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ブルーブラッド  作者: 人間性限界mohikan
二章『自由の荒野』
85/101

二十四話、無明

遅くなり申し訳ない


空へと飛び立った行動に興味を持って見に回ったクロエを襲ったのはレオが取り出したガンポッド『棺桶』の放つ猛烈な機銃掃射の雨であった。



「ちょっ!?大口径弾混じってるじゃん…!」


身の丈を超える長さを持ち、小柄に調整した人間形態であればある程度は身を隠せる程度に広い刀身を持つ大剣である裁断刀(シザーブレード)をコンクリートの地面に突き刺して刀身の蔭へと滑り込んだクロエの耳に跳弾とは異なる不快な衝撃と鈍い激突音が響き渡る。


通常の小口径弾とは異なる重い銃声と風切り音が響いたと思った次の瞬間には盾とした刀身に激突し、めり込んだ弾丸と再生を試みる刀身による耐久実験の如き攻防が繰り返される。


教会という文明圏で生き、異形を狩ってきた立場であるクロエは当然ながら教会の兵士が使う銃火器に対しての知識も有している。


小口径弾ならば問題ない、生体金属(ミスリル)を混ぜこんだアマルガム鋼で作られた装備で防ぎきれる。

だが、大口径弾は危険だ。


ミュータントの皮膚と肉を貫き、エーテルによる力場防御やミスリル装備であろうと突破や損傷を与えかねない。

機関砲弾一歩手前の高威力武装。


混ぜ込まれた高純度ミスリルの有する高い復元能力と装甲を持つ裁断刀(シザーブレード)ならばそれでも防ぎきれる。

問題は生身の方がやられかねないという事だった。


完全な人型であったならばともかく、城壁まで到達させるための推進力を出すために下半身の変身を解除している現状では剣一本では全身を守り切れない。



「……行って!」


両腕で置き盾とした裁断刀(シザーブレード)を支えつつ、刀身に隠しきれない肉体と跳弾による予期しえない方向からの攻撃への備えとしてクロエは収納したすべての刺突剣に弾丸の迎撃を命じる。


僅かな間だったとはいえ様子見が仇となった事をクロエは悟る。

こちらが準備をしてきた以上は、相手もしているのは当然だ。


教会の外を歩き回り、その荒廃ぶりと技術衰退を目の当たりにしたが故に強力な火器の投入の可能性を低く見積もりすぎていた。


そして何よりも―――――。



「悪魔憑きの癖に火器に頼るなんてね…!」


基本、悪魔憑きにとってエーテルによる強化の見込めない火器は補助的な物でしかない。

小口径弾は強力な個体には効果が薄く、大口径の重火器は威力はあれども取り回しが悪く弾数もそれほど多くはない。


そして、何よりも生まれつき弱小な第二世代でもなければ悪魔憑きは基礎的な能力だけで十分に敵と渡り合える。


強力な火器があるならば配下にそれを与え、自身は高い身体能力やエーテル操作で戦う方が合理的だ。

特に、顔見せとなった昼間の戦闘ではレオは赤い剣を用いた近接戦闘で十分にクロエを圧倒して見せていた。


あれだけ出来るならば銃はさほど必要ではないはずだ。

だが、レオという個体は火器の使用を好んでいる事をクロエは即座に理解した。


わざわざガンポッドなど作っているのがその証左だ。

考え方と戦い方があまりにも人間臭すぎる。



「でもその割に―――――」


火器を用いる割には周辺被害を一切気にしないのはそれはそれで異常と言える。

人に近い感性ならば理解しているであろう射線管理や誤射回避の類を一切気にしないレオの機銃掃射により、周辺で逃げ惑う兵士たちにすら跳弾した無数の弾丸が襲い掛かる。


本命として叩き込まれる12.7mm重機関銃弾は次々と裁断刀(シザーブレード)の刀身に突き刺さり、弾かれたとて跳弾せずに壁や地面を貫通して周辺被害を最小にしているのに対し、補助或いはトレーサーとして同時に叩き込まれてくる7.62mm小銃弾は容易く弾かれ、コンクリート造りの壁で更に跳弾して暴れるピンボールの弾の如く周囲へと飛散する。



裁断刀(シザーブレード)の刀身に弾かれ、或いは遊弋する刺突剣の迎撃によって逸らされ、周囲にまき散らされ荒れ狂う7.62mm小銃弾が次々とまともな防弾装備など着込んでいない雑兵たちを貫き、引き裂いていく。



響き渡っていた怒号、悲鳴はかすれたうめき声に変わり、救いを求める声すらも更に続く跳弾の雨によって掻き消されていく。


それでもなお生体金属(ミスリル)を混ぜ込んだアマルガム鋼で作られた特大剣は大口径機銃弾に耐え続け、破損の気配はない。


このまま拮抗状態を続けても弾の無駄だと気付くのも時間の問題だ。

最高威力の通常火器が効かないとなれば、次の手は―――――。

機銃掃射に耐えながらクロエは素早く左右を見る。


左手に見えたのは多くの夜行種がひしめく城壁外、折り重なった異形たちは海に似てうねりを上げており、最早足の踏み場もない状況であった。

古代の聖人ならば海を歩いて渡れたであろうが、そこまでの度胸や自信はない。



右手にあるのは石造りやレンガで作られた瓦屋根の続く古臭い街並み。

俗にいう欧州風な街並みは事実、おかしくなってしまった世界の一角からこの地に流れ着いた本物の欧州市街地の一部がそこには残されていたのだった。


家の一つ一つに明かりが灯り、中で人間たちが立て籠もっているのが見て取れる。

欧州風の造りの町並みはその道自体が狭く入り組んでおり、健在な建築物の多くが遮蔽物としての利用が期待できそうであった。


逃げるならば断然こちらが良い。

クロエのこの段階でもまだ時間稼ぎが主体であり、レオの消耗を強いる事であった。

夜動ける強みは直接ぶつからないからこそ活きる、可能ならばトドメを刺す直前までは身を隠したいところだった。



屈めていた体を伸ばし裁断刀(シザーブレード)中央の柄に手を伸ばした刹那、刀身に遮られた先、レオがいる筈の空間が強烈な青い輝きに満たされたのがクロエの瞳に移った。


まるで、手をかざしても指の隙間や掌の外側から漏れてくる陽光の如き強い輝き。

エーテルの収束、レオによる新たな攻撃の予兆であった。



『来た』、思うが早いかクロエは裁断刀(シザーブレード)の柄を両手で強く握って跳躍する。

直後に背後から感じるのは熱の奔流と爆発音、レオの放ったプラズマ火球の炸裂であった。


二度、三度と続くその炸裂がクロエが先ほどまでいた城壁を焼き尽くし、狙った標的を逃したプラズマ火球が城壁の内外にも降り注いでいる。


否、逃したのではない。

それは意図的な行動であった。


敢えて城壁を外した火球は城壁を破って侵入し始めた小型種を焼き払い、外にひしめく群れの一部へと着弾して攻勢の勢いを完全に殺すことに成功していた。


城壁を焼く緑の炎に照らされ、光を嫌って逃れようと蠢く魑魅魍魎の群れ。

城壁の内外に転がる異形とも最早見分けられぬ焼け焦げ炭化した死体の山。


人為的に作り上げられた異様なる緑の炎が二つの種の交わりを拒む壁としてそびえたっていた。



「ああ、味方撃ちに躊躇ないわけだねぇ…」


クロエが城壁に到達し、そして夜行種に肉薄された時点でレオはその周囲にいる存在全てを潜在的な脅威として判断したのだろう。


人間の兵を守るにはレオがいかに高い戦闘力を誇るとはいえ、数が足りない。

敗走した兵たちは夜行種に追撃され、共に並走しながら内部へと逃げ込み、要塞化した建物に入ろうとバリケードを破壊しようとするだろう。


待っているのは敵味方入り乱れ、統制が失われた絶望的な乱戦だ。

その中でクロエに逃げられればレオは倒すべき最重要目標を見失い、一晩の間次々と殺到する夜行種との消耗戦を行わざるを得なくなっただろう。


クロエが想定し、実行したかった理想がそれだ。

だからこそ、それを崩せば形勢はレオに大きく傾くこととなる。


故に、空へと飛んだレオが行った事は一切躊躇のない機銃掃射とプラズマ火球による滅菌作戦だった。


滅菌と言ってしまうのは若干の語弊がある。

しかし、行った事として見ればそれほど的外れでもない。


掘は転落した夜行種の死体で埋め尽くされ、竜の歯は乗り越えられなかった夜行種が後続に押しつぶされ、肉の絨毯と化する事で早々に無力化されつつあった。


前衛として配置された捨て駒たちが食い散らかされた城門は早々に打ち破られ、城壁に取りついた夜行種が防衛を行っていた兵士たちを蹂躙し始めるまでそう時間はかからなかった。


その中でのクロエの強襲によって重傷を負ったキドの戦線離脱。

後詰として使えたであろうボースやレナルドは生死不明で不在。

状況は最悪、しかしてレオにとっては全て予定通りであった。


早々に外周の市街地に火を放たなかったのはクロエに襲撃を諦めさせる事なく確実に城壁に到達させるため。


(ウェーブ)』を起こした夜行種の大規模襲撃に紛れた強襲作戦、それは現状の装備と資源の中、クロエが行える渾身の作戦であろう事をレオは理解していた。



知恵を絞ったそれはすなわち、独力での勝利は不可能という自白に他ならない。

頭を使うのは弱さの証、エンキの言葉が今ではレオにもよく理解できていた。


クロエが策を使うならば、それを前提に更に罠に嵌めて直接戦闘を強制すれば良い。

脆弱な城門を有し、ほぼ直線の大通りが通る事から最も襲来の可能性が高かった西側にキドを配置してクロエ自身で障害を排除せざるを得ない状況を作り出した。


想定していない南北から来たならばレオがプラズマ火球による爆撃で市街地を焼き払って阻止する前提での迎撃状況の構築。


夜行種の襲撃に頼るという作戦を取った時点で接近を阻止する能力のあるキドを始末してそのまま混乱に乗じて城壁内へ侵入して機を伺う他にない。



クロエは都市一つを犠牲にレオを討伐しようとした。

そしてレオはそれを受け入れた上で外周市街地の全て、そして城壁の兵士、最も信頼できる手駒であるキドを犠牲にクロエを釣り出した。


自由に夜間行動が可能な戦闘経験豊富な個体がわざわざ自分で死地を作って飛び込んできてくれたのだ。

決して生かして返してはならない。


ここで始末しなければこれ以降、常に夜行種の襲撃と手練れの暗殺者の強襲に耐えながら行わなければならない。



夜行種の足止め、損失の最小化、城内人員の保護、そして標的の誘引と抹殺。

それらを短く纏めれば一言で済む。


『全て焼けば問題もなくなる』。


これが、この夜の戦いにおける攻守が逆転した瞬間であった。

ガンポッドの連射を継続しつつ、レオは内城壁内の市街地に逃げ込んだクロエを上空から追跡する。


逃がす気はない、そう言わんばかりにレオが複数の火球を放つ。

クロエに対してではない。


城壁の北側と南側、既に焼かれた西側や市街地自体が燃え盛っている東側と違いまだ若干は外部の都市が残存し、兵が残存して戦闘を継続している二つの城壁。


それをレオは味方の兵ごと躊躇なく焼き払う。

回り込んでくるであろう夜行種の侵攻、そして城壁から脱出を試みるであろうクロエの脱出阻止を目的とした先手先手の行動。


レオもまた、クロエを逃がすつもりはない。

この小さな内城壁内はクロエを仕留める殺し間となったのだ。



「ちぃ…ッ!」


石造りの屋敷から地面へと降り立ち、住居を遮蔽物として使いながらクロエは状況を立て直すべく、狭い路地を走る。


頭を押さえられている以上は跳躍での壁外への離脱は撃墜の危険が高く、何より経由予定の城壁は焼き払われている。


まだ建造物を遮蔽物として射線を切りながら移動し、潜伏可能な拠点を確保しうる可能性のある地上の方がましだという判断であった。



防御から逃走へ、それに合わせてクロエは盾として両手で掲げていた裁断刀(シザーブレード)の刀身を肩に担ぎなおして市街地を獣に変じた二本の脚で駆け抜ける。


そうして幾本かの細道を駆け抜け、手近な建物の扉を蹴破って内部に侵入。

上空から追いかけてくるレオから姿を隠して身を隠して仕切り直しを図る。



「ふぅ、ちょっと一息―――――」

「いたぞぉおおおおお!ここにいるぞぉおおおお!」



担いでいた剣を置いて一息つこうとした瞬間にクロエを襲ったのは閃光と鉛玉の衝撃。

僅かな痛みと不快感、そして鼻を刺激する黒色火薬の匂いにクロエの顔に怒りを伴う深い皺が走る。


怒りの理由は撃たれたが故ではない。

人から逸脱した肉体に球状の鉛玉などさしたる効果はない。


だが撃たれ、叫ばれたという事実そのものがクロエにとっては最悪の事であった。



「ちょ、このおバカ…ッ!」



叱責する間もなく、叫び声をあげて粗末な前装小銃で射撃を行った兵士が天井を貫通してきた12.7mm重機関銃弾の群れによって粉砕されて肉塊へと変貌する。


位置を捕捉したレオが味方諸共機銃掃射を行ったのだ。

当てずっぽうに撃ち込まれる大口径弾がクロエの体をかすり、浅からぬ傷を増やしていく。



「やっぱそうくる…ッ!」


バレてしまっては立て籠もるのは不可能、クロエは即座に脱出を選択して外へと飛び出す。

直後、クロエがいた石造りの家がプラズマ火球の直撃によって爆砕される。


まるで定点観測下で行われる教会砲兵の速射の如き威力と攻撃速度だとクロエは古巣の事を思い出す。



「…ッ!周りからも…!」


脱出したクロエが通りを走り始めてから僅かな間を置き、明かりの灯っていた建物の窓が次々と勢いよく解き放たれると同時に内部に控えていた兵たちによる一斉射撃が始まった。


前装マスケット、散弾銃、ボルトアクション式ライフル、拳銃その他の雑多なる兵器が一斉に火を噴いてクロエに殺到してくる。



内城壁を突破された際の最後の後詰、即席のバリケードで要塞化した個々の住居に押し込まれた兵士たちに警備隊長やキドから伝えらている命令はただ一つ。


『射程内に人以外の存在が来たならば躊躇せず撃て』、それを兵たちは忠実に実行する。


故に、その弾丸はクロエのみならずレオに対してすら飛来する。

何人かは明確な敵意を持って意図的にレオを狙ってすらいるようであった。


幾発かの弾丸が周囲をかすめ、或いは赤い鎧に当たって火花を散らす事をレオは意に返す事すらない。

なぜならば、レオもまた味方への誤射など気にすることなく射撃を継続しているからだ。


クロエを狙った流れ弾が次々と兵員の立て籠もる住居へと殺到し、運の悪い兵士を殺傷していく。


兵士たちの役割は生きたセンサーとしてクロエを迎撃しておおよその現在置をレオに教え続ける事であり、攻撃を行った時点で既に用済みと言っても良い。


多少の流れ弾程度で発生する損失は微々たるものとして判断したレオは捕捉したクロエへの攻撃を優先し、徐々にクロエを壁端へと追い詰めていく。



逃走、潜伏、雑兵からの攻撃による捕捉、機銃掃射、そして逃走。

幾度か続いた追跡は両人が市街地を抜けて燃え盛る北側城壁へ至る事で終止符が打たれることとなった。



「お前の策は破綻した、もう逃げ場もないぞ」


レオの視線の先、燃え盛る城壁の炎に照らされたクロエの姿は無残に変わり果てた物へと変じていた。


怪物、そう言い表す以外に無い姿となったクロエが両手で裁断刀(シザーブレード)を構えて同じく化け物であるレオに対峙する。



髪は返り血と埃と泥で塗れて絡み合い、正装として着飾った衣服は肌もろとも破け、焼け千切れて原型を失い、満身創痍。


クロエが人であればそう確信が持てる状況であっただろう。

だがしかし、その下半身は人ですらなく上半身のサイズには見合わぬ黒い毛並みの獣のそれ。


その異形の部位が雄弁に語っている。

まだダメになったのは被った皮だけであると。


クロエにとって人の皮など着飾っている服と同じようなものだ、肉体が無事であるならば問題なく戦える。



「んー、もうちょっと消耗して貰うつもりだったんだけどなぁ…」

「疲弊したのはお前の側だったようだな」

「うーん、そうかも。慣れない事はやっぱりしない方が良かったかな?ともあれ、その屑鉄ももう弾がないんじゃない?」



それまでどこか飄々としていたクロエの表情が引き締まり、言葉に敵意が増していく。

お前はここで殺す、言外にクロエはそう言っているのである。



自然姿勢が低くなり、裁断刀(シザーブレード)の切っ先を突撃槍(ランス)の如くレオに向けて攻防一体の突きの構えへと移行する。


ここまで逃げの姿勢であったのは無意味に戦闘を避けるためではない。

冷静にレオの装備と状況を確認し、消耗させるための意図的な逃走。


色を見ることに特化したからこそクロエは理解出来た。

高純度エーテルだけで構築された血液ででっち上げられた人非ざる偽りの肉体、そしてそれを維持する為の高度なエーテル操作を行ってなお、底の抜けた水瓶の如く常に漏れ続けるエーテルの奔流。


レオの周囲で渦巻き、溢れ、周囲にまき散らされる黒く不快な淀みの正体は他ならぬ常に失われ続けるレオの命そのものだ。


ただ生きているだけで常に無視できぬ出血を続けている様なそんな体で宙を飛び、高速機動し、プラズマ火球をまき散らす。


いかにして溜め込んだか、膨大なエーテルが備蓄されているから何とかなっているに過ぎない。

レオは常時アフターバーナーを点火しているジェット戦闘機も同然だ。

最強かもしれないが、無敵ではない。


いずれ尽きる命だ。



銃に頼るのも、消費を抑えるためであろうとクロエは短時間で看破していた。

もっと時間を稼ぎたかったが、勝算が全く無いという段階は超えたと判断し、クロエは反撃に転じる覚悟を決める。



「抵抗しなければ楽に殺してやる。俺は地上の連中と違って約束はたがえない」


『棺桶』を投棄し、赤い刀身の剣を両手持ちに切り替えつつレオは無意味と知りつつも降伏の勧告を行う。


「あははっ!さっきより顔色も悪いんじゃない?それに人を殺すのは私の役割だよ」

「人?違うな、俺は化け物だ。俺だけじゃない、この地上にいるすべての生命は消去すべき汚物だ」


こいつは殺し過ぎる、いてはならない。

殺すのが好きだから殺すのでもなく、ましてや生きるために他人を殺すのでもない。


命の根絶が目的であるならば、殺すという娯楽を持続する為に生命の存続を望む己とは決して相いれない存在であるとクロエはレオの本質を理解する。



「へぇ、やっぱり直感通りだねぇ。生きてて良い生物じゃないよ、君―――――」



答えるや否や、クロエの姿が一瞬掻き消えた。

姿勢を低くし、限界まで脚に溜めた力を一気に開放して全力の突撃。


騎馬無くして行われる全力のランスチャージの如く、弾丸と化したクロエの裁断刀(シザーブレード)の切っ先が突き進む。


しかし裁断刀(シザーブレード)の切っ先がレオの顔面を捉える間際にレオはサイドスラスターの如く体から緑の炎をまき散らしながら右にスライドして回避、剣から左手を離して掌をクロエに向けて指向する。


赤黒い手甲の如き掌の中央からせり出してきたのはパイプ状の銃身。

体内に仕込んだ前装式散弾銃が乾ききって固まったレオの凝血を散弾の如くまき散らす。



対して初撃を回避されたクロエは異形と化した獣脚で地を蹴り強制的に軌道を変更、回避機動を取りつつ、銃を模した三本指をレオに指向する。



本気狩殺光線(マジカルビィイイム)!」


雷光が指から放たれるのと、レオの放った凝血弾が炸裂してクロエの周囲を焼き尽くしたのはほぼ同時であった。



殺意を持った雷光が不自然に蛇行した軌道でもって襲来するも、レオに直撃することは叶わない。

レオの持つ赤き剣、『落日』が刀身から緑の炎をまき散らしして周囲のエーテルを搔き乱して殺到した殺光線の軌道を逸らす。


エーテルにはエーテルをぶつけろ。

兵士であった頃に幾度も叩き込まれた教義と鉄則がレオに自然、最適な防御方法を選択させる。



防がれた雷光がレオの背後の住居に直撃して爆発音と悲鳴が響く中、爆炎を飛び出したクロエが獣のように低くした姿勢の裁断刀(シザーブレード)を横なぎに構えて再度肉薄。



「シィイイイイイッ!」


雷光を纏った特大剣の薙ぎ払いがレオを捕らえ、エーテルを纏った装備同士が激突する甲高い絶叫のような金属音が闇夜の世界に響き渡る。



「っ!」


クロエの放った全力の横なぎの一撃はレオの胴体を捉えることなく、その間に添えるように突き出された赤い刀身の剣によって防がれていた。


それはかつてレオがエンキに挑んだ際の絶望を演者を逆転した形で再演したが如くであった。

クロエは全力でもってぶつかり、しかれども明らかな余力を維持した状態のレオに攻撃を防がれる。


かつてと違うのはそこにいるのが相手を恐怖させ叩き潰す喜びに満ちた笑みを浮かべたエンキではなく、僅かに眉間にしわを寄せて敵意を示す死人のように青い顔をしたレオであるという事だろう。


全力で押し込もうにもまるで揺るがぬ山の如く、レオは表情を崩すことなくクロエとのつばぜり合いに応じる。



「そんなものか?見かけ倒しの三下め」

「ッ!まだまだぁッ!」


素早く後方へと跳躍しつつクロエは連続して指から雷光を放ち、加えて展開した四本の刺突剣を突撃させる。


だが、まるでそうなる事が当たり前の事であるようにクロエの雷光は逸らされて無関係な周囲に着弾し、刺突剣は『落日』の斬撃によって次々と砕け散り、沈黙し、停止していく。



「こざかしく策を弄し、時間をかけておいてこれでは話にならんな」


クロエが弱いのではない、レオが小神格級の規格外になりつつあるだけの事だった。

そのエーテルを惜しげもなく浪費して作り上げる強固な防御と純粋に強化された身体能力から繰り出される高速の斬撃。


同等程度のエーテル量ならばここまで簡単には対処などできない。

肉体のほぼすべてをエーテルを保持する血液に変換し、その体を維持するだけの力を得たからこそ成せる業だった。


兵士(ひと)』で有ったからエーテルの有効的な兵器的運用が解かる。

純粋人類(ひと)』で無くなったからこそ体を動かすが如く、生身で繊細なエーテル操作が出来る。


幾多の戦闘経験と汚染による肉体変異、そして上位存在との邂逅による自我と理性の蹂躙による精神の摩耗と研磨によって、到達した一つの到達点。


死すべき時に死ぬ事が出来なかった、ただそれだけの事象が齎した呪いの如き祝福の数々の帰結。


今や、邪神スーラに肉体を強制変異させられた事や呪わしき人の神に侵食され一時的に精神を乗っ取られていた事すらも潜在能力を開放させたという意味では呪わしき祝福としてレオの力となっている。



今更、多少のエーテル操作によるアノマリーや物理的攻撃を受けた程度では小揺るぎもしない。



「どうした?そんな事では俺は殺せんぞ?」


言葉とは理解し合うための物ではない。

挑発し、追い込み、屈服させ、心を折るためにある。


自然、エンキがそうした様なあざけりを含んだ罵倒がレオの口からついて出る。

既にレオは考えていない。


そうする事が当たり前であるという風に無意識に思考し、言葉を発し、そして剣を構えクロエに肉薄する。



「なら、やろっか、本気狩り(マジカル)を―――――。」


疑似スラスターで加速するレオがクロエの懐へと入る刹那の間、クロエの全身が雷光を放ちながら爆裂する。



「…ッ!」


視界を染めた閃光に構わず右肩を突き出した刺突の構えで突っ込んだレオを襲ったのは確固たる質量との激突による衝撃。


最早全身を黒い毛に覆われた異形の人狼と化したクロエが剣の柄を右手で握り、左腕で剣の腹を押さえて盾としてレオの体当たりをも兼ねた刺突を迎撃している姿がそこにはあった。



「ハァアアアア…ッ!」


唸り声とも息を吐いた声ともつかぬクロエの咆哮と共にレオの腹に衝撃が走り、視界からクロエの姿が急激に遠ざかる。


蹴りだ、裁断刀(シザーブレード)で刺突を防ぎ更には視界を塞いだ一瞬をついてクロエがあの強靭な脚でレオのどてっぱらに一撃を放ったのだ。



常人であればそれだけで内臓と骨を粉砕されて死に至る一撃にレオは平然と耐え、空中で姿勢制御を行いつつ地面へと着陸を果たす。



「……それがお前の本性か。地上の生物にはお似合いの醜悪さだ」




変身完全解除形態フォームチェンジ・フルムーン』、クロエの奥の手にして後の無い状況で用いる切り札を早々に切り、クロエは拮抗状態をなんとか作り出す。


裁断刀(シザーブレード)は元より、獣人時の体躯で振るう事を前提に作られた可変式両手剣。

人間形態では特大の対大型ミュータント兵装の括りとなり、人間相手には持て余す。


だが、それもここまでだった。

変身完全解除は人のそれを超えた本来あるべき体躯へと肉体を回帰させる、全力での戦闘を可能とする。


身体能力、エーテル操作、兵装、全て出し惜しみのない全力運用でもって当たるのみ。



元より純粋な戦闘力では勝ち目はない。

だが、今の一撃で己の持つ最も優秀な装備である裁断刀(シザーブレード)があの赤い剣との攻防に耐えうる事は分かった。



それだけ分かれば幾らでも時間の稼ぎようはある。

一分一秒でも長く、無意味に言葉を交わす合間すらも相手はエーテルを消費させていく。


こちらがしんどい以上に相手はもっとしんどいはずだ、

そこに勝機があるとクロエは信じ、賭けに出る。



逃げられぬならば、とことん付き合って貰って消耗させるだけの事。

夜が明けるまでは夜目による優位は決して消えない。


紫に染まった視界の中でエーテルの濃度からクロエを捕捉するレオに対し、クロエは全てが明白な白黒の世界で最もどす黒い存在感を放つレオを常に捕捉できている。


その僅かな有意差を長きに渡る研鑽と専用にしつらえらえた装備で持って確固たるものへと変えるのみ。



「ひどいねぇ…。きみぃ、ともだちぃとかぁいないでしょぉ?」


今や、狼の如く長く突き出た鼻を持つクロエの顔が口を開き、ぎこちない言葉を吐きながら歯をむき出して嗤う。

それを見てレオの眉間の皺が更に深く刻まれる。


黒い毛皮に覆われた青い瞳の獣人と、死人のような青白い顔に赤い憎悪の瞳を燃え上がらせた幽鬼がにらみ合う。



「友なら死んださ、もういない。仲間たちとももう会えないだろう」

「へぇ…」

「だが、俺は約束した。『折れない』と。人の世を取り戻すと―――――」


それ以上の言葉は不要。

そう言わんばかりにレオが両手に剣を握りなおして構え、クロエもまたそれに呼応し、災害と形容しても良い戦闘が再開される。



双方、共に手に持つは使い慣れた得物。

クロエは獣脚が生み出す瞬発力と脚力でもって、レオは最早使い慣れた疑似スラスターによるエーテル噴射にて高速で機動し、激突を繰り返す。


緑色の炎をまき散らす赤い刀身の両手剣と雷光を纏う鋏のような異形の特大剣が激闘しあい、蒼い閃光と甲高い金属音が周囲を満たす。


人としての擬態を解き、抑圧から解放された筋力と骨格を誇る長い黒い獣腕を持って全力の斬撃を放つクロエに対し、エンキから奪った知識と重強化外骨格(マトリョーシカ)の機動を模倣して併用するレオのエーテル操作で強化された一撃が互いの武器を歪ませかねない重く鈍く甲高い金属音を響かせる。



自然、巧妙に後退を繰り返すクロエを追いかけて戦闘は城壁から市街地へと近づき、周辺被害が加速していく。

ごく狭い通りが多くとも、大通りと呼べる程度の広い道は存在する。


そんな通りの一角を双方がまさしく縦横無尽に駆け巡る。

タイル敷の地を踏み潰し、レンガ作りの住居を足場として踏み砕き、崩れ落ちた瓦礫から這い出てきた哀れな生存者を肉の盾に変え、市街戦は規模と凄惨さを拡大していく。



高速での一撃離脱の近接戦闘を繰り返し、相手を捉え損ねた剣戟が住居の壁を破砕し、或いは両断する。


人の形を捨てたクロエは今や、全身の黒い体毛に膨大な雷光を帯電し、周辺被害を無視して無作為に殺光線級の雷光をまき散らし続けている。


レオもまた、高速戦闘に対応できないプラズマ火球を生成する事無く、体内に仕込んだ散弾銃から凝血弾を放って都度応射を繰り返す。



激突するが如き肉弾戦に敗北して弾き飛ばされたクロエが反撃の雷光を放ち、レオが追撃の凝血弾を叩き込めば、外れた流れ人為アノマリーが住居を爆砕する。



恐慌状態に陥った兵士たちが荒れ狂う二匹の怪物に対して徒労とも言える射撃を繰り返し、運悪く跳弾した弾丸が窓から身を乗り出して狙撃する別の兵士の肉を貫いて絶命に至らしめていく。



戦禍を逃れ、世界が砕け散った後も生きるために藻掻いた先人たちが遺した戦前の面影の残る町並みが剣を振るい、エーテル操作によるアノマリー攻撃を放つたびに砕け、燃え落ちていく。



「弱いなりに良く動く…ッ!」

「ねんきぃがちがぁうからねぇ…!」

「だが、これで終わりに―――――!?」


幾度目かのつばぜり合い、周囲の変化に気づいたのはレオが先だった。


周囲で響く悲鳴と絶叫、助けを求めるうめき声と射撃音。

全てが自分が作り出した物であるはずであった。


だが、ならばつい今しがた視界の端に映った奇妙な生き物どもは―――――。

周囲で起き上がりつつある死肉をついばみ、逃げ惑う生者を襲うそれらはまぎれもなく夜にうごめく夜行種たちであった。



「馬鹿な…ッ!入り込まれているだと!?」

「あららぁ、かぁしこいこがぁいたんだぁねぇ…」


つばぜり合いを継続しつつ、レオは最も近い北壁に目をやる。


燃え盛っているはずの緑の炎は、消えていた。

代わりに城壁には多くの夜行種の死骸と血肉がまき散らされている。


夜行種たちは美味に飢えているからこそ、決して諦めない。

それが行きつく先を知りつつも知識がもたらす欲望から決して逃れられぬが故に強行する。


かつて人がリョコウバトを狩りつくし、喰らい尽くしたが如く。

あの珍味が誰かに取られて無くなる前に手に入れ、味わい尽くさねばならない。



知恵ある者として、エーテルを含んだ炎という強固な熱と光の障害を彼らはより弱い同胞を城壁に投げ込むことで解決した。

元より、夜行種という括り自体が人の矮小な尺度による纏めに過ぎない。


それぞれ種類種族も違えば、個々の特性も違う魑魅魍魎ども。

より良い餌を得るために質の悪い餌を割の良い『投資』に投じる事になどなんら躊躇することなどなかったのだろう。


クロエが意図的に市街地に下がったのは、夜行種の侵入が露見するのを遅らせる為でもあった。

悪意ある生き物どもの狡猾さを知るが故の賭けに、クロエは勝利したのだった。


状況はクロエが求めた理想に再び近づきつつあった。



「消火したのか…!仲間の血と肉で…!」


それまで決して崩れる事のなかったレオの表情に驚愕が生まれた瞬間、クロエが大きく口を開いて嘲笑を上げる。



「まぁじかるぅのよるはぁ…!これからぁだよぉ…!」


クロエの歓喜の声に呼応するように、壁外から巨大な咆哮が木霊した。

朝は未だ遠く、夜の闇は深まるばかりであった。



台風襲来、抜歯による体調不良等で作業が進まず遅れて申し訳ありませんでした。

また本来のペースでやっていく予定です。

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