来たとしても大型夜行種の最終攻勢が待っている。


圧倒的に手が足りない。

一つ一つを個別に対処するならば今のレオにとっては造作もない事ではある。

だが、同時に全ての問題が襲来すれば一人の身では対処能力を容易に飽和させるに至るのだ。



一度は狂わせたはずの敵の計画は結果的には成功を迎えつつある。



「なるほど―――――」


知略の勝負に敗北した事を悟り、レオは全身から緑の炎をまき散らしながら強引に肉体の出力を上げてクロエを弾き飛ばす。



「っふぅ…!」


宙空にて姿勢制御を行い、脚から着地して勢いを殺しつつ裁断刀(シザーブレード)を構え直して、クロエはレオの猛攻を覚悟する。


自分より格上であろうと問題ない。

盤面を揃えれば『本気狩(マジカル)』は達成できる。


守る物と達成せねばならない目標が多いほどに人は『理想の勝利』という蜘蛛の糸に絡めとられる。

レオの望む完勝は夜行種の城内への侵入阻止、クトーら教会関係者の生命保護、そして己の殺害。


贅沢にも三つも目標があるならば一つ破綻させてやれば後は連鎖するだけ。

全て壊してひっくり返してやった。



成功を確信していた作戦が失敗したと分かれば、それが焦りとなり自棄を起こして捨て身の攻撃を仕掛けてくるのが人間というもの。


状況を打開しようとあがき、一秒毎に脳裏によぎる最悪に精神を蝕まれ、正常な思考を奪う光景をクロエは脳裏で想像して長く伸びた獣の口元を歪ませる。



今となっては友であるクトーの命すらも標的を追い詰めるための材料としか見ていない。

向こうとしても友情はなくともクトーはまだ必要である事は昼の会話から推察できている。


早く始末を付けねば教会観光の為の快適で安全な検問顔パス券を失うのだ。



壮絶であれど、思考とペースの乱れた短時間の全力攻勢をしのぎ切ればもう相手は息が続かない。

幾らでも打ち込んで来れば良い、手足の一本程度は惜しくない。

全て受けきり凌ぎきり、奥の手を叩き込むのみ。



一撃耐える毎に、むしろ相手が追い詰められていくのだ。

手札が整ったならば、防御こそが最大の攻勢だ。


追い詰めて、追い詰めて、詰めて詰めて詰め込んで最後に必ず狩り殺す。

頭脳と肉体双方を酷使した消耗戦を強い、最終的に狩り殺す。

それがクロエの戦い方だ。



だが、この局面において今度はクロエがレオという男を見誤った。



「なるほど―――――」


想定した攻撃が来ない事にクロエは困惑する。

レオは静かに険しい貌の相のままクロエを見つめ、剣を両手で天に掲げて相対するのみであった。


よくよく見れば手に持っているはずの禍々しい赤い剣は溶解し、半ばで折れた青い美しい刀身を持つ剣へと姿を変じている。



「俺は知恵比べで負けたようだ―――――」


レオは現状を静かに受け入れていた。

認めるほかにない、頭脳戦では経験と知識量で優る相手の方が上であると。


勝利の為に知恵を絞るのは弱さの証、しかして己も未だ知恵に頼っているが故に相手にその上をいかれた事を受け入れねばならない。



であるからこそ―――――。



『知恵捨てるべし』


自戒の句と共にレオは己の欠けた剣を己の腹へと躊躇なく突き立てた。

それはエンキと戦い、勝利した原初の記憶と精神を取り戻すための自己の内で神格化された聖なる儀式であった。


今ならば分かる、殺し間という場を作ったこと自体がエンキからすれば頭の使い過ぎであったのだろう。

結局今回起きたのもエンキとの戦いの焼き直しだ。


策は全てはうまくいかず、こうして再び全てを捨てねばならなくなっている。


エンキが夜目に優れていれば城壁内にそもそも誘引などしなかった。

奴ならば夜行種の中に飛び込み、殺しまわしながら相手が得意と思い込んでいる戦場で自身を餌にしてクロエをおびき寄せただろう。


その上で正面から叩き潰して希望を奪い、絶望を与えながら殺すのがエンキのやり口だ。



それをする能力が己にはあったにも関わらず、作戦を作ってその枠で動いたことこそが失策だ。

レオの脳裏にエンキの獣めいた笑みと弱者をさげすむ嘲笑がフラッシュバックする。


苦い恥の記憶であるにも関わらず思考が整い、迷いが消えていく。



「ッ!?」


敵前にて自害。

その想定しえぬ行動に獣人化して細まったクロエの目が見開かれ、そしてすぐに険しく狭まる。


己の想定と異なる変化と作用がレオに起きていると判断し、自然と体の重心を低くしてその挙動へと意識を集中させる。



「ぬぅッ!」


レオは突き立てた剣を腹で強引に横向きに変え、切腹の様に一気に右に引く。

内臓すら消え去った偽りの肉体から溢れだすのは膨大な量のエーテルを含んだ青い血の迸り。

その血を吸い上げ、再び燃え上がるのは固まりかけた人間の血の如く赤黒い禍々しい剣。


文字通りの命を削る所業、痛覚は既に無くとも意識が遠のき視界は霞む。

されども、成さねばならぬ目的だけは明確になっていく。



レオはこの瞬間、再び自己の精神をリセットする事に成功した。


なまじ、能力があるが故に多くを掴もうとして全てを取りこぼす。

これでもう猶予はない、出来る事は一つだけだ。


捨てるべし、内にある知恵と呼ばれる雑念捨てるべし。

元より、この地上に真に守るべき民も救うべき同胞もいはしない。


投げ出されてより先、常に己にあるのはこの体一つのみ。

それですらも―――――。



「必要ならば全て捨てよう」


この身は敵を滅ぼす兵器で良い。

内に残るは単一の目的意識のみ。


『人類の敵を滅ぼせ』。



「クロエ、貴様を滅ぼす」


大量出血によって赤い鎧を青く染め上げ、青い顔を死人の如く白く変貌していく中、剣を構え直したレオはクロエへ向けて炎を纏い加速した。




―――――――――――――――




誤っている、こんな事が許される筈がない。


少し前まで見えていた未来は明るかった筈だった。

偉大なる主は己すら知らぬ才を見抜かれてこの都市を任せてくださった。

あのお方の側で覇業を支え、世の末まで称えられるべき自分が、こんなところで死ぬなんて間違っている。



だから間違っているのはこの光景であり、この体に走る痛みの方なのだ。

こんな下等な物どもに取り込まれて生きたまま引き裂かれるなどあってはならない。


そう考えて起き上がろうともがいても最早体に力が入らない。

否、絶えず全身を蝕む痛みに耐えられずまともに身動きが取れないのだ。



状況がこれほどまでに悪化するまではほんの僅かな間しか無かった。

燃え盛る外周都市の中、緩慢に動いていた屍者や肉塊たちが突如として統制の取れた集団の如く結集し、巨大な肉の津波となって一挙に城塞に突撃してきたのだ。


城壁上火砲が火を噴き、機関銃が肉を削り飛ばしてなお止まらぬそれは瞬く間に竜の歯と堀を突破し、城壁本体を乗り越えて守備部隊を呑み込んだ。


言うまでもなく、逃げる事などしなかった。

自分は選ばれたのだから、他の凡夫とは違うのだ。


逃げようとする裏切り者の首根っこを掴み、手が届かねば銃弾を叩き込み、砲座に残った無能どもに命令を飛ばして全ては解決するはずだった。


だというのに、結果として待っていたのは―――――。



今や腐肉の海と化した東側城壁の上では敵を止められなかった無能な兵士と役に立たなかった城壁の固定火砲が屍者の集合体である腐肉玉へと吸収されていく。


己自身すらも下半身からゆっくりと砕かれて引きずり込まれていく中で警備隊長は怒声を張り上げる。



「認めんぞぉ…!俺ば…俺ば選ばれだんだぁ…!」

「そんな事はなぁい!お前は誰にも愛されなぁい!」


今のは誰だ、この中で生きてる奴なんて自分以外にはもういない筈。

叫びを否定する声の方へと血走った眼を向ければそこにあるのは今まさに人の形にならんと盛り上がりつつある肉塊の姿。


徐々に盛り上がる肉体は輪郭をはっきりとしたものへと変貌させていく。

腐肉の塊が徐々に人体模型の如き肉と筋肉を持つ人型のそれへと変じ、皮膚と体毛を生み出し、最後には体をのけ反らせ、両腕を組んだ姿をした全裸の男となり、それは顕現した。



「おっはぁあああああ!元気して…ないねぇ!死にそうだねぇ!」

「ぎぃいいいいい!」


浅黒い肌に東洋系の味のある顔。

そして無意味に下半身を反らせ、屹立する股間の相棒を誇示しながら組んだ腕を崩して片手で顎をさする人の形を模した全裸の異形。


神の使者たるナイデスがその夜、レオのすぐ側で仮初の肉体でもって顕現したのであった。



「どーれどれ!せっかくだし俺がお前の能力値を批評してやるからなぁ~?」


糸を引く腐汁と肉の筋を引きちぎりながら足場となった肉塊を離れたナイデスは値踏みするように半身を傾けながら今まさに腰まで屍肉玉に呑まれて絶叫を上げる警備隊長へと近づく。



「ふーむふむふむ、おお!これは…!」


そして片目を閉じ、残った目の前で周囲で計測モニターでも模したように両手で四角を作って警備隊長をその枠の中へと当てはめつつ、ナイデスは驚愕したように叫ぶ。



「筋力無し!体力無し!知能低!判断能力無し!エーテル耐性無し!根源的誤りたる生命から生まれた凡庸な生い立ちに因果律から愛される要素も無ぁし!君に何かに選ばれる素養は無ぁい!」

「だばれぇ!俺は選ばぁああ…!」

「死ぬまでやってて、どうぞ」


自信気な笑みから一点、不機嫌そうに無表情となったナイデスが警備隊長から視線を外して腐肉の道を歩み出す。

その時点で屍肉玉は既に警備隊長の上半身に食らいつきつつあった。


これはちょっとした余興に過ぎない。

本来ならばまだこのような介入は予定にありはしなかった。


『推し』たる(レオちゃん)の顔は既に拝見した事であるし、予備の御子や新たなる教団発足の選定も進めねばならない。

『神の息子』の仕事は幾らでもあり、遊んでいる暇は無いのだ。


そもそも最高の素材であった(レオちゃん)は他の矮小な者どもの介入とあまりにもスカウトが下手過ぎる『上司』のごり押しで完全にこちら側から心が離れてしまっている。


今やレオは無神論者ではない、敬虔な信徒だ。

心の底から神の実在を信じているからこそ、反逆しているのだ。


愛の反対は無関心であるように、神を冒涜するものとは拒絶する者ではなくそもそもその存在を理解する事すらもない者たちをこそ指す。



明確に認識し、一度は屈服し、それでもなお己の奥底にある願いでもって神に抗った者は大いなる存在を理解してなお拒絶を選んだ敬虔でありながら、決して膝を屈しない厄介な信徒であり殉教者であるのだ。


最後にはそこに到達するしかない大いなる流れの中心、主流に存在するものこそが神。

従おうと、抗おうと、いずれはそこに流れ着くのが道理。


悪魔憑きとはすべからく、神を信じるが故に反骨する哀れな子羊に過ぎないのだ。


愛おしくない筈がない。

推せぬ筈がない。


とはいえ、藻掻き泳ぐものにその真理が通じる道理もない。

いずれ心が折れて揺らぐ時が来るにしろ、すぐには心変わりはあり得ない。



であるからして、レオへ接近するのは後回しにするつもりであった。

だが、この短期間における上位悪魔憑きとの度重なる連戦を繰り返すレオの姿にナイデスは興味を抑えきれなくなったのだった。



こうして幾度も自分の力をプレゼンしてこちらの注意を引いてくるとあっては気になって仕方がない。


丁度次の候補の目星はついてきているからこそ、その実力を直接目にして今後の方針を決めようと変心を起こすのもしょうがないという物だ。


何よりも己の本来の神を忌避しながら、その力の一端を用いて神の領域に肉薄する哀れな道化に無限の愛おしさすら感じるが故に。



こうして意識の一端を飛ばして疑似的な肉体を構築する程度には、ナイデスにとってレオは『推し』であった。


全ては世界が正常に静止するまでの余興。

オリジナルチャート発動は日常茶飯事。


予定は未定、計画は常に臨機応変、やる事成す事朝令暮改、掌ぐるぐるフレキシブルだ。



「お前が邪魔したせいでレオちゃん生ライブに遅刻したんだからしっかり苦しむんだぞぉ…♡」


だからこそ、気分で動き本人ですらも曖昧ながらにしか構築しないアドリブだらけの予定を僅かでも妨害した警備隊長はナイデスにとって制裁の対象であった。


気分屋の気分を害す以上の危険な行為はこの世には存在しえない。

この男の指揮する城壁の火砲群の妨害で予定より十数分遅れたのだから当然、極刑は免れ得ない。


その上で敢えて周りよりも長く生かし、直接侮蔑し、すぐに死なぬよう下半身からゆっくりすり潰し、死という正しき静止に至るまでの間に生という運動の誤りを死ぬまでとことん反省させるのだ。



警備隊長の苦悶の唸りをBGMにナイデスは観光客気分で城壁の内外を見渡した。


外にひしめくは夜に生きるおぞましく生き物ども、そして内にいるはそれに蹂躙される弱き有象無象。

否、乗り遅れたと思った今ですら壁の外にも内にもまだ生きようともがく強き生命の脈動がある。



いずれ全てが静止すると理解しながら動き続けようとする宇宙の如き美しさ。

まさしく、静止に抗う活発な運動だ。

忌々しくも美しい誤謬たちだ。



「さぁて、現世の英雄がどの程度の品質か見せてもらいますよ~見る見る~。ヘラクレスくんみたいな良い雄がいたら大絶頂ですねぇ!」


警備隊長の唸りがかすれた呼吸音と僅かな反応のみになる頃合い、ナイデスは身を翻して取り込まれずに残った警備隊長の生首に腰を下ろす。


それに応じた新しい有機素材の補充を終えた屍肉玉が隆起を繰り返し、ナイデスを収めた腐肉の玉座を構築しながら移動形態へと変化していく。


その玉座には警備隊長の苦悶に満ちた死に顔がナイデスの股間を隠すモザイクの如く配置されていた。



「ほら、一緒に高みの見物いくど~」


ナイデスの命に応じるように、屍肉玉は生存者の消えた城壁をゆっくりと進みだした。




―――――――――――――――――――――――――



最早ほとんどの弱き人間が捕食され淘汰された死地と化した外周都市、その一角で未だにしぶとく命をつなぐ者たちがいた。


燃え盛る外周都市の炎に照らされ周囲から容赦なく身を焼く熱に蝕まれながら、しかしその炎の熱と光によって生き残る僅かばかりの人間たちの集団。


大火災と闇の境にある僅かな間隙、人の生存が許されるほんのぎりぎりの空間で彼らは最後の抵抗を続けていた。



「おめぇら余計なことは考えんなすよ!陣形を組んでゆっくり進むっす!ケツの火傷の始末を悩めるのは明日まで生きてる奴の特権だと思うんすよ!」



大通りの左右と後方の三方を塞ぐは都市を焼き払い、自分たちすらも焼き尽くしかねない勢いで燃え盛る炎の壁。


本来は広いはずの大通りも、猛火に晒されては真ん中の僅かな空間に人が集まれば最早満員といった状況だ。

少しでも外周に外れれば火の熱にまかれて肌と喉をやられる事になる。


苦しくとも駆け出してこの場を脱することもかなわない、

目の前に広がるのは炎の発する明かりが無ければ一寸たりとも見通せぬ闇。

濁った紫の空から降り注ぐか細い星の光はまるで役に立ちなどしない。


ただ、炎の動きに合わせて自分たちが焼かれぬようにゆっくりと前へと進むことだけが生存者たちに許された行動であった。


隣り合い、組み上げられたのは先刻まで面識もなかった信用も信頼も出来ぬ新兵と敗残兵と暴徒による促成ファランクス。


各々が手にした雑多な小銃や槍といった武器、或いはシャベルやツルハシの如き仕事道具、それにすら及ばぬ角材に鉄パイプといった資材。



集団を指揮するのは文明が滅びた時代にはそぐわぬ都市迷彩の軍服に加えて周囲から浮いた高価な防具を身にまとうセミオートライフルを握った兵士。



ヤク中ともども城壁内部へと逃げそびれて孤立無援の中で生き残るべく奮闘しているレナルドの姿があった。


城塞都市という人材に事欠かない好環境が故に短期間の訓練で最低限に仕上がる程度には頭が回り、健康状態に問題のない質の良い人間を厳選して集める為に夕方まで念入りに外回りした事が災いした。

帰り際に起きた大火の混乱に巻き込まれ、帰還出来なくなったのだ。



だが、レナルドはそれでも幸運だった。

城壁外でのクロエの殺戮が起きる前には外周城壁の内側に入る事が出来た。


加えて大火と共に起きた混乱を持ち込んだ装備と新規雇用した集団で乗り越えてここまで生存する事が出来たのは純粋に運の良さも合ってこそだった。


文明を忘れ単発式の前装マスケット程度しか知らぬ暴徒たちにとっては非力なセミオートライフルですらも恐ろしい高性能連発銃として映り、幾度かその連射能力を披露して以降は襲撃を試みる者などありはしなかった。


今となっては帰れなくなった原因の過半を占めるであろう新規雇用した人員がいるからこそ夜行種の襲撃に耐えられている。


ボースの配下としては最後まで生き残ったレナルドの人を見る目が曲がりなりにも優秀であった事の証左でもあるだろう。


苦手な光と炎を盾に抗う僅かな生存者を狙うよりも、もっと効率の良い狩場が既に生まれつつある事に夜行種の大半が気づいていた事もレナルドの生存を利する事となった。


実際、一部の偏屈な中型種と獲物を獲得するどころか狩場に行けば自分たちすらも狩られかねない貧弱な小型種の集団が周囲に潜んでいるだけであるからこそ、レナルドと敗残兵集団はまだ生きながらえていられるからだ。



しかし、幸運が続いたのはそこまでだった。

運だけでどうにか出来ない領域が夜という環境だ。


脆弱な小型種といえど、夜の闇の中であれば人間などよりも遥かに強力であり、狡猾だ。

装備が仮に万全であったとしても強行突破等は不可能であった。



「副隊長さんよ!次が来るぜぇ!」

「っ!固まれっす!押し返すんすよ!」


炎にあぶられながら大通りの真ん中で寄り集まっていた敗残兵たちがレナルドの叫びに従い互いに密着し合い、武器を正面に構える。


直後、目視に頼らぬが故に火を恐れぬ複数の小型夜行種が見通せぬ闇からぬるりと沸きだしたと思えば、集団めがけてジグザグな回避機動を行いながら肉薄してくる。



「引き寄せろっす!一斉射撃で対処し―――――」


レナルドが叫びに周囲を固める候補者たちが険しい表情と共に武器を構えて命令を待つ姿勢を取るが、夜行種の襲来に恐慌状態を起こした他の生き残りが指示を無視して悲鳴と共に粗末な前装マスケットを発砲。

それにつられて残りの者たちも次々と統制の取れぬ無為な射撃を繰り返す。


粗末な小火器に充填された黒色火薬が着火と同時に白い煙を吐き散らし、ただでさえ効かぬ視界が白く染まったかと思えば小柄な四足獣が襲来して爪と牙でもって前衛の人員を殺傷していく。


自らの作り上げた硝煙の煙幕によって夜行種の種別の確認すらおぼつかない。

そして今回も統制の取れぬ射撃であったが故に敵の損失はほとんどないようであった。


最初に引き金を引いたのはレナルドの配下ではない。

それ以外の有象無象の暴徒どもだ。

その銃声につられて新人たちはレナルドの指揮から外れた射撃に参加してしまうのだ。


既に幾度も経験した攻撃であるにも関わらず、生き残りの敗残兵たちは学習する事がない事にレナルドが思わず舌打ちをする。



「馬鹿が…ッ!なんで合わせねぇんすか!?食われて死にてぇんすか!?」


そう叫ぶ間にも精神の限界が来たらしき幾人か狂乱を起こしてに闇に向けて駆け出す。

粗末な汚れた布を一枚体に巻き付けたような者達であるから、布が焦げる程に炎に炙られ続けることに限界を感じたのかもしれない。



或いは純粋に緊張の糸に限界が来て安易な手段に逃避したのか。

いずれにしろ、逃げだしたものの末路は一つだった。


炎の巻き起こす熱と光が無くなればそこにあるのは無限にも思える闇とそこに息づく歪んだ命たち。

そこに近づけば伸びてくるのは得体のしれない異形の腕や触手、掴まれて闇の中へと引きずり込まれれば後は引き裂かれるのみだ。



「副隊長さんよ、もう駄目だぜこりゃあ。最後に一発キメせてくれ!」

「馬鹿言うなっすよ!まだ何も出来てねぇのにこんな所でッ…!」


状況は数分ごとに悪化を続けている。


選んだ新兵たちの損失は軽微ではあるが、既に生存者の数は30を下回りつつある。

小型種の散発的な襲撃すらもあと何度耐えられるかわかったものではない。


結局のところ、死にたくないから集まっているだけの集団。

今も火に炙られることを避けようと陣形の内側に入ろうと互いに罵り合い、殴り合いすら起きている。


レナルドが集団内で一番それらしくふるまっているから指示を聞いているふりをしているに過ぎない。



この炎と闇の間の僅かな空間であれば夜行種が襲ってきにくいと察した程度には頭が回る奴らではあっても、各自にあるのは自己の保身のみ。


肉体と精神のいずれも鍛えられていない者たちは必然、時間が経過すれば判断力も覚悟も鈍っていく。

身を炙る火に耐えられなかった者は既に倒れ、精神が持たなかった者は狂って闇に潜むものに切り刻まれた。



その上で生き残った者たちにすら結束の二文字はありはしない。


既に未来は二つしかないのは分かっていた。

力尽きて倒れ伏し、炎に焼かれるか。

或いは火すら恐れぬ夜行種の手で引き裂かれるか。


それでも―――――。


それでもか細い希望と可能性にかけてあくまでも意地汚く生き残ろうとしなければここまで命を長らえることなど出来なかった。


『無理と分かるまでは無理にでもあがけ』


それが経験に裏打ちされたレナルドの哲学だった。

だが、人の意思などという物はより大きな力と流れの前には容易く押し流されるものである。



「まだ大通りは続いてるんすよ!このまま進めば内城壁に向かって―――――」


レナルドの奮起と叱咤をあざ笑うかの如く、飛び火して燃え始めていた外周の木造城壁が音を立てて崩落し、続いて歪んだ咆哮が周囲に鳴り響いた。



「なっ…!なん…」

「光ってるぜ副隊長さんよ!綺麗だろぉ!?葉っぱキめるといつもあんなキラキラしたのが見えるんだぜぇ!どうせ最期だし一発キメとくか」


反射的に音の主へ視線を移したレナルドは絶句し、隣では観念した様な笑みを浮かべてヤク中が言葉の洪水を吐き出しながらこれが最期とばかりに乾燥大麻煙草に火をつける。



粗末な木造城壁を超える身の丈を持つそれは一見して黒い樹木であった。

太い幹を持ち、数多垂れ下がる枝から光を放つ大樹。


だが、周囲の燃え盛る炎に照らされたそれには木と呼ぶには奇妙な違和感があった。


枝についている果実が奇妙だった。

人の形をした奇妙な果実が枝の先につき、蠢いている。


否、人ばかりではない。

荒廃した世界で生きる動物や小型、中型のミュータントに至るまであらゆる生命がその木の枝の一本一本に繋がる様に生えている。


よくよく見れば、光る何かすらも人型の生き物の様に見える。



「おぉおい!こっちは安全だぞぉ!」


奇妙な果実の一つが左右に揺れながら突如として叫んだ。

それに合わせるように始まったのは枝先に実る果実たちの身振り手振りを交えた大合唱。



「もう大丈夫だ!助けに来たぞ!」

「安心しろ!水も食料も用意してるぞ!」

「軍が君たちを守ってくれる!」

「ここは安全だ!早くここに来るんだ!」


明らかに場違いな言葉を果実たちが叫び、揺れる果実の中に混じった光る何かは一層強い光を解き放ち始める。

それに応じて、知らぬうちにレナルドの気が遠くなり判断能力が落ちていく。


異様な光景を見ている筈であると理解している上で、警戒心と思考が削ぎ落されていく不快な感覚。

しかして数瞬後にはそんな意識すらも風に吹かれた煙の様に霧散していく。



「あ、そうか。あそこは安全なんすね…」


レナルドの歩みに合わせるように光を見、声を聴いてしまった集団は夢遊病患者の様にふらふらと歩み出す。

気づけば周囲に潜む夜行種たちの姿は消えていた。


彼らは気づいていた。

時間が来てしまった事を、『波(ウェーブ)』の最終盤に必ず訪れる大型種の到来を。


大樹が根を持ち上げて前進する。

否、根ではない。


それは巨大な人の様な腕であった。

そして、それは木ですら無かった。


人の両腕を備えた巨大で太いウナギの様な生物が首をもたげ、ただ城下を見下ろしていただけに過ぎないのだ。


腕を振り降ろして燃え盛る城壁や市街地を薙ぎ払い、地を掴んで這うように前進する粘液にまみれた漆黒の大型種のウナギ。


顔の大半が口であるウナギが再びその巨大な口腔を広げて咆哮する。

それは巨大なフクロウナギに提灯鮟鱇の疑似餌と人の腕が生えた奇天烈な生命であった。



ウナギの頭部を中心に体表から伸びる枝のような物は深海生物のソレを思わせるいくつかの輝く疑似餌と、それに騙された哀れな犠牲者たちだ。


ウナギの本体と柳の枝を思わせる触手に接続された人間たちが、ウナギから流れ込む電気信号の指令に応じて思い思いの善意の言葉を吐き出し続ける。


既に体と融合した触手から消化液と共に注入された麻薬で苦痛と健全な思考から解放され、恍惚の中で内側からゆっくりと吸収されていく犠牲者達はウナギの望む獲物を誘導するための傀儡兼保存食だ。


これが他の夜行種を獲物にする時であるならば光を消した上で人間たちに叫ばせ、他のミュータントたちにいななきを発させたであろう。


犠牲者を餌に更なる餌をおびき寄せ、頭部から無数に生える触手で突き刺して新しい保存食と疑似餌として活用を繰り返す。


それがこの夜行大型種、『ウナギ』の狩りであった。

ウナギの疑似餌が放つ光には強固な精神汚染能力が存在しており、闇の中で光を求める者を餌食へと変える事に貢献している。



ウナギは燃え盛る市街地を意に返すことなく、文字通り踏み消しながらレナルド達に向けて前進し、レナルドたちも恍惚とした表情で武器を取り落としながらおぼつかない前進を繰り返す、筈であった―――――。



強烈な衝撃が複数に渡ってレナルドの顔に襲い掛かり、溶けていた思考が無理矢理覚醒に追い立てられたのだ。



「ッ!?なん!?」

「おい、副隊長さんよォ!起きろォ!キメるのは葉っぱだけにしとけェ!狂わねぇと死ぬぜェ!」


正気に戻ったレナルドの眼前にいたのは火のついた大麻煙草を幾本も咥えて口と鼻から煙を吐き散らしながら目を充血させたヤク中の姿だった。



「てめっ!ヤク中何しやが―――――」

「おめっ!精神汚染に弱すぎんだよ!よくここまで生きてたなこのっ!」


再度飛んできかけていた張り手を抑え込みながらレナルドは正気を取り戻す。

だが、正気に戻った同時にヤク中が咥えていた大麻煙草の一本がレナルドの口に無理矢理押し込まれる。



「おまっ…!これくっせ!?」

「変なのに頭おかしくされるんだったら自分でおかしくなっちまうのが一番マシなんぜぇ!?良いからキメろぉ!」


不愉快な煙が肺を満たしてレナルドは咽て片膝をついて咳と嘔吐を繰り返す。



「肺の奥まで吸い込めぇ!今生きるにゃ明日の命は捨てるに限るぜぇ!」


吸い込んだ有害な物質が血流にのって脳へと即座へと駆け巡る。

視界が歪み、思考は乱れ、空間認識がおかしくなっていく。



「キマったなぁ!?良し、もっかいあの光見てみろ!」


前後不覚の感覚、しかしだからこそであろうか。

最早あの光を見ても僅かに惹かれる感覚は残れど思考を失う事もなくなっている。


狂わされるぐらいならば自分から先に狂ってしまえばなんとかなる。

それがヤク中の理屈であり、経験から得た学びであった。



「……助けてもらったすね、ヤク中」

「ああ。まあ、十数秒長生きしただけかもしれねぇけどなぁ!最期の一発キメる時間ぐらいにはなるぜぇ!」


まだ戦える、そう理解してふらつく体でなんとか地面に落とした銃を拾って構えなおすレナルド。

そして、その隣で乾燥大麻煙草に加えて得体のしれない液体の入った注射器を血管に突き刺して恍惚感を得るヤク中。



その眼前では精神をやられた人間たちが諸手を上げてウナギへと接近し、飛来した触手に突き刺されて次々と闇の夜空へと引き上げられていく光景が繰り広げられていた。



「錆雪の街で一緒に戦った時を思い出すっすね、ヤク中」

「あー…。それいつだっけ?ヤクやってると記憶がすぐ消えてまってなぁ!」

「まだ一月も経ってねぇっすよ!」

「俺の人生全部生き恥だぜェ!?いちいち覚えてたら生きてらねぇさ!」


言い合いながらもヤク中は吸いきった大麻煙草を吐き捨てて両手にそれぞれ連装散弾銃と斧を握りしめる。



残された二匹の雑魚すら逃がすつもりはないらしい。

ウナギは再び腕を振り上げて前進を開始しようとした。



「……どの程度やれるっすかね」

「ぜってぇ次の煙草吸いきるまでもたねぇぜ」



言い合いながらセミオートライフルと散弾銃が首をもたげたウナギを指向する。


退路はない。

焼け死ぬか、餌になるかだけだ。


そう思っていた直後、轟音と共に地を這うウナギの脇腹目掛けて燃え盛る炎の中から何かが高速で肉薄していく姿をレナルドが捉えた。


人だ、宙を飛ぶ巨漢がウナギに向かって突っ込んでいっている。

ヤク中に吸わされた大麻のせいで見える幻覚か、その人間はやけに巨体に見える。


いや、やけに見覚えのある風体だ。


毛が一切ないハゲ頭に常にキレ気味な怒りに満ちた横顔、手に持っているのはあの戦槌は―――――。


幸運が再び沸いてきた。



「ガァアアアアアアアッ!」

「中隊長だ!助かった!」



予期せぬ上司の救援にレナルドが歓喜の声を上げた刹那、絶叫と共に響き渡る重い打撃音が燃え盛る市街地に響き渡った。


横腹を痛撃されたウナギがのけ反ってそのまま燃え盛る木造建造物群の中へと転倒し、舞い上がる土煙の中に消えていく。



「中隊長!こっちすよ!こっち!」

「あぁん!?レナルドォ!てめぇなんでこんなところにいやがるッ!集めてた兵隊はどうした!」

「あ…。ああ、中隊長が来るちょっと前はいたんすけど今ちょうど全滅…ぐぇええええ!」


当然ながら、感動の再会などにはならなかった。

戦槌の風力操作で素早くレナルドの側まで飛んだボースがそのまま首根っこを掴むようにレナルドの胴を鷲掴みにして締め上げる。



ボースの機嫌は基本的に常に悪い、特にクロエにしてやられた今は特に悪い。

容易に殺せる状況で捨て置かれたので限度額いっぱいまで憤怒が満載だ。

大型種に一発かました程度では収まらない。


ボースは始末できる状態だった己を殺さず容赦を与えたクロエの行動を侮辱として受け取っていた。

故に、次会ったならば必ず顔を粉砕して正視に耐えない醜悪な姿にしてから殺すと決意している。


しかし、ぶつける相手がいなかったので取りあえず目についた大型種とレナルドを制裁して発散する事としたのだった。


不運としか言いようが無かった。



「毎度毎度全滅させてるんじゃねぇぞてめぇ!」

「ちょ…それは理不じ…!千切れりゅ…!」


上司の頭に血が上り過ぎている、取りあえず目についた奴に片っ端からぶつけて発散するモードだ。

時々あった事だが人間をやめてからもやられてはマジで死ぬとレナルドは薄れる意識の中で上司と遭遇したことを早速後悔し始めていた。



先ほどまでは質の悪い薬物と興奮で赤かったレナルドの顔も今では非常に真っ青だ。



「ふんッ!」

「げべッ…!」


その顔を見て多少は溜飲が下がったのか、ボースはレナルドを投げ捨てる。



「隊長さんよ。まさか俺ら助けに来てくれたんじゃねぇよな?あんたそういうの似合わねぇぜェ?」

「俺に舐めた事したアバズレを探してたらあのでけぇのが外から来てるのが見えたんだ。潰すしかねぇだろうが」


ボースはキレつつも頭は回る部類であり、大型種の危険性を理解している。

内城壁が健在ならばまだこの都市には使いみちがある、大型種に潰されるわけにはいかないのだ。

それが故に、ボースは己の感情よりも現実的な脅威の対処を優先する事としたのだった。


レナルドたちが助かったのはやはり運でしかなかった。

運に総量があるならば今日使い切ったと言って良いほどには運が良い。

しかし、その運も抗ったからこそ転がり込んだもの。


雑兵の生き死にはそうした小さい差異と幸運が握っていると言えるのだろう。



「ああ、道理で。納得しましたぜ」


頭を掻きながらヤク中がヤク中がへこへことこうべを垂れる。

そして下卑た笑みを浮かべながら両手を揉んでボースに慈悲を乞い、次いで闇に向かって指を指した。



「じゃあ、まずはあれ止めるんで?」


先刻、奇襲を受けて転倒したウナギが手を使って器用に起き上がりつつあった。

想定外の打撃を受けた事に怒りの咆哮を上げ、次々と保存食の人間を切り離していく。


意図は分らない。

何かしらの戦術的優位を得るためか、単なる軽量化の為か。


既にボースと大型種の戦闘は始まっているという事だけは確かであろうとヤク中は理解していた。



「あぁ!?止めるんじゃねぇ、ぶっ殺すに決まってるだろうが!それが終わったら次はあのアバズレもぶっ殺すんだよ!レナルド!てめぇもさっさと起きろ!」

「ひ、ひでぇっすよ…」


理不尽な上司の言葉にレナルドは不平を述べながらも立ち上がる。


結局は運が良いのか悪いのか分かったものではない、

本当はどちらであったかなど、全てが終わってからでしか分らないものだ。


意図せずしてレナルドは『(ウェーブ)』の最終局面の戦闘へと巻き込まれていく事となった。


遅くなって申し訳ありません。

今回後書きはなしとなっております。

今後もよろしくお願いします

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